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完徹の勇者  作者: きりま
領地攻防編

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第九十八話 交渉

 勇者は面食らっていた。

 形だけの話し合いの場だ。

 徴税官は、もっと勇者を煽って乱暴な言葉や態度を引き出した後に、結論へと導くのかと考えていた。

 前置きもなくいきなり同行しろと迫ったのは、もしかしたら第三者の存在に、勇者が考えた以上の動揺があったのだろうか。


 しかし伺う敵の態度は静かだ。

 いきり立つ聴衆に囲まれるといった状況にも慣れているようで、徴税官は初めの大声に眉を顰めたものの、冷や汗一つかいていない。

 当たり前なのだろうが、どうやら勇者が初めに考えていたように、貴族上がりで世間知らずのお坊ちゃんなどではないということだ。


 職務を遂行するためならば手段は問わず、冷徹な判断を下せる覚悟も持ち合わせている。長くこの仕事を続けているようだし、経験も積んでいそうだ。

 奇抜な手で動揺させたり、誉めそやして謙ってでも宥めたり、ましてやタダノフが言ったようなちょっとした暴力による脅しなどで追い払うことは無理だろう。


 勇者はようやく、今ここにいる現実の役人の実像を結び、まじまじと見た。


 やり辛い。

 全くもって容易ならぬ相手だと、勇者は歯軋りする。


(だからといって、引けん!)


 拳を固め緊張に震える勇者を見て、飛び掛られるのではと警戒しながら兵は慎重に近付く。二手に分かれた兵の警戒は、目標だけでなく周囲にも向けられていた。

 その警戒のとおり、領民に飛び掛られては困る。兵の行く手に、勇者は堂々と歩み出ると、徴税官に問うた。


「因みに、根拠はなんだ!」


 そうだそうだと周囲からも沸き起こった声に、兵の足は止まった。上司の判断を待つのだろう。

 徴税官は鼻で笑った。

 だがその目は笑っていない。


「白々しい。あなたが行ってきたことすべてですよ。いいでしょう、言い逃れできないように、この場で全員に罪状を明らかにしようではないですか」


 徴税官の言葉に、連行しようとした兵は警戒を強めるも、距離を詰めた勇者から引きはしない。

 罪状とやらを上げ連ねる声は続く。


「あなたの悪事はここに渡る前から始まっている。領地を不当に得るための行動を忘れましたか? そこにいる前マグラブ領主を筆頭に、情報を流すよう国や町村の要人を脅した。そして会場では、周囲の者を暴力で排除し縄の最前列を奪った……」


 会場には各国からの屋台が出ていたから、勇者の行動を把握できるのも分かる。

 どうやら勇者が袖の下で情報を集めまくったことを探り当ててきたらしい。

 以前の行動までも調べてきたとはご苦労なことである。

 ただし袖の下といっても、勇者らしいお願いだ。

 お駄賃代わりの頼まれ事との交換だった。


(コリヌはともかく、山の麓村の道具屋の親父もなかなか顔が広かったが……要人?)


 どうでもよい点が気になりかけたが、周囲がまたざわつき始める。

 事実無根だとかの声が上がるも、勇者は最後まで聞くようにと、どうにか宥めて徴税官に続きを促した。


「ここに来てからも、不当に広い敷地を独占するために、後から来た者を追い返したでしょう。荷物を失って戻ってきた一団があったと、報告が入っている」


 それは遭難組の皆さんのことだろう。

 背後から、その遭難組だった村人達からわーわーと聞こえてきた。

 抗議のわーわーらしい。

 片手で声量を落とすように合図を送ると、小さなわーわーとなった。

 徴税官は片眉をひそめて、その様子を訝しんだが、言葉を続けた。


「その後も、他の領主から証書を奪って、土地を我が物とした。そんな野蛮な男が、畑の維持などできるはずもない。食べるに困って、通り過ぎる者達から奪っていった」


 それはさすがの勇者も初耳である。


「だから南方へ行ったはずの者達が見つかることはない。荷物を奪われて、その辺に埋まっているのだからな。さきほど、森の中に人為的な痕跡を発見した」


 確かにある程度は通り易いよう手入れをしている。

 それを人為的な痕跡と言うならそうだ。


「なっ!」

「ええーいつの間に!」


 ほんの一時とはいえ、全員が勇者を振り返った。

 当の勇者は片手を顎に添えて目を細め、考え込んでみせる。


(この人、本当は暇なのかね?)


 勇者一人を貶めるために、ここまで労した渾身の作り話に些か感心させられていたのだ。その妄想力には通ずるところがなくもない。

 勇者は感嘆の声と共に感想を絞り出した。


「おっそろしいこと考えるねぇ、この役人さんは……」

「あなたの事を話しているんだ!」


 気の抜けた勇者の言葉に、さすがの徴税官も語尾が強まった。


(ふむ。そういう腹積もりで南の登録はへ向かわなかったのか。よくよく策を練っている。初めから意図があったとはっきりしたではないか)


 調子を乱されたことに焦れたのか、徴税官は冷静さを取り繕うように言った。


「はっ、そういう手ですか。見た目と違って、なかなか頭が切れるようだ」


(余計なお世話だ)


 八つ当たりなのか、徴税官はさらに周囲へと声を上げ始めた。


「狭い世界で、死の恐怖を前にして、民は正常な判断力を失った。その事情は斟酌する。今この男を突き出せば、他の者はなんの罪にも問わない!」


 小さなことだが、勇者は今の発言が気になって徴税官の話を遮った。


「待て待て、俺様はともかくだ。こやつらに何の咎があるというのだ」

「ですから、国家転覆に手を貸した罪だと言っているでしょう。首謀者ではないが、本来ならば死罪でもおかしくはない」

「俺様の罪とやらをでっち上げていたが、どこに国家転覆の要素があった。ぷ、すらないだろう」


 徴税官は我が意を得たりといった笑みを浮かべた。


「では証拠を挙げましょうか。どこもかしこもですよ。例えばしるべには城下町とあり、平和を乱すような不安を掻き立てる、禍々しい模様の国旗を掲げている。堂々と反抗の意志を見せているではないですか」


 禍々しいとは失礼なとへそを曲げつつ勇者は説明した。


「領主の砦だって城と呼ぶこともあるだろう。それに国旗ではなくただの目印だ」


 それに畳みかけるように徴税官は声を高めた。


「忘れたとでも思ったのですか、証拠を隠滅していたとしても、我々は覚えている。自らを王だと騙り、粗末な小屋に城などと刻んでいたことを! 我らの民を奪い、独立を果たさんとした何よりの証拠だ!」


 勇者は言い返せなかった。

 頭が真っ白になり、言い返そうとした百の言葉が喉元で渋滞を起こしたのだ。


 仲間達は、青褪めて固まった。

 徴税官は、触れてはいけないところを口にしてしまったのだ。

 急に冷え込んだ様子に、兵達は眉を顰める。



「――いま、なんと言ったね」



 勇者の声は静かだというのに、やたらと腹に重く響いた。

 その顔には先程までの緩みはなく、言い知れぬ緊張をはらんでいる。


「動かぬ証拠に、本性が表れたようですね」


 徴税官は訝しみつつも、勇者を追い込むことに集中していた。

 あまりに、集中しすぎてしまっていた。

 それもそうだ。

 罪を着せられることに腹を立てるなら、もっと早く怒りを見せていたはずだ。

 それも爆発するように、顔を赤くして喚き散らすというような態度が普通である。

 それまでの論調と、何か特別違いがあったとは思えなかった。違いがあったならどこだと考え、徴税官は切り返しが遅れた。

 その理由が、どうでも良いと考えていた小屋についてだとは夢にも思わないだろう。


 虚ろにも見える勇者は、瞬きもせずに言いきった。


「貴様の言ったようなものなど、ここには存在しない」


 兵達は咄嗟に武器を構えなおしていた。


「まだ言い逃……」


 言いかけた徴税官を遮るように、勇者は語り始めた。

 感情に押し流されるままに言葉が吐き出されていく。


「いいか、よく違いを聞きたまえ。その姿はたおやかで控えめながらも全てを包み込むような慈愛に満ち我々を温かな微笑みで静かに見守っていてくれる雄大な大自然の如き存在感があるにも関わらず主張せず傲慢ならずまるで夜明けの空気に浮かび上がる朝露であり瑞々しい青葉の合間を流れ飛び散るせせらぎの雫にも似た透明な美しさは――」


 それはあまりに異様な光景だった。

 何かを絶賛しているらしい詩的な表現を、無表情な男が紡いでいる。


「な、なんだ一体。貴様は何を言っているのだ」

「怪しげな! もしや、呪文なのか……?」


 兵達がどうしたものかと呟き、上司へと判断を仰ぐように見た。


「気でも触れたか」


 ある意味その通りであると、勇者の仲間達は一斉に頷いた。

 その頷きにさらに困惑する兵達をよそに、勇者の言葉は止まらない。


「――大層優美であり妖艶な闇のものとは相容れぬがかといって中天のお日様のようなどぎつい輝きもないにも関わらず奇跡的にも清らかでまさに清楚そのものといった佇まいに美を凝縮しており目にすれば思わず息を呑んで我が身が御前にあることを感謝せずにはいられずそれこそ星さえもその命を燃やしながら空を彩る光となって引き寄せられるほどだがその腕に全てを優しく受け止める儚げなれど確かな強さを持つ――」


 しかも勇者の顔付きは、段々と遠くを見、悦に入ったものとなっていく。

 細めた目は中空を彷徨い、両手を天に掲げる姿は何かを崇めているようだ。


 敵味方の区別なく、全員が胸中に浮かべたことは同じだった。



(気持ちっ悪い……っ!)



 拳を握りしめると、力のこもった勇者の目が、見開かれた。


「お分かりかね……そうとも、ここにあるのは素晴らしく麗しい、お城ちゃんだけなのだよ、とぅっ!」


 叫びと共に勇者は跳び、次の瞬間には兵達の守りを擦り抜けて徴税官の眼前にいた。


「ひっ……!」


 血走った勇者の目が、徴税官を間近に見下ろす。


「は、離れろ!」


 前衛の兵達は切っ先を向けようとしたが、武器は柄の長い槍だ。

 しかも固まってしまっていて、体を捻ろうとすれば側にいる兵達にぶつけてしまう。

 方向を変えようにも、周囲は領民達に囲まれているのだから、それを無視は出来ずに動きを止めた。

 咄嗟に状況を察した背後の兵達が、剣を取って勇者に突きつけた。

 その辺はさすがに中央の精鋭なのだろう。


 だが誰も下手には動かなかった。一応、武器を持った相手ではない。

 勇者は周りの動きも意に介さずに、徴税官だけを見据えていた。


「どうかね、よくお分かりいただけたことだと思う。ここには粗末なものなど何もない。素晴らしく麗しいお城ちゃんだけだ……いいね?」


 日は今にも海へと沈みそうに傾いており、徴税官は海の道を背にしている。

 それでも光は、勇者の血眼をくっきりと浮かび上がらせた。

 理解を超えた行動に、つい訳も分からず、徴税官は頷いていた。


「それは良かった。ちょうど潮も引く。では、お引取り願おうか。少し頭を冷やしてから、いま一度話しあおうではないか」


 そして勇者は――にかっと笑った。


「うがああっ目が!」

「つぶれる!」


 兵達は視界を奪われた。

 それは一瞬だったが、勇者が退避するのに十分だった。



「ふぅむ。敵かと思っていたが、彼らも俺様の笑顔にめろめろになるようだな。ふっ、罪な笑顔だよ」


 勇者は満足気に、己の顎を撫でた。


「ゆっ勇者よ無茶はおやめくださいぃ」

「ソレスぅ馬鹿なこと言ってないで下がって!」


 タダノフの声に兵達を見ると、怒りに総毛だっていた。

 前衛の一人が顔を歪めて叫んだ。


「くっ……得体の知れん技を使いよる!」


 体勢を立て直した兵達は、また固まって武器を構えた。今度は真剣味がある。

 それまでは彼らも、たかが丸腰の民衆相手と侮っていたのだ。

 だがそれを制して徴税官は声を上げた。


「一旦下がる!」


 兵達は驚きの色を見せたが、口を噤み、構えはそのままにゆっくりと後退していく。


「いいでしょう。罪状は伝えた。民への条件も。大人しく投降しないというならば、牢で過ごせる時間さえも寿命を失う。我らは所詮一部隊に過ぎない。本隊が送られてくれば、あなた方はここで朽ちる。せいぜい別れを済ませておくことだ!」


 去っていく徴税官達に、周囲から野次が飛んだ。


「さっさと帰れー!」


 我慢ならなかったのだろう。誰かが叫ぶと次々に罵倒が浴びせられた。


 徴税官一行は、未だ潮が引ききらずにぬかるんだ道を、無理を押して去っていった。




 勇者は両腕を組んで岩礁に立ち、のろのろと移動する姿を見送った。領民達も、相手を威嚇するつもりなのか、共に立って睨み続けた。

 姿が見えなくなって、そこでようやく勇者は口を開いた。


「本隊と言ったか……どれだけ猶予があるかな」


 珍しく真剣な顔付きだ。

 それが崩れることなく続いた。


 勇者は心配で夜も眠れないだろう事実に思い当たったのだ。


(なんということだ。隙あらばコリヌの屋敷からこそっと書を拝借して嗜み、読み書きを鍛えるだけでなく、言葉の感性も磨いていたはずだったというのに……それをもってしても、お城ちゃんを称える言葉はあれっぽっちだったというのかね俺様め! なんたる愚鈍!)


 握り拳を掲げて勇者は吠えた。


「おおお、物凄い気迫がだだ漏れている……」

「勇者様はやる気だ!」

「わーわー!」


 周囲は緊張が緩んだ反動か、異様な盛り上がりを見せる。


「なんか違うっすよね」

「あれは現実発妄想行き特急馬車に飛び乗っている様子ですな」


 領民達の賞賛をよそに、行き倒れ君達は冷静だった。



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