ヒノキ
「ただ背が伸びるだけだよ、優斗くんの場合は」
葵がぴしゃっと言うと、優斗は目をぱちくりした。優斗は、穏やかな葵が強い口調でものを言う所を見たことがなかった。
「んー、そういえば、お前、さっきかくれんぼしてたよな?」
優斗が頬を掻きながら聞くと、葵の表情が柔らかくなった。
「うん。でも、花が気になって抜けてきたの。みんなには内緒ね」
「ふぅん。そんなに好きなのか、花が」
「うん。知ってる?チューリップは花が咲いたらすぐ球根を切り取らないといけないの。じゃないと、球根がダメになるんだって」
「へぇ」
優斗はしげしげと葵と鉢を交互に見た。鉢の中の湿った土からは先の尖った緑の芽が突き出ていた。
優斗が去っても、葵はチューリップの様子を見ていた。すると、後ろから声がした。
「もしもし」
聞いたことのない声だ。頭の中で響くのに、遥か彼方から木霊するような、神々しい声。
「なぁに」
葵が振り返ると、少し離れたフェンス近くに高い木が立っていた。
「誰かそこにいるの?」
木に近づき、後ろを覗くが、誰もいない。
「こっちだよ」
「え?どこ?」
「君の目の前にいるよ」
葵は目を見開いた。目の前には、高い木が1本あるだけだ。
「すごい、話せるの?」
「口はないけど、話せるよ。正確には」
そこで、間が空いた。木が考えているようだ。
「口がないから話したい相手の頭の中に 自分の意思を送り込むのだけどね」
葵の目が輝いた。
「私、日向葵って言うの。あなたはヒノキね」
「そうだよ。よく種類が分かるね」
「植物の名前は大体覚えてるもん。ねぇ、あなたが話せることは、みんな知ってるの?」
「いいや、校長先生ですら知らないよ。他の木と話すだけだったから。そういう掟なんだ」
「じゃあ、なんで私に?」
「君なら誰にも言わないと思ったから。前から話してみたかったんだ」