第九十二話 二者の出兵
「というわけで、建てるぞ!」
「なんか聞き覚えがあるような……つぅかまたいきなりっすね」
眠そうな行き倒れ君を前に、勇者はうきうきと準備を始めた。
「そう打ちひしがれるな。だが毎朝楽しみにしているだろう岩場体操は、残念だがお休みだ。暫くはこの時間を仮設住居の建築に充てるつもりなのだ」
毎朝の日課がないと思うと、一瞬だけ行き倒れ君は喜びを表した。
だが建築に充てるという言葉に肩を落とす。
「……体操よりはましか」
勇者は体操と呼ぶが、体を解した後は、戦闘訓練が始まるのだ。
力仕事で体はそれなりに丈夫だとは思うが、行き倒れ君は喧嘩などの経験はたいしてない。町の下働き達と違って、村出身の行き倒れ君には、荒事の機会はそうなかったのだ。
体の使いどころが違うのだから、苦労も苦痛も大変なものだった。
もちろん組み手など嫌だから最大限逃げ回っていたが、そのお陰で避ける体捌きはかなりのものとなっていた。
しかし行き倒れ君が自覚することは今のところないだろう。
行き倒れ君は重い頭を振り、勇者が丸太を持ち運ぼうとするのに手を貸した。
考えれば行き倒れ君も地ならしを手伝ってきたのだ。
早い内から画策していたくせに、いざ計画の実行の段になると勇者は煮えきらずにいた。
ようやく行動を起こしたのかと思えば、やる気も湧くというものだった。
勇者は城の左柵側に建てることにした。倉庫とは反対側である。
しかし倉庫を城の右柵を取り払って建てたのと違い、一軒分の空きを確保した遠い隣だ。
近いと嫌だとかではなく、将来の建替えや建て増しを考えてのことだった。
勇者設計の仮設住居は、倉庫ほどしっかりとした作りでなく大きくもない。
のんびりと進めるなら、男手二人あればどうにかなるだろう。
朝食までと短時間過ぎることを考えたら、もう二人くらいは欲しいところだが、勇者はこれについては急ぐつもりはなかった。
「こっちでいっすか」
「おぅよ」
勇者は指示をするか、質問に答える以外は、黙々と作業を進めていく。
そんな様子を行き倒れ君は不審に思ったのだが、ふと見た真剣な顔付きに何も言わずにいた。
思い入れが違うのだろうと、思えたのだ。
城に見せる偏執的な執着とは別の、真っ当な思い入れに見えたのだった。
そうこうしている内に人が集まりだし、勇者も作業を止めた。
「ほほぅ、この辺も賑やかになってきましたな」
久々に族長が朝の竃を囲んでいた。
村の基本的な機能が揃うと、こちらから日々細々と提案することや、族長から指示を求められることもなくなったのだ。
勇者としても、できれば村のことに専念して欲しいということもあるし、族長が仲間はずれにされないか心配だったこともある。
しかし、そんな心配はなく、村民は族長から勇者達の話を聞くことを楽しみにしていたらしい。
「逆にがっかりされましたぞ」
族長は、これからは独自運営だと意気揚々と戻ったのに、この役立たず村長とぼやかれたことは秘密にしておいた。
「申し訳ないが族長よ、まだまだ完全に各々勝手にというわけにはいかんのだ。今後もやることはたくさんあるのだからな!」
「もちろんそうでしょうとも。わしらも早くお役に立てるようやる気を絞り出しますぞ!」
族長は、道具の作成状況を知らせに来てくれたのだ。
おなご衆が欲しがった簡易の機織り機が完成したため、ようやく槌などの工具も揃えられたとのことだった。
「家を建てるなら、ちょうどお役に立てるでしょうか」
ほくほくとした顔で族長は言った。
レビジト村民は、命を救ってもらったばかりか住む場所もいただいている。おしかけたのだが、ともかくその恩を未だ返していないと思っている。
恩返しはこれからだろうと、ますます気合いが入っていた。
残念ながら勇者はすっかり忘れており、今では立派な一領民としか考えていない。
族長から幾つか聞いた中で勇者が期待に顔を輝かせたのは、機織り機の仕事ぶりだった。
渡された手拭いほどの小さな見本を、引っ張ったりと確かめる。
「なんと、俺様が完徹能力を駆使せずとも、丈夫な袋が揃えられそうではないかね」
小型で、細やかな織物は出来ないが、目を十分に詰めることはできる。
大きさを均一にできるし、備蓄用の袋を作るにはおあつらえむきに思えた。
「たったしかにそうですな、さすがは勇者様」
族長はやや悔しげに拳を握る。
工具類もいずれは欲しいが、移住の際に持ち込んだものがまだ使えている。
その内に必要とはなるが、緊急ではなかったのだ。
族長や勇者が欲しかった手工具は、工具といっても木槌や石斧に石鎌と、現在作れるのはその程度のものなのだ。
しっかりと作れれば、遜色ないものは作れるだろうが、適した材料を探したり加工したりといった時間がない。
それらを手入れするのも、また石しかないのだ。
それまで金属製のものに慣れていたために、高望みしすぎだろうかと勇者は考えた。
「それにしても、コツコツと準備が整うというのは気分がいいものだな!」
勇者は椀を空にするや、歯に屑野菜を残したまま高笑いした。
外からの邪魔がなく、開拓に専念できていると思うと清々しい気分になれたためだった。
◇◇◇
マグラブ領領主居館前道路にて、革鎧に身を包んだコリヌンは、荷を積んだ馬の側で背後を振り返る。数十人からなる部隊が、道の半分を埋めるようにして整列していた。
正式に領境巡回の命令が下されたのだ。
それを確認すると、コリヌンは門に近付いた。側には、場違いな幌馬車と数人の男達の姿がある。
「いゃあ爺さん、長いこと世話んなったな!」
「また勇者さんにどやされるだろうけどよ!」
「違いねえ!」
元気な声は屈強班だ。
見送りの管理頭が懐かしそうに呟いた。
「勇者様ですか、前領主様へと面会させろと押しかけた時を思い出しますなぁ」
用件を伝えるのが回りくどくはあるが、私用などの無駄なお喋りを交えることは滅多にない管理頭だ。
コリヌの代から仕えていたから、勇者とやらを知っていてもおかしくはない。
「会ったことがあるのか」
立場を弁えているのだろうが、なぜこの管理頭はいつも肝心なところを端折るのかと、コリヌンは溜息を吐いた。
「話に聞いただけだが、この辺で体を鍛えていたとか」
「そうです。そこな木陰から、宵闇に浮かぶ逆立ち腕立て姿は、それはそれは異様でございました」
「す、すげえ……のか? さすが勇者さんは、一味違うな」
「三日三晩、寝ずに張り付いているところは、どこぞの怪物かと思いましたなぁ目も真っ赤なのに笑顔で」
話を聞いていた門番は、おぞましい光景を想像して身を震わせた。
それが自分達の前で起きなかったことを深く感謝した。
「しかし筋肉休めとかで、休憩中に使用人らと話している時は、大変に気さくなお人でしてね。私の長ったらしい話も、馬鹿笑いしながら聞いてくだすったもんです。それでぽろっと奥様のことなんかを話しちゃったりして……」
(あんたが洩らしたのかー!)
護衛その二君は心で叫んでいた。
屈強班たちは微妙な顔付きでさもありなんと頷いている。
しかし、コリヌンは眉をひそめた。
(奇怪な行動で目を引き、態度を軟化させて内に入り込み話を聞きだすか……計算高い男のようだ)
コリヌンの頭には、警戒すべき男であると刻まれていた。
「では一足先に戻ります。お世話になりました!」
所属の違う護衛その二君が、コリヌンの行軍に付き従う理由はない。
それに軍の移動は時間もかかる。
深々と頭を下げる護衛その二君に倣って、屈強班も豪快に礼をした。
そして全員が馬車に乗り込むや、出発する。
コリヌンは、遠ざかる馬車をしばし見送ると、己の準備へと戻った。
「用意はできたな。出発!」
◆◆◆
ノスロンド王国城内。のどかな午後の執務室で、マニフィクは日に二回の義務である領内の報告を受けていた。
「マグラブ領から、東端の領境へ巡回任務に赴くとの報せです」
報告者である担当官の言葉に、マニフィクは眉を顰めた。
「はて、そのような予定があったか?」
「そういえば、おかしいですね」
担当官も、おやと焦り、紙束をぱらぱらと捲った。
そして、ある位置に目を留めると、ぎくりと体を揺らした。
それを見逃すマニフィクではない。
担当官は脂汗を額に光らせ、意を決して口を開いた。
「指示書に先王陛下の署名が、ございまして……」
「なぁっなんじゃとお! またか!」
おやつを摘みながら報告を聞いていたマニフィクは、立ち上がって叫んだかと思うと、椅子にへたりこんで頭を抱えた。
「ぐぬん。うぅ……なんと勝手な真似を」
危うく、酸味が甘さを引き立てる素晴らしい赤い果実を口から飛ばしそうになりつつも気合いで飲み込み、忙しなく頭を働かせる。
またかと叫んだからには前例があるのだ。
シュペールはたまに、担当官の机に積み上げられた書類の中でも、わざわざ探し辛いところに報告書などを紛れ込ませたりするのだ。
そこに届く頃には、事が進んでいるのである。
だが、焦っているのは、今回は放っておいてはまずいことだと直感したからだ。
そのときに初めて、推測があたっていたのだと気が付いていた。
この件に噛んでいるだろうとは思ったが、想像よりも深く首を突っ込んでいる上に、しかも行動が早い。
東端の領境は、海だ。
当然のように、その目的は最近頭を悩ませていたことに繋がる。
「新大陸であろうな……」
マニフィクの様子を窺っていた侍従は、呆れたような視線と言葉を向けた。
「椅子に生えた根をちょん切る時が参りましたな」
「やかましいわい。こんな時まで減らず口を叩くな」
皿のそばに置かれた布で口元を拭いながら、マニフィクは立ち上がった。
「まったくいつもいつも余計な口出しをしおって。いや、此度は口出しのみならず手出しまで……お陰で息子への父の威厳は形無しじゃ!」
国の平穏が一番との口癖はなんだったのだろうか。
マニフィクの怒りは、息子に良いところを見せたいという虚栄心を満たす機会を、いつもシュペールに邪魔されることによって燃え盛っていた。
「準備を始めるぞ」
マニフィクは怒りに任せて布切れを机に叩きつけると、移動しようとしたのだが、それを担当官が留めた。
「中央からも、連絡が入っております」
即座にマニフィクは冷静さを取り戻し、目を細めた。
内容は、中央からの出兵の要請だった。
ばら撒いたばかりの噂に飛びついたとしても、早すぎる連絡だった。
直接的な言葉で撒いてはいない。
話に尾ひれがつき、極端な形に変化するには時が要る。
民の興味を惹かず立ち消えるようなら、都度扇情的な言葉に代えて流布するつもりではあった。
変化する前に、誰かが飛びついたということだ。
「なにやら、怪しい動きがあるな」
マニフィクは、急いで全体像をまとめあげる。
そして先ほどの怒りに任せて頭に広げていた準備の形に、多少の手を加えた。
「自ら出る」
有無を言わせぬ口調だった。
「そんな!」
担当官だけでなく、侍従すら躊躇した。
幾ら少しは動けとぼやいていた侍従だって、本人が兵を伴って国外へ出ることまでは考えていなかったのだ。
「分からぬか。国の危急ぞ。隠居してようが、先の王だ。この国が率いていると見られる。現王である、このマニフィクが止めねばならんのだ」
「……はっ、全く持ってその通りでございます。では準備にかかります!」
珍しく慌てて出て行く侍従に、痛快な気持ちが涌いていた。
いつもなら諌められるのはマニフィクの方なのだ。
(あんの老いぼれめ、馬の尻から引きずってくれる!)
マニフィクは心中で罵倒しながら、部屋を出た。
半分は本当に中央への信頼を損ねる国の危機と考えていたが、もう半分はシュペールに対する今までの鬱憤晴らさでおくべきかとの怒りが占めていたのだった。




