第九十七話 対峙
明日の話し合いについて考えていた徴税官は、こちらの準備が万全になるのはいつかと考えた。示威行為に必要な、人員についてだ。
動く気が無い先遣隊のことを頭から追いやっていたが、ノスロンドの本隊の到着について確認しようと天幕を出た。
本当に日取りを知りたいわけではない。つついておくことで、相手に不利の心理を植えつけるためだ。
それに、行動に不自然な点があると感じるのも事実だった。
先遣隊とはいえ、中央からの報を受けて動いたはずで、本隊もすでに出立しているだろう。
そう遅れるものだろうかとの疑問は湧く。
護衛を連れた徴税官が近付く姿を認めると、見張りの兵が天幕へと合図をし、コリヌンはすぐに表に控えた。
向かい合うや即座に、徴税官は尋ねた。
「本隊の到着日を、あなたは知らせませんでしたね」
「……与り知らぬところ故」
意図をはかりかねてか、コリヌンは慎重に答えた。
「なにかを企んでいると思われたいのですか」
「我らは、指示通り動くのみ」
伝令がマグラブ領へ出され、直行するように指示したなら、ノスロンド側と会ってはいないだろう。
指示だけ受けたことも納得はいく。
それでも、動きが早すぎるのではないかと思えた。
徴税官は、不自然さはそこだと気付き、背後の護衛の位置まで数歩下がった。
「しかし、まるで準備が整っていたようではないですか」
徴税官の言葉の意味するところに、そばの護衛兵の体にも緊張が走った。
ノスロンドからの指示を待つまでもなく、準備を終えていた。
一体どのようにして中央の情報網を上回ることが出来たというのか。
いや違うと、徴税官は目を細める。ここは中央の網も関係ない。徴税官が中央へと報告し、それから北端の辺境まで届くのにどれだけかかるか。
前もって、予測していたとしか考えられなかった。
ならば、噂は目の前の男が流したものなのかと訝しむ。
幾ら状況を先んじたとて、私の要請が届いているのは事実だ。そう考えれば、本隊が来ることは間違いないだろう。
徴税官は眉を顰めた。
不逞な企みがあるならば、夜討ちしかない。
昨晩の内に行動を起こさなかったのは、油断を誘うためだったのか。
だとすれば、今日や明日ではまだ本隊が到着しないと知ってのことではないか。
そこまでする理由はと考える。
親族がいる。
こんな状況でも、庇い立てする者はいるだろう。
それが、高い地位にあればなおさらだった。
しかし、と戦力へと目を向ける。
この先遣隊は、精鋭だろうが十数名。
こちらはさらなる精鋭が三十余名だ。
戦力を削ぐことはできても、全員の口を封じることは無理だろう。
家族を助けるどころか、不名誉を被る結果が残るだけだ。
そこまで考え、どういうつもりかと問いかけることにした。
「私は前マグラブ領主を捕らえる気はありませんよ。現場を見ましたが全ての領民が、おかしな男に無理強いされているようですからね」
コリヌンは、なんの変化も見せなかった。
視線一つ動かさない。
それが、余計に不審さを掻きたてた。
静かに睨みあっていると、コリヌンが口を開いた。
「そういったことを危惧されるからこそ、何も言えないのだ。私は何があろうと王命に従う。それを証明しなければならない」
それ以上の弁解は必要なかろうとばかりに、コリヌンは背を向け、己の陣地へと引っ込んだ。
その背を追わなかったのは、徴税官もなるほどと多少の納得はしたからだ。
「……見張りを立てておけ」
それでも、念のためにコリヌンらを見張るよう指示した。
行動を先んじようとするほどの心配は、親族の行動によって己の地位を失う寸前だからというなら、それもまた納得できる理由だった。
これまで様々な人間の行動を見てきた徴税官には、それも人の行動の一つに過ぎないと思えていた。
もしかすれば、標的はこちらではなく、その親族ではとも考えられたのだ。
◇◇◇
勇者は、おかしな声を聞いたことで興をそがれ、岩場体操を諦めていた。
それと共に何か備えられないかとの考え事も打ち切って、竃へ戻った。
そこにいた見慣れぬ姿に、客がいたことを思い出した。
「どこに隠れていたのだ、お爺さんよ」
「なにやら忙しそうだったのでな、ゆっくり休ませてもらったぞ」
よくもこんな目立つ輩が、徴税官に見咎められなかったものだと不思議な面持ちで、未だ火がくすぶっている竃のそばに腰掛けた。
勇者は徴税官らを追い立てるまで海沿いにいたから戻りは遅くなったが、いつもなら、すでに食事時は終えている時間だ。
それでも、状況が状況なためか、コリヌ含め仲間は揃って待っていたようだ。
「ささ勇者よ、お茶でも飲んでください。色々とほぐれますぞ」
そう言うコリヌの客への緊張も少しはほぐれたようだ。
恐る恐る勇者に茶を進めるのは、怒り狂っているかと心配されているように見えた。
勇者はありがたく喉を潤した。
昼間のことを思い出したのだろう、タダノフがぼやき始めると皆も参加した。
「そこまで本気なのかねぇ」
「まずはただの脅しと思われますので」
「脅しにしてもひどいもんっす……」
「それにしても用意が良すぎますな」
しかし脅しても民衆が抗うならば、実力行使は止むを得ない。
そんな理由をつけて攻撃されることを考えねばならない。
勇者が徴税官を睨みながら付いて回る間、隙を見て行き倒れ君に頼みタダノフとノロマには領民を宥めるようにとお願いしていた。
勇者はそれぞれの状況はどうだったかをたずねた。
どうやら、畑を踏み荒らしたのは徴税官組だけで、他の補佐官らはそこまではしなかったようだ。
まずは勇者を煽るなら妥当なところだろうが、それでもほっとした。
逆に勇者畑の惨状について聞くと、タダノフが鼻息を荒くした。
「ソレス、なんで放っておくの。ちょっぴり締め上げたらすぐ逃げると思うんだけどね」
力こぶを振るわせるタダノフに、勇者は表情を険しくし、こめかみがぴくりと動いた。
「タダノフ……世の中にある力は、筋力だけではないのだ。分からなくてもいい、納得するように」
タダノフとノロマは、勇者の穏やかながら只ならぬ威圧を含んだ物言いに怯えだした。
いつもなら、そこまで駄目だと言うからには、堂々と餌の制裁をちらつかせたり、鉄拳制裁が飛んできたりするはずなのだ。
「そうだな、皆に頼みたい。力は存分にふるってほしいが、それは堪えきれずに感情が踊りだした領民らの動きを止めるためだ。一つでも、こちらに攻撃する理由を減らすためだ。分かるだろう、それがどれだけ重要なことか」
勇者が望んでいるのは、暴れる領民らを鎮めるためといった、相手が動き出す理由を与えないためだ。
タダノフは難しいことは考えられず、なんでも腕力で解決しようとするが、怒りに我を忘れて暴れまくるなどということはない。
幾ら空腹だろうと、そんな暴挙に出たことはないのを共に旅して知っている。
餌さえ十分なら、誰よりも冷静に動けるといえるかもしれない。
ノロマも、怒ることすら面倒臭いほどだし、むきになるのは呪いのことだけだ。
勇者としては、緊張感に欠けるだけかもしれないが、理由はどうあれ冷静でいられる二人にどうにかその役を務めてほしいと考えていた。
「わかった。任務は果たすよ……餌にかけて」
「俺もまじないの城が奪われるのは嫌だからして、重い腰をあげますとも」
勇者は信じるしかない。
重々しく頷いた。
徴税官らは、潮が引けばすぐにも訪れるだろう。
勇者はそう見越して、日が昇る前から海岸沿いで待機していた。
どう対応すべきかの策はない。
これまでの妄想力を信じ、気合いで立ち向かうだけだ。
朝の道が開いてほどなく、徴税官は訪れた。
しかし意外なことに、すぐに話し合いをするのでなく、また巡回するという。
領境周辺を見たいとのことだった。
道などないのだから、馬で巡るわけにもいかない。
昨日よりは時間もかかるだろう。
勇者も外側を回るというなら、付いて行く理由もなかった。
踏み荒らされて困るということもないのだ。
一瞬、火でもかけられたらと不安にはなった。
そう簡単に燃え広がるものかはともかくとして、森に入って自ら火をかけるなど自殺行為だ。
さすがに、そんな危険をあえて犯すことは無いだろう。
それに、この地を奪いたい気持ちがあるのなら、なおさらだった。
そもそもこの地をどうにかしようという気がなければ、こんな手間のかかる嫌がらせまでする必要はないのだから、そこだけは確信するしかなかったのもある。
勇者は睨み、周囲は呆然と見守る中、彼らは南へと続く道にある立て札を見、鼻で笑うと森へと入っていった。
昼を過ぎて徴税官一行は戻ってきたわけだが、その行動の理由に勇者は思い至った。
話し合いをするにしろ、勇者を皆の前で煽りたいはずだ。
領民らがあまりに興奮したら、隔てる場所がない。
夜に潮が引くまで戻れないのだから、それまで時間を潰すためなのだろう。
勇者の想像通りなのかは分からないが、戻ってからもすぐに勇者を呼ぶことはしなかった。
代わりに、嫌がらせなのか当然のことと考えているのかは分からないが、徴税官らは物資の供出を要請してきた。
食事は、人間のものだけではなく馬へもだ。
かなりの干草を溜め込んではいたが、少ない家畜の餌よりも、畑への肥料や薪代わりの燃料にもしている。
余分はそうあるわけでもない。
滞在時の数十頭分の餌を出すようにといわれれば、あっという間に動揺が走った。
「心配するな、俺様が余分を蓄えている。タダノフ、丘から運んで来い」
「あいよ」
勇者の言葉に領民は静まったが、同時に慌しく去っていった。
間もなく彼らは、干草の束を持ち寄っていた。
「勇者領主さんだけが出すなんて、馬鹿なことがあるもんか」
食事とくれば、水もだ。重い水も運ばせた。
「ご協力感謝しますよ」
徴税官は、領民らに向けて笑顔で言ったが、勇者に聞こえるだけの声で別の言葉を投げた。
「よくもまあ、これだけ躾けたものです。どこまでおぞましい脅しがあったのか、想像もできませんね」
「……話し合いたいなら、さっさと済ませたらどうかね」
「もちろん、日が傾きはじめたら始めますよ」
暢気に食事を摂る徴税官らの姿をよそに、大畑さんと小作隊らが叫んだ。
「かわりに馬糞をいただくぞぉ!」
「おぅっす!」
どのみちこんな状況では、ろくに仕事にならなかった。
そうこうしている内に時はすぎた。
日が傾く中、勇者は海沿いの標辺りで、徴税官と向かい合っていた。
向かい合うといっても、徴税官は兵に囲まれているし、馬一頭分は距離を取っている。
「よく調べて現状を把握しました。領主の座を無理に奪ったノンビエゼさんから、無理に働かされているのだと聞いて、胸を痛めています」
徴税官が周囲を囲む領民達へ向けて声を上げるのを見て、はなから勇者を吊るし上げるためだけに設けられた場と分かった。
小さなざわめきが起こった。
「のんび、えっ?」
「ノンビエゼって誰?」
困惑の声だった。
「皆さんご静粛に。何もあなた方全員を疑っているわけではありません。我々は全て把握していますよ。純朴な民によからぬ噂を吹き込み、この国家転覆を企むようそそのかした首謀者の存在を!」
そう言いながら、徴税官は指差した。
その先にいるのは、勇者だ。
今度こそ領民も、誰のことを話しているのか理解した。
「ふざけたことを抜かすなぁ!」
「そうだおかしなことを言うな!」
「こけーっ!」
勇者より先に反応したのは、領民達だった。
荒っぽいタダノフの手下達だけでなく、温厚な畑さん達が声を上げていた。
「大畑さんまで……」
最後の声は人間と頭に乗った鶏とどっちの声かと訝しんだが、その気持ちは無視する。
何も彼らは勇者のためだけに怒ったのではなかった。
純朴な民などという言葉の裏には、言外に「何も分からぬ馬鹿ども」という含みがあった。
彼らにも自尊心はあるのだ。
「そんなほいほいと全員が丸め込まれるかぼけぇ!」
「言っていい馬鹿と、駄目な馬鹿の区別もつかんのか!」
「まったくだ……えっ」
口々に、徴税官へと非難の声が浴びせられる。
声が高まるほどに兵達の間の緊は高まり、徴税官を守るようにして構えた槍に力がこもるのが見て取れた。
全員が丸腰なのだ。
このまま刺激してはまずい。
「ここは俺様の話し合いの場だ!」
勇者が声を上げると、ノロマ達も現状に気付いて声を上げた。
「こっここは静粛にするので!」
「静かにするんだよっ! しないと転がすよ!」
騒ぎはぴたりと止んだ。
タダノフ効果は抜群だ。
騒ぐ聴衆を注意深く見回していた徴税官が、勇者達の背後、遠巻きに見ている男達に向いた。
その目が細められるのを見て、勇者もとっさに背後を見やると、お爺さんらがいた。
頭からぼろ布で覆っているから、近づくまで気が付かなかったのだろう。
しかし垣間見える装備品は兵のものだ。
徴税官は見逃すはずがなく、勇者は感付かれたようだと腹に力を込める。
ここで、本来の任務が何か知ることになるかと思ったのだ。
シュペールが、人の良い老人を演じてこの地に入り込んだのか。
それは徴税官への助力のためか、ノスロンド王国による他の思惑があるのか。
それとも個人的な興味か。
隠居後に楽しむ余興にしては刺激的すぎないかと思うが、戦場を駆け抜けてきた者にすれば娯楽に等しいかもしれない。
感付かれたと思ったのは、徴税官も予想外といった反応に見えたためだ。
勇者同様に、どちらの陣営か考えているようでもある。
そういった狼狽は、勇者の顔にも表れていただろう。
やがて、様子見に来た連中と判断したのか、今はあえて無視することにしただけか、徴税官は己の職務を全うすることに決めたようだ。
「あなたが民をいいように唆したことは調べがついている、ソレホスィ・ノンビエゼ。同行願おう」




