第九十五話 闇に響く足音
勇者は、護衛その二君や屈強班を従えて、うきうきと竃へと戻ってきた。
「おや、なぜ複製コリヌが先に着くのだ?」
うきうきの筈だったが、竃へ立った途端に眉間に皺を寄せ、湧き出た疑問への考えに埋没していった。
本来なら徴税官が先に来るか、もしくは行動を共にするのではないかと思い至ったのだ。
「あの、勇者よ。私の複製とはいったい」
「あぁそうだ、コリヌさん。息子さんが来てたっすよ」
「なななんとおっ! 見てきます会ってきます!」
「もう海渡ったっす!」
「そんな馬鹿な! 父に会いたいと無理をおしてきたに違いないのに!」
「いや中央からの要請らしいっす」
「おのれ権力をかさに脅したか!」
コリヌンの到着を聞いて荒ぶるコリヌだったが、勇者の怒声に縮こまった。
「しかも、なんの前触れもなく兵をよこした、だと!」
勇者は跳躍して立ち上がる。
片手を顎に添え、立ったままだが足を組むように片足を逆の膝まで持ち上げると、そのまま横に跳ねながら竃周りを移動しはじめた。
(いやいやいや……あれこれと考えすぎて、なんだか当たり前のように受け止めていたが、だからって本当に兵と睨み合うような事態に陥るとは……俺様は確か、こういった場面を回避しようとしたのだ、よな?)
考える時間だけはあったのだ。
役人からなんの接触も無い間に、頭の中では着々と不幸物語や悲惨物語が進行してはいたが、それは妄想内でのことだ。
(無駄に対策なんか考えてはみたが、頭が暇だったからってだけで、ええっ! ほんとに勇者ってば危機ぃ!)
勇者の混乱はそれだけではなかった。
「そうだ、納税時期までまだ二ヶ月はあるではないか!」
暦の感覚はすっかり薄れていたが、一応はコリヌが持ち込んだものもある。それに日報を欠かさない勇者だ。そう大きくずれているとは思えなかった。
(まさか、しばらく音沙汰がなかったのは、二度目の来訪時点で排除すると心に決めていたためか)
いいやと首を振る。徴税官も二期目に会おうと言っていたのだ。
あの言葉は引っ掛けかもしれないが、それよりもここを出てから悠長なことはやめたというほうが頷ける。
しかし、そこには問題があった。
徴税官はいらつき、勇者は猶予があると安心していた事実だ。
責める理由である。
「税を納められないときを待っていたはずなのに、なぜこうも早く動いたのだ」
何か理由ができたか、作られたに違いなかった。
「ねぇソレスぅ、なんでみんなを集めたのさ。一人で盛り上がってないでよ」
「そうですとも。俺だってまじないの十や二十とやることはたくさんあるのですからして」
タダノフとノロマの声に勇者はここが憩いの場、お城ちゃんを愛でる集い会場だったと思い出した。飛び跳ねるのをやめて、両足で立ちなおす。
「面倒になりそうだからお前は自分の城にいろって言うからさ、手下隊と闇焼き芋大会やってたのにさ……」
タダノフがごねているのはいつものごとく餌のことだった。
文句を言いながら、今は串に刺した野菜を竃で炙っている。
ノロマは呪いについてだ。ぼやきがすでに呪文に聞こえなくもない。
「こほん、お客さんの前だったな。おぅそうだ。まずは寝床を案内しておこう。行き倒れ、城に移れ」
「かっ片付けるっす!」
勇者やシュペールは、城に接した建物へとすっ飛んでいった行き倒れ君の背を追った。
「ほう、あれか」
「うむ、あれだ」
がたがたと続いた騒音の後に、扉を開けた行き倒れ君の目は充血していた。
混沌整頓能力を使役するのは、よほど精神力を消費するらしい。
開いた扉から室内を覗いた勇者は、行き倒れ君が床を埋めていた木箱を積み上げて場所を作ってくれたことに気づいた。
同じく倉庫を覗くシュペールらに説明する。
「来客があるかも、という理由もつけて緊急で建てたが、ご覧の通りただの倉庫だ。寝心地は保証せんぞ。以前は野営をお願いしたくらいでな、これで我慢してもらうしかないのだ」
「ほっほ最上級の場所ではないか。心遣いはよく分かる、遠慮なく借りるとしよう」
シュペールらが連れていた馬の世話は、馬車旅で慣れたとのことで屈強班達が引き受けていた。今はコリヌ砦そばの馬小屋にいる。
「お爺さんよ。すまないのだが、緊急会議だ。わくわく話は、また明日になる。盛り上がると遅くなることもあるから、飽きたら先に休むといい」
勇者の言葉に、シュペールは目を細め不敵な笑みを浮かべた。
「ほほう、構わんと」
「つまらん話だぞ」
勇者も挑戦を受けるように、にやりと返した。
倉庫の前だ。
秘密にしようたって声は聞こえる。
信用してない以上は、別の城で休んでもらうことも出来ない。
彼らの実力は見て取れた。
まともな武器を持つ者がいない以上、勇者やタダノフでなければ、とうてい止められる相手ではない。見張りをつけても意味はない。
ならば初めからいればよいと勇者は判断したのだ。
(なんでいつも掛かって来いと言わんばかりの態度なんだろう……)
勇者の気迫とは裏腹に、仲間たちだけでなく、近衛兵もシュペールに対してそんなことを思ってげっそりとしていた。
勇者側はいつもの面々に、戻った護衛その二君と、屈強班からは班長を加えていた。
勇者は二人の顔を見て、こみ上げる喜びだか文句だかをこらえる。
すでに護衛君仲間が締め上げていたのを見たからだ。
まずは挨拶代わりに移動中のことでもたずねようかと口を開いた。
「道中に不便はなかったかね。まさか兵を引き連れて戻るとは思わなかったぞ」
やはり抑えられず文句めいた言葉が出てしまった。
「道中ですか、驚きましたよ。勇者様の勢いは留まるところを知らないと!」
「そうそう独立する勢いってんだからよ!」
その二君と班長の言葉に、場は静まった。
先程の疑問に、あっさりと、答えは提示されたのだ。
徴税官が動くと決めた理由だ。
例え、くだらぬ噂でも十分な内容だった。
「あれっ変なこと言いやしたかね……勇者さん?」
勇者は目前の世界が遠くなるのを感じた。
血の気が引いて混乱のまま捲くし立ててもいいはずだ。だけどなぜか今さら大して驚きもしない自分に驚くし、なぜそんなことになったかと考えの手を広げてみてもいい。こんな風に考えるのはやはり動揺しているのか、などと思いなおしたりもする。
「……完璧ではないか、我が状況は」
天を仰ぎつつ、勇者はそれだけをどうにか呟いた。
それぞれが、噂の意味するところについて考え込んだが、コリヌだけはまたもや泡を吹いて倒れていた。
近付いているのだ――。
徴税官は何かしらの手を用意して、この地を陥れるべくやってくる。
コリヌンが中央からの要請と言っていたのだから、そう時間が開くことはないだろう。
「コリヌめ。ころころと意識を刈られおって。しょうがないなぁ、お開きだ!」
勇者の掛け声に、護衛君たちは渋々と、タダノフは喜んでコリヌを担ぎ、ノロマは足取り軽く去っていった。
コリヌをだしにしたが、もはや話すことは何もなかった。
勇者は城で剣の手入れをしていた。
念のために抗戦の準備をしておこうかと考え、ふと手に取っていたのだ。
(まずは話し合いの場を設けるはずだ。いくら権限が強いといえど、他陣営であるコリヌもどきの前で、有無を言わせぬ無理な行為を堂々とはできまい……とは言い辛いか、あの役人の場合)
しかし、いかな命令絶対の訓練を受けた兵であろうと人の子だ。
そして中央にとっては財産でもある。
鍛えた戦力の減る可能性は避けたいだろうし、無闇に危険を煽れば兵達の反感を買うだろう。もちろんそんなことで任務放棄をする者がいるとは思わないが、まともな武器も持たない開拓民相手だ。
細かいことでも、不快な条件が重なれば士気は下がるだろう。
徴税官が人心についても考えるなら、即戦闘となるようなことは避け、確実な段階を経るはずだった。
武力行使という最終手段の一歩手前にできる策、交渉だ。
ただ、こうして早めに手を打ってきた理由が不安要素だった。
いきなり断罪ということもありうる。
勇者は剣を鞘に戻すと、結局は道具箱にしまった。
こちらが武装してみせるなど、相手を喜ばせるだけだろう。
それも見越しているかもしれないが、つつく理由を減らすことはできる。
すでに策がどうのの段階ではない。
相対した後は、一つでも失態を減らすことに全力を尽くすのみだった。
策というならば、これがそうだ。
できるならば相手の失態を誘い、最終的に、こちらの失態が一つでも少なければ勝算はある。
勇者にとっての勝算だ。
噂をどういった解釈に捻じ曲げてくるかは分からないが、勇者だけが罪を着せられるという方向であってほしかった。
「行き倒れよ、徴税官が来て難癖をつけてくるだろうが、くれぐれも血湧き肉踊る情熱にのまれないようにと領民らを言い含めてくれるな」
「はあ、わかったっす」
行き倒れ君は気の無い返事をした。
訪れるのは、中央の精鋭どころを集めているだろう護衛兵団。どこの丸腰の農民が、そんな相手に絡むというのか。
普通いないっすと言おうとしたのだが、意外にもここの住人達は血の気が多いと気が付いた。
そこで、長いこと並んで場所取りしてまで移住してきたやつらばかりということも思い出し、当然かとうなだれた。
面倒な仕事に気が重くなったが、諦めの溜息を吐くと、縄を綯う手元に集中した。
珍しいことに、勇者はこれ以上は考えることをやめ、寝てしまうことにした。
「行き倒れは寝起きがてんで使えないからな。俺様は先に休むが、その作業が終わったら起こしてくれ。頼むぞ」
目的が謎の観光客がいる。念のため、見張りを立てることにしたのだ。
慣れない客相手で疲れたのか、すでに眠そうな行き倒れ君に不安を覚えつつも、勇者は座布団を抱え込んで干草の寝床に丸まった。
◇◇◇
潮が満ちてしまった海の道の前に、徴税官とその護衛兵団が到着していた。
連合国側だ。設営の準備を済ませ、体を休めるため夜に来た。
翌朝、万全の状態で、潮が引くと同時に渡るためだ。
徴税官は、やや驚きと警戒の色を目に浮かべた。
先客がいた。
しかし装束はノスロンドのものだった。
「これはこれは、随分と行動が早いですね」
休んでいたコリヌンらは、物音に気付くや外で待機していた。
兵達の中で浮いた徴税官の衣装をちらと見て、前に進み出ると名乗り、己の任を伝える。
「先遣隊だ」
「ただ、待っていたのですか」
「周辺を警戒し安全を維持することが任務ゆえ」
訝しんだが、先遣隊という通り少数の隊だ。
徴税官はそこには納得して予定を尋ねた。
「明日、あちらへ向かう。同行してもらいたい」
「たかが辺境の一領主。勝手な真似はできぬ身。ここで本隊を待つ」
が、思わぬ答えが返ってきたことで、徴税官は再び訝しんだ。
「……随分と、非協力的にも聞こえるが」
「我らはただ職務を遂行するのみ」
コリヌンと徴税官はやや睨み合うと、そのまま会釈しあい離れた。
「家族が心配になったか、だた融通が利かないだけか」
徴税官は初めから、ノスロンドに期待はしていない。
数としてあれば良いと、その程度だ。
しかしその数が、愚かな民を圧倒するには手っ取り早いのだ。
(本隊か。そちらはもう少し融通が利いてほしいものだ。役に立たなければ、叛乱を扇動したとして報告するだけだがね)




