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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第七十二話 定期便

「大地の精霊に勇者が命ずる。人の子らに道を開き、行く手を知らしめよ。我が身に宿る力を捧げん――受け取るがいい筋力が解き放つ贄を! その地をさらけ出すは、我が手に在りし、鍬なるものだああああっ!」


 ザクッ――。


 土にめり込む、地味な音が響き渡った。


「ううむ、なんとも歯応えがない」


 草木を取り除いただけとはいえ、一度は掘り返した場所だ。

 来たばかりの頃と比べて、がっちがちの地面は減っている。


「おお勇者よ、気合いが入るのは素晴らしいことですが、いちいち無駄に強力な技など使っては身が持ちませぬぞ」

「ふふ、案ずるなコリヌよ。魔力の配分は心得ている」

「まっ魔力?」

「シッ! コリヌさん、色々とこじらせてるぽいんで……」

「ハッ、そうだな行き倒れ殿……藪蛇となるところだったわい」


 ぐるんと勇者は背後の二人を振り返った。


「なんの悪辣な相談かね」

「めっ滅相もありません。おしゃべりに夢中では、それこそ体力の無駄ですな。ささ、仕事しましょう仕事」


 こそこそとコリヌと行き倒れ君は、勇者と距離を取って道の端の草木を掘り返し始めた。




 丘の上に道を通す、というより整える作業を勇者たちは進めていた。

 まずは、東の村から丘の上へ。それから、西の町へと抜ける道だ。

 勇者基準でお城ちゃんの倉庫側である。


 たんに通り抜ける分には問題なかったが、あらためて道幅を広げ、岩石を取り除き、地面を平らに均しているのだ。


 行き倒れ君が指摘したように、今まで足元の悪い中、木材などを運ぶよう領民たちへ依頼していたのだ。

 勇者はそれを申し訳なく思いつつも、小癪な行き倒れめと恨めしく、気合を入れて励んでいた。




 日が傾くころ、コリヌが背を伸ばし己の腰を叩きながら、作業の終了を告げた。


「ふぃー勇者よ、なかなか良い感じに整いましたな。本通りなぁんて呼んじゃっても、いいかもしれませぬな。かっはっは!」


 勇者も手拭いで顔の汗を拭きながら、道を見渡した。

 朝から懸命に整えていた、東西の町を繋ぐ道だ。


「うむ。水場の方へも手を伸ばせたし、随分と進みはいいではないか」


 東西の道の中ほどへと水場からの道も繋ぎ、勇者達はその交差点に立っていた。

 護衛君達が手桶に詰めた土砂を、崖沿いの資材置き場へと運んでいく。

 勇者も鍬もどきなどの道具を取りまとめる。


 全員で泥を落とすべく水場へと向かいながら、勇者は活き活きと全身で笑った。


「くはははは! 見たか行き倒れよ。俺様が本気になれば、ざっとこれもんよ」


 午前中に棚の整頓を終えた行き倒れ君は、勇者から問題なしの承認をもらうと、昼から地ならしに参加していた。


「そんなに悔しかったんすか……」


 そこまで張り合うことはないと思うのだが、勇者の中で何が引っ掛かったのか行き倒れ君には分からない。


「あの、混沌召喚者である行き倒れがだぞ。使役不可能と思われた強大な力を、ねじ伏せたのだ」

「整理整頓しただけっす!」

「それだよ! 配下が整理混沌創造能力を自在に操れるようになったのだ。俺様だって負けてられんではないか」


 勇者は行き倒れ君の意気込みを見て、少しばかり初心を思い出したのだ。


「今後も切磋琢磨していこうではないか。まあ、タダノフアイテムを使わなくとも、これだけできる俺様だし? 高すぎる堤防だろうがなぁっはっはっは!」


 片手で目を覆うようにして上半身を反らし高笑いしている。

 残念ながら勇者の初心とは、細かいことは無視して、うず高く自己評価を積み上げることのようである。


 しかし鼻持ちならない癪に障る態度も、今の行き倒れ君は軽く流すことができた。


「なんだね、苦手なことを克服したのが嬉しくないのか」


 勇者は、また覇気のない様子に戻った行き倒れ君を不思議そうに見た。


「今日は達成できたって、次も出来るかは分かんないっす。でもコツは掴めたんで頑張るっす」

「いい心がけだ。倉庫管理の方も、見張りだけでなく本当に任せられる日が来るやもしれんな」


 ひとまずは自分だけの空間を死守できたことに、行き倒れ君は心底安心したのだった。




 その晩の食事を、勇者は殊更においしく感じた。


「道といえば、ノロマ街道も着々と進んでまして。随分と森へ入り込みやすくなりましたなー」

「勇者領南部の森街道か。遭難種族は頑張りやだからな」

「ノロマ領南部なのにッ!」

「もう森で遊ぶ理由はなかろう。薬草畑はどうした」

「そ、そりゃぁもう……頑張ってますとも。つまらない消炎薬となるだろう草っぱが、わっさわさと生い茂ってますとも……」

「そこは喜ぶべきことだろう。手を抜くなよ」


 タダノフは珍しくお喋りをせず、食事をかきこむと待っててと言い残し走り去った。

 それから、勇者も食事を終えたころに人を連れて戻ってきた。


「ソレスー、何か仕事頼みたいって言ってたからさ、手下どもを連れてきたよ。特殊任務部隊を城に送りこむんだっけ?」

「どこを襲撃するつもりだタダノフ。定期便だ。それに、海近くの町までだ」


 勇者は話しながら、背後の手下君らの暗い面持ちを見て、懐から布切れを取り出し短く持った。


 スパーン!


「あだっ! いきなりなにすんのさソレス!」


 勇者はタダノフの頭へと、布を振り下ろしていた。


「あれほど常人には厳しい訓練だと言ったろう、タダノフ。こんなにやつれちゃって、大丈夫かね手下君たち」

「なっなんと勇者領主さんの気遣いが心に沁みる……けど手下なのは変わらないんだ!」

「はっはっは! さすがはタダノフ式訓練を生き延びただけはある。存外に元気ではないか」


 やつれ気味なのは変わりないが、手下君らの暗い気持ちは多少ながら晴れていた。

 いつ終わるともしれない拷問のような訓練の中、二度とここから抜け出せないのではないかと絶望しかけていたのだ。


 勇者が仕事をしてほしいらしいと、タダノフは伝えたが、手下君たちは実際に面と向かうまで信じられなかった。


(信じたところを突き落とすんだ。そうだろそうに違いない!)


 そう暗く沈んでいたのだが、人を信じる希望の火が、再び心の内にともっていた。


「いやしかし、近くの町までとはいえ行き帰りだけでも最低一週間はかかる行程。急な遠征など……大丈夫かね」

「いぇす筋肉っ! 勇者領主さん、俺たちゃやりますよ、いえやらせてください必ずや成功しまっす! 頼んますお願いっすうぅ!」


 手下君たちは必死だった。


「もっもちろんだとも。そのために厳しい試練を乗り越えてもらったのだからな」


 手下君らが感涙し雄叫びをあげる。

 その様子を見つつ、タダノフは己の頭頂部を撫でながら不満げな声を上げた。


「なんだい頼まれたこと頑張ったのにさ」

「だから、頑張りすぎるなと言ったではないか馬鹿者。俺様やお前のような逸材は、少ないの、だ! 覚えておくように!」

「あーそうだったね。あたしみたいな力自慢や、ソレスやノロマみたいなへんてこ体は、そうそう居ないか」

「誰が変人だ」


 タダノフはようやく勇者の意図が理解できたようだが、今さらである。

 今回は手下君たちの気持ちも浮上できたようだが、今後は重々気をつけて欲しいところだった。


「それよりなんなのさ、その布」

「ただの靴下だ。おぅそうだった、洗濯しようと思って忘れていたままだったのだ」

「ばかーっ! ばっちぃもんであたしの麗しい髪になにしくさってんのさっ!」


 ぶわっと筋肉が膨らんだタダノフの上腕が、勇者へと振りぬかれた。


「ふん! 幾ら力馬鹿だろうと、当らなければどうということはないのだ。そんな単純な動き、見切れぬ俺様ではない!」

「ぬおおっ勇者領主さんに加勢だ!」


 ノロマは本《鈍器》を掲げた。


「なんとも血が滾りますなー。このノロマも適当に助太刀する次第。横からまじない攻撃をしちゃいますので」


 すっくと護衛君二人も立ち上がった。


「なんと、これは良い乱取りの機会。我らも参戦します! うおおおお!」

「主を差し置いて勝手なことはやめんかー!」


 コリヌはおろおろしているばかりだ。


「後片付けしとくっす」


 行き倒れ君は、食器類を柵のそばに作りつけた洗い場へと運んでいった。

 器用に乱闘の中をすり抜けていく動きには、勇者との訓練の成果が現れている。


 大変に賑やかな食後の体操となった。




 顔を腫らした一堂が、吊り行灯の炎に浮かび上がる。

 日が暮れきって、ようやく騒ぎは治まった。


 全員が地面にぐったりと座りこむ中、勇者は手下君らに任務の説明をしていた。

 頬をさすりながら、手下君らは頷いている。


「ふむ、そうだな。君を手下隊長に任命する。先程の乱戦中、力押しなだけでない、良い動きをしていた」

「なんとっあんな最中に、全体を見渡す余裕まであったとは。本で殴られたりしてたのは、油断を誘っていたんですね!」

「まあ、うん。そう、かな?」


 勇者は目を逸らしつつ肯定した。

 仲間達は白い目で見ている!


「あぁこほん。君達の実力が確かなのも把握できた。これならば安心して護衛を任せられる。ただその、数日は念入りに準備期間としよう。それまでには腫れも引くだろうし」


 初の取引が顔を腫らした甦りの死人風味では、とんだ暗黒大陸の風聞が流れてしまう。


「栄誉ある定期便第一号だ。今後の取引にも関わる、重要な仕事だ。領内の未来が君らの双肩にかかっている、ような感じだ。だが、俺様は君らが期待に応えてくれると信じている」


 勇者がどうにか格好良い感じの言葉をひねり出すと、手下君らは滝のような涙を流していた。

 よほど訓練からの解放が嬉しいのだろう。

 勇者は、この期に彼らが逃亡することを心配した方が良いのではないかと考え、できるだけ自尊心をくすぐろうとしたのだ。


 手下君らの様子を見るに、勇者の姑息な手は成功したようだ。安堵して緊張を緩めた。


「俺達の首領が、でっかい男で嬉しいぜ。任せてくれ。この過酷な任務、必ずや成し遂げてみせる」


 過酷かどうかは分からないが、ただ手紙を届け、受け取り、時にはお買い物をしていただくだけである。

 しかし勇者は、重々しく頷き返した。

 ここで「くくく、うまくいった」などと含み笑いしては台無しである。

 暴れて疲れていたお陰で、顔に出ずに助かった勇者だった。




 これで海近くの町と繋ぎをつけられれば、その後のやり取りもしやすくなるだろう。

 勇者は、いくら課税の問題があるからといって、その決着がつくまでこの自給自足生活を続けるつもりはなかった。

 貧窮した村々や寂れた町で過ごし、生きてきた。

 生活に関わるのだ。目に見える形での決着が簡単に訪れることはないものだ。


 通貨への交換は、どこかでできるようにしておきたい。

 そんなことを漠然と考えている。

 自分達が買出しをしたいときにも必要だが、経由地として海向こうから来た者が滞在するときのことも考えたのだ。

 予定など立てようもない、かなり先の話になるだろうからこそ、少しずつ交換しておきたいと思っていた。


(だからって、いま作物を持ち出せば、確実につつかれる)


 そこが問題だった。


(簡単なことよ。作物以外ならばよかろう!)


 勇者は単純だった。

 食べ物以外に、他に何ができるというのか。細部などは後回しである。



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