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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第六十四話 南からの報せ

 勇者はレビジト村の東端へと赴いていた。

 南側への迂回路は半ばまで切り拓かれ、資材もそこそこ集まったために、資材置き場の建築に取り掛かっていた。

 その資材置き場兼多目的作業場が出来たと族長から報告があり、どんな道具を作るのか、何か頼めそうなものはないかと、そわそわと観察に来たのだ。


 勇者の城を二つ並べた程度の広さを持つ小屋が二軒並んでいる。

 一つは床を高く作られていたが、道具類だけでなく食物の貯蔵も考えたようだ。

 人も少なく、まだ大した収穫があるわけでもないので、これで十分だろう。

 裏手には、小屋の壁沿いに屋根を作ってはいるが、半分は野晒しの丸太置き場があった。


 こんこんと小気味良い音の響く作業場の扉を開くと、板を並べて作った台を囲んで、族長の奥さんを含む数人の女性陣が働いていた。


「俺様のことはお構いなく」


 手を止めて集まろうとした皆を、勇者は持ち場へと戻した。

 外まで響いていた音の発生源は木槌をふるう音だった。

 ノミを丸太に当てて、木槌で打ちつけながら削りだしている。

 台上を見渡すと、のし棒や、大小の椀やらが転がっていた。

 まずは台所に必要なものへと気が向いているようである。


「気が済んだら、頼まれてくれると思いますぞ」


 族長は困ったような笑顔を浮かべて小声で言った。

 今後は何を作る予定かを奥さんに尋ねると、のし棒に似た糸を紡ぐ棒切れを持ち上げて見せ、簡易の機織り道具を作ると朗らかに話してくれた。

 どうやら奥さん方は、ご家庭に必要なものに飢えているようである。


「ここはお邪魔しないでおこう」


 勇者は木槌などの手工具が揃えば便利だろうなと思っていた。

 恐らく作業場を提案した族長ら男衆も同じ気持ちのはずだ。

 もちろん糸や布も、先を考えれば重要なものである。

 いつまでも持ち込んだ荷や、買い付けに頼ることはできない。

 勇者とて、山羊の毛をいただいても、道具が揃わないし慣れていないから後回しにしていたことでもあった。


 やる気に満ちて色々と作っているならば、口出しは無用だろう。

 勇者は笑顔で労うと、作業場を後にした。


「えぇよろしいのですか?」

「毛皮に出来そうな大型の獣もいないし、服が傷んだら裸で仕事だ。まっぱで畑の中に立ち、必殺技を繰り出すなど嫌だろう俺様は嫌だ」

「はぁまあ、そうですな……」


 族長は、勇者が止めてくれるのをあてにしていたようで肩を落としていた。


「そればっかり大量に作られては困るが、一通り揃えば気が済むだろうし、あの手際ならばすぐ終わるだろうはっはっは」





 そうして村を後にし、川で水汲みをしていた勇者の元へと来客の知らせが届いた。


「こんな昼間に客っすか?」


 行き倒れ君の疑問も尤もだった。

 海の道は渡れる時間帯ではない。


「それが南からってんですよ」


 その言葉を聞くや、勇者は水桶をその場に残し走り出した。


「ほほう、生きておったかね!」


 勇者は大股を開いて飛び跳ねながら、軽やかに丘を駆け上る。

 輝く勇者の顔とは対照的に、必死に追いかける行き倒れ君は、青褪めて呪いの言葉を吐いていた。


「無駄に走らなくてもいいっしょー……くそっ今度ノロマさんに何か頼んでやる」


 城の近くまで来ると、一旦立ち止まり深呼吸をして息を整えた。


「いざ!」


 城の前に佇む四人の姿を認めた勇者は、はうっと息を呑んだ。

 四人はまじまじと城を眺めている。いつもならば一言物申さずにはいられないないのだが、彼らの目に不埒な色はなかった。

 ただただ、お城ちゃんの麗しさにふれ、呆然としているのだと勇者は受け取った。


(そうだろう、夢心地だろうとも!)


 心の友よと叫びそうになった勇者は、慌てて己の口を押さえた。

 静かに美を愛でる者の前ではしゃぐなど、みっともないし馴れ馴れしいにもほどがあろう。





 勇者は客に渡された魚の干物を胸に抱え、全身で喜びを表した。


(素晴らしいお土産まで忘れないとは、先手を打たれたか。なかなかやるではないか)


 行き倒れ君がお茶の用意をする間、勇者は彼らが今までどうしていたかを聞いていた。


 勇者達は、岩棚の向こうへは足を伸ばさなかったから、どんな危険があるだろうか知りようもなかった。

 とんと戻ってくる者がいなかったので、死に絶えたかなと思い始めたところだった。


 もしやタダノフの必殺技が地面へも影響を及ぼし、たまたま割れた大地の下には太古の地下迷宮があったりなんかして、動く屍に引きずり込まれたり見たこともない奇怪な獣に丸呑みされたり、はたまた宝物箱に目が眩んで自ら入り込んだりの大冒険が繰り広げられているのではと夢想していたのだ。

 なんのことはない、普通に開拓を頑張っていたのだ。



 湯飲みを手にすると、四人の客は表情が緩んだ気がした。


「お茶なんて、久しぶりですよ」


 久しぶりというのは本当なのだろう。

 疲れが癒えたというように、堪能していた。

 そもそも寂れた村の出身とあれば茶葉も贅沢品である。


 挨拶がてらの話を終えると、引率者である男は顔を引き締めた。

 本題なのだろう。

 今後、集落をどうしていくかなどを話し始めた。


「なんというか俺達は、領主とかはいいんですが、村として国に認めてもらえればいいかなと話してるんです。それで、あまりに人が来ないもんで、気になって出てきたというわけです。こちらには、役人が来たようですね」


 彼らの目的は、登録の役人は来るのか、何か知らないかというものだった。

 確かに村の指針として重要なことだろう。

 そこで、初めて勇者の顔が曇った。


「そうか、気になるだろうな……うぅむ」


 渋る勇者の物言いは、客に悪い話だと思わせてしまった。

 先程までの、嬉しい気持ちもどこかへ消えていた。

 顔は強張るものの、彼らを憐れむように見る。

 勇者の言葉を待っているのか、彼らは聞き漏らすまいと固唾を呑んでいた。


(いささか時期が悪いが、隠し立てもできまい。この地が終われば、次はこやつらの番かもしれないのだ)


 せっかくの開拓仲間との再開というのに、苦しい話をすることになってしまった。


「恐らくだが、しばらくは来ないと思うぞ。いや、正直に言えば、登録には来ない可能性もある」

「どういうことだ!」


 声を上げて立ち上がった男の体を、引率者が遮った。


「座れ! まだ何も聞いてないだろう」


 引率者も不審そうな面持ちだったが、まずは話を聞こうとしているようだ。

 どう言い訳するのかといった気持ちかもしれない。

 いきり立つ四人の男を前に、勇者は毅然と座っていた。


 動揺を見せれば余計な不安を招くかと、背筋を伸ばして座っていた。

 引率者も、居住まいを正した。


「聞かせてくれ」




 勇者は、自分で口にすると、ますますとんでもない話だと思った。


「七割の課税なんて、聞いたこともない……」


 引率者は、見せられた証書を手にしてさえ、呆然と呟いていた。

 どうにも信じがたいのは理解できる。

 これで、騙そうとしているのではないかとも考えているだろう。

 しかし、「なんかふっかけられちゃってぇ」という話で、何を騙くらかそうというのか。


「そうやって心を砕くのが、奴らの手管なのだよ」


 勇者は茶化さずに言い切った。


「そ、そんな……」

「どういうことなんだ……」


 俯いて、両の拳を膝の上で握り締めている。

 他の三人も似たような態度だが、動揺して落ち着きはない。

 彼等と違い、この引率者の目には意思の強さが見えた。


「取り上げられるかも、しれないんですね。俺たちが必死に作り上げた居場所を、国の都合で」


 勇者は彼らの悲観を和らげようと言った。


「この地を手に入れたとしても、全員を追い出したら価値はなくなる。反抗的でないならば、追い出しはしないだろう。この無茶な税も、俺様に対してではないかと思っている」


 だから、従順な態度を見せていれば、必ずしも南の村までこうなるとは言えない。

 そう勇者は言いたかったのだ。


「どうして、こうも落ち着いていられるんだ」


 引率者の目は、書面から勇者へと向けられた。


「役人個人による違法性の高い行動だ。その旨を王国や中央へと文をしたためた」

「はぁっ……?」


 四人から素っ頓狂な声が上がった。


「陳情書を送ったのだよ」


 叫びの意味を勘違いし、勇者は言葉を足した。


「そんなことは分かっている。そうじゃなくて、一般市民だったろう。どうやって」

「俺様はそうだが、元領主がここにいるからな。ツテを頼った」


 まだ反応があるかないかを待っているところだがと、勇者は笑いながら頬を掻いた。

 それを見た四人から、肩の力は抜けていった。


「まるで、なんでもないことのように言うんですね」


 感心したような声だった。


「困難はいつでも誰にでも等しく起こりうる。なんでもないことにするのだという、決意が大切なのだよ」


 そう言って、勇者は照れ隠しにお茶を啜った。

 どこか放心したような四人も、それに倣うようにお茶を啜った。



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