第八十三話 灌漑に耽る
勇者は開口一番、変更された本日の予定を発表した。
「この素晴らしい朝に、ノロマへの嫌がらせ作戦を決行するのだよ!」
「ええと、俺は畑行っててもいいんすか」
内容は爽やかな口調とは逆だった。
行き倒れ君の困惑ももっともである。
勇者は少し考えて、急に湧いた予定なのだからあまり人手を借りるのはよくないと判断した。
「そうだな、行き倒れ如きの力など借りるに及ばず」
行き倒れ君のこめかみに血管が浮かんだが、勇者は言うや否や走り去っていた。
向かう先はタダノフ領である。
この嫌がらせ作戦は、広範囲に渡って地面を掘る。
作業の規模を考えれば手伝いは欲しいのだ。
多くの手を止めずにこなすならば、タダノフの力を借りるしかない。
(俺様一人でも、どうにかできそうな気がするのはなぜだろうか……)
身に受けた、おかしな呪いのことが勇者の頭を過ぎっていた。
昨日、ノロマと拳を交えつつ話したこともだ。
「うむ。気のせい気のせい」
大股を開いて飛び跳ねるように力強く駆けることで、呪いへ傾く思考を振り切った。
タダノフ領に踏み込むや、勇者は感嘆の声を上げていた。
「なんと、まともな畑があるではないか」
相変わらず城前の訓練用広場にタダノフと手下隊が集っているのだが、以前は木々に埋もれていた周囲は拓け、小さめながら畑としか言いようのない地面があった。
タダノフは怪訝な顔で、歩いてきた。
「それ畑師匠用なんだ。暇だから場所寄越せって怒られちゃった。んで、まともってなにさ」
なるほどと勇者は頷いた。少しばかり畑師匠さんに申し訳なく思う。
土作りからの指導のはずが、土作りをする筋力作りから始められてしまったのだ。
その場にいたら、勇者でも頭を抱えたことだろう。
しかし、このタダノフを叱れるとは、人選に間違いはなかったのだと自信を深めた。
答えを待っているらしい不満顔のタダノフが目に入る。
勇者は思わず、城の横に未だ圧倒的な存在感を誇る、異様なタダノフ畑に視線を向けてしまった。
タダノフが力任せに土を転がして丸めた、土の小山だ。
以前に増して、ぼこぼこに穴が開いてる気がするのだが、そこから根っこやら葉っぱやらが飛び出ているままだった。
「いやその、タダノフ畑は訓練用、ではなく、練習だったろうと思ってだね」
「練習は終わったよ! あたしだって餌を育てられたんだ。ほら証拠見せてやる!」
タダノフに引きずられて、勇者は五重の餌置き城へ放り込まれた。
壁に沿って天井まで作り付けてある五重の木棚の中心あたりに、草で編んだ籠がぽつんと置いてある。
中には、土にまみれた塊が、ごろんと一房だけあった。
勇者は、困惑した。
「そんなまさか、あんな悲惨な環境を生き抜いたとでもいうのか……!」
ならば、たかがこれっぽっちとは侮れまいと勇者は唸る。
この一塊の芋は、選ばれし芋なのだ。
タダノフの城は、殺風景だった。
ノロマのように何年も住んでるような貫禄もなければ、勇者のように溢れる物をきちんと整頓してあるわけでもない。
というよりも、建ててからの変化は、棚に寂しく飾ってある目の前の籠だけだ。
そう思えば、やたらと価値ある物のように、思えないこともないかなあと嘯くのだった。
「タダノフよ、お前の腕前はよく分かった。すごいらしいのは、なんとなくわかった」
「分かったならいいよ。さぁて、鍛錬だ!」
満足顔で城を出るタダノフを追って、勇者は用件を切り出した。
「実は今から手を借りたい。今日の予定はどうなってる」
「手下隊を鍛えなおそうかなって思ってたけど。開拓仕事が優先だっけ。いいよ」
背後では手下隊が拳を振り上げて飛び上がり、声を殺して喜びを表していた。
「仕方ないね。筋肉畑のこと頼むよ」
「いぇす筋肉!」
くるっと振り返るタダノフの動きを察知した手下隊は、直前で動きを止めて真面目な顔になり応答していた。
(できる……!)
手下隊の成長は目を瞠るものであった。
勇者はタダノフと共にノロマ城へと走った。
「俺の心やすらぐ、まじないの時間を乱すのは何が狙いですか!」
「呪いってだけでなごやかじゃないんだけど」
「おまじないぃ!」
さっさと計画を進めるために、理由らしきものを並べ立てた。
「ノロマと裁縫さんだけというのに、立派に薬草がもさもさっとしていることに感動したのだ。労ってやらねばと、居てもたってもいられなくてだな」
「棒読みだし声が一本調子ぃ!」
「タダノフ、始めるぞ」
「あいよー」
ノロマ城から小屋一軒ほどの距離を取って、四角く線を引き、ここを掘るようにと指示する。
即座に地面に手刀を切り込むタダノフを見ながら、ノロマに作戦の概要を話した。
「ははは水を引くのだ。不便だろうと痛ましくてな」
勇者はにかっと笑い、呆けたノロマに無理やり納得させることに成功したのだった。
勇者も鍬もどきを手に掘り返していたが、ふいに動きを止めていた。
「あっ……」
「えっ掘りすぎた?」
「いや、そっちは関係ないのだ」
「なんだい紛らわしい……」
ぶつぶつ言いながら掘り進むタダノフの背を、勇者は渋い顔で見る。
顎をつまみ、どうしたものかと唸った。
(たまらず称賛したくなるような抜きん出た嫌がらせをしたい!)
そんな情熱に身を委ねて、ここまで来てしまった。
しかし、思いつきで始めるには、高度すぎる作業だった。
冷や汗が頬を伝う。
普段は突然始めるようなことも、やるかも表に書き出してある。
簡易の設計も記してあるのだから、ただの思いつきとは違うのだ。
(実にまっさらの状態ではないか……)
ちょっくら穴を掘る、掘ってお終い、なんて簡単に考えてよいことではない。
ため池の水が地面にどんどん吸収されていって地盤が柔らかくなり、崩れていってしまう危険に思い至ったのだ。
(おっお城ちゃんと共に丘の上ごと運命の土砂に流されていってしまう!)
共に倒れるならそれも良いかと思いかけたが、勇者村を作る最終目標を思い出した。
(ふぅ危ない。人の心の隙を突く、弱気という名の邪悪は退けた。間一髪だったな)
勇者は気合を入れなおし、小心者能力を解放した。
「お城ちゃんの為にも強くあらねばならんのだ!」
目を閉じて深呼吸し、気持ち悪いほど冴え渡る感覚を我慢して、懸命に姑息思考を加速させる。
(ええと、道があれで、畑がこうだから、こうしたほうがお得な感じで……)
頭の中で大体の形が見え始めたとき、空を切る気配が高速で近づいた。
勇者は目を開きもせず、右手を顔の前にあげる。
同時に、手の平から受け止めた感触と、パシッと音がした。
そのまま、悠然と目を開く。
「うむ、閃いた――」
無意識に掴んでいたのは泥団子だ。受け止めはしたがぐちゃりと崩れて頭も顔も汚れていた。
「だが、気にしない」
「気にしないじゃないよ! 人に仕事させてなにを暢気に寝てんのさ」
「どう掘ろっかなあと考え事をしていただけだ」
「今からですと!」
愕然としたノロマから飛び出す罵りの言葉を、妄想の中で物理的に躱しながら、タダノフが掘り出した土砂を集めていった。
結局勇者は、ため池予定地の場所だけ確保するだけにした。
城と変わりない程度の小さな池だ。
四角く掘った穴に、タダノフに水樽を運ばせて満たした。
鬱陶しい羽虫が涌くと嫌だし一時しのぎだが、これでノロマの怠け心を退散できるなら、お安いものである。
「水がないからと避けていただろう? というわけで、心置きなく様々な種類の薬草を増殖させるがいい」
「くっ、見透かされていたので……!」
「はっはっは俺様をたばかろうなど片腹痛いわ!」
ノロマの呪い用薬物だって、水やり必須の植物もあるだろう。
勇者は得体の知れない呪い用なんてものを育てて欲しいわけではないが、その中に人間用の薬となるものもあるらしい。
いつでも気楽に呪い研究をする場所や環境を整えたのだから、好きにすればいいとは思う。
だが、飯は無料ではない。
「くくく最低限の食い扶持は稼いでもらうぞ」
実は勇者の領地運営計画に、がっつりと薬草畑が組み込まれたのだ。
通貨の交換を、作物以外でどうにかしたいという計画だ。
今までは、薬も自分達で使用する分量しかなかった。
それが、今は分けられるほどあり、定期的に収穫も期待できそうだと分かれば、迷うことはない。
ただし、一品しかないことも難点だった。
(塗り薬は高価だ。それだけ売りに行くのもどうかと考えていたが、裁縫さんの出してくれた茶。あれを安値の客寄せ商品にする!)
「こっこの悪徳勇者め!」
にたにたと笑いながら野望を思い描いていたと思ったら、口に出していたようである。
「ふっ、知られてしまったならば仕方がなかろう。安穏と城に戻れると思うなよ……続きを、聞かせてくれる!」
「いやでござるぅ!」
両手で耳を塞ぐノロマを城に追い立て、裁縫さんも交えて商品予定の詳細をまとめた。生産量に加え、加工手順や準備期間なども聞き出し、月にどの程度を用意できるかと話し合った。
「でも勇者領主さん、あたしはさっぱりして気に入ってますけれど、薬の出がらしや余りを煮出したものですよ。売り物にできるようなもんでしょうか……」
湿った白パンのように、裁縫さんは表情を曇らせた。
勇者は、改めて風味を確かめるように、参考にと入れてもらった、すーすー茶を口に含む。
「裁縫さん、このお茶あたしは好きだよ」
タダノフはご機嫌で、おやつの干し芋を片手に茶を啜っていた。
しかし、ただの好みの感想とはいえ、タダノフの餌基準は侮れないだろう。
意外にもノロマが、説得するような言葉を裁縫さんに向けた。
「商品になりうるかというお話でしたら、例え出がらしの葉屑であろうとも、薬効は僅かながら残っているのですからして!」
「なんとっ、では喉がすっきり滑らかな感じがしたのも、それが理由だったか」
「ほんの気持ち程度ですが。ええ、そうですとも」
「あれまあ、それは知りませんでした薬領主さん」
「まじない領主さんですー!」
じたばたするノロマを横目に、勇者は高笑いしていた。
「いける、これはいけるぞ! くく、はは、ふはははは!」
定期便も、どの程度の間隔で出すかはまだ決めていない。
送り出す物資のこともあるから頻繁には無理だが、交代要員の手下隊にも慣れてもらっておくために、あと二度ほどは出しておこうかとは考えていた。
だからといって、さっそくとばかりに売りに出したりはしない。
そこは当初の予定通りに、町の人間に覚えてもらった後にでも、改めて町長さんに売買のお願いでもしてみようかと考えている。
特に隊商などが売買許可を得たりはしてないのだが、勇者領はご近所なのだ。
できれば前もってご挨拶しておいた方が、互いに気分が良かろうと思ってのことだ。
「ふんふーん。今日はなかなか良い仕事ぶりだった」
暢気に土砂を運ぶ勇者だが、余計なことをして畑二号地の開墾が遅れていることに、翌朝になってようやく気が付いて落ち込むのだった。




