第七十一話 中央代表との密会
ノスロンド王国からの使者として、先王シュペールは、連合国北東部を管轄する中央代表の拠点に赴いていた。
連合国中心部から、山を越えた北に位置する町だ。
王国の使者と伝えはしたが、秘密裏の面会だった。
その代表が商談に使う館にて、二人は向かい合っていた。
招き入れられた部屋の、大きく柔らかな布張りの椅子に、無言のまま腰を下ろす。
黒く艶のある髪に同様の黒い瞳を持つ、まだ二十台も半ばだろう若い男は、気安い雰囲気をまとわせながらも、用心深く客を見ていた。
「ご健勝なようで。前、ノスロンド王」
先に口を開いたのは、代表だった。
どちらの立場が上かを示したのである。
「跡目を継いだ期に訪ねて以来だ。久しいな、アンシア王。わしは隠居した身、シュペールで結構。良くぞ時間を割いてくれた」
代表の対応に不満を持つでもなく、老いた使者は挨拶を交わした。
声や仕草も合わせれば、やはり亡き兄や甥を思わせる。
シュペールは不思議なものだと思い、目を細めた。
「砂場の英雄が動くとあらば、会わないわけにもいかんだろう」
「その二つ名はやめてくれんかのぉ……半生も昔のことじゃし、しかも砂場て」
「ははは。父がよく話してくれてね。幼い頃はその武勇に心躍らせたものなんだ」
だが、昔のことだ。
アンシアと呼ばれた男は、そう言い切っているのだ。
「分かっておる。今はなんでも武で解決する時代でもないんじゃろう」
「そうとも言い切れん……なんとも人の業を感じずにはおれんよ」
アンシアは目を伏せ、言葉を濁した。
私的には、さしたる関係はない者同士だが、やけに馴れ馴れしくも親密な会話である。
下らないといわれようとも、そこには互いの自尊心の静かな戦いが繰り広げられていた。
かつては国境を守って戦い抜き、一線を退いた後は、北端の辺境の地を守ってきた老雄。
片や、統べられた連合国中央の一角として、現在を戦い生き抜いている男だ。
どちらにも誇りがある。
守るべき多くの民を持つことが、彼らを低く見せることを望まない。
そして私的には薄くとも、団体としてみれば大いに関係がある。
連合国には加盟部族は数多あるものの、五つの地域にまとめられている。
北東部、東部、南部、南西部、西部中央の五箇所で、それぞれを五人の代表が管理していた。
南西方面が細かく分けられているのは、人口も多く、取引の中心となっているからだ。
各代表の利益率に均衡をとの配慮で分けられた区分だが、建前である。
実際には最も利益を得、力を持つ南西部の代表が、主導者となっていた。
アンシアは北東部を管理するが、ノスロンド王国は、この男の傘下にあった。
この各区域の傘下国というものは、単純な土地の区切りで分けられているのではない。
地域が関係するのは、そこで暮らしていた部族達が、自然環境などが近いなどの生活環境や習慣による価値観を共有していたためだ。
必然的に、似た考えの者達で自身の生活を守ろうとしたのである。
それらの代表が代表足るのは、特に財力があったからだ。
環境などの背景が違えども、その点において五人の代表には共通の価値観があり、現状の融和が成立した。
とはいえ、北東部は広大な土地に比して人は少なく、乾いた厳冬地で占められており、決して豊かではない。
代表の序列では、末席の地位を甘んじて受け入れる理由でもある。
シュペールが口火を切った。
「東の新地にて、何事か企みがあらん。御存知か」
「企みとは大げさだな」
対してアンシアは、否定も肯定もしなかった。
「ほほぅ。大げさでないなら、どんなことが」
「待ってくれ。呼んだのはそちらだろう」
まずは話を聞かせるべきだろうと、アンシアは片手をあげて制した。
「これは失礼した。すでに報告は届いているだろうが、まあよい……」
東からの書簡をそのまま転送したが、内容が同じとは限らない。
ノスロンドに伝えられた書簡は、紛争が起こる可能性はあるが、自力で解決したいというものだった。
しかしそれは建前だ。
出来るならば傍観してくれという意図は見えた。
事実や意志を明確にすることによって、敵を減らすための工作なのだろう。
それを信じるかと言われれば、信じるに足る状況なのも明白。
大した武器も持たぬ、たかが開拓民。
小規模で、環境も整っていない。
中央が本気で取り締まるならば、抵抗すら出来ぬだろう。
せめて標的を絞りたいというのは理解できる。
マグラブ領へ届けられたものも、コリヌンは身の潔癖のため持参していた。
そこに書かれていたのは、ただ取り次いでほしいだけであり、実際的な協力を頼んでいるのではないこと。
どちらの書状にも書かれているのは、我らには力を借りていないから、何の咎もないという中央への弁明や牽制とも取れる。
その理由は、徴税官との個人的な対立であるという建前である。
新大陸側は、暗に徴税官の不正を仄めかしているのだ。
理屈として、領主は己の領内での裁判権を持つことを示し、ノスロンドが制圧などに兵を出す必要はないというものだ。
しかし、委託されているだけとはいえ徴税官は中央から送られた。
中央には、その裁判権を反故ないし剥奪する権限がある。
調停を中央に依頼したとしても、そもそもが飾りの領主だ。茶番である。
無駄な経費をかけてまで、中央がまともに対応するとは考えづらい。
(どのような腹があるのかは知らぬから言い切れないが……)
シュペールが信じられないのは、そこまで理屈をこねても抗う意志を見せていながら、助けを寄越せと言わぬところだった。
状況を調べさせたところ、確かに随分と要領よく開拓は進んでいるようだが、前マグラブ卿が率いているとあらば、それも意外なことではない。
意外といえば、領主になろうという甘言に釣られた邪な者共にしては、早々と統一を果たせたことだ。
そこだけは不可思議なことであった。
前マグラブ卿は熱意には溢れていたが、奇策に走るよりは、地道に穴を塞いでいくような男だったと覚えている。
人心を掴むのもさして秀でているとは言えず、かといって慕われていないわけではない。
代々の堅実な行動によって得た民からの信頼であろう。
それが新たな地で、なんの背後関係もない民が瞬く間に力を合わせたのだ。
幾ら徴税官という共通の敵が現れたとはいえ、よほどの切れ者が裏に居る。
(もしくは、よほどの痴れ者かの……)
シュペールはしばし考えに耽っていたが、下手に言葉を選ぶことはやめ、率直に話すことにした。
現ノスロンド王である息子から拝借して盗み見た書簡の内容や、兵を送って調べさせたことなどを説明した。
住民は精力的に励んでいるようだが、ごく一般の開拓地であり、他の移動者への助力も惜しまない温厚さも持ち合わせていたことも。
アンシアは音を立てることなく茶を飲み、相槌を打つこともなく、ただ耳を傾けていた。
最後にシュペールは自身の見解を述べると、そこに加えたいことを尋ねた。
「そちらには、どういった内容が届けられたのかのう」
「随分はっきりと聞く。ま、その方が助かるが」
アンシアは、徴税官の出した結果が違法ではないかとの内容だったと、掻い摘んで聞かせた。
だが話の締めに、きっぱりと言った。
「我々は関与しない」
徴税官には複数の国々を渡って役目を遂行するための、特殊な権限を与えている。
そして、各自治体の権限も認めている。
末端のことに、一々中央が口を出すことはしない。
少なくとも表向きには。
これでシュペールへの話は終いだ。
そもそも何故ノスロンドがそんなことに口を出すのかといったことすら、アンシアは聞かなかった。
シュペールは、そのことで、すでに代表内での合議は済んでいるのだと受け取った。
これ以上は、答えは得られないだろう。
カップをテーブルに置き、アンシアは真っ直ぐにシュペールを見た。
「一つだけ、こちらの愚痴も聞いてもらおうか」
「愚痴とは手厳しいのぅ。して」
アンシアにとっては、こちらが本題なのだろう。
厳しさを増し翳った目を見て、シュペールはそう考え気を引き締めた。
「過去に砂漠側からの攻撃は、辺り構わずだったな。現在、南方に戦いは集中している」
北側の国々の間で、争いがないのにも関わらず税の負担が増えたと、難色を示している国があるという噂のことを言っているのだ。
しかし、アンシアの言葉には、南側に攻撃が集中するよう誘導しているのだと伺える。
「ぬ……そういうことじゃったか」
シュペールは、なるほどと唸らずにはおれなかった。
狭い範囲に攻撃を集中させることで被害を抑えている。
唸ったのはそればかりではない。
流通の要である南街道の存在。
その近くで事を構えるならば、中央は一丸となって対処せねばならない。
これがもし北側に集中していたら、全くうま味のない南側の国は協力しただろうか。
穏やかな自然環境に慣れてきた連中だ。
もっと早くに不満の声が上がっていたとしても不思議はない。
「南側に定めたのは、おぬしの貢献か」
「さて、ね。単に奴らの利益にも合致したんだろう」
アンシア一族は北側の出身であり、シュペールもかつては属していた。
たとえ枠を超える地位につき権力を持っても、アンシアの中に故郷や先祖を敬う気持ちが、失われたわけではなかったのだと思うと胸が熱くなった。
「そういうことだ。あまり不満は持って欲しくないな」
「よぅく心得た。しかと息子に伝えよう」
アンシアは、わずかに口元を緩めたが、ただ肩を竦めて見せるだけだった。
(強かな男だ。恐らく、わしから面会を頼んだ機に乗じて、噂の問題を片付けるつもりだったのだろう)
確かに、願い出たほうが不利であり、断りづらい。
だが、断れぬ理由も持ち出した。
シュペールは、目を細めた。
やや離れた関係とはいえ、兄や甥の面影を残す縁者の成長は嬉しいものだった。
何よりも、未来を担う若者が育っていることが、自然と笑顔を形作らせた。




