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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第八十七話 対策は縄をなう如く

 勇者は壁一面の半分ほどに作りつけられた棚から苗箱を取り出し、その浅い箱を床に積んでいった。

 すっかり定位置になっている。


 全てを取り出すと、勇者は腕を組んで満足気に、最上段を眺めた。

 下二段は道具箱で埋まり、中二段は苗置き場である。

 そして最上段は、宝物置き場となっていた。


 今までに徹夜能力を駆使して、金を稼いで買ったり、見張って狩ったり、門に張り付いて粘り勝ってきたりして手に入れてきたアイテム群だ。

 以前から、家を持てたら欲しいと思っていた飾り棚は、こういった形で叶えていたわけである。


「今日もぎらぎらと素晴らしい輝きが、目に優しい」


 真ん中の特等席に鎮座するのは、初めて勇者が挫折と勝利の余韻を味わった、金の壷である。

 コリヌからせしめたものだ。

 湖面に浮かぶ水鳥を模した壷は、今では金粉もはげてまだらになり、あちこちに赤茶けた地が覗いているが、それでも勇者には代わらず輝いて見える。思い出補正というものであろう。

 丸々と太った胴体の側面には畳んだ羽を表した溝が二つほど入れてあるだけで、背にはぽっかりと穴が空いている。取っ手は飛び出た首だ。そう長くもない首の上には丸い頭が乗っている。嘴もうまくつけられなかったのだろう、少し飛び出た丸まった小さな塊は、人が唇を突き出しているようであった。

 目も綺麗に彫られたものではなく、丸くこねた玉が半分外に飛び出ている感じである。その部分の塗料はとうに剥げ落ちて、暗く沈んだ赤い瞳が空を睨んでいるようであった。


 それでも、勇者にとっては、毎朝の気分を爽やかにしてくれる幸せの壷だった。

 鳥に頷くと、慎重に苗箱を持って畑へと向かった。

 耕作多面作戦・改を始動の時がきたのだ。




「これは、運命の苗だ。わかるかね」


 勇者と向かい合って整列した領民たちは、呆けた顔でふるふると首を横に振った。


「そうだろう、国へ向けて俺様達の育成力を知らしめる、希望の苗なのだ!」


 領民達は、呆けたまま頷くのも忘れて聞いていた。


「初の納税を乗り切れば、この地の行く末が決まるといっても過言ではない。鳴らせよ天の鐘を! 始めるぞ、お野菜召喚者(ベジ・サモナー)たちよ!」

「ぉ、おおー」


 気合十分の勇者に合わせて、領民達は力なく手を振り上げると了解の合図を叫んだ。

 そして逃げるように持ち場へと散っていった。


「はははっみな張り切っているではないか! 俺様も負けんぞ!」


 地道に種蒔きなどに励む領民と違い、無駄な動きの多い勇者だが、作業速度に差はない。

 余計なことをしなければもっと効率がよかろうにと生暖かい目を向けるも、楽しげな様子に釣られて心が明るくなる領民達だった。


 勇者は士気高揚を目指したわけではなかった。心に沸き起こる興奮が、躍動感となって全身に表れているだけなのだ。

 勇者は肌寒い国からの出身者が多く、助けられたと感じていた。

 当然、持ち込まれたものは寒冷地に特化した種類ばかりだ。

 この地も寒く乾いている。種まき時期を考えずにいられることはありがたいことだった。





 晩飯後に勇者は、城を完璧な姿で拝める竃に木台を寄せ、釣り行灯を頼りに縄をなっていた。

 大仕事を終えた疲れを、お城ちゃんと語らうことで癒しているのだ。

 もちろん勇者の一人語りである。


 その背後の暗闇から、ざくざくとした足音が静寂を割ってにじり寄る。


「ぬ、俺様とお城ちゃん水入らずの場を乱す不届き者か」


 音の方に顔を向けると、近付く灯りが見えた。


 まだ距離はあるのだが、勇者の感覚が研ぎ澄まされてしまったので、早期発見も容易いのだ。

 気が付いてから、なかなか距離が縮まないように感じられイラつくほどだ。


「ええぃはよ来い」


 苛立たしげに膝をゆすりながら待っていると、姿を現したのはコリヌだった。


「ふぅむ、行灯に口髭だけうまいこと浮かび上がって器用なことよ」

「なっなんのお話ですか」


 コリヌは、ここのところ勇者が外で手仕事をしていることを、行き倒れ君が「時に不気味な声が聞こえるんっす」とぼやきながら話していたので知っていた。


「さすがは勇者よ、私が潜んでやってきたのをすでにお気付きとは」


 竃そばの石椅子に腰掛けながら、コリヌは不思議そうに言った。

 勇者からしてみれば、あれで静かに歩いたつもりなのかと戸惑う。


「腹が増長しすぎているせいではないかね。コリヌも面倒くさがらずタダノフ式訓練にでも参加するがいい」


 コリヌも己の畑周りで真面目に働いている。決して怠けているわけではないのだが、元々が四角張ったいかつい体格のせいか、それとも寄る年波にさらわれてしまったのか、胴体部分がいささか主張して見えるのだ。

 勇者は余計なお世話でタダノフの訓練を持ち出した。だがコリヌはタダノフという言葉を口にした途端に固まった。


 仕方なく、勇者はコリヌを棒きれでつっつき、出向いた理由を思い出させる。


「あーコリヌ、用件を聞こうではないか」

「はっ、失礼しました。どこか遠い場所からご先祖様方が呼んでいるような気持ちに……そうでした、戻らぬ護衛のことで考えていたことがございましてな」


 コリヌが伝えたのは、やはりマグラブ領へはコリヌ自身が出向くべきではないかということだった。

 なぜなら、そのために護衛らを留めている可能性もあるからだと懸念しているのだ。


「しかし以前もちらと話した気がしないでもないが、それこそ思う壺ではないかね」


 そうは言ったが、勇者の内に今までと違った理由が浮かんでいた。

 例えば、上からの指示で出来うる限りの妨害を試みているのだとしても、やはり家族なのだ。

 コリヌさえ戻れば良しと、息子の方は考えている可能性もあるし、そちらのほうが自然ではないかと思えてきた。


 勇者は正直にそれを話した。


「我が息子コリヌンは心優しい子ですからな。それもありうる」


 勇者はしばらく親馬鹿な話を聞く羽目になった。

 そわそわしだした頃に、コリヌは咳払いして話を止めた。


「おほん、失礼しました。ついでに言いますと立派な息子なのです。あっ関係あるので聞いてくだされ! 立派に領主を務めているからこそ、心の内ではともかく、父だからと容赦する子ではないのです」


 なにやら自慢げに話しているコリヌに、勇者は困惑を見せた。


「ええとだね、ならば戻る気はコリヌにはないし、ご子息も戻らば斬る! といった覚悟ということかね」

「なっなんと恐ろしいことをおっしゃるか!」

「えっいやだって……」

「ですから私がマグラブ領へ戻れば、案の定捕らえられるといった心配はあると申しているのです」


 勇者は混乱してしまった。


「では何をしに戻るつもりなのだ」

「私がそう簡単に丸め込まれるとお思いか。逆に情報を聞き出し、見事に逃亡を図って見せましょうぞ。未だ信ある屋敷の者もありますし、簡単簡単!」

「ぜった……んぐん」


 絶対無理だと思う。

 勇者はそんな言葉が出掛かるのを、気合で飲み込んだ。


「なにか気になりましたか?」

「い、いや。しかしだね。そう! 先ほど話していた通り、コリヌは鈍臭い。しかも手勢は護衛君二人だけ。対して敵の陣地だし、あっちは兵もわんさかいるのだ。コリヌの話では、大層立派な武芸者のようではないか。そんな素晴らしい傑物からの逃亡は無理だろう、どう考えても!」


 勇者は必死におだてながら、説得を試みた。


「なんと、息子かわいさのあまり、重要な点が抜けておりましたな……そう思えば、よくぞこうも育ってくれた」


 コリヌは失意のあまり肩を落としたのだが、勇者の目にはどこか嬉しそうに映った。


「なんの手立てもないのは落ち着かないだろうが、この件は俺様に任せてくれないか」


 渋々と頷いたコリヌは、お役に立てずと申し訳無さそうに戻っていった。



 

 どうにか良からぬ案を退けて立ち去るコリヌの姿を見送り、勇者は安堵の溜息を吐く。


 提案を却下した勇者だが、同じ事を考えなかったわけではなかった。

 コリヌを戻したならば、各方面からの動きがあるのではという気もしたからだ。

 マグラブ領もそうだが、様子見しているはずのノスロンドと、容易い相手ではなかろうと考えているかもしれない役人だ。

 気兼ねなく圧力をかけられると、喜んで行動に出るのではないかと思えた。


「しかし今さらだ……」


 あれこれと推測を重ねた勇者だが、いくつかの予想に絞った対策を講じねばならない。全ての懸念へと対策するは無理なのだ。

 その中で優先順位も決めてある。


 まずは勇者達の理想の結果を定める。

 それは、現状のまま開拓を進め、勇者を含めて今居る者達が暮らせることだ。

 勇者が領主のままでいるかどうかは、どちらでも良い。


 その理想が叶わない場合の対策だ。

 起こりうることの中で、最も現実味を感じるものを気分で選び、そこに重点を置いた。

 勇者だけが重い罪を被せられ追い出されるという考えだ。

 永久追放か死罪かは分からないが、ともかくこの腺が最も両者にとって損害が少ないために可能性は高いと考えられる。

 そんな状況を想定して、タダノフとノロマに領主証書を残したり、コリヌからは奪いつつも後のことを頼んだりしたのだ。

 だからコリヌが、こちらからは何もしようのない状況に気を揉みマグラブ領へ赴くことでの打破を求めたのだとしても無理な相談だった。

 今さら欠けてもらっては困る対策であり、事態なのである。



 因みに他の推測の内、軽く単純な結果はこうだ。


「びえぇ無理ですぅとてもじゃないが払えましぇんー!」

「やれやれ仕方がないですねぇ。やはりここは偉い役人が治めるべきでしょうね」


 という役人の体裁も取れるし、やっぱりただの領民には無理だったんだねと丸く収まる事態だ。

 勇者にそんな演技ができるのかにかかっているだけで、他に対策の必要はない。



 逆に最も酷な状況は、武力の衝突だろう。

 衝突と言ったって、武力差がありすぎるのだから一方的に蹂躙される側になるのは目に見えており降伏の道しかない。

 それに、有り得そうでこういった話を聞かないのは、中央が互助精神から始まっているために、各国が対等の関係にあるからだろう。

 もちろん表向きだが、そういった取り決めがなされているということだ。よっぽどの理由がない限りは、せいぜいが制圧部隊と共に交渉の場を設けるくらいという話だった。


 これも対策するといったって、どうしようもない。

 精々が、少しでも交渉を有利に進めるために、情報をそろえる程度だ。

 これは地形や地質などに加え、各畑の生育や収穫具合に、各人の持つ職能などの情報だ。

 こちらの対策は、勇者が普段から書きつけてまとめてある書類箱を押し付けてやれば良いことだった。

 相手は有無を言わさず降伏させるつもりの状況だから、どこまで説明できるかも怪しいことなのだ。




 ここまで考えをまとめてみたが、一番ややこしい対策は、結局のところ人頼みである。

 まだ他にも出来ることがあるのではないかと思えて仕方がなかった。


「まったくだ、これらどこに勇者らしく華々しい活躍が見込めるというのだね……諦めんぞ、気もそぞろに考えつくしてくれるわ!」


 勇者は、「っしゃーっ!」と雄叫びながら、縄をなう手に力をこめた。

 勢いのあまりに煙が立ちこめ始め、むせながら慌てて払った。


「なんてことだ。俺様の冴え渡る素晴らしい手さばきでは、縄作りすら芸術へと高めてしまうではないか。過ぎたる力を恨めしく思う日が来ようとはな」


 などと嘯きつも、自惚れに鼻を高くする勇者であった。



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