第八十一話 勇者の剣技
南へ続く道入口にある、立て札付近に人々が集まっていた。
領主会議に使った半円形の広場の周囲だ。
勇者はそろそろ領民の為の集会所を設けても構わないだろうと考え、小作隊や手隙の遭難民族を集めて建築計画を実行に移したのだ。
ただ場を整えるだけではなく、まともな平屋を建てるつもりでいる。
今までで、最も大掛かりな建築物となるだろう。
町村と丘の上に最低限の倉庫を建てたから、資材を回す余裕ができた。
今後も追々増やさねばならないが、それはまた先の話だ。
勇者がいなくとも、領民の意思疎通が潤滑に図れるような場所は、早めに用意しておいたほうがいい。
今後の展望予想をコリヌ達に話したことで、気の抜けきっていた勇者も多少の危機感を思い出し、急遽決行の運びとなった。
一応は、やれたらいいなあリストの中にしたためていたことだが、いつとは決めていなかったので完全な思い付きである。
「では、俺様は周囲に群がり来る、魔の森の尖兵をなぎ払おう。諸君は心置きなく、民衆の心を健やかに守る砦作りに励むがいい」
集会所とは話し合いで戦い守る民の砦であろうと、勇者は声をかけた。
まずは演台や椅子代わりに積んであった丸太などを端に寄せたりとのお片づけである。
それらは民に任せ、勇者は森へと向かい合った。
勇者は棚の奥にある、『使用頻度・低』と書いた道具箱に突っ込んで忘れきっていた、愛用の剣を引っ張り出していた。
やや錆が浮いており、昨晩の内に涙を堪えて研いだのだ。
その剣を抜き、構えた。
「多段式勇者の構え――この型を見て、生き延びたものはいない」
正確には、誰にも見せたことはないから傷付いた者すらいない。
勇者が多段あるような響きだが、どこかに勇者という単語をねじ込みたかっただけだ。
勇者は肘を上げ、右手に持った剣を顎あたりの高さで地面と水平に持ち、左手は手刀を作って同じように胸の辺りに水平に掲げた。
二刀流に憧れて作り上げた型だ。
残念ながら、貧民の勇者ではしょぼい剣を一振り手に入れるだけで精一杯だった。
長いこと大きな戦もないし、剣のような武器は一般に売られているものではなく、ほとんどが兵士に向けて作られるものだ。
兵達も、町なかで取り回しの良い武器だから帯剣しているか、国から定められているから所持しているだけで、砦や国境の警備などの大半は槍だ。
剣は脆く融通が利かないといって、他の片手武器を選ぶ者も多い。
例えばコリヌの護衛、その一君の主な武器は槍だが、予備は小型の鉄斧である。その二君は、棒の先端に重い鉄の塊をつけた戦棍や小型の石斧。その三君は珍しく剣を使うが、分厚く幅広の両手剣でほとんど鈍器だ。予備はやはり剣ではなく、小型の戦槌を腰に差している。
このように剣は不人気武器のため、数が少なくそう安くはない。だから勇者は、鍛冶屋の親父の頼み事を聞くことも合わせて、どうにか手に入れたものなのだ。
そのため、片手は素手である。
そうまでして剣にこだわるのは、伝承の勇者が剣を用いて化け物退治をしたからだ。恐らく、本来は鉈や鎌のような農具だったのではないかと考えられているが、当時は扱いの難しい剣で巨大な化け物を倒したと、腕前を誇張するために書き換えられたのではと言われている。誰にかといえば、歴史の研究者を気取る酒場の飲んだくれなどにだ。民間伝承も呪い知識の一環として研究するノロマも含めておく。
思考がそれかけた勇者は、剣に意識を戻す。二刀流といえば、同等の攻撃力を持つ二つの武器を用い、一人で二刀の連携をするようなものを思い浮かべる。
そんな想像を目指した勇者は、以前は左手に棒切れを持って練習したが、強度に無理があった。現実は武器が片方しかないのだから、結局は剣で攻撃し、逆の手は補助するような動きとして完成した。
ようはごく基本的な剣術と大した違いは無い。
だが勇者は、今なら徒手でやれると直感した。
長さの違いもあるので、何をどうやるつもりなのかは分からないが、自信満々で木々の前に立つ。
勇者の行く手を阻む仮想敵は、幹の細い低木軍団だ。
「憑け焼き刃連装斬!」
気分でひねり出した技名らしきものを叫び、びよんと飛び出した。
剣で薙ぎ、振り切った反動で左肘を振り上げて、切れ目へと打ち付ける。
ボリッと幹から音が立つ。
勢いで回転しきり、元の向きに着地したときには、折れた木はなだれ落ちていた。
「おおう、すげえな!」
領民はざわめいた。
滑稽な動きからは想像できない威力だ。
気分を和ませ、不意の作業を楽しいものへと変えていった。
「つい人の胴に見立てて倒してしまうが、木材とするのだ。もっと根元から絶ったほうがよかろう。ふむ、足を狙うか……ふふ、実戦向きだな」
真っ直ぐ攻撃すると見せかけて、咄嗟に横へ滑り、身を沈める。
全身の力を込めて、根元へと突進した。
「ふおああああぁ――低空飛翔刺突爆雷剣!」
手首ほどの太さしかない幹ではあったが、パキッと音を立てると共に、剣の刺さった根元から弾けるようにして砕け、木片が飛び散った。
勇者はその不自然な様子を見て眉間に皺を寄せながらも、木々を切り出していった。
格好良さで考えた型だ、応用技などない。一瞬で案はつき、後は適当に切りつけている。
「わああああっ!」
勇者が剣を振るうたびに、周囲から歓声が上がった。
「あっという間に、開けていくとは便利なもんだ」
「こりゃあ楽しい」
「飯でも食いながら眺めたいね!」
周囲はちらちらと観戦しながらも、手は休めず、お片づけは滞りなく進んでいく。
勇者はいつもなら調子に乗っていただろうが、集中しすぎていて、喧騒をどこか遠くに感じていた。
剣を振り回しながらも、そもそも武器を取り出した理由へと思いを馳せた。
海を見た晩に、やけに感覚が研ぎ澄まされていっていると感じたことが、思い過ごしではないのだと、はっきりと気が付いていた。
なにやら空恐ろしいし、長いこと無視してきた感覚だった。
(命尽きる前の輝きなのか、だからやたらと敏感になっているのか。しかしそれで目が良くなるなど聞いたこともないのだ……やっやっぱり呪われたの? 俺様のろわれちゃったの?)
半ば恐慌状態で数日を過ごした後にようやく、認めるのも吝かではないと、覚悟を決めたのだ。
呪いなどという古代の妄想術が、現実に効果を表すなど心の奥底では全く微塵も信じてなどいない。
瞳の色の変化や、妙な模様がうなじに現れたことや、地面が震えたことなどを体験し、時には畑などがやたら輝いたことを、勇者のみならず領民も目にしていてすら、その度に頭の隅から追いやった。
もしかしたら、ノロマが何かの奇術を使って悪戯し、嘲笑われるのではとの懸念があったからだ。
(ぷぅくすくすソレス殿だまされてやんのでー……などと言われてみろ! 顔真っ赤にして数日は寝苦しい夜を過ごすことになるのだ。なんとも過酷な思い出し羞恥の刑よ……)
信じようとしたところを、恥ずかしい思いをするのではないかと思えば、例えこの感覚が真実であろうとも、容易く認めるわけにはいかなかったのだ。
しかし、勇者の小心者能力は、些細な違和感といえども見逃してはくれず、確認しろと囁いた。
仕方なく、周囲に誰もいないことを確かめた場所で、あれこれと試行錯誤したのだった。
ちょうど誰も近寄ることのない、勇者畑を開墾するついでである。
行き倒れ君の存在は、個人的な配下なのだから数えない。
どちらにしろ行き倒れ君は、「また何か叫んでるっす……」とぼやくだけだったので怪しまれてはいない。
そんな風にして鍬でそれとなく確かめたことを、武器を替えて剣でも確認しようと思い立ったわけだった。
勇者は一旦動きを止めて、剣を鞘に戻すと息を整えた。
すぐに鞘を掴みなおし、柄には手を添えたまま、やや前傾姿勢で集中力を高める。
頭の中で、「ええと指突き二刀流の要領」と唱えながらだ。
タダノフの流派である、渦流れ流を意識したのだ。
「勇者式無反動剣……」
立ったまま動かず、腕だけで前方へと振り切った、抜き身の一撃を放った。
木はバサアッと枝葉を揺らして、地面に頽れる。
だが、それまでのように枝を叩き割る音も、抵抗するような手への感触もなかった。
幹の断面は、やけに滑らかだった。
(ぬぅ、この手応え……悔しいが、認めざるを得まい。俺様の才能がまた一歩開花したのだとな!)
渦流れ流を意識はしたが、タダノフアイテムを借りてはいない。
素の状態でこうなった。
これだけ見てもなお、動揺して己の身に起きた謎の変化を、否定しようとする勇者だった。
翌朝、定期便が戻った。
手下隊の帰還に、勇者は心からの笑顔を向けた。
「よくぞ、よくぞ戻った!」
大丈夫だろうと思いはしたものの、戻り際に心変わりをして逃亡するのではとの心配は拭いきれなかったのだ。
「約束は果たしたぜ、勇者領主さんよ。俺達は眠りにつくが、築いた道のりを、無駄にしないでくれ。頼んだぜ……」
手下隊は任務をやり遂げた兵の顔をしていた。
死に際に吐かれそうなご挨拶を述べたが、特に不逞な輩の襲撃もなく、怪我もない。疲れたから一眠りさせてほしいだけだ。
睡眠を取り、食事を済ませた手下隊から、改めて報告を聞いた。
飯のつもりで入った酒場兼食堂にて、久々の酒に浮かれて裸踊りしてしまったなどの珍事件はあったものの、興奮して乱闘騒ぎになるような失態を演じることはなかった。
「あぁ貧民希望の大型新人がぁ開拓する新天地ぃ、完徹の勇者ぁうぃっ、完徹の勇者領をぉよろしくお願いしまっす!」
「がっはっは! やる気あんじゃねぇか!」
楽しい酒であり、なごやかに町の人間と交流できたとのことだった。
「うむ……悪い印象では、なかろう……多分」
勇者は複雑な気持ちを悟られまいと、どうにか労った。
「いや、よくやった。早速だが、今回の行動を見直して第二便の計画を立てようではないか」
「いぇす筋肉!」
海近くの町コルディリーは、大陸北東の外れだ。
ノスロンド王がばらまいた噂は、このときにはまだ届いていなかった。
しかし、やる気に満ちた手下隊は、やたらと新大陸押しをしてしまっており、妙に真実味を増すことになってしまった。
手下隊の印象が残っている内に噂が立ち、町の者たちは「さもありなん」と笑いながら話していたという。




