第九十話 呪いのおさらいと中央への報告
ひとけのない夜の竃前で、勇者は備蓄用の袋を編んでいた。
急ぎすぎて火が立たないように、慎重に編んでいく。
木台に腰掛け膝の上で作業していたが、足元の地面が目に入ると、今はないノロマの落書き――魔術方陣とやらを思い出した。
(そういえば、一々言い方を変えていた気がするが、何か違いがあるのかね)
体に浮かんだ落書きを、ノロマは魔術陣円と言っていたのだ。
知りたくもないのでそんな疑問は放り投げたが、その呪いが引き起こしたことに、自然と考えは及んでいた。
なぜタダノフとノロマは、体に起こった変化を勇者よりも気が付くのが遅れたのかと考えたのだ。
ただ変化にも個体差があるのか、遅れがあっただけなのだろうか。
勇者は違和感のあった状況に考えを向ける。
タダノフは馬鹿力の制限解除時だった。
ノロマは久々に呪いを体系化するという頭と気合を使う作業をしていた。
「俺様は小心者能力解放時……なるほど。無理をおしたときに、効果は現れるのだな」
勇者は体に無理を重ねるのは日常的な行動だったが、二人は違う。
タダノフの場合は無駄に力を使えば即餓死の危険が伴う。
食料に余裕がない現状だ。タダノフもよっぽどの状況でなければ本気の力を出さないし、餌の管理者である勇者の確認をとる。
ノロマは単なる面倒臭がりだ。
とはいえ、それは勇者視点である。
勇者とは違い、呪い道に人生を捧げていようとも、だからこそ健康的に無理せず日々の中で行なおうとしているのである。
「ふっ俺様が素晴らしく真面目なだけだったか」
そんな風にこの状態をまとめると、一つの疑問の答えは出たようだと感じていた。
なぜ防御の呪いの分際で力を増すのかという疑問の答えだ。
三者三様の身を助ける能力だ。
それらが増幅だか補強だかされていることに共通点があったのだ。
「おや待てよ、ならば俺様の身体能力の向上はいったいなんだというのだ」
二人が殊更に鈍感で気が付いてないだけで、同じように増しているのだろうか。
そうでなければ、防波堤用に短時間で大量の岩を移動できたことは難しいように思えた。
(いや、呪い以前にも見た。頑固な岩山を貫通する必殺技。あれだって尋常ではない)
南への移動を阻む岩棚を、タダノフはやれると直感して必殺技を使った。
幾ら無謀に見えるタダノフでも、無理なことは弁えているのだ。
例えばあの荒波を泳いで海を渡ろうなどとは決して思わないし、しない。
(単に泳げないだけだったりしてな)
関係ないことだが、勇者は泳げる。
村の中心から峻険な谷をまたいだ場所に住んでいたのだが、そこは雪解け水が川を作る時期がある。
突然に襲い来る濁流に飲まれて死に掛けたことで覚醒したのだ。
泳ぐといってよいのか、水の中を掻き分けるように、華麗に水面から飛び跳ねたり潜ったりの勇者泳法を開発したのだ。
(雪の精霊を手懐けた技が、海に通用するかは分からんがな)
傍から見たら溺れてもがいているような泳ぎ方だが、周囲に人がいたことなどないので、勇者が気が付くことはないだろう。
勇者は逸れた思考を戻した。
タダノフの威力が元からだというならば、その能力である渦流れ流の効果が増したということなのだろう。
タダノフの場合は威力が増したというより、渦流れ流の効率化として現れているような気がした。
省餌効果があったし、嵐の前は急いでいたから確かめようもなかったが、ひょっとしたら持続力もついたかもしれなかった。
勇者の場合、小心者能力の開放だ。
勇者は能力を呼び分けているが、その方が格好良くて気分がいいからというだけで、完徹能力を使用するのも小心者能力も鍬に力をこめるのも、同じ集中力の発揮である。
最近は、考え事も短時間で済むようになった気がしている。
慣れてきただけとは思えなかった。
適当な石コロを棒に括りつけた鍬も、今では衝撃で先が飛んでいくこともない。
勇者も渦流れ流を習得しているからだと思っていたが、これも効率的な力の使い方として現れているのではないか。
ノロマも翌日まで持ち越す考え事が、一晩で片付いたと言っていた。
効率化――それが、全てに現れているのだろうと思えた。
身体能力の向上も、やはりそういった身に付けた能力からきているのだろう。
勇者の身を助ける一芸が、たまたま力を振るう方だっただけだ。
(ぐむむ、ノロマの言ったことが理解できるのも嫌なことだが……これが何を守るか、何から守るかということなのだろう)
鍬に力を込めるとき、勇者が守りたいと思ったのはこの領地だ。
剣で木々をはらっていた時には、領民達の行く末を心配していた。
それは、今後移り住む予定である故郷の村人達のことを考えてのことでもある。
大抵勇者は体を動かしているだけだが、それは開拓中の状況では、最も必要なことだった。
以前の下働き時代以上に、自分で考えて、様々なことへと即座に対応しなければならない。
下働き時代を思い出せば、完徹能力で働いても、それが続くことはなかった。一仕事終えるか目的を果たせば、町村を点々としていたのだ。
勇者に自覚はないが、ここに来てから無理のし通しだった。
それでもまだまだ、途方もない疲労感などは感じずに過ごせている。
一度心折れかけて引きこもったのは数えない。
しかもぽっきり折れたことを、折れかけたなどと見栄も張っているが、働き続けの疲労とは関係がない。あれはすべて役人のせいである。
ともかく、ノロマの言うように、知らずこの呪いに助けられてきたのだろう。
勇者は現れた効果についてひとまず納得すると、次にこの呪いの切欠を思い出していた。
ノロマが初めに懸念していたのは、隕石とやらが埋まっているなら、あれこれと引き寄せるだろうということだった。
だから、それらから守る、すなわち外敵から守ることだろうかと漠然と考えていた。
あの時の勇者としては、気休めでお得な感じがするし妄想も捗るついでにノロマが満足するから損はないだろうといった気分だった。
妙な効果を目にしだしてからは、どうにもノロマの意図した呪いとも違うようなことは気懸かりだった。
しかし、不快さはない。
気持ち悪いとか吐き気がすることもあるのは、勇者の気持ちの問題である。
この世に、自然と関わりがないところで、人間の妄想のような不可思議な現象などあるはずがないという気持ちからだ。
それも、ここまで都合が良くもありがたいこととして現れているならば、その内に慣れていくだろう。
(まさしく、今の俺様に必要なことであり、助けられている。これを守られていると言わずしてなんというか……)
ふと、勇者は手を止めると、城を見上げていた。
◇◇◇
「へえ、叛乱ね」
連合国中央代表達は、朝の定例会議にて各地の報告を受けていた。
その中に、新大陸に関する『噂』も含まれていたのだ。
しかし、天幕内に漂う和やかな朝の空気は変わりない。
自分達へ向けられた物騒な単語にも関わらず、一同は呆れたように笑うだけだった。
「あんな国の端から、何をどうするつもりか気になるな」
「まったく、何処に向けて牙をむいてるつもりなのかね」
微笑ましいといった空気さえある。
「別の報告もあるな。土地は悪くないのか、開拓の進みは良いらしい」
勇者は入植当時からの面々に諜報員はいない、少なくとも中央からはと考えていた。
その推測は正しいのだが、だからといって何も調べられないということではない。
確かに代表らは、新大陸の立地にまつわることに興味はあるが、移住者がどうしようと興味はない。
いずれ関係が出てこようとも、それは代表達の仕事ではないのだ。
しかし興味のあるなしに関わらず、各地に配置した者が情報は集めている。
隊商が商売しながら、各町にいる繋ぎの者から報告を回収してまわる。そして取引先からの急ぎの注文を受ける場合も多く、そのために早馬を出すのは半ば日常的な光景である。
その『注文』が真実かどうかは誰にも知りようがない。
こうして中央へは、各地の状況が日々届けられるのだ。
マニフィクの流した噂は、こうして大量に届けられたものの一つに過ぎない。
しかし、その情報の中に、同じ場所に関わる別の報告があった。
実際に新大陸の移住者が最寄の町に出てきて、騒いでいた内容についてだ。
「時に、面白い偶然は重なるものだな」
「どこまでが作られたものか」
「他にも動きはあるようだが」
その言葉に一瞬の静けさが訪れた。
緊張をはらんだものではないが、全員が思い当たることに口を閉じた結果だった。
すぐに会話は報告内容へと戻る。
代表らは、その静けさの元を今のところはつつく気がなかったからだ。
「担当徴税官への他の仕事を止めろ」
「すぐに手配します」
代表の中でも主導権を握る南西部代表が背後に伝えると、側近の一人は静かに出て行った。
「これくらいはお膳立てしてやってもいいだろう」
新大陸に関しては、任せた徴税官の報告を待つと以前の会議で決めた。
担当は置く必要があるから定め、ついでに他の展望について掻い摘んで伝えはしたが、急いでどうしろとの指示は出していない。
そのため、他の仕事と兼任のままとしていた。
徴税官を計画に専念させてやることにしたのは、思いやりからではない。
幾らたわいのない噂であろうとも、内容自体は無視できない類のものだ。
件の新大陸へ送るに丁度良い手駒があるのだ。
ぶつけてみれば実際の様子もわかるだろうと判断した。
担当徴税官は、すでに東部を抜けて北東部に入ったとのことだった。
噂を耳にしたならば、なにかしらの行動に出るだろう。
与えられた任務を疑うことなく、拙い策をもって遂行する男だ。
移住を決めるような貧しい者達に対するならば、この男で釣り合いが取れると考えての配属だった。
この件に関する代表達の感想は同じだった。
思ったよりも面白そうなことになってきたと、そんな言葉が浮かんでいた。
ただ、そこに含まれている感情は、様々だった。




