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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第九十一話 勇者、走る

 徴税官は、仕事があり北東部の比較的大きな町に到着したのだが、役場から伝言を受け取り、その内容を苛立たしげに聞いていた。


「この町での仕事は、なくなった。その他全ての任務は破棄と」

「特別な任務を受けているとお聞きしています。それに専任してほしいとの指示です」

「……わかった」


 苛立ちの理由は、ここで一仕事あるから寄ったために無駄足を踏んだことに対してだった。

 そうでなければ、北東端の町に直接向かっていただろう。


「物資補給もある。丁度良いと思おうか……」


 苛立ちが過ぎると、次第に高揚が満ちる。

 これは合図だと考えた。


(行動に出ろというわけだ。すでに噂が届いているとは)


 さすがだと、徴税官は皮肉を込めて呟いた。


「せっかくの心遣いだ、この国にへばりつき我らに害をなそうとする輩が潜む地へと、さっそく向かうとしよう」


 徴税官の護衛や工作員としてつけられた護衛兵らは、移動に継ぐ移動に心中でうんざりしながらも、表には出さなかった。

 当の無理をさせる徴税官が疲れを見せないのだから、兵が根を上げるわけに行かなかった。

 とはいえ、荷物を持ち歩くことはないので公平ではない見方だが、それでも臨時とはいえ今は上官である。いけ好かない男であろうと、配属されたからには任務を全うするだけの心構えがあった。


 代表らは移住者達を侮ってはいても、対策を疎かにすることはない。

 最も優秀な者は砂漠側国境の防衛に携わっているから外せないが、この程度で間に合うと評した徴税官も、国内に配備する者の中では使えると判断してのことだ。


 その護衛部隊も、十分な訓練と砂漠側との戦いで経験を積んだ兵達を配していた。

 いくら移住者が先に調べて回った後とはいえ、未知で未開の土地に赴くのだから、それなりの準備は必要と考えてのことだ。

 中央は私情で手を抜くことはない。


 ならば、徴税官に用意されたものは、国内の配分の中では最大限の準備がなされた結果ということである。

 それを徴税官はよく分かっているゆえに、手に余る自体があれども助力を申し出るという決断をせず、小さな成果になろうとも強引にまとめてきた。

 そんなところが中央の評価がいまいち芳しくない部分だったが、高慢な自尊心が許さなかったのだ。


 しかし今回ばかりは、徴税官にしては大胆な行動にでた。


「まずは現状を確かめに向かうが、それから判断を下すのは遅いだろう……」


 噂によれば、己の力だけで生きていけると勘違いした愚か者達だ。

 その思い上がりを完膚なきまでに叩き潰してやろうと、徴税官は補佐官に指示を出した。


「交渉、の用意をするとノスロンドに要請しろ」


 徴税官は、交渉という言葉に力をこめた。

 兵を出せという意味だった。


 本来ならば、目的地にて助力を求めるならば、最寄の自治領になる。

 新大陸の場合は、最も近場にある町コルディリーだ。

 しかし、巡回のための拠点として置いてあるような寂れた町だ。

 それらを取り纏めるのは北方自治領で、他の二つばかりある町村も似たようなものだった。名ばかりの自治領なのだ。

 これは中央管理下という名目だが、先住者のいなかった土地の一つである。

 余力のある町はないし、特に北方自治領は兵を持たない。

 すべてをノスロンド王国に押し付けるためだった。


 そこで、距離はあるがノスロンドに要請をするわけである。

 次に中央に、その報告をするよう指示した。

 距離があるため、これから様子見をする間に舞台を整えておくためだ。


 どんな理由でもいい。必ず問題を見つけ、交渉へと持っていくつもりだった。


(暢気に暮らしているだろう鼻っ面に、槍の切っ先を向けたときの顔が見ものだよ)


 徴税官は不愉快そうに、しかし口元だけで笑みを漏らしていた。





 そのとき勇者は、肺から空気が搾り取られる勢いでもって叫んでいた。


「ふぁっひょおおおおおううぅ……っ!」


 超筋速輸送機タダノフによって、再び打ち上げられていたのだ。

 哀しいことに体が慣れてしまったのか、今回は全身を圧縮されるような衝撃を身に受けても気を失うことはなく、轟々と空気を裂くような音を聞いていた。


(ひゅっ……ひゅんひゅん……っ!)


 鳩尾が裏返りそうな感覚と、全身がガタガタと軋むような激しい振動。

 意識がある今は分かる。

 幾らタダノフの豪脚でも、遥か断崖の上までひとっ跳びというわけにはいかない。

 初めの思い切りのよい跳躍の後に、タダノフは切り立った岩壁のでこぼこを足場にしながら全力で駆け上っていたのだった。


 顔面が波打つほどの強烈な風を受けているが、舌を噛まないようにと必死に歯を食いしばって耐えていた。




「着いたよって……こっわ! ソレスの顔こわっ!」


 勇者は力を入れすぎたために歯を食いしばったまま充血した目を見開き、冷や汗が高速によって体温を低下させ、青くなりながら震えていた。


「きききさま、すこ少しは落ち着いて、のぼ登れんのか」

「いいから運動! 体動かすんだよ!」


 二度とタダノフ移動は嫌だと言い切っていた勇者だが、タダノフが妙なところから岩を持ってきていたらと思うと、やはり心配事の確認はしておこうと嫌々ながら覚悟を決めてきたのだ。

 何か起これば領地に被害があるかもしれず、勇者だけの問題ではないのだ。



 適当に体を動かして温め解し、勇者はようやく気分を落ち着かせた。


「では、どのへんから石をぽっきり持ってきたのか案内してくれ」

「あいよ」


 勇者とタダノフは、平地側を海から守るように聳える岩壁の上を歩いた。

 明るい灰のような色合いの岩山だ。川がある方の山の連なりは、こちらと比べるとわずかに暗めである。肌質は似たようなものだった。

 硬さはあるようだが、頂上は長い期間を風雨に晒されてきたために削られたのだろう。ところどころに刺々状の岩が密集して生えている。

 登ってきた崖の縁から歩いて程なく、一角にぽっかりとあいた空間が見えた。


「この辺だけか」

「急いでたから適当だけど……考えるの面倒だから、同じところから持っていったと思うんだ」


 勇者は頷いた。納得がいったからだ。

 それに、ひび割れて崩れそうな様子もない。タダノフが縁から少しは離れることを考えてくれて良かったと安心した。




 しかし勇者の用件は、確認のためだけではなかった。


「ついでに調査するぞ!」

「ふぁーい」


 面倒そうなタダノフに餌を投げ、勇者は足元に気をつけながらも走り出した。


「共闘は嵐の一時だけだったな大地の精霊よ! 俺様の足場を思う様に惑わすがいい! これも鍛錬、すなわち俺様の糧としてくれる!」


 縄でもぶらさげておいて、もしものときはそれで登ろうかと思っていたが、幾ら太く編んだり梯子状にしたところで、風で揺すられるうちに擦り切れたり腐り落ちることもあるだろう。肝心な時に登れないということになりそうだった。

 収穫後に状況が落ち着いたなら、誰でも登れるように、岩壁を刻んで階段を作ろうと決めたのだ。

 頂上まで遠回りになるが、人を選ばず登れるほうがいいだろう。

 そう考え、川の方へ向かいながら地形を頭に入れていく。


(ついでに切り出した石を別の用途に使えるし、良い機会かもしれんな)


 納税時期が来た後のことは、今のところどうなるか検討もつかない。だからといって、乗り切った後の予定を何も考えなくて良い言い訳にはならない。

 というよりも考えたくて仕方がない勇者は、構想を練りながら岩場を縫うように走った。


 まずは何から手を付ければいいだろうか。

 それは、まず何ができるのかを考える。


 現在は領内のこと、特に畑に関することで手一杯だ。

 そう言いつつも、時には外のことに気を回したりはしているのだから、もう少しくらいは手が回せるのではと思えた。

 これまでにも案をしたためていたことは、結構積みあがってきていた。


 定期便を、隔月だか月一だかと期間を決めて正式に運用したい。

 その旨を知らせるついでに、南の干物開拓村を訪れてもいい。

 ノロマの薬と茶を売りにも出したい。

 紙を作りたい。

 水路を形にしたい。

 領民が住んでいる布の簡易住居を、木製の簡易住居に建て替えていく時間も取れるかもしれない。

 もう一度、領外の環境をよく調べるため、探索したい気持ちもあった。


 何が優先かは、実行可能であるか、手間の掛かり具合などで決めればいい。

 優先順位を決めても、その場その場で変わることも多いのだ。

 ある程度の指針は必要だろうが、その程度で後は相談しつつ、流れに任せようと決めた。


 領内で何をするかといったことをつらつら考えたが、案件は増えていくばかりだ。

 こう考えると、少しくらいは自分自身の願いに立ち返ってもよいだろうかと思う。


 城の周囲の地面は、日々の合間に均していた。

 木材も道を拓いた余分を預かっている。

 丘の上の主要路も決まったことだし、一軒くらいは試しに建ててみようかという気になっていた。

 その一軒は、お婆ちゃんのための家だ。


 勇者の城に住まわせないのは狭いからということもあるが、書類にしろ苗にしろ、今後も場所を取るし作業場と変わりない。

 お婆ちゃんには、きちんと人が住むための住居を用意したかった。


「うむっそうだな。ぐねぐねといつまでも悩んでいたって仕方がなかろう。戻ったら、早速取り掛かろうではないか!」

「なにすんの?」

「こちらの話だ」


 勇者達は村の方まで走り、やや低く傾斜のある場所を見つけてそこから降りた。


「上り口はここで決まりだな」


 勇者は立ちはだかる岩山の精霊に、闘志を燃やして見上げた。

 妄想の中で、「わしの領分じゃなかったの!」と大地の精霊が嘆いたが「気分だ」と勇者は答えたのだった。



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