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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第九十六話 作戦燃ゆ

 深夜、勇者は行き倒れ君と交代して起きると、お婆ちゃん住居建築作業を進めていた。客がいるのを忘れて木材を切りそろえたりして、睡眠妨害に勤しんでいたが、誰も起きる気配はなかった。なかなか悪環境で鍛えられているようだ。


 日が空を白く染め始めた頃、丘を登ってきた畑さんの姿が視界に入った。

 慎重に作業していると、研ぎ澄まされた感覚も反応は遅れる。

 木材を置いて走り寄る。


「たたたい大変だ勇者領主さん、兵が押し寄せてきたぞ!」

「城にいる行き倒れを起こしてくれるか」


 そう頼むと勇者は走り出した。


(さっそく来たか。兵が押し寄せて、ということは今までの査察とは、やはり違うようだな)


 斜面を下りながらも見えたのは、三つに分かれた集団だ。

 すでに、標よりもこちら側にいる。

 全員が馬に乗っていることに、眉をひそめた。

 近付く内に、どうやら二手に分かれた補佐官が調査しなおしているのだと分かった。

 前回と同じといえば同じだ。

 ただ、それぞれが多くの兵を伴っていた。


 中心の一団は、こちらに真っ直ぐ移動してくる。

 覚えのある、不快な感覚。

 目が、合った。




 徴税官は、以前にも増して酷薄な笑みを貼り付け、兵に囲まれながら悠々と馬を進める。

 馬上から見下ろす冷酷な目を、勇者は見上げた。


「久しいな、登録役人。いや、中央の徴税官か」

「やはり、マグラブ殿を脅して、知恵をつけたようだ」

「誰も、脅されてなんかいないぞぉ!」


 周囲を追ってくる、遠巻きの領民たちが叫んだ。

 勇者は手を上げてその声を遮り、さっと全体を見渡す。


 兵の数に疑問があった。

 護衛団の数は以前の倍ほどに増えていた。

 今目の前にいるのは、登録係と補佐係の周囲を守るといった程度ではない。


 各隊が十数人ずつ、全体だと三十以上だろうか。

 勇者に中央の規定など知る良しもないが、辺境の村を制圧するのですら、こんなには必要あるまいと思える。ここは、そんな辺境の村以下だ。

 残念なことだったが、どうやら徐々に圧力をかけていくことはやめて、いきなり本気で臨んできたということだ。


「驚かないようですね、ノンビエゼさん」

「ここのところ、来客が多いのだ。噂話も耳に入る」

「どうやら、自らの犯した罪に覚えがあるようだ」


 勇者はこちらに知らせている者がいるのだと、揺さぶりをかけられないかと思い来客と強調したが、徴税官はなんの変化も表さなかった。

 かなりの自信と準備のほどが伺えた。


 罪とやらを、ひとまずは認めないにしても、相手が何を何処まで知っているのか、または考えているか分からないのでは動きようもない。

 勇者は先手を打つことにした。


「なにが罪かは知らんが、俺様がここを統一して大領主となった! その噂が、尾ひれを手に入れ思うが侭に人の口の波間を泳いでいるようだな!」


 二度目の後には会っていないのだから、知らないはずだ。

 これで標的は勇者一人となってくれればと考えたのだ。


 徴税官の口元に動きがあった。

 笑み、だ。

 手応えを感じ、勇者は畳み込むように情報を与える。


「全員の領主証書を預かっている! 納税時期に会ったら伝えるつもりだったから、足を運んでくれてちょうどよかったぞ!」


 言い終えると勇者は不敵に笑った。

 俺様の勝ちだと思っている、とでもとらえて欲しいためだ。

 今や勇者が領民を従えているのだから、手出しできまい。そんな風に考えている愚か者と侮ってもらうためだ。


「おやおや、まさか、そこまでとは」


 徴税官は楽しげに、しかし呆れたというように、ゆっくりと頭を振った。


「たしか私は、前回も、同じことを注意しましたよ。急に予定を変更されても困るのだとね。また、計算しなおしと、報告の手間がかかるというわけです。それにはどれだけの物資が必要か、お分かりになりませんか。その態度だと、理解していながら手を煩わせていると、そう受け取っても構わないのでしょうね」


 勇者は注意深く態度を伺っていた。

 徴税官に余裕が出てきた。

 やはり、勇者一人が領主であることは、望ましいのだろう。

 それとも、噂の真偽はともかく、確実に罪をでっち上げられる理由ができたと踏んだのだろうか。


「畑を見に来たんじゃなかったのか……」


 周囲を取巻いた領民たちは、わけが分からず騒ぎ始めていた。

 勇者はまだ、徴税官からもたらされるかもしれない本当の危機を、ちらとも話していなかった。

 まだ収穫時期まで余裕があると考えていたためだ。

 皆に話したのは、税率が高すぎる懸念だけだった。


 これ以上の騒ぎを止めるために、勇者は叫んだ。


「畑だけではなく、全体を見たいのだろう! さあ存分に観光するがいい!」


 徴税官は片眉を上げると、兵らに指示を出し丘へと向かった。




 何を隠すこともないし、隠しても仕方がない。

 勇者は黙って、彼らの行動を見ていた。


 徴税官らの煽るように横暴な行動を。

 畑を踏み荒らしながら、気にもとめない様子を、目に焼き付けていった。




 わざとだろう、ゆっくりとした動きで辺りを調べまわっていた徴税官らだったが、日が傾く頃に海岸へと戻っていった。

 徴税官は、ずっと後を付いてまわっていた勇者を振り返った。


「かなり、無茶な開拓をしていますね。領民を不当に酷使しなければ、到底できないでしょう。可哀相なことをする」


 そして潮が引き始めるのをちらと見ると、勇者へ冷たい笑顔を向けた。


「話し合う必要があるようです。多すぎるほどにね」


 また明日にと残して走り去っていく、その姿が見えなくなるまで、勇者達は睨んでいた。




 止めていた空気を吐き出すように、集まっていた領民たちが不満を口にし始めた。特に声の大きな小作隊らの言葉が耳に入った。


「一体なんなんだ、あいつらは!」

「初めっからいけすかねえと思ってたが、すっげー悪いぞあいつ」

「勇者領主さん、俺たちゃあんなやつの言いなりは御免だぜ!」


 勇者は領民と向き合う。


「よく聞いてくれ! 向こうも話し合いはすると言っている。腹が立つ物言いは、気を散らせて丸め込もうという作戦だ!」


 勇者は周囲の一人一人と目を合わせるように見回した。


「だから、決して暴れないでくれ。それはあの役人が望んでいることだ。何を言われても、どんなに腹が立っても、人の道を外れた言葉を投げかけられてもだ。武器をちらつかせることもあるだろう。それでも、距離を取って反撃はしないで欲しい……頼む」

「だって、そりゃあないよ勇者領主さん……」

「俺たちの領地でもあるんたぞ」


 勇者は頷いた。


「その通りだ小作隊長。だが、あっちは役人の首領。こっちの首領は俺様だ、って言ったら分かってくれるか」

「首領対決か……」


 悔しげに拳を握る小作隊長にそうだと答え、宣言した。


「これは俺様の戦いだ。せっかくの見せ場を奪わせんぞ!」


 いつものように、大したことではないのだと笑って言いたかったが、出来なかった。

 家にいてくれと頼んでも、気になって話し合いとやらの場を囲むだろう。そうするなと止めることは難しい。

 せめて動かないでいて欲しいのは本気だと、伝えたかったのだ。

 周囲のざわめきが小さくなったのをみて、勇者はゆっくり休むようにと皆を解散させた。


 いきり立つ領民らをどうにかなだめると、自身の胸にくすぶる興奮もなだめるように、丘へと走った。




「竃に戻らないんすか!」


 行き倒れ君の声が後を追った。

 目覚めて追いつくと、勇者と共に徴税官らの後を付いていたのだが、珍しく黙りこんでいた。

 しかし勇者と同じく、怒りに震えていたのは見ていた。


「作戦をこねる、お時間だよ。とうっ!」


 勇者は城へは戻らずに岩場へ駆け上ると、海の道海岸付近を睨むようにして立った。

 そして、ここのところお休みしていた岩場体操を始める。

 体を曲げ伸ばししていると、頭も冴えてくるのだ。


 幾分早いが、この状況となる日が来てしまった。

 海の道のお陰で、考える猶予はある。

 そして、全てがそろった今こそ、状況を整理するときではないかと思えた。


(だというのに、どうも何かが引っかかる……)


 何をと考えれば、随分と自信ありげな印象で現れた徴税官の様子が思い出された。

 一息に決着をつけようとでも言わんばかりだった。

 それなのに、領内を調べこそしたものの、予定通りといった風に話し合いの場を設けると告げて去っていった。


 それに、コリヌン部隊はついてきていなかった。本当に傍観するつもりかは知りようもないが、徴税官は恐怖を与えたかったはずで、それならば数合わせに連れてこようとしただろう。

 そもそも、要請を受けてきたにしては、コリヌン部隊は少人数すぎる気がしていた。


(まずは見回って、証拠固めをしたかっただけかもしれんな)


 それが形だけだとしても、明日の話し合いでは、こんな事実を発見したのだと、大げさに責めるつもりなのだろう。


(あの口ぶりだと、俺様が領民を牛馬の如く扱き使ったことで責める気だな。牛馬の如く酷使したのはタダノフだけだ、失敬極まりない)


 その他、些細なことも見逃すまいと、勇者は徴税官の行動を洗いざらい思い返していた。



◆◆◆



 徴税官が新大陸に留まらず海を戻っていったのは、夜襲を気楽に防ぐためだ。

 勇者と同じく、この海は自然の城壁だと考えた。


 兵達が用意した簡易の天幕へと腰を落ち着けると、徴税官は補佐官から渡された調査書を捲る。

 情報を頭に入れながら、明日からの対策を練っていく。

 対策とはいうが、言い逃れできないだけの理由を増やしていくことが目的だ。

 どうでもいい事柄でも、数を重ねられれば人は動揺するものなのだ。


 すっかり、余裕ができていた。

 知らず望ましい状況となっていたことを、確認できたからだ。


 白髪男は勝手に領地をまとめたといっていたが、領民からも証書を渡したことについての言質を取った。

 妬みから守るためか、あえて仲間二人の領主身分は残していたが、それでも都合はよかった。

 領主を追い立てる手間を省いてくれたのだ。



 しかし、ノスロンドの本隊が到着するまでは、予定通り圧力をかけるだけにするつもりでいた。

 交渉、ではなく話し合いをすると伝えたが、何かを決めるためでも誤解を解消させてやるためでもない。


 脅しの場だ。


 白髪男だけでなく領民全てに、新大陸では好き勝手できるなどといった勘違いを正す場とするのだ。


「どうやって、追い詰めるか」


 追い詰める手立ては幾つもある。

 徴税官の言葉の意味は、どの手でどのようにしてという意味だ。

 なんとも鼻に付く男だと神経を波立たせられる。これが生理的嫌悪感というものだろうかと考えていた。


 余裕ができたことに加えて、その私情がより冷静さを損なわせた。

 領主の地位を追うなどといった甘いものでなく、排除できたほうが今後の行動も楽になるだろうと思ってしまった。

 いかに、完全に、追い詰めてやるか。

 厳しい基準へと条件を絞っていく。


(本隊の到着はまだだが、話し合いの場で決着がつくなら、それもいいだろう。言い逃れできないよう、徹底的に証拠を挙げてやる。その場で捕縛できるだけの証拠をな……)


 喉の奥にくぐもった笑いが、天幕内に低く響いた。



◆◆◆



 強烈な音が、勇者の耳元で弾けた。




《――『敵意』を、認識しました――》




 勇者は跳びあがって周囲を見渡した。


「ふぉ! なんだ行き倒れ耳元で叫ぶなって、おや……」

「……幻聴っすか?」


 行き倒れ君は、岩場の下。離れた位置に立ったままだった。


 何かが、聞き間違いなど有りえない大きな声を発した。

 それなのに、あんな大音声を聞いて、行き倒れ君がなんの反応もしないなどありえないことだった。


「だっ、大地の精霊王が、奇襲をしかけてきたのだよ……」


 まさか本当に幻聴だったら恥ずかしいしと、咄嗟に誤魔化していた。


「作戦って何のだったんすかね……」


 行き倒れ君の、胡乱な者を見る目付きを振りほどいて海の方を見つめる。


(声、とはいえなかった……どこか、振動するような響きだったというか……)


 海は黒く、海岸からこちらは仄暗い。

 以前にそう思ったときよりも、変化ははっきりとしていた。

 その光景の異様さを、勇者は、ようやく受け止めていた。



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