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蒼空とリウ  作者: 流源太
6/13

悪だくみ

三人と一人の透明人間は大和町の源内屋敷に意気揚々と帰ってきた。

「源内先生! 源内先生! 清次郎さんを助け出しましたー」

中良が誇らしげに告げた。

 源内と玄白は、玄関先で三人を出迎えた。

「おおー、清次郎! やはりお前だったのか」

源内はげっそりやつれた清次郎を見て言葉を失い、二人はただ黙って抱き合っていた。どのくらいそうしていただろうか、ようやく落ち着きを取り戻した源内は、「怪我はないか」、「痛いところはないか」、「腹は減っていないか」、と清次郎に優しく尋ねた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんな……さい」

清次郎は嗚咽で源内の問いに答えることができず、源内の足元に(うずくま)り、何度も何度も頭を下げた。

「もう済んだことだ。それよりお前が無事だったことの方が嬉しいよ」

源内は清次郎の手を取り、立ち上がらせた。

「中良から嫌な噂を訊き心配していたんだ。本当に怪我はないのか」

源内は清次郎の顔を覗きこみもう一度尋ねた。

「せんせい。ほれ、このように無事でございます」

清次郎は涙を拭き、両手を広げてその場でおずおずと一回りして見せた。

「うん、うん。良かった、良かった」

一回りする清次郎のその姿を見た源内も目に涙を溜め、胸をなでおろした。

「蒼空殿、ご足労をおかけしました。中良、ありがとう」

源内は小さく頭を下げ、礼を言った。


「清次郎。長崎からいつ江戸に出て来たのだ。どうして連絡しなかったのだ」

と、源内は(おもむろ)に問うた。

「先生に叱られると思って……。江戸に来て、吉松という男に騙されてエレキテル診療所をやらされていたんです。わたしがバカだったんです。それに先生。吉松は偽エレキテルを作っています。これを何とかしなきゃ、わたし、わたし……」

清次郎は声を詰まらせ、堰を切ったように泣き崩れた。

「わかった、わかった。もう泣かなくてもよい。清次郎、とにかくこれまでの話を聞かせてくれないか」

 清次郎は長崎で源内から別れを告げられ、ショックで食事も(のど)を通らなくなった日々のことを涙ながらにぽつりぽつりと話し始めた。

源内さんから江戸に帰ると告げられた日、わたしは悔しくて悲しくて、泣き続け、(こぼ)れた涙で畳に染みができるほどでした。どれほどの時間(あいだ)泣いていたのか、涙も枯れ果てふと顔を上げると、源内さんの荷物の間に丸い筒があるのが目に飛び込んできたのです。

――あれは、確かエレキテルの図面。こんなところに放りだしたりして、不用心すぎる。誰かに取られたりしたらどうするの。だから、源内さんは……。

わたしは、はっとしました。頭の中に暗雲が垂れ込めたかと思うと、悪魔が囁きかけてきました。

『不用心だろ。だから清次郎。お前が預かっておけばいいんだよ。源内さんは図面を探しにきっと帰ってくるはず』

魔が差したというのでしょうか、気が付いたときには、わたしはエレキテルの図面の入った筒を胸に抱え、暗くなりかけた石畳の道を逃げるようにして駆けていました。

――そうよ。源内さんはきっと帰ってくる。長崎を出ても、大切な図面を忘れたと言って戻ってくるに違いない。そうすれば優しいわたしの源内さんに、また逢える……。

でも、何日待っても、何か月が過ぎても源内さんは長崎に戻ってくるどころか、何の音沙汰もありませんでした。

――源内さんは図面がなくなったことに気付いていないのだろうか。江戸に戻ることに反対したのを怒っているのだろうか。それとも、わたしのことが本当に嫌いになってしまったのだろうか……。

悪いことばかり想像して夜も眠れないほど悩みました。やがて日が経つにつれて図面を盗んだことを後悔し始めました。なぜあんなことをしてしまったのかって。

源内さんが居なくなり、がらんとしたエレキテル診療所に一人ポツンと座っていると、楽しかった日々のことが次から次への思い出され、辛くて悲しくて……。そんな日々が続いて、もうじっとしていられなくなって、図面を持って源内さんの居る江戸に行ってみようと決心したのです。

江戸に着き、通りすがりの見ず知らずの人に源内さんの住まいを尋ねると、「源内先生なら大和町に住んでるよ」と、どの人もみんな親切に教えてくれました。

――源内さんはお江戸でも、いや、日本中でとっても有名な人なんだ。

わたしは改めて源内さんの偉大さを思い知らされました。そうなると今度は、いったいどんな顔をして何と言って謝ればいいのかわからなくなって……、何日もの間、途方に暮れていました。

そんな折、ふらふらしながら立ち寄った居酒屋で吉松に会ったのです。わたしはエレキテルの図面を広げぼんやりと眺めていました。あとで吉松が言うには、その時のわたしは大きな溜息を何度もついていたそうです。

吉松は指物師で、今から思うと目つきの鋭い頬骨の張った貧相な男です。この吉松がチロリを片手になにやらぶつぶつ息巻いていました。

「俺の腕はすでに棟梁以上だ。なのに棟梁は俺を認めない。今日だってそうだ。俺より後に弟子になった若い者の下に置きやがって。やってられねぇ」

わたしは怖そうなお兄さんだなと思ったのですが、わたしと吉松は同時にはーっと溜息をつきました。その拍子に吉松と眼が合い、それを合図のように吉松は広げていた図面を覗き込んできました。


「何だ、こりゃあ。何かの機械仕掛けのようだが」

「お前さん、この図面がわかるのかい」

清次郎は下から見上げるようにして訊いた。

 吉松は、わかるのかと言われ、こめかみがピクリとなった。

「この俺様が図面を見て作れねぇ物はねぇ」

と言うやいなや、男は卓に広げていた図面をひったくり、図面をひらひらさせながら居酒屋から出て行った。

「ずっ、図面を返してー」

清次郎は一瞬にして血の気が引き、この若い男の後ろをよたよたしながら追いかけた。たどり着いたところは男の長屋らしい。男の家は奥行きが広く、土間は作業場になっており、きれいに掃き清められていた。道具類もきちんと整理されている。

長屋に着くと男は、「俺は、吉松だ」と名乗った。

「いきなり何するんだい。図面を返しておくれ」

 清次郎は掠れる声で訴えた。

「まあ、待ちねぇ。おめぇさんの名前は」

「せ……、清次郎……」

「せいじろう、さんっていうのかい。ちょいとこの図面をよく見せておくんなせぇ」

吉松は猫撫で声で問いただした。

「この図面に書かれている箱のようなものは何をするもんだね」

 清次郎が黙って俯いていると、吉松は何か訳ありの図面だなと勘づいた。

「清次郎さんよぉ。何か訳があるんだろ。力になれるかどうかわからねえが、話しぐれぇなら聞いてやるからよ」

清次郎は、江戸に着いてからエレキテルのことは誰にも話してはいけないと自分の胸の中に仕舞い込んでいた。それでも心の奥底では誰かにエレキテルのことを聞いてもらいたい、相談したい、話したいという気持ちがあったのかもしれない。吉松に優しく問われるとつい気が緩んでしまった。その図面はね、と一言口に出すと次から次へと源内との出会いから楽しかった日々のことが口を衝いて溢れ出てきた。

その間、吉松はそうか、そうなんだと相槌を打ちつつ、清次郎の話をじっと聞いていた。

清次郎は図面を愛おしそうに優しく撫でながら話を続けた。

「これはね。エレキを発生させる箱でね。エレキテルというんだよ」

「エレキ……、何だい、それ」

「ここのハンドルをこういう具合に回すだろ。するとこの角からエレキが飛ぶんだよ。そのエレキで肩コリや筋肉痛を治すのさ」

「それをお前さんがやってなさったのかい」

「そうだよ。源内先生と長崎でね。すごい評判で押すな押すなの大盛況さ」

「それはさぞかし儲かったことだろうね」

吉松は上目づかいにそんな清次郎をじっと見ていた。

清次郎は、「そりゃあね」と小さく胸を張り、鼻の下を人差し指でこすった。話をするうちにだんだん嬉しくなり、最期には自慢話になっていた。

吉松は小さな疑問を発した。

「そんなに儲かっているならどうして長崎からこんなに遠い江戸に出てきたんだい」

「源内先生が……お江戸に帰ったから……」

清次郎はこれまで嬉々として喋っていたが、一気にしょげ返り肩を落とした。今度は源内が江戸に帰った経緯(いきさつ)を眼に涙を浮かべながら語った。

「そうかい、そうかい。それは気の毒なことだったなぁ。源内っていう人もつれねぇことするよなぁ」

吉松は同情するようなそぶりで優しく慰めた。この時、清次郎は、まさか吉松がとんでもない悪だくみを考えているとは、夢にも思わなかった。

「ところで源内先生って、大和町に住んでる平賀源内のことか」

 事の顛末(てんまつ)を知った吉松は何かを探るように訊いた。

「そうだよ。このエレキテルも源内さんが(こしら)えたんだ」

すべてを話し終えると、清次郎はこれまでの胸のつかえが取れ、少しは心が晴れたような気がした。

――最初、怖そうな人だと思ったけど、この人と話ができてよかった。やはりお江戸の人は優しくて親切なんだ。

 と、清次郎は安心しきっていた。

ところが、吉松といえば、

――今のお江戸で源内を知らない奴なんて一人もいない。この図面は源内のものに違いない。こいつでひと儲けできそうだ……。さて、この図面と清次郎をどうするかだが……。

と、吉松は腹の中で舌なめずりをし、考え込んだ。

「よ~し」

吉松は細く鋭い目つきをさらに細め言った。

「清次郎さんよ。この図面でエレキなんとかだっけ、それを作ってみようじゃねぇか」

「エレキテルだよ。これを作ってどうするのさ。源内先生に叱られるよ」

 いきなり話の矛先が変わり、清次郎は不安になってきた。

「長崎でやっていた診療所をこのお江戸でもやるんだよ」

「そんなこと勝手にできやしない」

 清次郎は吉松のとんでもない話に驚き、目を丸くした。

「清次郎さんがエレキテル診療所でしっかり稼いでいることを知ったら源内先生だって嬉しいだろうよ」

「そうかなあ……」

「そうに決まってるよ。源内さんは心の広い優しいお人だろ。清次郎さんが一人前になったって、そう言って褒めてくれるさ」

 清次郎はどうすればいいのか迷い始め、だんだんわからなくなってきた。そんな清次郎を吉松はなだめすかすようにして、そうだろう、そうしようと口説き続けた。

 あまりにしつこく勧めるものだから、清次郎は根負けし、つい、「うん」と頷いてしまった。

 そうと決まると、吉松は図面を見ながら呟いた。

「箱や歯車、仕掛けはいいとして、金具はどうするかだが……」

吉松はしばらく考え込んでいると思ったら何か思いついたのか、急に図面と清次郎の手を掴んでひょいと長屋を跳び出した。

吉松は隣町の鍛冶町に住む金物細工師の久三を訪ねた。久三は団子っ鼻がやたらと目立つ丸っこい顔とずんぐりとした体つきをしている。

吉松は清次郎から聞いたエレキテルの話を久三に聞かせた。そして、図面を指で示しながら、

「ところで久三、図面にあるこの金物だが、作れんだろうな……」

「図面のことはよくわからねぇが、金物のことなら任してくれ」

久三は自信たっぷりに胸を叩いて見せた。

 吉松は清次郎と久三の肩を引き寄せ、にたにたしながら二人の耳元で(ささや)いた。

「これから三人で力を合わせてエレキテルを作ろうじゃねぇか」

清次郎は思いもよらない展開に怖くなり、泥沼の底に落ちて行くような気さえした。

「それは……」

「はっきりしねぇか!」

吉松は今までとは表情をがらりと変え、野太い声で清次郎を(おど)すように言った。

「はっ、はい」

清次郎は抵抗する気力も()え、気がついたときには操り人形のように頷いていた。

 それからひと月があっという間に過ぎ、吉松と久三は源内の図面を基にエレキテルを完成させた。静電気を発生させるガラス瓶は南蛮貿易品を扱う阿蘭陀屋から手に入れた。

「こんなちんけなガラス瓶に一両も踏んだくるんだからなあ。阿蘭陀屋もあこぎな商売をしやがるぜ」

と、吉松はぼやきながらも最後にエレキテルの箱の側面に俵屋宗達(たわらやそうたつ)(ふう)(じん)雷神図(らいじんず)を模写した。源内が発明の天才なら吉松と久三は模倣品作りの名人といえる。二人の腕は確かなものだった。

 清次郎はエレキテルが完成した嬉しさよりも、源内さんに叱られるんじゃないか、嫌われるんじゃないかとそればかりが心配で、これから先がますます不安になった。

「吉松さん。久三さん。これ、やっぱりよくないよ」

 吉松と久三は、ぶつぶつ言っている清次郎をよそに二人で肩を寄せ、ヒソヒソ話を始めた。

 吉松が久三に小声で言った。

「早速エレキテル診療所を開いてひと儲けしようじゃねぇか」

「誰が医者をするんだい」

「清次郎に決まってんだろうが」

 後ろを振り向き顎をしゃくった。

「でもどうやってやらせんだよ。あんなにビビってるぜ」

「任しときな」

吉松はニヤリとしながら清次郎に近づいた。

「部品代が思いのほか嵩んでよ。あと十両いるんだ。出してくれ」

「そんなに……。材料代ならすでに十両出したよ。今さら払える御銭(おあし)はないわよ」

清次郎は弱々しく口応えしたが、吉松が怖くなり目線を外し俯いた。

「払う金がなければ働いて稼いでもらおうじゃねぇか」

「なんでわたしが働かなきゃならないんだよ」

清次郎は顔を上げ、鼻をふくらませ、精いっぱい抵抗したが、

「俺と久三はエレキテルを作るのに働いたんだ。清次郎さん、あんたは何にもしてねぇじゃねぇか。今度はあんたが働く番だ。長崎でもやってたんだろう。簡単じゃあねぇか」

吉松はねちねちとまとわりつくように脅し続け、清次郎を深い闇へと追い込んで行った。

江戸での生活費や材料代、職人への手間賃など多くの出費を強いられ、財布の底はつき始めていた。このままでは生活することさえままならなくなる。とうとう清次郎は吉松に言われるまま、吉松の長屋を改装したエレキテル診療所で働くしかなくなった。

清次郎は名を清庵と改め、白の作務衣を着て長崎でやっていたような治療を始めた。助手にお(こう)と名乗る女が通ってきた。お甲は吉松の女であった。目は一重で腫れぼったく、鼻は小さく丸い。丸顔でぽっちゃりとした容姿。笑えば愛嬌のある顔をしている。

吉松から、「お甲には絶対に手を出すな」ときつく釘を刺されたが、清次郎は女にはまったく興味がない。今でも源内さんを慕っている。

源内さんのことを思うと胸がキュンと疼く。江戸でエレキテル診療所をやっているなんて聞いたら、きっと源内さんは怒るに決まっている。

――源内さんに知られる前に何とかしなければ……。

といっても何の手立ても思い浮かばない。清次郎は出口を探しても探しても見つからない迷路に迷い込んでしまったように身動きが取れなくなった。

ところが、いざ開業してみると、清次郎の心配をよそに、お甲はけなげに患者の面倒をよく()、清次郎を助けてくるくるとよく働いた。長屋の爺さんや婆さん、商家の女将さんや大工の棟梁、長屋の大家も診察に来たりしてすぐに評判となり、儲かり始めた。

ふた月もするとお甲は、エレキテルの使い方もすっかり覚え、一人でも何とかやって行けるようになっていた。

その様子を横目で見ていた吉松がお甲に耳打ちした。

「ここはお前一人でもやって行けそうだな」

「ええ、大丈夫よ。……それって、そうね。手伝いの小僧さんが一人居りゃあね」

お甲は吉松の考えていることを(つぶさ)に察し、目で頷いた。

 吉松は忙しく患者を診ている清次郎を長屋の裏に呼び出した。

「今、忙しいんだよ。見てのとおり、患者さんがいっぱいで、あとにしておくれよ」

 清次郎は診療所の方に目をやりながら不満を口にした。

「それはご苦労なこったなあ。ところで清次郎さんよ。お前の役目は今日で終わった。ここから出て行ってくれ」

 あまりにも唐突だった。

「なっ、何を言ってるんだい。急に」

 清次郎は驚きうろたえた。

「おめぇは要らなくなったと言ってんだ。要するによーずみだ、ってこと」

「ああ、そうかい。わかったよ。それじゃあエレキテル診療所もやめるんだろうね」

 清次郎は怒りで小さく震えた。

「なにバカ言ってんだ。こんなに儲かってるんだぜ。やめる訳ねぇだろうが」

 吉松はさも可笑しそうに不敵な笑いを浮かべた。

 清次郎はあまりに突然のことで動揺を隠しきれず、わなわな震える唇で、

「わ、わたしのあと、だっ、だれが治療をするんだい」

「お甲に決まってんだろうが。いまじゃあ、お甲の人気は(てえ)したもんだぜ。おめぇよりずっと稼ぐだろうよ」

 吉松はしたり顔で言った。

「治療だなんて、お甲さんひとりでは無理よ。なにか起きたらどうすんのさ」

「そんなこたぁ、おめえには関係ねぇこった。さっさと出てってくれ」

「そこまで言うなら出て行ってあげるわ。その前に、エレキテルの図面を返しなさいよ」

「図面? なんのこった。そんな物、知らねぇな。預かった覚えなんかねぇなぁ」

 吉松は素知らぬ顔でそっぽを向いた。

「そっちがそういう気なら、出るとこ出てもいいわよ」

清次郎は精いっぱい強がって、いつになく激しい口調で言った。

「そりゃあ、どういう意味だ」

 吉松は清次郎を睨み据えた。

「源内さんのエレキテルを勝手に作っただけでも良くないことなのに、エレキテル診療所まで開いて、その上いい加減な治療をしている。このことだけでも十分、罪になるわよ」

「いい加減な治療って、おめぇがしたんじゃねぇか」

 吉松は呆れたような顔をした。

「そうだよ。わたしがした。だからいい加減なんだよ」

「おめぇ、自分が何言ってんのかわかってんだろうな」

「ああ、よーくわかってるよ。だから源内さんにすべて話す」

「そんなことすりゃ、おめぇもお縄になるんだぜ」

「百も承知のうえさ。源内さんにこれ以上の迷惑はかけられない。図面を返せ」

清次郎は勇気を振り絞って吉松に飛びかかった。

「おめぇがそういう気ならこうしてやる」

吉松は清次郎が勢い込んで来るのをひょいとかわすと、清次郎がたたらを踏み、振り返るところにカウンターパンチを食らわした。清次郎はこの一発であっさりのされ、そのまま気を失った。


情けない話ですが、気が付いたら幽霊屋敷に転がされていたってわけです。

 清次郎は一気に話し終え、ふぅーっと一つ大きな息を吐いた。

「大変だったんだなぁー」

源内は清次郎の肩に手を回し、優しく声をかけた。そして、清次郎の手を取り、いそいそと奥の部屋に引っ込んでしまった。

「事の発端は源内先生にあったのですね。吉松の悪だくみもわかりました。ともかく清次郎さんが無事に戻られて良かった。ということで、今日はこれまでですな」

 と、玄白が口にし、首を振りつつ帰って行った。

「じゃあ、わたしもお(いとま)します。玄白先生、待ってくださーい……」

中良は後ろも見ずに小走りに玄白を追いかけた。

 がらんとした、一気に熱の冷めた部屋に蒼空とリウの二人が取り残された。清次郎の救出には成功したが、事件がこのまま終わるはずがないと思いながらも、緊張感から開放された二人はこれまでのことを振り返ることもなく、テーブルに突っ伏したとたん、深い眠りに落ちていった。


 翌朝、蒼空とリウが縁側に座り、ぼんやり庭を眺めていると、源内と後ろにぴったり寄り添った清次郎の二人が現れた。

 源内は清次郎とすっかり仲直りができ、すでにご機嫌のようだ。

「昨夜は大変だったそうで、清次郎から蒼空殿の武勇伝を訊きました。何やら妖術を使われるとか」

「ヨウジュツ? それってなんですか」

 蒼空は小首をかしげ源内を見上げた。

「お隠しあるな。離れたところから久三を阿波踊りのようにきりきり舞いさせて、投げ飛ばしたそうじゃないですか。これを妖術と言わずして何と言おう」

「えっ、それは、リ……。いやぁ、ばれましたか、未来の日本で発明された武術のひとつです」

ははは、と眉を下げ無理矢理に笑顔を作った。

「やはりそうでしたか。今度は拙者(せっしゃ)にもご教授願いたいものです」

源内は愉快そうに、ガハハと大口を開けて笑った。

笑い終わると、真顔に戻って蒼空に訴えた。

「実は、エレキテルの偽物が出回っているようで、わたしの工房にまで文句を言いに来る(やから)がいて困っておる。これを何とかできないものかと」

「そういうことは、警察。いや、奉行所へ訴えるんじゃないですか」

「やはりそうか。妖術の使い手の蒼空殿でも無理か」

「そりゃそうですよ。わたしは弁理士ですから」

 蒼空は唇を固く結んで首を横に振った。

「弁理士のうぉ……。どうにかならんものか……」

 源内は腕を組むと椅子に深く沈み込んだ。

 ――やりましょう。蒼空さん。

リウが勢い込んでテレパシーを送ってくる。

「あなた、いい加減なこと言ってるんじゃないでしょうね」

 蒼空はリウの無責任な意見に思わず怒りを口にしてしまった。

「わしはいい加減なことなど言っておりませんぞ。事実、困っておるのだから」

源内は(いぶか)しげに蒼空を見た。

「いえ、その……」

「蒼空さん。お願い」

今度は、清次郎が手を合わせ拝んだ。

「やめてください。そんなこと……」

それでも清次郎は手を合わせ、拝むのをやめようとしない。

「ちょ、ちょっと清次郎さん。わかりましたよ。何とかやってみるから……」

結局、安請け合いをすることになってしまった。

「良かった。わたしも協力する。源内さん、わたし、頑張るから」

清次郎はすでに興奮気味なのか頬が紅潮している。

「十分、気を付けるんだよ」

源内は清次郎の手を強く握り、無理をしなくていいから、と付け加えた。

 ――さあ、これからみんなで行きましょう。

 いやに明るいリウの声がした。リウと清次郎は昨夜の捕り物が上手く行き、強気になっている。大丈夫なんだろうかこの二人で。なんだか嫌な予感がするのだが……。

 清次郎は勢いよく立ち上がり、蒼空と透明人間のリウも従った。

「お甲のエレキテル診療所と偽エレキテルの作業場とあるけど、どちらに行きましょうか」

 清次郎はきらりと目を輝かせた。

「そうねぇー。先ず初めにエレキテル診療所に案内してください」

「わかったわ。任せといて」

胸を叩いたが、強く叩きすぎたのかごほごほと(むせ)ている。

「じゃあ、拙者はここで朗報を待っておるからな」

またしても源内はくるりと踵を返し、奥の部屋へと引っ込んでしまった。

「源内先生。吉報を待っててねー」

清次郎は源内の背中に向かって声をかけ、大きく手を振った。

頬をほんのり染めた清次郎は、意気揚々として先頭を歩き始めた。


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