ありがとう
翌日、よく眠った葵は晴れ晴れとした顔で登校した。不思議と植物達の声が聞こえない。
校舎裏へ行くと、何人かの先生が集まっていた。周りに生徒の野次馬ができている。葵は皆の視線の先を見た。
「あっ」
思わず手で口を覆う。そんな。
野次馬の中心には、あのヒノキが立っていた。
とはいっても、立っているのは根元から1メートル程の高さまでで、そこから上は真っ黒になって、折れていた。
「昨日の雷に撃たれたらしいぜ」
葵のそばに来た優斗が言った。
「あんな雨の中だったのに、朝までめちゃくちゃに燃えてたんだってよ」
罰だ。これはヒノキとの約束を破った罰だ、と葵は思った。
葵がまだ燻っているヒノキの残骸によろよろと近付く。ヒノキの意思を微かに感じたのだ。
「あ、葵…」
(ここだよ)
葵は心の中で返事をした。
「具合…よくなったのかい」
(うん)
「よかった」
ヒノキのか細い声を聞いて、葵は申し訳なさでいっぱいになった。
(ごめんなさい、私、昨日優斗にあの事を話したの。だから、きっと…私のせいで…)
「葵のせいじゃないよ。悪いのは私だ。
自然の掟を破って、人に話しかけたのだから。
私が君を巻き込んだ。いずれは罰を受けるだろうと思っていたよ。
来てくれてありがとう…
君には、本当に迷惑をかけてしまったね…すまない」
(いいんだよ)
葵は視界が滲むのを感じた。
「でも、最期くらい、話をしたって構わないよね。
私はね、寂しかったんだ。遠くでは仲間がどんどん減っていくのに、何もしてあげられない。
それに、ずっと動けないで立っていると、物事に無関心な他の木達みたいに心を無くしてしまいそうで。
若くて活発な君が羨ましかったんだよ。君は特に植物に優しいしね、君と話したかったんだ…」
ヒノキの声が次第に遠退いていく。
「……君と一緒にいられて楽しかったよ…ありがとう」
私も、と葵が言い掛けた時、ヒノキの意思を全く感じなくなった。
頭の中が空っぽになり、葵はただただ泣いた。
その横で、優斗はヒノキを見つめ、その周りに目を止めた。
雷が落ちたというのに、ヒノキの周りは焼けることなく、草花は皆無事だった。