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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第七十五話 薬効

 昼過ぎの勇者セントラル畑二号地に、ノロマが姿を現した。

 両腕で平たい籠を抱えている。


「ソレス殿ぉできたのでー」


 間延びした声音に喜びの色はない。


「のろぃ、ごほん、まじないかね」

「薬に決まってるではないですか。参考の品なので少ないですが」


 ぎとぎととした笑みがないのだから、嬉しいことのはずはなかった。

 さっさと用事を済ましてしまいたいといった雰囲気をまとっている。

 そのために、わざわざ晩飯時を待たずに来たのだろう。


 ノロマは籠の上に盛りあがった布切れの間から、手の平に乗る大きさの小箱を取り出して、勇者へと手渡した。


 勇者は、その小さな木箱の蓋を開いた。

 中敷には分厚くつやつやした固い葉っぱが使われており、間にはぶよぶよとした糊のような塊が詰まっている。

 その冷たい風が鼻腔を吹きぬけるような臭いを嗅ぎ、黄ばんだ塊を指先でそっとつついた。

 塗り薬である。


「さすがはノロマ。闇の勢力を味方につけるだけではなく、光の勢力との交渉も果たしたか。邪な術の腕は衰えていないようだな」


 勇者はノロマが作り出した軟膏に感心していた。

 ただし言葉が言葉だけに、真意は伝わりにくい。


「俺のおまじないは邪でも闇勢力でもないので。人々のお役立ち能力ですし。薬ごときが光勢力とはちゃんちゃらおかしいですからして」


 しかしそこは、お呪いなどという怪しい術を極めるノロマだ。

 当たり前のように勇者の会話についていくばかりか、平然と返していた。

 しかも何が憎たらしいのか、医術に関することに興味が薄いノロマは、薬が光側勢力と言われたことが気に食わないらしい。



 世にある薬効成分に関する知識は、医術も呪術にも必要だった。

 働きかける方法は違えども、どちらも人体へと影響を及ぼすものだ。

 意外と深い関係にあるからこそ嫌でも学ばなくてはならず、ノロマとしては辟易としていたのだ。


 例えば働きかけ方が同じでも、両者で呼び方が違ったりもする。

 医術側は、症状に合わせて身体の状態を改善するような分類だったが、細部の分け方が呪術側と違う。

 症状自体を取り除く攻撃的薬効と、疲弊した身体を改善するような防護的薬効を、治療と称して一連の流れをひとつとしてまとめることが、どうにも引っかかるのだ。

 そういった細部の取り扱い方の違いが、喉に魚の小骨が刺さったように苛立たしかった。


 なによりも、ぽっと出の職種の癖に呪術の地位を華麗に奪ってしまったのだ。

 各地域に根ざした民間療法などという不確かなものよりも、確実に安心をもたらすのだから仕方がないことではある。

 圧倒的に呪術側陣営であるノロマにとって、それらが許しがたかったり、他にやりようがあるだろうなどの不満が塵積もっていたのだった。


 さらに言えば、その成り立ちにも不満があった。

 医術は、人々の争いが激化する中で、外傷に対応するところから体系化されたのだ。


 片やまじないは、そういった外傷や症状などが起こる前から、予防を促す術も含む。

 生活に根ざし、人の想いから生まれた、優しさあふれる術であろう。

 人の想いの良し悪しの方向性については脇に置いておく。


 ともかくそんな理由から、薬物など体の内に関することならば、呪術に一日の長があると自負していた。



 残念ながらそんなこだわりは、勇者にも一般の他の者にもどうでも良いことである。


「薬湯くらいしかできないと思っていたから感動したのだよ。色々と小細工できるではないか。もったいぶりおって」


 もちろんノロマは興味がないし、面倒だからやらないのである。

 後ろ暗い呪いほど幸せになれるノロマといえど、人の為になることをするのが嫌なのではない。

 これでも大好きな呪いで人々の生活を豊かにしたいと、日々研究しているのだ。

 果てしなく迂遠な努力である。


 しかし勇者もおかしな考え方については、人のことはあまり言えないから、そこには突っ込むことはない。



 勇者は、なにやら考え込んでいる不満げなノロマを横目に、ぶよぶよ薬の他にも色々と詰まっている布の中を覗いた。


「なんだね、この布切れは」

「ぐつぐつと煮込んだ端切れです。薬を塗った上から巻くのに必要ですからして。こっちの小袋には、虫と乾燥除けの植物を詰めてますんで開けないように。それでも、布は定期的に煮込んでもらったほうがよいですが」


 勇者はノロマの説明に頷きつつ、使い方を紙一枚にまとめた。


 説明をし終えると、ノロマは投げやりに聞いた。


「では、こんな感じの瑣末なものを死んだ目をして作り続ければよいので?」

「ノロマよ、嫌な言い方をするな。俺様も使ったことがあるからな、お前の腕は確かだと信頼しているのだ」

「信頼など、」

「分かった、畝一つくらいは得体の知れない草でも生やすがいい」

「わーい」


 踊りながら去るノロマの背に、周囲に迷惑のかからないものだぞと念を押した。




 両腕の荷物を見下ろし、どうしたものかと考える。


「このままでは不便だな。ふむ、取り出しやすい入れ物を作るか」

「畑は見とくっす」


 勇者が振り返るや、行き倒れ君は作業の予定変更を察知し答えていた。

 そのまま、受け取った布を大事に抱えて城へと戻った。




 日が傾きかけたころ、両手に乗る大きさの、やや細長い木箱ができていた。

 箱の中には二つ仕切りを作り、薬、布、虫除けと分けてみた。

 その上に説明書を置くと、勇者は蓋を閉めた。


 それを三つ作った。

 一つはお城ちゃんに常備で、後は村と町に一つずつだ。


 勇者は出来に満足すると城を飛び出した。




「くすりーくすりー、ノロマの怪しい薬なのだよー」


 勇者は町のやや北側の中心辺りにある、周囲を広々とした畑に囲まれた、大畑さんの住まう管理小屋へ走りこんだ。


 納屋のような入口の引き戸は解放され、男達が仕事道具を運び入れていたのだが、不審な声に手を止めて振り返る。


「あっあやしぃ? どうされたかね」

「おぅ勇者領主さん、また面白い仕事かい」


 大畑さんだけでなく、小作隊も一日の作業を終えて集まっているところだった。


「ぬ、大変ご苦労様だ。おあつらえ向きに雁首揃っているではないか。手間が省けたぞ」


 魔の巣窟に乗り込んだかのように、勇者はご挨拶した。


「薬がどうとか聞こえた気がしたが」


 そろそろ彼らも、勇者のおかしな表現に馴染み始めていた。

 不穏な修飾の表現は無視し、用件のほうに意識を向ける。


「大畑さんに、これを管理してほしいのだ」


 勇者は木箱をそっと手渡す。


 大事そうに抱えてきたのだからと、大畑さんも丁寧に蓋をあけ、息を呑んだ。


「こりゃあ……」

「塗り薬だ。消炎効果がある、らしい。打ち身や、捻挫、打撲とかなんとか色々と使えるそうだ。詳しくは説明書をよく読むように」


 周囲から歓声が上がった。


「うおおおおっ! すげえじゃねえかい!」

「まさか、こんなしょぼい場所で薬なんざ拝めるとは!」

「これで怪我も病も怖くない!」


 小作隊は何かにつけて気合を入れて叫ぶのだ。

 どこまでが本当に感心しているのか分からない。


「怪我も病もなんて万能薬はないと思うぞ……それと君、聞き捨てならん言葉が聞こえたな?」

「とんでもない、しょぼいとか言ってないす! すごいなって!」


 押し合いながら木箱を眺める皆を微笑ましく見守る。


「今はそれしかないからな。無駄に試そうとしないように」

「うっす!」


 勇者は手を振ると、今度は村へと走った。




「わーわー! すーすーと臭いがするね」

「わー薬って感じだよ!」


 こちらは謎声帯を持つ種族だった。

 相変わらずわーわー言いながら、しかし反応は町の方と同じだ。

 勇者は同じように、使い方と注意点の説明をする。


「さすがは勇者様ですな!」

「管理を頼むぞ、族長」


 族長まで楽しげだ。

 貧しい村に、医術の心得がある者を呼び寄せる余力などない。

 薬を買うにしたって大変なことだ。


 自分の手柄のようにいい気になっていたが、これはノロマの仕事だった。


(タダノフに、ノロマか。面白スキルを持つ者くらいに思っていたが、俺様は実に恵まれていたのだな)


 たまにはノロマの呪い話でも聞いてやるかと、晩飯のために竃へと走った。



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