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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第六十二話 考察

 日が傾き始める中、竃周りに集まった勇者他領主陣からは、食後のお茶を啜る音が響いていた。

 不審人物が訪れたことで緊急会議となったのだが、腹が減っては頭も働かないと、まずは早めに晩飯としたのだ。


 珍妙な客の訪れは、竃会議にも変化をもたらしていた。

 簡単に言えば、緊張感に包まれている。

 ただ、その緊張の種類に違いがあった。

 突然に夢から醒めたような、やけに現実味を帯びているのだ。


 今までもあれやこれやと想像を逞しくして、最悪の事態に憤ったり怯えたりとはらはらもしてきた。だがそれは恐ろしい伝承を聞いて、その話に入り込んでいる時のようでもあった。

 この地が狭く、閉じられた空間に近いせいかもしれない。


(これは定期的に、海向こうの近くの町とだけでもいいから、早いうちに連絡便を用意すべきかもしれんな。ちょっとした娯楽になるだろうし、外の動きを知るのも重要なことだろう。そこから取り引きの基盤を作れるかもしれないし……)


 思わず勇者は、そんな将来の展望へと考えが飛んでいた。




 こんな時に妄想に逃げるなんて許さないよ、とでもいうように雑談中だった周囲から、やけに静かな勇者へと声がかけられた。


「で、何で帰したんすか」


 どこか不服そうに、行き倒れ君はこぼした。

 うんうんそれが知りたいと、同意の声が続く。

 しかし勇者はどこ吹く風である。


「どこぞの手先なのは誰が見ても明らかだが、放っておいてよかろう」


 しんと静まったかと思うや、疑問だか文句だかが噴出した。


「ええっだって、こっそり忍び込んだんだよ?」

「斥候だか密偵だか知りませんが、良いことではありますまい」


 タダノフとコリヌがほとんど同時に話し、行き倒れ君が最も心配したことを続けた。


「もし暗殺者とかだったらどうするっすか」

「なんと、最近は考えが物騒だな行き倒れよ」

「いやいやそこは心配するとこっす!」

「はっはっはこの臆病者め」

「そんな問題じゃないっす!」


 まあまあとコリヌが行き倒れ君を宥めた。


「何かお考えがあるのでしょう」

「なくもぉないかなぁ」

「ぐおぉそんな軽く言わず、安心することを言ってくだされ!」


 今度は勇者がコリヌを宥めた。

 そういえば、ここではコリヌが独断で指揮を取るなどできないのだ。

 勝手なことはできないと、気を揉んでいるのかもしれない。

 本物の領主だったからこそなのか、指揮系統を初め、皆で決めた規則には忠実だった。


「ふむ、そうだな。無意味に不安を掻きたてるつもりはなかったのだよ。俺様としたことが、気が回らなかったとは……」


 そこで、勇者が適当に話を閉める言葉を探していたときだった。


「ただいまーなのです」

「只今戻りましたですよ」


 ノロマと裁縫さんが姿を現した。

 くたびれた顔付きだが、怪我もなく元気そうだ。

 勇者は二人を労うために竃へと促した。


「おおっ、おかえりノロマに裁縫さん! さあ座って茶でも飲むがいい!」

「いたい痛いですソレス殿ぉ」


 勇者は立ち上がって、ノロマの肩をばんばんと叩いていた。




 タダノフ達も労いの言葉をかけ、改めて石の椅子へと腰を落ち着けた。


 ノロマと裁縫さんは、どちらもほくほく顔だが、それは二つの意味を持つ。

 裁縫さんの笑顔は、首尾よく薬になりそうな植物を確保できたということだ。

 非常に喜ばしいことであり、勇者も満面の笑顔で頷き返した。


(だがノロマ、お前はだめだ……)


 ノロマの笑顔は、正体の知れない何かを発見したために違いないのだ。

 きっと普通の人間にとっては毒としか呼べない、想像するのも恐ろしいものの筈だ。


「あれ、なぜに俺には冷たい笑顔なので?」

「気のせいだろう。なかなか良い結果だったようで関心しきりというお顔だよ。ともあれ無事に戻って何よりだ」


 しかし、と勇者は考え込んだ。

 移住希望者達の集団と行き違いに、二人は戻ってきたのだ。


 不審な者達以外の移住希望者集団は、南への情報を聞き、水などを分けた後は休まずに出立した。

 これはどの集団もそうだったし、勇者でもそうするだろう。

 海を渡ってくるのが朝だからというのもあるが、少しでも食べ物などの物資の減りを押さえるためだ。


 紛れ込んでいた集団までもが偽装であり、攻撃を目的としていたら勇者達だって無傷とはいかなかったはずだ。

 勇者は不審な来客を思い出して、今さらながらにノロマ達の身が危なかったかもしれないのだと思い至ったのだ。




 ノロマは、勇者がほっと息を吐いたのを見逃さなかった。


「どうやら俺がいない間に、何事かが起こったようですなー」


 勇者は口を引き結んだ。


「刺客が来たんだよ」

「ただの客だ馬鹿者」


 タダノフがとんでもないことを言うが、勇者は即座に否定した。


「いやいやさすがに、ただの客とは呼べないっしょ」


 しかし行き倒れ君がさらに否定する。


「何がなにやらですなー」


 勇者はきょとんとしているノロマと裁縫さんを、じろじろと見て、思い切って尋ねた。


「移動者と擦れ違わなかったかね」

「ああ出会いましたな。人と会うとは思わなかったみたいで驚かれました。それは俺もでしたが。いたって普通の移住希望者のようでしたよ」


 ノロマは勇者の気懸かりを嗅ぎ付け、聞かれそうなことを先読みして答えた。

 だが勇者は、意外そうではない。


「うむ。そやつらは本当にただの移住者だろうとは思う」

「となると他に?」

「紛れてきた輩が居てな。どこぞから送られてきたのだよ」


 頷きながら答えた勇者に、タダノフが言葉を重ねた。


「それで今から会議するんだよ。ノロマも餌をさっさと詰めちゃってよ」

「はいなー」

「裁縫さんも今晩は食べていってくれ」


 がつがつと椀から掻き込むノロマと、白パンが蠢いているような裁縫さんの顔を見やる。

 裁縫さんは、聞いたことを面白おかしく吹聴して回るような人ではない。


 仲間が揃ったことで、どこかふわふわしていた勇者の中に気力が戻っていた。


「では、まずは俺様の見解を駄々漏らそうか。今回は、いつも以上に些細なことまで話しちゃうぞぉ!」


 仲間達は、げんなりしたような表情を浮かべつつも、居住まいを正した。




 そもそも、久しぶりの団体さんというところからして不自然だった。

 それ以前に、後追い組が急に途絶えたこともだ。


 役人と話した時には領地登録受付を締め切ってはいなかったようだし、登録自体を締め切ったとしても移住自体を止めはしないはずだ。

 急激に町が空っぽになるほどの移住者が出たわけでもないから止める理由もないし、大々的に宣伝してまで人を集めたのだ。

 人が集まるからといったって、露天商での儲けなど国にとっては微々たる売り上げであり、当然それだけが目的ではないだろう。


 実際に、手紙を出してもらった馬車が戻ってきた時に聞いた限りでは、海の道付近が封鎖されていたなどの話はなかったのだ。

 ただ、とっくにイベント関係者は解散されており、殺風景な荒野が広がるだけだったという。

 ならば一度は、終了宣言でも出されたのだ。


 理由は区切りをつけるためもあるが、辺鄙な場所とはいえ、不逞な輩が住み着く原因とならないようにだろう。


 不審なのは、いくら策ありきだったとはいえ、こらちへの移動を制限するような報を出すには、早すぎたことだ。


 ある程度の人を送り出すことは、調査費をケチるためにも必要なはずだった。

 しかし現実には、十分な人数が渡ってきたとは言い難い。


 勇者が早々と道を作ってしまったから失念していたが、国はここが迷路のような山並みに囲まれていたことなど知らないのだ。

 もし行き止まりと変わりない当初の状態であれば、現在の人数でも十分で、もう受け入れ場所はない。もしくは、環境を変えるのに国の手が必要などの知らせをしただろう。

 それからならば、移住締め切りの知らせを出すのも分かるのだ。


 ではこの制限した理由は何故かといえば、これ以上はこの地に人を増やす機会を排除するためではないだろうか。




「――なんて、勇者は思うわけなのだよ」


 ふひぃと額の汗を拭う仕草をして、勇者は座りなおした。

 仲間を見回すと、ぽかんとしている。


「聞いていたのかね」


 勇者は半ば目蓋が閉じかけていたタダノフの前に、おやつに取っておいた炒った木の実を入れた小袋を差し出した。

 途端にタダノフの目は見開かれ、袋はもぎ取られた。

 コリヌは、勇者の話を吟味していたのだろうか。口髭を引っ張っていたが、その手を離して呟いた。


「いやはや、意外と細かく考えてますなあ」

「男があまり考えを表に出すなどどうかと思うと気恥ずかしいが、そうさ俺様は計画は綿密だし感性は繊細なのだよ」


 ノロマが水を差した。


「褒めてはいないと思うのですがー」

「なんだとコリヌ!」

「あ、いや、けなしてるわけではありません!」


 行き倒れ君のつっけんどんな言葉がそんな二人に投げかけられる。


「もー話を続けるっすよ」


 言い合いを収めた勇者は、そうだったなと片手で自身の顎を撫でた。


「先ほどの話は、突然の団体が訪れるに至った、現在までの流れを要約してみたまでだ。それで以上のことから俺様が思うに、嫌味役人はこの件から外れる。ひとまずはその背後にある中央もだ」


 コリヌは顔を険しくさせたが、反して口調は弱々しかった。


「それは、その、他の勢力ということなわけですが、それは」

「マグラブ領かは分からん。だが、候補からは外せんぞ」

「ぐふぅ!」


 勇者は容赦なくコリヌの心配をつついた。

 これについては下手に誤魔化すわけにいかないのだが、理由はそう悪いものではないと考えているからでもある。


「移住者の一人といった身なりをしていたが、どうにも小奇麗だった。挙動が洗練されていたように思う。それに、どうにも喋りがうますきた。ただの兵にしては、がさつさが足りなかったのだよ」


 勇者は、膝の上を人差し指で叩きながら、言葉を探した。


「こちらが疑いをかけたときに、反撃のそぶりは見せたが自己防衛のためだ。彼奴らは、見学中に攻撃に転じようといった気配はなかった。単にこちらの状況を見極めようとしただけなのだろう」


 問題は、情報を探りたいといった気持ちがどこから生じたのかだったが、それは今考えても仕方のないことだ。

 しかしただの偵察ならば、コリヌの息子から送られたとしてもおかしくはなかった。


「もちろん、そうだとは思いましたが」


 コリヌは安堵の溜息を吐いた。

 息子からだったとしても、手紙を読み、護衛その二君からも事情を聞いた以上は、調べたくなったとしても不思議はないからだ。


「だとしたら、余計にです。なぜ中央からではないと」


 それについては勇者は十分に指摘し、示したつもりだった。

 それによると、マグラブ領も候補から外して良いと考えている。

 マグラブ領から出せる人手は、武骨な兵士だけだからだ。


 諜報に回せるような人材を持つ所は、限られてくる。

 中央を外すのは、役人との関わりがあるからだが、内心では保留だ。


「コリヌよ。手先の役人が策を弄している間、はたして横槍をいれるかね」

「おお勇者よ、その通りですな。私としたことが前線を離れると、こうも鈍るものだろうか!」


 なにやら悲嘆に暮れているコリヌを、勇者は放置した。


 あの役人ではないと思う理由は、あの男ならば人を送る時は、今までのように兵の一団を連れて堂々と査察する時だろうからだ。

 目的は民衆を圧倒し、精神的圧力をかける必要があるからだ。

 そのために内情を探るとしても、あんな穏便な者が来るとは思えない。

 それに単に調べるだけでなく、かき回すくらいのことをしそうなものである。


 中央でないと思うのは、技術の稚拙さゆえだ。

 勇者が小心者能力を駆使したからといえども、仮にも中央の密偵にしては少々お粗末に思えた。

 たまたま手の空いていた者を送り込んだだけにも取れるのだ。




 そして、どこが送ってきたかを探る、もう一つの重要な点。

 締め切ったよとの報を誤魔化して、移住希望者を集めて送れるだけの権力があるところとなる。


 ならば残りは、王室のみ。


(近衛兵ってところかね)


 勇者は適当に知っている言葉を思い浮かべてみたものの、どんな組織があるかはよく知らない。


「と、いうわけでだね」


 意見なのかぼやきなのか、周囲で雑談を交わしていた声は静まった。


「ただの情報収集。捨て置いて結構こけっこーだ」


 勇者はずずっと一口お茶を啜った。

 そして顔を上げて、竃の炎に浮かぶ面々を見渡した。

 誰を見るではないが、真剣な顔付きで、しっかりと結論を伝える。


「気にせず、開墾に励んでくれたまへ。では解散!」


 その声は、どこか言い含めるようでもあった。





 勇者は城へ戻ると、その晩は早めの就寝とすることにし、予定表と格闘することもなく寝床へ飛び込んでいた。


 あれこれと勇者なりに、出来事を分解し分析してみたものの、後に残るのはだからどうしたということである。


(解せんな。そこまで策を弄すような場所でも相手でもなかろうに……)


 どうせ真意など知る機会はないだろう。

 考えても仕方のないことは追いやり、勇者は明日の予定を考える内に、いつの間にか寝こけていた。



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