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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第八十二話 感覚を追う

「そうさ、気のせいだとも……人の理から外れたようなことが現実に起きてたまるもんかってんですよ……」


 勇者は朝から、ぶつぶつと呟いていた。

 片手の椀を見つめながら、匙で浮いた具をつついているのだが、視点は定まっていない。

 それを見る者からは、心配そうな気配が漂っている。


「ますます、おかしな感じになってるっすよ」

「とうとう勇者菌が脳を食い荒らしつくしたのかもですなー」

「残すんならソレスの餌はあたしがいただいちゃおっと」

「いつもなら避けるのに、椀を取られたことにすら気が付いてませんな……」




 剣の威力、というよりも肉体の力が増していたことは、不承不承ながらのみこんだ。

 不気味ではあるが、雑用が早く片付くならば便利である。

 ちょうど、人力が欲しいと願っていたところではないか。何より、タダノフほど人間離れしてはいないのだからと、気持ちを落ち着けたのだ。


 手下隊が戻って定期便の本格運用についても話し合ったことだし、すっきりさっぱりと日常に戻るのだと穏やかな気分を取り戻し、癒し休憩とばかりに、また一人で城を眺めてあれこれと妄想に耽っていた。


 逃避している己を叱咤し、動転した気持ちを気合で抑え、逆に、その感覚を追って確かめてみようではないかと奮い立たせる。

 思い返してみれば、不快さを感じたことはなかったからだ。


 小心者能力の扉を開く――どばっと頭から何かが噴き出し、瞬時に全身を駆け巡る。

 それだけで、いつもならば些細なことでも気になって落ち着かなくなるはずだ。


(やはりおかしい。体に負担をかけて能力を使用している感じが、ない)


 さらに新たな感覚を掴もうと、目を細め、口をすぼめる。

 だがすぐに、渋皮をかじったような顔をやめた。

 そんなに力まなくとも、しゃっきりすっきりとした感覚が把握できたのだ。


(たしかノロマの長ったらしい説明にあったはすだ。ええと、そうだ、感覚がはっきりするような感じだと……そのままだな)


 そんな気がする程度、というのが呪いの効果だとノロマはいつも話している。

 しかし、言われてみれば感覚が鋭くなった気がする、といった段階はとうに超えていた。


『ここまで、効果が目に見えるのは珍しいことですからして』


 そんなことを話していたとも思い出した。

 何もかもが例外なのだろうかと顔を顰める。


(そもそもの効果は、防御のはずだ。なにやら勝手に守ってくれるだとかどうたらということだったが、なぜに力が増すのだ?)


 勇者は集中を解き、溜息を吐いた。


「ノロマの話か……いやだなー」


 それとなくノロマに聞きなおすことを、渋々と予定にいれた。




 昨晩、そんな風に確かめてしまった感覚が、今朝もまだ生々しく残っていた。

 それでつい、食事中に逃避してしまっていたのである。


「まあいい、仕事だ仕事」


 憂鬱な気持ちを振り払うべく、畑二号地へ行こうと立ち上がった。

 集会所の建築は、付近の森を切り払って場所を広げて、整地も終えた。後ほど必要な資材を運ぶことになるまで、勇者の仕事はない。

 あとの指揮は、領内で大工仕事に最も慣れているだろう小作隊に引き継いだ。今は土台作りに精を出しているだろう。


 すでに竃周りからは各々が作業場へと出払っていて、勇者一人が取り残されている。

 晩飯時にでも話をしようと決め、移動しかけて足を止めた。


(由々しき自体である。こんなこと、ふつうの一般常識を備えた者に聞かれたら、なんと思われるか。ノロマと同じ人種となるのはまずい……ぐぬぬ)


 勇者は畑とは逆方向へと向き直り、背を丸めて重い足を引きずりながら歩き出した。




「たのもー。勇者領より参った勇者だ。ノロマはご在宅か」


 勇者は、ノロマ城に声をかけた。

 返事はない、ただの亜空間のようだ。

 戸に耳をそばだてたが、人の気配も感じない。

 しかたなく、薬草畑へと向かった。


 人一人通り抜けられる程度の細い道を進み、視界を遮っていた木々がなくなる場所で立ち止まった。そこから、そこそこ急な斜面にへばりついている畑を見下ろす。

 周囲は色褪せたような緑の草の中に、ごろごろとした岩が生えているのだが、畑の辺りにだけないというのは、整地に筋圧式重機タダノフが活躍したのだろう。


 丘の上より南側、ノロマ領のほとんどが傾斜部分で占められている。わずかな丘の上の平たい場所に城を建て、傾斜に沿って小さな畑を段々に作っていた。

 ノスロンド王国でも南側の村で見たことのある、果実酒醸造所が所持している段々畑にも似た雰囲気がある。

 違いといえば、こちらは一つ一つの畑を石で囲んでいる縁が特徴となっていた。


 他の大きな違いは、水路が見えないことだろうか。

 川は遠いが、水分を好まない種を育てているとかで、これでもやっていけるようだった。


(待てよ、あの言い草だと、水がないのをいいことに他の種類は無視しているということではないか? 煎じるのにも加工にも大量の水を使うだろうに。裁縫さんにも苦労をかけていることだろう……)


 勇者は一人力強く頷くと、ため池でもこさえてやろうと決めた。


 急な斜面の裾野に、木々の隙間から平地側へと迂回する道が見えた。

 遭難種族渾身の道だ。

 そこから遠くない裾の方の畑から、動くものが視界に入った。

 こまやかな動きからして裁縫さんだろう。

 他に動きはないが、しかし、もう一人の気配はある。

 それはどこだと首をめぐらせた眼前に、草に埋もれる顔があった。


「もしや俺をお探しで?」


 勇者は硬直し、声にならない声を発して飛び上がっていた。




 ノロマ城内にて、勇者とノロマは向かい合っていた。


「ちと尋ねたいことがあってな」


 気まずそうに切り出す勇者を、不満げなノロマの視線がとらえるが、その目は涙をたたえている。

 ノロマは頭のこぶになった部分を撫でていた。


「す、すまん。しかし脅かされれば誰しも防衛本能がだだもれるものだ」

「俺は初めから、あそこに立っていたのですからして」

「枝葉に埋もれて姿を隠していたではないか!」

「薪にしようと集めていただけですー!」


 しばらく散らかった机の上にあったおがくずなどを投げ合って罵り合っていると、裁縫さんが戻ってきた。


「こちらの畑でとれたもんをお茶にしてみたんです。といっても、普段コリヌさんが飲んでるようなものとは違い、水に風味がついてる程度ですけれど」


 ふやけた白パンのような裁縫さんのにこにこ顔を見て、勇者は用件を改めて思い出した。人に聞かれたくない話があることだ。


「ああ、ええと、それではだな……」

「あたしはまだ作業がありますんで、ごゆっくり」


 勇者がちらちらしながら言いよどんでいると、意図を察した裁縫さんは出て行った。


「なんとも怪しいですな」

「ずばり聞こう。のろ……おまじないについてだ」

「ソレス殿が言い直すとは、ますます怪しい」


 せっかくだからと目の前の湯飲みに口をつけた。

 なんとも爽やかな風味が口に広がる。

 独特のすーすーする感覚からして、塗り薬に使われている薬草と同じものだろうか。

 重い舌も、滑らかに動きそうだった。

 その味に助けられるように、勇者はノロマを見て口を開いた。


「そのぅ、おかしなことに身に覚えはないかね」

「おかしなことの身に覚えなどありませんな」

「言い直そうか。なんというかこう、感覚に変化はないかね。研ぎ澄まされたような感じの」

「なんのことやらですが、特には何も感じませんなー。もう少し具体的に」


 ノロマは首をかしげる。


「例えばだね……というか貴様が丘の上一帯に大層な小細工を施して目に色をつけたり手も触れずに体に妙な落書きをした呪いのことだっ!」

「おほぉ、それを先に言ってくださいよ。特盛り概念防御のおまじない! ですからして」


 何のことか把握したノロマは、だからどうしたといった体で言い放った。


「それがどうしたので?」

「だからぁ、やけに頭が冴えてるとか、集中力に満ちているのに疲れがないとか、そういった感覚の変化だよ。最近はどうにも、強まっている気さえするのだ。ないかね」


 勇者は鼻息荒く説明をする。


「そう言われても、俺は何も……ん、集中し易い?」


 勇者は核心に触れたかと、期待のあまり、がたんと丸椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。


「あ、いや気のせいでした。疲労回復の薬湯も飲んだことですし」

「気を揉ませおって!」

「まぁまぁ、恐らく説明した気はするのですが。概念防御の効能の一つ、見極める力の発現とか……」

「それだ! 思い出せずに引っかかっておったのだよ」


 勇者は歯を食いしばって、よく分からないノロマの説明に耳を傾ける。

 確かに、呪いを確定した日に聞いたなと、ぼんやりと思い出した。

 続いた説明は以前と同じく、自律作用によって、自動的に防衛にあたる効果があるというようなことだ。

 地面の落書きが消えようとも、呪いを確定した時点から自動的に効果を発し続けているらしいと聞いたことも、すっかり忘れていた。


 一通り確認し終えたが、勇者の聞きたかったことではない。


「でだね、そもそも防御なんて言いおって、力に満ち溢れるなどおかしいだろうと聞きたいのだよ」

「いや、人間のように盾を持って防御するとかではないですからして……そうですな、何をもって防ぐか、何から防ぐのか。そういった前提条件によって、防御の形は無限の様相をみせるものかと」


 勇者はノロマの物言いに頭を掻き毟りたい衝動を抑え、必死に噛み砕こうと気合を入れた。


「ええぃ攻撃こそ最大の防御! それもまた真なり! そういうことだなそうだろうそう言いたまへ!」

「え、えぇ、まぁそういうことも有りうるかもしれません、たぶん」


 ノロマが言いきらないのは、呪いが必ずこうなるといった明確な結果を生むものではないからだ。

 同じ呪いでも、状況や環境によって経過は変化してしまう。

 経過が変化すれば、結果にも少なからず影響を与える。

 概ね望んだ結果を得られる、そういった程度のものである。


 しかし藁をもつかむ状況の者にとっては、その僅かな差異が重要だ。気のせいといった程度だろうと、かすかな変化は、命運をも分ける重要な変化だということをノロマは理解していた。


 だからといって、周囲に理解するようにいっても難しいのは仕方のないことだろう。

 そこまで切羽詰っていないならば、自力で少しでも頑張ればいいだけなのだ。

 わずかな努力で、そういった呪いと同等の結果を得られるものだから、余力がない者にしか違いがはっきりとは分からないのである。


(専門かつ技術職とは孤独なものですなー)


 ノロマはつい、ふっと鼻で笑っていた。


「ぬぅ小癪な!」

「ちっ違いますので、これは小馬鹿にしたのではなく自嘲気味に微笑んだだけですからして!」




 その後しばらく、他愛もない呪い講義を、勇者はげっそりとした面持ちで受けていた。

 聞きたいことを聞いたので、ノロマの話したいこともお返しに聞いたのだ。

 ノロマは物足りなさそうな顔で、話を止めた。


「とまあ、まじないのなんたるかをお聞かせしましたが、今話したように、効果が目に見えて現れるなど異例なのですよ」


 成る程と、勇者は相槌を打った。

 無駄話かと思っていたら関係があったのだということに、言われて気が付いたのだ。

 もう内容は頭に残っていないが、本来はどうなのかを延々と話していたのだろう。

 結果の言葉を聞けば、勇者にとっては十分なことだった。


「本当に呪いなのかね」

「それはもちろん、効果が……ああっ!」


 ノロマはぎとぎととした笑みを浮かべて叫んだ。


「まじないは、結果としては概ねその通りになる……こりゃあ何故気が付かなかったのか。ならば、これは効果ではなく、結果に違いないので!」

「ノロマよ。分かるように、噛み砕いてくれ」


 盛り上がるノロマは、その勢いのまま予想を喋りだした。

 そこで勇者は余計なことも思い出した。

 そもそもが、ノロマ自身ですら把握しきれていなかった呪いということに――。


「いやあ、その感覚が研ぎ澄まされ、それも変化しているというではないですか。終わりの知れぬ類のまじないですから忘れてましたが、このまじないは、確定時に結果は出ていたのですよ。いや、確定時が結果!」


 興奮気味のノロマを黙らせて、勇者は質問する。


「なんで結果が変化するのだ」

「そりゃあ自動で反応し続ける概念防御、という結果ですから当然!」


 勇者は不安になって確認した。


「これはどうやって扱えばよいのだ。止めるとか、操作というかね」

「はははっ呪い師の手を離れたのですからして、どうにかできるなんて……」


 ノロマの言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 ぎゃーすかと争う二人の叫びがノロマ領に響き渡るのだった。


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