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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第九十四話 集客効果

「いやぁ若いの、案内ご苦労!」

「なんの、こちらも有意義だった。初めはどこの未確認生命爺体かと思ったが、なかなか鋭い視点をお持ちではないかはっはっは!」

「言いよる! かっはっは!」


 勇者は、シュペールと名乗った爺を敵と考えたわけではないが、気が合ったからと信用したわけでもなかった。

 ただ、このお爺さんの意見は参考になると、あれこれ疑問をぶつけたりしていた。

 しかし、逆に挑むような質問を浴びせられたり、愉快だというように返されれば、いつの間にやら勇者も楽しんでいたのだ。

 恐らくは、勇者が全力でおかしな質問や意見を繰り返しても、根性で返し技を放つ初の相手であった。


 背後の近衛兵たちや行き倒れ君は、静かに頷いていた。

 たとえ出会ったことがなく離れた場所にいようが、類は友を呼ぶのは真実なのだと。

 その頷きは、いささか絶望のようなものも含まれていた。


 シュペールの頼みに応えて、勇者は領内を案内しつくしていた。

 それだけでなく、この地の周辺の事情なども細やかに説明した。


 敵方に内情が知れて困るのは、それなりの国力があってこそだろう。

 連合国から見れば未だ何も無いに等しい土地で、今すぐどうこう利用できるものはない。たとえば、毒を持って多くの動きを止めるにしろ井戸もないし、水源に近寄れるのは今のところタダノフだけだ。

 戦力は実質、開拓民自身と農具くらいのものだった。




「もうしまいか」

「行灯も持たずに闇の中を移動するのは、常人には危険だからな。ついでに食事も摂ろうではないか」


 ついつい充実した日中を過ごし、勇者とシュペールがすっきりした面持ちで竃へ戻ってきた時には、日が傾いていた。

 嵐の後に気温が下がり始めると共に、日も短くなっているようだった。



「おっおぶ、おかえりなす、なさいまし」


 かちかちに固まりながら出迎えたのはコリヌだった。

 緊張による激しい横揺れを両側から護衛君たちが支えている。

 実は、装備を見て一目でノスロンド王国の近衛兵と気が付いたコリヌは、シュペールを見た瞬間に泡を吹いて倒れていた。

 それからどうにか持ち直したのだが、未だこの有様である。

 こんな気のいいお爺さんなのになにを怖れるのかね、などと思えるのは勇者だけだ。


 護衛君たちがコリヌ支え棒になったので、仕方なく行き倒れ君が用意されていた食事を椀についで振舞った。


「しかしだね、お爺さんよ。観光してみたかっただけなら、初めからこうして来れば良かっただろう。よもや侵入者が予約の連絡係だとは、誰も思うまい。紛らわしい事は止めるがいいぞ。俺様でなかったら震え上がっているところだ」

「ほっほ、これでわしも色々と用事があっての」


 ようやく疲労を感じたのか、シュペールも静かに椀を啜る。

 今はまだ様子を見ているのだと、勇者だけが感じていた。


(それとも、何かを見届けにかね)


 様々に変化する問いかけで揺さぶりをかけたつもりの勇者だったが、シュペールは決して動じることはなく、ついぞ口を滑らせるようなことはなかった。

 行き倒れ君らには、ただの似たもの同士の会話にしか思えなかったが、実のところ勇者とシュペールは戦いの火花を散らしていたのだ。


(この呪われた体をもってしても察知できないとは、想像以上の難敵やもしれん!)


 勇者は警戒するというよりも、宿敵に出会ったような意欲に燃えていた。

 まるで妄想の大地の精霊王を形にしたら、こんなではないかと思えたのだ。


 しかし勇者は知らなかった。

 何も口を滑らせないのは、シュペールになんの策も無いからということに。



◇◇◇



 ノスロンド王城の門前は、近衛兵に囲まれたマニフィクを先頭に、全員が馬に乗る数十人の王国軍が占めていた。

 式典以外で初めて鎧を着込んだマニフィクは、緋色のマントで体を覆っていた。

 長い道中、重苦しい鎧を支える筋力があると思えず、軽装となったから隠しているのだ。ついでに腹回りが堂々としていたこともだ。

 体力作りはしていても、それ以上におやつを食べ過ぎる弊害である。


 馬車もあるが物資用であり、王といえども人だけを運ぶ余裕はない。

 荷台に積荷の一つとして積まれるよりは、自ら馬で移動したほうが無駄もなく兵の士気も上がる。格好がつくと言い換えたほうがいいだろうか。


「準備は整ったようだな」


 普段と違い、装備で重い体を馬にどうやって抱えて乗せてもらおうかとマニフィクが思案していると、小さな木台が足元に置かれた。

 しかし、それに足を乗せる直前に、報告担当官が走ってきた。


「陛下! お待ちを」


 手元に紙切れを握っている。

 近衛らを下がらせて、伝えられた内容にマニフィクは驚愕の叫びを上げた。


「なっなんじゃとぉ!」


 ここのところ叫んでばかりだが、今まで本当に静かに過ごしてきたのだ。

 そんなマニフィクの姿に周囲の兵は困惑していた。



 報告は、シュペールからだった。

 あれほど戻れと言ってもはぐらかし、掴まえられなかったところに、一方的な連絡を寄越したのだが、その内容も大変なものだったのだ。

 細部は誤魔化しつつマニフィクには伝わる暗号文的な言い回しがされていたが、本来ならば、直々に伝えねばならない重大な報告だった。


 それは、中央から、噂について諌める努力をしろとの忠告。


 その噂とはマニフィクのものではなく、以前から燻っている中央への不満の方を指しているのだ。


「なんてことをしてくれる。あの……」


 くそ爺と罵ることは、兵の前ではさすがに憚られた。

 あれでも一応は兵達にとっての英雄だと思い出したからだ。

 忌々しい気持ちをはらい、待機命令を下した。

 マニフィクは、そのまま忙しく考え始めた。


(ならば、既に中央には、すべてが知れていたのか)


 否、と情報を整理する。


 シュペールの報告は、噂を諌めよというもの。

 それは、悪い報告とはいえないどころか、マニフィクが望んでいた落とし所にもぴったり当てはまる。


(なにを、取引材料にしたというのだ)


 中央は、噂の元である民の不満を解消するならば、これ以上の追求はしないと言っているのだ。


 ならば、この出兵の要請とは、関係がないのだろうか。


 他の者も動いているとするなら、恐ろしい偶然の合致が起こっているのではあるまいか。

 そう思えば、己の考えを遥かに超える事態なのだろうと、マニフィクは眉を顰めた。


「どのみち、ここは出るしかあるまい」


 マニフィクは今度こそ、迷いを振り切って出立した。



◇◇◇



 勇者は丘の下から風に乗って届いた伝令を聞いていた。


「なんだなんだ、ここのところ客続きだな」

「また幻聴っすかって、どこに行くんすか!」


 勇者は呪いの増幅で、耳が良くなっていたために、声が聞こえるや走り出していた。

 行き倒れ君も、行灯を手に取ると追った。

 なんとなく威圧感のある爺さんの相手は嫌だったからだ。


「ほほぉ、あの身のこなし。側近もなかなかに鍛えているようじゃのぅ。貴様らも後で手合わせを願い出ると良いぞ」


 近衛兵らは、うんざりしつつ頷くも、行き倒れ君の動きに鋭い視線を向けていた。




 はたして戻ってきたのは、見覚えのある顔だった。

 標の辺りで領民らに囲まれて足を止められていたが、その中の顔が、勇者の姿を認めて声を上げた。


「勇者様、只今戻りました!」

「ゆっ勇者さん、わざわざのお迎えありがたき幸せでええと」

「遅くなってすんません!」


 護衛その二君と、屈強班だった。

 勇者は飛びつかんばかりに駆け寄った。


「生きていたか!」


 念願だった、仲間が揃った状態に戻ったのだ。

 多いに喜ぶ場面だった。


 しかし、勇者はその二君らのもとへ着くや、背後に見下ろせる海の道海岸に目が行き、笑顔は貼りついた。


「なぁ、なんだね。あっあれは」


 勇者は指をぷるぷる震わせながら、その二君の背後を見やる。

 十数人の馬にまたがったまま並ぶ兵の一団。

 月明かりによって、鎧に黒々とした艶を浮かび上がらせていた。


「こっこの裏切り者おぉっ!」

「ごっ誤解でありますうぅ!」


 気が動転してしまった勇者だが、彼らが動かずに留まっていることに気が付いた。

 その二君の首元から手を離し、ゆっくりと海岸へと降りていく。


「鍛え直しても、やはり勇者様には敵わなかったか……」

「大丈夫っすか護衛の兄貴ぃ!」


 その光景を心中で憐れんだ行き倒れ君も、慌てて海岸へと向かう。




 勇者は、整列した隊の前に出ていた男へと、真正面から向かい合った。


 素晴らしく精悍な馬に跨り、厳つい顔が見下ろしている。

 飾り兜の隙間から覗く目は思慮深い。

 そこには、若くして背を高くしたコリヌが、物々しい出で立ちで控えていた。


「もしや、コリヌのご子息かね」


 勇者の問いに、男は静かに答える。


「いかにも、コリヌン・マグラブだ。その特徴、ノンビエゼ殿だな。父が無茶をしていると聞いている」


 何か読み取れないかと、勇者も感覚を研ぎ澄ませる。


(ほ、本当に親子かね。顔も声もそっくりだが……気持ちが悪いな)


 コリヌもがっちりかつ、どっしりしている。

 だが同じくがっちりした眼前の者の体躯は引き締まっており、腹の主張はない。

 見慣れたものとの違和感が物凄く、思わず失礼なことを考えていた。


 傍からは、二人の領主が睨み合いの探りあいでもしているように映っていたが、勇者が考えていたのはそんなことだ。


 だから次に出た言葉に、勇者は打ちのめされた。


「中央からの要請により参った」


 勇者の頭には疑問が浮かんでいた。

 特殊な条件で連合国の合同管理となっており、海の道付近はノスロンドの管轄だとは聞いた。最も近い国が出兵を回避などできはしないだろう。


(しかし、なぜだ。マグラブ領は、この真反対だぞ)


 ノスロンドの東側の領内からではないということが気に掛かった。

 無論、コリヌと無関係ではなかろうと。

 だとして、その思惑はなんだ。

 そう訝しい思いが顔に出てしまった。

 眉がわずかに反応しただけだが、それでコリヌンには十分に心情を読まれてしまったようだった。


「ふむ。噂に違わぬ洞察力を持つようだな」


 どんな噂があるというのか。

 えっ勇者ってばいつの間にかそんな有名になっちゃったりしてるのかな。

 そう有頂天になりかけた勇者だが、巧みな罠かも知れんと気を引き締める。

 コリヌンは続けた。


「一つ、付け加える」


 鋭い視線が、勇者を見据える。


「よくよく監視せよ、そう指示を受けた」


 コリヌンはそれだけを告げて軽く会釈をした後、並ぶ兵の元へと下がり、そして号令と共に海の道を走り去っていった。




「うわぁ、あれ本当にコリヌさんの息子なんすかね……」

「珍しく同感だ……」


 本当に親子なのだろうかと、またしても思ってしまった勇者だった。


 馬が駆ける音も姿も去ると、勇者の心に光がともっていた。


(聞き入れていただけたのだ!)


 それは勇者の出した書簡のことだ。

 できれば傍観して欲しいといった願いが、このように実現したのだと喜びが湧いていた。


 勇者はコリヌ達にも伝えようと踵を返した。

 走りながら声をかける。


「疑ってすまなかったな、その二君。屈強班たちも急いで城に来い。聞きたいことは幾らでもある!」


 中央に呼び出され兵を出しはしたが、ノスロンド王がコリヌンを選び、ただ様子を見ろと伝えてくれたに違いないと思ったのだ。

 そこで気づいたのは、その二君がこちらの事情なりを必死に説いてくれたのではということだ。

 とても陽動とは思えなかった。

 コリヌンは勇者と向き合い、彼なりに信じるに足ると判断したに違いない。


(そう思いたいし、期待に応えようではないか、複製コリヌ!)


 コリヌン側にも勝手に動けない事情は幾つかあったのだが、勇者は楽天的に受け止めていた。




 その二君らは勇者を追いながら、冷や汗を拭っていた。


「いやぁ危なかったな護衛兄貴ぃ!」

「やはり御者を君達に任せるのではなかった!」

「げへへ、まじごめんす」


 そう、またしても屈強班は寄り道をしてしまったのだ。

 お陰で到着したのは、昼間だった。

 潮が引くまでごろごろと時間を潰していたところ、コリヌンが追いついたのである。


 もちろん何をしているのだと怒鳴られた。

 先に到着して説明を済ませておく算段だったのだ。

 せめて同時だったのは、幸いだった。

 もう一日遅ければ、諸悪の根源とかち合うところだったのだから。



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