第六十五話 勇者、取引をはじめる
勇者は南からの客と、竃前で向き合っている。
「協力しろとは言わん。こんな落とし穴があると、頭の隅にでも覚えておくといい」
「ここが突破されれば、次は俺たちってことでしょ。なら、戦うしかないじゃないか」
茶を啜って気を落ち着けると、今度は引率者の目には闘志が宿っていた。
(なんと物騒な。ちょっと思い詰めるたちなのかね)
勇者は鼻白んで、口調を和らげることにした。
「いやあの、聞いていたかね」
「聞き逃しようもないだろう」
血気盛んなのも結構だが、こちらから火の粉を振りまく必要はないのだ。
「いきなり制圧にくるなど、穏便に済ましたい派の民に対しても悪手だ。もし全員が逃げ出しでもすれば、それもまた困るだろうからな。仮に、要求どおりの税を納められたら、悔しがりつつも事を荒立てないだろう」
「そんなことできるわけな……!」
「まあまあ、落ち着いて。分かっているとも。そうなりそうであれば、さらなる難癖をつけてくることもな」
勇者はただ、いきなり役人に苛立たせられるよりは、そんな心配の種があるこを知って、心構えができる時間を与えられればと思ったまでだ。
勇者は、その根拠の一端を聞かせることにした。
「彼奴らが追い出したいのは、あくまでも領主だ」
「領主……」
本来なら様々な権限を持つお役目だ。それを領主自身の意思で剥奪したい。
引率者は複雑な表情だが、それに行き当たったのだろう。
「俺様が捕らえられでもしたら、その時に初めて、己の村を心配するといい」
そこで、不穏な話は終わりとした。
その後は改めて領内を案内しながら、現在できることや出来ないことなど様々な意見を交わした。
日が暮れ始めると、晩飯の時間だ。
ふたたび竃を囲むと、コリヌが護衛君に食事の指示を出していた。
「多少は花を添えませんとな!」
「そういえば魚の干物を頂戴したのだ。これを焼いてくれ」
全員が目を輝かせた。
串に刺して炙った干物から漂う、香ばしい匂いが腹を鳴らした。
ほくほくと皆で頬張る。
コリヌや族長は純粋に他の場所にも興味があるらしく、あれこれと話を聞いていた。タダノフやノロマのおかしな質問にたじろいだりと、客も楽しんでいるようである。
勇者は客の相手は任せようと、一人物思いに耽っていった。
食事はお開きとなったが、客を泊める場所はない。
そこで勇者は、揉み手をしながら竃周りで休んでもらうことを話した。
「人を泊められる場所は、まだ用意できなくてですね」
「いえ、十分ですよ。均してある分だけ、森の中よりはいい」
丘の上にあるのは三つの城と、さして変わりない大きさのコリヌ砦だけだ。
各地点とも離れているから、一軒を貸す事もできない。
客とはいえ、気分的に目を離すわけにはいかないからだった。
彼らが荷を解き、敷き布を広げ始めるのを見て、勇者も城へと戻った。
勇者は寝床へ飛び込むと、以前に、国の陰謀説を楽しく妄想していた日々を懐かしく感じた。
初めはコリヌが懸念したように、登録した領地を奪えば、領主は丸ごと放逐する腹積もりではないかという意見に同意していた。
しかし今は単純にそうとも思えない。
最も危険な初の入植を移民に任せて、どんな場所かの調査と、人が住む環境の地盤を整えさせる。
住めそうなら連合国に組み込む、といった程度の期待値のはずだ。
勇者が初めに考えたように、本気で確保するつもりだったならば、専門の調査隊を送っているはずだからだ。
もちろん今は、役人自身がその目で状況を確認し、良環境だと判断したからこそ追い出しにきたのかもしれない。
それでも、国側が得られる利点と、役人の行動に乖離を感じるのだ。
新たな人を送り込むといったって、また改めて人を集めるのには時間がかかる。
現在普通に暮らせている者は出たくないだろうし、率先して出たいと思っていた者達は、すでに渡ってきている。
未だ原野と変わりない土地だ。
人を集める間にも、すぐに荒れてしまうだろう。
全員を追い出すことになると考えたのは、当初はほぼ全員が領主だったからだ。
要するに、肩書きさえ剥奪できれば、その土地に詳しい者達をわざわざ追い出さずとも、引き続き住んで働いて欲しいのではないかと思うのだ。
管理統括には、後から代官でも送れば良いのだから。
役人の企みが変化したと思えたのは、二度目の視察時ではなかっただろうかと勇者は記憶を手繰った。
一度目も無理を言ってはいたが、ある程度は長期の追い出し計画を練っていたのだと思う。
役人が計画の進行を早めるような方針に定めたのは、勇者領内に村ができていた事を知ったからだと思い至った。
領主比率最大で人が少ない間に追い詰め、追い出したかったのではないか。
それならば、移住者を募集したり締め切ったりの情報操作をしていたことにも頷けるような気がしていた。
だからこそ、と勇者は目を閉じて客へと言った言葉について考えを巡らせる。
昼の話し合いで、南方の開拓地が登録されることはないだろうと言い切ってしまったことについてだ。
南方の地も気にはなっても、状況がはっきりしているのはここだけだし、ただ登録に向かうには経費が掛かりすぎる。
国がこの地を統治することになった暁には組み込まれるだろうが、勇者達のような流れでの登録はないと踏んでいた。
国か役人か知らないが、彼奴らは新大陸内をまとめる拠点が欲しいのではないかと思う。
ならば以前心配した、前領主さん方が勇者へと権利を移譲したのは、願ったり叶ったりの状況になったといえる。
あの役人が、今後も領民を増やしていく恐れのある人物に対して、早急に排除せねばと敵意を見せたのも頷けるというものだ。
(なんせ俺様の手腕は見事そのものだからな!)
勇者が、次に役人が来ることを怖れなくなっていたのも、そういった考えに至ったからだ。
初の納税となる期日よりも前に、また難癖をつけにやってくるかもしれない。
しかし、現在の状況なら、追い出せば良いのは勇者だけとなったのだ。
勇者はいつものように早起きした。
岩場での日課をこなそうと、行き倒れ君を叩き起こして扉を開いて、変な声が出た。
「ふあぁっ!」
転がる人影に心底びびったのだ。
客たちも驚いて飛び起きた。
「つい存在を忘れていた。すまぬ」
勇者は荷をまとめた客と、朝露で冷えた石に座っていた。
残念ながら日課はお預けである。
引率者以外から、おずおずと質問が浴びせられたために、話を聞くことにしたのだ。
「聞きたいんだが。その、手紙が、出せるんだよな?」
「俺もだし、きっと村のやつらも、気になると思うんだ」
彼らにも、元の村へと知らせたい気持ちがあるようだった。
引率者が話をまとめて、わずかに眉を寄せた。
「もちろん手間も掛かるだろうし、無料でとは言いません。ですが、ご存知の通り、金も作物も満足にありません。そちらが手紙を出す際の、物資を捻出するというのはどうでしょうか」
勇者は高笑いして、ここぞとばかりに笑顔をきめた。
「君達には良いものがあるではないか。お代は、干物で結構だよ!」
この辺の海をどうこうするのは、まだまだ先の話になるだろう。
たまに食べられるならば、勇者としても願ったりである。
「そ、それで構わないなら、ありがたい話です」
今のところ干物は、それほどの量は作れないとのことで、詳細を聞いて話を詰めた。
勇者らが送る際のついでとはいえ、南まで呼びにいくことはしない。
必要な時にはこちらへと使者を出してもらい、それを留め置きとなる期間もあることなどを話す。
「いまのところは、馬車を出したばかりだから、当分は先になるが」
「馬車まであるのか」
勇者は頷き、今後の予定を話した。
「今は徒歩での移動もできるように、護衛の者を鍛えあげているところだ。もうしばらく時間をいただくが、必ず体制は整えるぞ」
引率者は驚くと、次には苦笑した。
「俺たちには、何年経ったところで、警備体制を組織するなんて無理だ……なるほど、気合を入れて初期から陣取っただけはある」
朝食も勧めたが、彼らは辞退した。
「いずれはこちらからもお邪魔しよう。まだ先の話だから、頑張って干物濫造に励んでくれたまへ!」
引率者君は、ほとんどを警戒した目で勇者を窺い見ていたのだが、最後には笑顔で一礼すると、南へ続く森へと分け入った。
勇者は警戒心の強い者を好ましく思う。
自身がそうだから贔屓目なのだ。
彼がいる限りは安心して取引できるだろうと、笑顔で見送った。
こうして南の開拓村との取引が始まる――のはかなり先だが、多分始まる。
朝食の場で、勇者は顛末を披露した。
「俺様のお手柄!」
鼻高々の勇者に対して、仲間はふぅんといった程度の感動である。
「嫌でもここを通らねばなりませんからなー」
「水を差すなよノロマ。たまには褒めてあげよう?」
(特別に奴らは目にかけようではないか。ふふ、なんといっても、お城ちゃんを笑わなかったのだからな!)
ただの旅人ならば、空き地への滞在を許可するだけでもいいのだが、客を野営させることになったことに勇者は気を揉んでいた。
今後のことを考えると、やはり倉庫を増設すべきだろう。
緊急の用件がなかったから追々にと考えていたが、これで理由ができたことになる。
「お城ちゃん左柵の倉庫換装任務が発令されました。というわけで行き倒れよ、建てるぞ!」
「えー? はぁ……じゃあ畑行って世話をお願いしてくるっす」
勇者はうきうきと、城の裏手に積んでおいた木材へと手を伸ばした。




