ふたりの時間
それから毎日昼休みになると、葵はあのヒノキに会いに行った。友達とかくれんぼをしつつ、花に水をやり、ヒノキと色々な話をした。
「あなたは何歳なの?」
葵が聞くと、ヒノキは分からない、と答えた。
「この学校ができた頃からだから、100歳近いかな」
「100歳!?」
まだ10年も生きていない葵には想像もつかない年数だ。
「よくそんな長生きできるね」
「私も不思議に思うよ。ただ水を吸い上げてるだけなのにね」
「ずっと同じ所にいて退屈にならない?」
「ううん、子供達が授業を受けたり、遊ぶのを見るのは楽しいから気にならないよ。それに、こうして君とも話せるようになったしね」
ヒノキは優しく言った。目はないが、葵は温かいまなざしを向けられているように感じた。
葵はヒノキとの秘密の会話が楽しくて仕方なかった。だから、他の人が来ると、ヒノキとの会話をやめなければならなくなるのが残念だった。しかも、やって来るのは毎回同じ人だった。
「今日もやってんだ」
優斗だ。他の生徒達は朝に花の水やりをしてしまうので、昼休みはあまり校舎裏に来ないが、昼休みの半ばになると決まって彼はやって来た。
「よくブツブツ言いながら水やりできるな」
葵が木と会話できることを優斗は当然知らない。
「えっと、これは、あれよ。花は話し掛けた方が元気に育つから」
葵は慌てて取り繕う。
「へぇ、なんで?」
「人は話す時に二酸化炭素を吐き出すから、それを吸って大きくなるんだって」
「ふぅん」
優斗に悪いとは思いつつ、葵は彼が早くこの場を去ってくれることを願った。
しかし、優斗は見事に期待を裏切って、自分の空っぽの鉢を運び出した。彼は鉢を葵のチューリップの鉢の横に置き、袋に入った園芸用の黒い土をスコップですくい、鉢に入れ始めた。
その様子を見て、葵の表情がパッと明るくなる。
「何か育てるの?」
「ああ」
無表情にそう言うと、優斗は短パンのポケットから種の袋を取り出した。
「何のお花?」
「ひまわり」
「いいね。私ひまわり好き。ね、なんで育てる気になったの?」
「ひむかいが楽しそうにしてるから、どんなかなと」
「"ひむかい"じゃなくて、"ひゅうが"ですぅ!優斗くん、わざと言ってるでしょ」
怒った口調だが、葵の目がすうっと細くなるのを見て、優斗の硬い表情が緩んだ。
「なぁ、たまに育て方教えてくれよな」
「水をやるだけだよ」
「それは当たり前」
二人はクスクス笑った。チューリップは赤いつぼみをつけていた。
「優しい子だね」
しばらく葵と話していた優斗がいなくなってから、ヒノキが言った。
「優斗くんのこと?」
「うん。本人は隠してるつもりみたいだけど、君に気があるみたいだ」
「そうかな?」
葵にはよく分からなかった。
「優斗くん、お父さんもお母さんも事故に遭って、いないんだって。だから、今はおばあさんと暮らしてるんだって言ってた。可哀想だね」
「そうだね。葵、優斗くんに優しくしてあげるんだよ」
「うん」