戸惑い
数日後、葵のチューリップが花開いた。花は葵の明るさを写すような鮮やかな赤色だった。葵は嬉しそうにそれを眺める。優斗はそんな葵を眺めていた。
「綺麗なもんだな」
「でしょ?毎日欠かさず水やりしてよかった」
葵は微笑む。その時、可愛らしい声がした。
「育ててくれてありがとう」
葵は目を見張った。声はチューリップからしたのだ。
夕方、他に誰もいない校舎裏で、葵はヒノキに言った。
「私、最近ヘンなの」
「どうしたんだい?」
「あのね、多分…植物達が話してる声が聞こえるの」
「植物の声?私以外の?」
ヒノキが聞くと、葵が頷く。
「ちょっと前から花壇や植木鉢の花達が囁くのが聞こえるの。あと、ウチの花屋や、道端でも。かくれんぼしてると、そこらじゅうから草木の話し声がするの」
「気のせいではないんだね?風でざわめいているということでもないんだね?」
「うん、ハッキリと聞こえるんだよ。私以外の人がいないところでも声がするの」
葵は日に日に声がたくさん聞き取れるようになっていることをヒノキに話した。ヒノキは黙っていたが、しばらくしてから行った。
「もう私とは会わない方がいいかもしれない…」
思いがけないヒノキの言葉に、葵は戸惑った。
「どうして?」
「私がいけないんだ。私が君に話しかけたから…他の植物の声を聴く力もついてしまったんだ…」
「それのどこが悪いの?友達が増えることはいいことじゃない。いろんな声を聞こえて最初はちょっとびっくりしたけど、もう平気だよ」
ヒノキは静かに言う。
「全ての木の葉を数えられないように、植物も数え切れないほど多くこの世に存在している。いずれその全ての声が聞こえてくるかもしれない。葵はその全てと友達になる気かい?」
葵は黙った。それの何が問題なのだろうと思った。それよりも、葵はヒノキと話せなくなるのが嫌だった。