第七十四話 備蓄
「ぬ。おかしいな……確かにここに置いたはずだが」
勇者は正座したまま、床に置いた木箱に頭を突っ込んで唸っていた。
ひとしきり棚に並ぶ収納箱の中身を漁ったが、探し物がすぐに見つからず苛立っているのだ。
こういった腹立たしさから解放されるよう、分類別に整頓しているのである。
それが見当たらないために、余計に苛立ちは募るのだった。
「行き倒れよ、この箱の中身について何か知らないか」
「何かと曖昧に言われても」
「まぁそうなのだが……ううむ、行き倒れが整頓したあとも、確かにここにあったのは俺様も確認したし……ぐぬっ!」
勇者は、ますます訳が分からず頭を捻った。
箱の中で頭を傾げたために、耳を引っ掛けて痛みに震える。
「その小さめの箱って、手紙とか紙切れが詰まってるんすよね。定期便も送り出したし、今見たって意味ないんじゃないっすか?」
「たっ確かに、そう言われればそうなのだが」
勇者は体を起こして、耳をさすった。
「はいはい、なんとなく気になったんすね。昨日勇者さんも大量に紙切れを突っ込んでたから、どっかに挟まってんじゃないすか」
「おぅそんなこともあった」
また箱に手を突っ込もうとした勇者の背に、行き倒れ君は冷たく言い放った。
「だったら、その内出てくるはずだし時間の無駄っす。それより、耕すのが最優先事項となったから心して働けと聞いた気がするんすけど」
勇者は口をすぼめて振り返った。
「わ、わかっている……俺様は少しばかり人より繊細だってことなのだ。ええい責めるような目で見るな! ああ働くさ働くとも……」
勇者は言い訳めいた文句をぶつぶつと呟きながら、後ろ髪を引かれつつ城を出た。
勇者は汗だくになり肩で息をしながら、懸念を漏らしていた。
「うぅむ、体が重い……魔力の枯渇、か」
もちろん魔力など存在しない。
午前中一杯を、勇者殺法で地面を掘り起こし続けていたのだが、早くも進みが悪くなっていた。
薄々は気が付いていたのだ――鍬二本を使うと、倍疲れることに。
地面を見つめ、鍬のようなものを置く。
「聖鍬に宿る必殺技、ここに眠る」
勇者は立ち上がって、取り除いた岩石を集めていた行き倒れ君に声をかけた。
「休憩がてら、町へ行ってくる!」
勇者は逃げ出した、というだけなわけでもなかった。
町側の倉庫兼作業場建設は、一時勇者倉庫建設で中断されたが、再開後すぐに内部の基本的な環境は整ったようである。
足りないものは追々作り足しながらも、利用は開始されていた。
主に食物の保管用に作成している、干した作物の茎や葉で編んだ縄や袋などの状況を尋ねてみることにした。
勇者も晩飯の後に、城内で作ってはいるのだが、他の作業で中断することも多く、ほとんどは行き倒れ君任せだ。なかなか数が揃わないでいた。
初めは、日中の開拓仕事の後に少しずつ作り溜めれば十分だと考えていたのだ。
しかし考えれば、納める時期に急に増やせるものでもない。
普段は葉や茎も食用だ。肥料や飼料にも要る。あまることはない。
「大畑さんや、戦況はどうだ。大地の精霊王より生まれいずる作物軍勢の動きを知りたい」
「ぐっ軍勢? ええと、そうですね。畑には特におかしなことはないかと」
そう言いかけて、大畑さんは何かに思い至ったように一瞬口を閉じ、そして改まって答えた。
「不思議といえば、その特におかしなことはないということですな」
「ふむ、意味が分からんぞ」
大畑さんは、自分の言い方のまずさに愕然としたが気を取り直した。
「勇者領主さんとこの畑ほどじゃあないが、こっちも順調に育ってますよ。ただね、まだ開墾したばかりの一年目だってぇのにって。そこが気になりまして。よっぽど土がいいのかもしれんが……そんな風には見えなかったんですがね」
大畑さんは改めて思い出しているのか、空を見ながら頭をひねった。
勇者も思い返してみるが、乾いた大地に草がそよいでいただけである。
森も低木が多い割に、鬱蒼としているわけでなし、栄養豊富な状態には見えなかった。
しかしそれは連合国の砂漠側国境辺りだって同じだ。
それでもどうにかやれているのだから、向こうよりましに見えるこちらが、多少育ちが良いのも、ありえないことではなさそうに思える。
地質よりも、海の近さもあり塩の害などを心配したほうがよいのではと思っていたくらいだった。
「まあ、大陸が違えば土も違うのだろう。今後も続くとは分からんからな。あまり期待はせず、知力を尽くそうではないか、うむ!」
勇者は一人納得した。
うまく育っている方に問題というならば、今はありがたいことだった。
「それもそうだ。おう勇者領主さん、薬味だが収穫したてのがあるから持っていってくれ」
「これはありがたい。いつも助かる」
大畑さんは、葉の一枚が手の平の半分ほどある緑色の野菜を、両腕で抱えるほどの量を取り勇者に手渡した。
「がはは相変わらずだな。もうぜんぶ勇者領主さんとこの土地なんだから、おすそ分けでもなんでもない。徴収して当然と思わなけりゃな」
そう言われても、やはり勇者はただの一般貧民だったのだ。
なかなか本質的なところで気恥ずかしさのようなものが拭えずにいて、困ったような笑みを浮かべたまま頬をかいた。
いただいた野菜を確かめる。
柔らかな葉の周囲はとげとげしく、敵の襲撃に備えた攻撃的なフォルムだ。
実際に虫除け成分があるらしく、作物の周囲に植えられる、護衛兵団である。
作物は大地から送られた敵勢力という言葉はどこへ行ったのだろうか。
そんな設定は忘れ去り、勇者は恵みの一枚を手に取ると、おもむろに口に放った。
照れ隠しのつもりだった。
「いや今かじらんでも」
「ついつい。うむ、瑞々しく苦い。野菜汁に素敵な風味を添えることだろう」
食欲をそそる苦味を飲み込んだ勇者は、本題を切り出した。
「納税に向けて、備蓄の準備がしたい。やはり保存には干し藁が便利ではないかね」
「そうだなぁ。まずは食う分を確保してからと、早く育つもんをあれこれ植えてたが、そろそろ入れ替えた方が良さそうだ」
国側が用意してくれることはないし、あの徴税官ならこれすらも難癖の理由ができたと喜びそうである。
納税用に芋や穀物などを大量に保管し、そのまま引き渡すことになる。
その後の自分達の備蓄用も考えれば、資材も時間も猶予はあまりない。
「今のを収穫し次第、麦を植えましょうか」
大畑さんは顎をさすりながら言った。
勇者の目が鋭さを増す。
「ほぅ、とうとうやるかね、麦作を」
少しずつは育てているのだが、これは一面を埋めることになるだろうという合図だった。
大畑さんも、にやりと笑う。
「倉庫もできたから、道具やらも揃えられるだろうと思いますよ」
ふと、勇者の故郷では棒で叩いたりして脱穀していたことを思い出した。
麓では巨大な櫛のようなものを使っていたから、そういったものを作るのだろう。
「やはり早く育つ種類から始めるから、味には期待しないでください」
食べられなくはないが、飼料用に早く育てる種類のものらしい。
二期目の期限まで、そう余裕はないのでそれが最善なのだろう。
「やはりほとんどは芋になりそうだな」
袋にするまで間に合わなければ、ぞろぞろと紐で繋いでやろうか。
そうすれば嫌がらせになりそうだし、などとせこいことを考えたが、勇者はその考えを払った。余計に手間がかかりそうだと思ったからだ。
「では、引き続き作物軍勢の動向に注視してくれ!」
いつものように唐突に現れては、駆け去っていく勇者だった。
勇者は午後もまた己の農地を耕したが、今度は疲れをものともせずに掘り返し続けた。
「むぎむっぎぃ……ふふ、麦の一大産地への野望に、一歩近づけたな」
大抵の者が好むのは、粉にしたものを水や乳で練り、それを指先で摘める程度に千切って平べったく形を整え焼いたものだ。
どこでも日常的に食されているようで、点々と巡った町村では勇者も良く食べた。
生地を薄く広く伸ばして、野菜や卵などを包んだようなものは、贅沢だがもっと人気である。
恐らく大畑さんらが収穫量を増やしたところで、このように食べられるのは間違いないのだ。
しかし勇者の欲望に眩んだ目には、椀のなかを泳ぐ麦粥が浮かんでいた。
みなにとっては不人気メニューである麦粥が、毎日食べられることを夢見て鼻歌交じりで働くのだった。




