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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第八十五話 芽生え

 ここ数日、勇者は隙あらば考え込んでいた。

 隙はなくともふと立ち止まってしまうこともあり、作業能率が著しく低下している。


「うっとうしいんすけど……」


 移動中に勇者がいきなり起動不全を起こすと、後ろを歩く行き倒れ君はつんのめって神経を無駄にすり減らしてしまうのだ。


「なるほど。ならば仕方あるまい」


 勇者は右耳から左耳に抜けていった行き倒れ君の言葉を、緊急事態ではないと判断し受け流していた。

 仕方ないと呆れているのは行き倒れ君の方だ。


 これなら用事もないだろうと、さっさと畑の自分の持ち場へと移動する。

 そして移動してから、そういえばと話しかけられて青筋を立てる日々だった。




 勇者がいつも以上に考え込んでいるのは、現状では役人の背景でしかないはずの中央について詮索してしまったからだ。

 この領地の件について直接には関係ないと、早々に考え事予定から除外していた。

 直接にとは、勇者側が対応する必要はないし直談判に向かうようなこともなく、嫌味徴税官のような役人が派遣されるのだろうと考えていたからだ。

 それが改めて考えてみると、どうにも中央の動きは不透明に思えて、気がかりとなってしまった。


(だから俺様は言ったはずだ。余計なことに手を出すなと! あ、いや、余計なことを考えるなか。あああっなんでどうでもいいことが気になってしょうがなくなると分かってるのに俺様ってやつは!)


 勇者は考えや気分の切り替えは早いほうだと思っている。

 実際は気が多いだけだとしても、次々と行動に移る内に忘れているのは確かだ。


 それなのに、ここのところぼんやりしているのは、少し前に独立なんてことが頭を過ぎったせいだ。

 物騒な考えだ。

 激しく動転しているのだ。

 育ててくれた村が属する領地が仕える国が構成しているでっかい国という、もうそれ他人じゃんというような遠さではあるが、それでも罪悪感のようなものが勇者の胸をちくりと刺した。


「この状況を解決へと導く、その選択肢を探っていただけ。それだけだとしても、こんな魅惑的な、おっと、短絡的かつ極論などに飛びつくとは嘆かわしいものよ」


 人は背徳的なものにほど甘美な悦びを味わえるものだろう。

 しかし時と場合はよくよく選ばなければ身を滅ぼす果実である。

 



 勇者がぶつぶつと呟く姿も今さらではあるが、できれば人前では遠慮して欲しいと仲間達は思っている。

 そこで聞き出してやろうと考えてはいた。

 いつもなら、ほんの少し水を向けてやれば勝手に白状する。

 だが今回ばかりは勇者も頑なで、なにやらはぐらかす。そして簡単にはぐらかされてしまう仲間達だった。勇者は、はぐらかし能力も備えているのかもしれない。


 そんな不満が最高潮に達している仲間達に囲まれた晩飯時に、ようやく勇者は重い口を開いた。


「……屈強班さえ戻ってこないのが気になってな」


 誰だそれ、という気持ちが仲間達を襲った。


「コリヌが気に病むだろうと思っていたのだが、あまりに遅すぎる。馬車旅が気に入って逃亡しただけならば良いのだが」


 そこでようやく、ああそういえば護衛その二君の行方を探る旅に、人を出していたと全員が思い出した。


「な、なんと……私の気持ちを慮ってくださっていたとは」

「しめてやろうかこの勇者様めなどと考えていた我らをお許しください!」


 コリヌと護衛君二人は感動に打ち震えていた。

 さきほどすっかり仲間のことなど忘れているそぶりだったのは、見なかったことにしておく仲間達だった。


 はたして、これもはぐらかしの話題なのだろうか。

 勇者が考え込んでいた直接の理由ではない。

 しかし、マグラブ領が何か手を回すならば、上からの指示があるだろう。

 そう考えれば、やはり中央へと考えが向かっていたのだ。


 勇者は数日ぶりに顔を上げ、コリヌを至極真面目に見た。


「すまぬ、コリヌ。俺様の浅知恵で彼らを……」


 別に亡き者にはされてないだろうと考えつつも、勇者は何か悪い予感がしたのだという雰囲気を醸し出しつつ言ったが、コリヌの心配はずれていた。


「不吉なことを言わないでくだされ! 私のお茶は無事なはずです」

「なんと茶っ葉のほうが大事でしたか!」


 護衛の二人が叫んだ。

 叫んでいるつもりはないようだが、癖なのだろう。彼らはいつも声を張り上げている。

 今回に限っては、コリヌも気まずげに言い返した。


「あ、いや、彼も護衛ですからして、こちらの陳情書を届けるという重大なお役目を果たす覚悟はできておりましょうとも!」


 護衛君のコリヌへの忠誠心が薄れてもらっても困る。

 勇者はコリヌに助け舟を出した。


「ことさらに重く捉えないような配慮。さすがは元領主!」

「えっ現在も領主なのでは? 新マグラブ領の」

「はて、勇者領コリヌ砦のヌシだと思ったが。城代も領主なのかね」

「衝撃の事実! 私は領主と認められていなかった!」

「ほれ、領主統一したことだし。コリヌも戻る場所がないものと思うべきだったとか覚悟してたじゃん。潔く諦めて、その力、この勇者へと明け渡すがいい」

「ふああっ確かに言った! 私め、そんなこと言いました!」


 泡を食っているコリヌへ、護衛君らは勇者へ追従の意思を見せる。


「我らは特に支障はないのでそれでも構いません!」

「うらぎりものぉ!」

「はっはっはノリも大切なものぞコリヌ」


 ノリなどで領地経営を決めて欲しくはないだろう。


「心配はないぞ。コリヌのお茶楽園は、状況が落ち着き次第に取り掛かろうではないか」

「心底安心しました。それならば何も問題ありませんな」


 コリヌは決断し時を間違えない男である。

 茶畑が手に入るならと、あっさり了承した。

 護衛君達は、残念そうな視線をコリヌに向けるのだった。



「先が楽しみだな。茶畑がうまくいけば、ノロマの薬湯もどきのすーすー風味を付加したものを増やせるかもしれないし、実に良い案だ」

「おお勇者よ、混ぜ物とはなさけない。茶はそのままが美味いのです」

「商品の種類を増やすためだ。それにまだまだ先のことだ。考えるだけはしておかねば」

「なんとも待ち遠しい!」


 茶葉への興奮に身悶えするコリヌから視線を外し、勇者はまた物思いにふける。

 すかさずタダノフが遮った。


「ちょっと、また何かはぐらかした?」

「違う。まだ先のことと言ったが……この状況がどうなるか、今後をどう生きていくべきか、それを見極める期限が近付いている。そうだ、二期目だよ。なるべく明るい話題で人々を和ませる役割ある勇者といえど、真剣にならざるを得ないのだ」


 勇者の真面目な返事に、ノロマが茶々を入れる。


「緊張でがちがちだったわけですなー」

「そっ、そうともいう……」




 結局のところ、本当の悩みははぐらかしたようになってしまったが、個人的な趣味みたいなものだから話す必要はないだろうと考えた。

 現実にある組織を仮想敵に見立ててはいるが、やっていることはいつものように妄想しているだけなのだ。


 それと比べれば、納税時期を思い出してもらうことは重要なことだ。

 全員に緊張感をもってもらう時期だろう。


「そろそろ納期に合わせて、短期の作物を一斉に植えねばならない時が近付いているからな。気合を入れて準備に励むように。俺様は、引き続き何が足りてるかどうだとか考え込んでいると思うが、必要なことなのだ。諸君の忍耐に感謝する、以上!」

「えー」


 仲間達のげんなりした顔と声が返ってきたが、理由としては納得したのだろう。

 それ以上の追求はなかったことに、勇者は安堵した。




 晩飯がお開きになると、勇者は飽きもせずに城を眺めたりしながら、外で縄をなっていた。

 話題に上ったこともあり、短期作物を植える時期はいつ頃にしようかと考え始める。

 種苗も揃っているし、植える場所も確保できそうだ。

 勇者畑だけでなく、平地側は大畑さんらのお陰で広がっているし、村の方も段々畑だけでなく居住地の側へも農地を広げていた。


 数が生え揃わないとか生育具合の遅れを心配し、少し早めに種まきを始める予定だ。ただ、収穫時期が大変なことになるだろうから、生育期間の違う作物ごとに場所を分ける、三段階の体制で臨む。

 単純に村と町に丘の上と三箇所あるから、一箇所ずつ取り掛かろうというだけだ。

 大変なのは、収穫後の加工などだと考えてだった。


 保管用の袋や縄の作成も順調だが、十分とはいえない。大畑さんによれば、それように蒔いた高速増殖麦でも、どうにか間に合うといった程度のようらしかった。


(そうだった。開墾にも人手が欲しいと思ったが、本当に人力が必要なのは、収穫後ではないか)


 麦は個人的に食べたいだけだから、間に合わなくとも構わない。全体の収穫量が足りなければ、役人に引き渡すだろうから食べられないかもしれないのだが、領主権限で椀一杯分くらいはせしめようかなどと姑息なことが頭をかすめ、その点は今は考えないことにした。


 今まで毟りとってきた雑草も乾燥させてあるのだから、いざとなればそれで間に合わせればいいということもある。

 どちらにしても、やはり必要なのは短時間に多くをこなす人力。

 日付を変えずに働く時間を増やすなら、夜を犠牲にするしかない。


 ならば最後の追い込みは必須だろうと、勇者は覚悟を決めた。


「おそらくは、封印を解かねばなるまい……俺様という勇者が存在する原点である、完徹能力をな!」


 勇者は握った拳で空中をうがつ。

 できれば、一度は引っ込めたものを出したくないなあと思いつつ、妄想の空気人間と殴りあうのだった。



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