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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第七十話 都市計画

 勇者は紙束を取り出して、猛烈な勢いで書き付けていた。

 机代わりの木箱の上だけでなく、寝床にも粗い目の紙が散乱している。

 すでに木箱上部の壁は作業予定表などで一杯で、貼る場所がなかったのだ。


「なに書いてるんすか」

「んー、なにかだ」


 行き倒れ君の問いに、勇者は無意識で相槌を打っていた。


 倉庫管理の名目とはいえ、行き倒れ君も己の部屋を持てたはずが、相変わらず晩飯からしばらくの間は勇者城で過ごしている。

 勇者の予定を相談されたり、準備の作業をさせられたり、内職させられたりと何かと雑用があるのだ。

 今は道具の手入れなどをしつつ、むすっとして横目に勇者を見た。


 勇者のいい加減な返事に、ならば偶然通りかかって確認してやると立ち上がり、行き倒れ君は堂々と寝床にばらまかれた紙を見下ろした。


 お城ちゃんはここと書かれた紙を中心に、周囲を家や施設などだろうか、それらの図と説明が書かれた紙が取り囲んでいた。


「もしかして、これって……」


 紙の摩擦音が途絶えて、行き倒れ君が横を見下ろすと、呆れた勇者が顔を上げていた。


「また盗み見か、行き倒れよ」

「堂々と見てるっす。手紙じゃないし、こんだけ広げといて今さらっすよ」


 溜息と共に勇者は木炭を置き、首を回した。

 休憩の合図である。

 それを見て、行き倒れ君は棚にあった水筒を差し出した。


「渋い顔してるのは、碌なことじゃないからっすよね」

「ぐぬ、余計な機転ばかり利くようになりおって……ああそうさ。確かに現状では無駄なことだとも」


 勇者は開き直ったように呟いたが、元気はない。


 おかしなこともあるもんだと行き倒れ君は訝しんだ。

 勇者が仕事に疲れて妄想を爆発させるとき、それをつつくと気まずそうな様子は見せるものの、逆切れしたり高笑いしたりと元気一杯な行動に出るのだ。

 それが、酸っぱい漬物でも口に含んでいるように顰め面である。


「故郷の村のこと考えてるんすよね、これ」


 行き倒れ君は、勇者が意外と細かくて面倒くさい性格だと分かってからも、こうして鋭く切り込むことにしている。

 うじうじしだすと余計に面倒だからこそ、あえてそうするのかもしれない。

 そして、実際にそのほうが、勇者も気兼ねなく話せるようだ


「あちらこちらと準備を推し進めているというのに、俺様だけが土地を遊ばせている気がしてな」


 確かに、勇者城と竃周辺は、移住してから倉庫以外の変化はない。

 しかし仕事自体でいえば、城から少し離れた裏手で東側斜面の手前まで一帯にある直営の農地を、勇者は一人で耕しきった。

 その後の経過も順調だ。


 栽培のために手は借りたが、全員の食い扶持のためでもあるのだ。

 一丸とならねばと言ったのは勇者自身でもある。

 手を借りねば、とうてい首は回らない。


 この辺だけが殺風景だからと、勇者が怠けているなどと思うものは誰もいないのだ。おかしな妄想は除く。


 勇者は小心者でもある。

 一度気になりだすと止まらないのだろう。


(くそ面倒な……)


 行き倒れ君は内心で悪態をつきつつ、目の前の紙切れの内容に焦点を当てることに集中した。


「そういや仮設住居でしたっけ、準備してたっすね。裏手に資材ばっか積まれていってるっすけど」

「それなのだよ。先日は水を引いて、大仕事終えたぜひゅーなどと喜んでいたが、結局あれも勇者領のため、つまりは俺様自身のためだったのだ」

「いやいや、ふつーに畑仕事や洗濯とかも楽になったっすから」


 勇者は続けた。 


「それに気付いて次は何を掘り下げようかと考えていたのだ。この辺は手付かずで心苦しいと思ったはいいが、故郷のことはやっぱり俺様自身のことじゃんと、考えが空回りするのだよ」


(俺の話、聞いてねー)


「これは煩悩、でもないが、あるのがいかんのだと思ったのだ」

「だから書き散らしていたと」

「その通り!」


 良く出来ましたとご満悦の勇者の顔を見て、思わず拳を握り締める行き倒れ君だが、ひとまずこらえる。


 行き倒れ君は、現在の住人に便利そうなことはないかと、紙をにらんだ。

 すなわち行き倒れ君自身にも得のあることだったりする。

 ただし理由があるとなれば、勇者も迷わず作業を始めるだろう。


「んお、なんで今まで気が付かなかったんすかね」


 そうして行き倒れ君は、一枚の紙を拾って勇者につきつけた。

 そこには、住宅地がどこだとかの配置図で、道をどう通すか悩んでいるものだった。


「道が、なんぞ気になるかね」

「村側にも町側にも道はあるのに、丘の上だけないっす。今まで資材運んでたみんなも苦労してたと思うっすよ」

「はっそうか! なんたることだ俺様としたことが!」


 道の重要さを説いていた側だったのに、環境に慣れきってしまったせいとはいえ、完全に失念していたのだ。


「それを、ど素人に指摘されるとは……」


 勇者だって道の玄人ではないが、歯痒さに、ぐるると唸っていた。


 行き倒れ君は腹立たしさが突き抜けて溜息を吐くと、道具類を片付けて、倉庫へ戻ろうと扉に手をかけた。


「ぬ、すまぬ。行き倒れ。助かったぞ!」


 勇者はすっきりしたと笑顔で感謝を表していた。

 これで明日、朝からどんよりした顔を見ずに済みそうである。


「あんま夜更かししないでくださいよ」


 行き倒れ君が去ると、勇者は寝床の上を片付けた。


「行き倒れごときに気付かされるとは、不覚」


 そう言いつつも、勇者の顔は綻んでいた。

 配下の成長が垣間見れて嬉しかったのだ。

 そして言われたことを守ることはなく、夜更かしして予定を組んだ。




 翌朝の竃で、勇者はコリヌらに予定を告げた。


「行き倒れの提案により、丘に道を作ろうと思う」


 今ある通り道は、草や木の根、よっぽど邪魔になる石などは取り除いたが、踏み固めただけといった道があるだけだ。

 住人が少ないため、それ以上の手をかけることを考えなかった。


「まずは村と町へ続く東西の道。それから、水場への道。その後は、各城砦方面と考えている」


 特に手を借りることは考えていなかった。

 畑は当番が見て回るので、勇者ができることはない。

 見回りには行くが、それでも時間はあった。


「おお勇者よ、私も迂闊でしたな。我らも参加しますぞ」


 水場ができたことで、コリヌも道を整えたいと考えたのだ。

 話をまとめると、タダノフが言った。


「畑で思い出したんだけどさ、手下の訓練終わったよ。基本の基本が出来上がったってところだけどさ」

「おぉ、随分と早かったではないか……」


 勇者は、手下君の苦難を思うと素直に喜べず、言葉を濁した。


「少しは体鍛えてたみたいだし、どうにかね」


 もはや畑とはなんの関係もないが、手下君を救い出すためにも、仕事をお願いしたほうがよいと思えた。


「ううむ……ならば、少し早いが定期便の予定も考えておこうか。タダノフからも話しておいてくれ」

「おっそうだね。なら、その辺もうちっと鍛えておくよ!」

「ほ、程ほどにな」


 予定が決まって、勇者と行き倒れ君は道具を取りに城へと戻った。




 勇者は、道具箱を前に溜息をついていた。

 箱の中身が、また、攪拌攻撃をくらっていたのだ。

 そういえば昨晩、行き倒れ君が適当にしまっていたのに思い至った。


「行き倒れよ、この短期間に随分と成長したな。俺様に代わって進捗表をまとめたり、指示に走り回ったりと大したものだと思う……思うのだがな」


 勇者は、箱に空きがあれば道具類を適当に突っ込んでしまう、行き倒れ君の癖が気になって仕方がなかった。

 勇者は分類別に保管しているので、いざというときに困るのだ。


 ただ、腹を立ててはいない。

 人には向き不向きは確実にある。

 どうしても苦手だというならば自分でやるか、他の誰かに頼む手がある。

 よく働いているのだから、それくらいは融通したいと考えたのだった。


 対して行き倒れ君は、悔しげに呻いていた。

 片付けが苦手なのは自覚がある。


「ぐぅっ……分かっているのについ……!」

「誰しも苦手分野はある。万能に見える俺様だって、完徹能力を使えば思考力が落ちるし。なのに行き倒れだけに、無理をおしつけるつもりはないのだ」


 勇者は慰めるように言ったが、行き倒れ君は食い下がった。


「諦めてたまるかぁ! 頼むっす、もう少しだけ機会を!」


 ほとんどを覇気のない顔でいる行き倒れ君のどこに、こんな気概があったのか。

 なんとしても克服したいとの意志が伝わってきた。


「そ、そこまで気になるかね。別に責め立てたりはしてないぞ。俺様は器用貧乏になってほしいわけじゃないからな」

「あざっす。でも、俺が嫌っす。管理する能力を磨くよう言われたじゃないすか。得意じゃないと思ってた表だって、まとめられるようになった。片付けだって、せめて今よりはましになりたいっす!」

「よく分かったから、詰め寄るな。ならば任せるが、あまり根を詰めないようにな」


 勇者は、そそくさと逃げ出していた。




 行き倒れ君は、両腕を回して体を解すと、威嚇するように棚の前に正座した。


「さあ……お掃除の時間っす……さっさと片付けちまおうじゃないか……」


 目を血走らせて、木箱を睨む姿からは、ちょっと掃除しようといった気軽さなど微塵も感じられない。


 流され系な行き倒れ君が、ここまで拘るには理由があった。

 新たに与えられた、倉庫の管理係という仕事のためだ。


 倉庫の管理は帳簿を見比べていれば良いわけではない。

 実際の物品を、見やすく、取り出しやすく、把握し易く収納しなければならない。

 できれば、より多く収納できるような工夫も必要だろう。


 現実は、倉庫入口近くにあつらえた寝床周りは、既に行き倒れ君の荷物や作業道具が散乱していた。


 そう、行き倒れ君はようやく手に入れた、自分だけの空間が奪われることを怖れているのだ。


「せめて、人並みになるっす……」




 未だかつて、ここまで頭を使ったことがあるだろうかと、行き倒れ君は痛む頭を抱えてうなだれた。


「お、おわったっす。勇者さんの、分類通りになったはず。そうで、あってくれ……」


 最後の木箱を棚に押し込めて離れたところで、後でと脇に置いていた小さめの箱を見つけた。


「うわあああっなんで大きさが揃ってないんだよ!」


 行き倒れ君は八つ当たりした。

 涙目で中身を一旦取り出して、仕切りに合わせて書類を並べ替えていった。

 気を抜くと、もうこの隙間でいいだろうという囁きが聞こえてくる。

 しかし、その声に従ってはだめだ。

 それこそが混沌の原因なのだから。


 最後の仕切りは、手紙用だった。

 未定と書かれた紙が貼ってある。


「たしか、故郷に領地のことを知らせようか悩んで、出してないとか言ってたな」


 行き倒れ君は、不思議に思っていた。

 もし、ここに留まれないということになれば、駄目だったと話せばいいだけではないかと思うのだ。

 がっかりさせるのが嫌なのかもしれないが、いざその時になって突然に知らされるのも混乱の元だろう。

 そもそも、こんな重要なことを何も相談されていないとは、自分が村人だったらと思うといたたまれない。


 何よりも、今の状態だといつまでも、手紙を送ることなんかないように思えた。


(ああ、そういや定期便を近々出すのか。うーん……)


 手紙を仕切りに収めると、今度こそ最後の木箱を棚にしまった。

 次は、あの手紙を出したほうがいい。

 そう思いながら箱を見ると、どこにその手紙があるかが分かる。


 行き倒れ君は、分類別にしまう事の意義が少し理解できていた。



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