第六十一話 接触
客達は驚きを見せて尋ねた。
「なぜ、俺達が国へ戻ると?」
場は固まりはしたが、藪からぼうに妙なことを言われれば、誰だってそうなるだろう。
「タダノフさんまで、勇者さんの言ってることに納得するんすか?」
「うん、だって怪しいし。うまく言えないけどね」
「そんな適当な……」
「聞こえているぞタダノフらよ」
勇者は背後の二人を振り返らずに、会話を止めるよう手で合図した。
「怪しい……ですか。どこがそう思わせたんでしょう」
困り顔の一人が、質問を重ねる。
勇者は男達を観察する。
急に疑われたことについて動揺しているようだが、どうもそぶりを見せているに過ぎないと思えた。
勇者は堂々と答えた。
「面白いことを言うな。悟らせまいとしているだろう。だから根拠などない」
「なんと自信満々だー……」
行き倒れ君は肝を冷やしながらも茶化さずにはいられなかった。
ふっと固まった空気が緩んだ。
眼前の男達から苦笑が漏れる。
「は……はは。参ったね」
「根拠なく疑うには遅すぎやしないか」
「ああそうだ。警戒するなら入口で調べるべきだと思うぞ」
男達は困惑しつつも、やり過ごそうとしているようだ。
事を荒立てまいとしているのか、脱出もしくは他の隙でも伺っているのか。
「腰に下げている刃物は、短剣とはいえ誂えからしてなかなかのものだ。一村人や下働き程度が持つには、ちと立派過ぎる。武器が恋人なんて趣味の者がいたって驚きはしないが、それが全員とは信じ難い。もしや、そういった倒錯趣味の会の皆さんかね?」
男達だけでなく、行き倒れ君やタダノフまで微妙な顔をした。
あせれば良いのか憤ればよいのかとの戸惑いが表れる。
残念ながら勇者は半ば本気で尋ねていたのだが、出合ったばかりの彼らが知る由もない。
(武器に金をかけられるほど稼げるとは大した人達ではないかね。人の倍働いた俺様でも難しいことだった……まあ気が多かったせいだが。いやそんな割の良い仕事があったのかもしれん。それのみに蓄えを注ぎ込んでいるような数寄者であれば、お友達になれそうでもあるし……)
勇者はどうやって踏み込もうかと考え込んで、彼らをじっと見つめる。
道楽元領主のコリヌの件もある。
一市民でなかったとしても、どこかの国の偉い人が、お忍びで新大陸に興味を持って立ち寄ったのかもしれない。
そう、思いたかった。
勇者の言い回しや視線から、動揺を誘っているのだと思い込んでしまったのか、男達の顔には緊張が張り付き、笑顔を崩さないまでも口は閉じられた。
それを勇者は何か隠したいことがあるのは間違いないと受け取り、したり顔で続ける。
「極めつけは、上着やズボンの内側に隠し持った武器。幾つも持てるほどの金を持つならば、下手に貧民の変装をしたのは間違いだったな」
男達の内、丁寧に話す男が半歩前に出て口を開いた。
「どうやら誤解を与えたようだ。こうして他の領地へと出てきたのは初めてでして、はしゃぐ余りか不躾な態度を取ったようですね。不審な動きに見えたのでしたら謝ります」
こいつがリーダーかと勇者も向かい合う。
「そうだな、観光は実に楽しいものだ。違った環境の中にあれば、自然と気は大きくなったり、逆に緊張したりと隙が生じるものなのだ……普通はな」
大仰に騒いで見せはしていたが、あれやこれやと気になって足を不意に止めるということもなく、彼らの足取りはしっかりしていた。
性格もあるし、旅慣れているならばおかしくはないかもしれない。
皮肉にも、今の男の言動が矛盾を生んでいた。
初めて出てきたと、男は言ったのだ。
「普通は、ですか。落ち着いていると、褒められたと思ってもいいんでしょうかね」
男が苦笑しながらそう言ったが、勇者はそれには答えなかった。
不意の沈黙は、人々から様々な反応を誘い出す。
勇者の小心者能力は、リーダー格以外の男達に、ある意図を持った緊張が生まれたのを見た。
(攻撃を受けてもいいように身構えたのか……ふぅむ、どうやら襲い掛かるのが目的ではなさそうだ)
盗賊にしては小奇麗すぎるが、もし下見などであれば、初めに疑いを見せた時点で攻撃を受けているだろう。
では、あの役人が送りつけた兵だとする。
命が狙いならば、勇者が小躍りして隙だらけの間に目的は果たせたはずだった。
そこまで判断して、勇者は先に沈黙を破ることにした。
「はっはっは、その通り! 旅慣れているように見えたのだ。コツをご教授願いたいと思ったのだが、初めての観光とは驚いた」
リーダーらしき男は、笑みを作り緊張は解いたが、もう警戒が薄れることはないだろう。
「ご期待にそえず心苦しいですがね。そうなんですよ」
「ならば海の道までお送りしよう」
「分かりました。重ね重ね、ご案内を感謝しますよ」
勇者は、さっさと先頭を進んだ。これ以上引き止めるつもりはなかった。
男達は一瞬怯んだが、リーダーがすんなり頷くと後を追った。
海の道海岸に到着すると、地面ががそろそろ現れようとしていた。
釣りさんの報告によれば、海の道はほとんどが朝晩の二度現れることが分かっていた。時に一度だけの日もあるが、それも周期的なようだという。
今日が、そのほとんどの日でよかったと勇者は安堵して進む。
勇者は男達を追い立てるように、湿った砂浜へと移動を促すと、笑顔のまま挨拶をした。
「責めたようで申し訳ないが、移住希望者かと期待しすぎていたのだ」
「いえ、冷やかしだと不快に思われるのも仕方ないでしょう」
男達は追い払われることに動じる気配はない。
「もちろん観光も大歓迎だ。今度は正々堂々と訪れるといい……諸君の背後にいる国の者にも、そう伝えてくれ」
だが勇者から掛けられた最後の言葉には、真顔にならざるを得なかった。
言いたいことだけ言って、勇者は振り返らずに、その場を離れた。
戻ってくることはないだろうが、釣りさんが見ていてくれるだろうし、遮る物のないだだっ広い平地を畑さんらの目を盗んで横切るのは簡単ではない。
そう思い、丘へと戻った。
どこかから送られてきた者らしい――そう気が付いたからといって、別にその場で追求する必要はなかった。
捕らえるつもりだったならば別だが、勇者にそんな気はなかったのだ。
ならば、そ知らぬふりを押し通すべきだったと、勇者は少し落ち込んでいた。
あまりに浮かれていたために、つい揶揄したくなるほどは、がっかりしていたようである。
城の前に戻ると、ようやく行き倒れ君は緊張を解いた。
「よく気が付いたっすね」
男達の反応を見ていれば、さすがの行き倒れ君でも、どうやら勇者が正しそうだと気が付いていた。
勇者は、やれやれこれだから行き倒れはと、頭を振って呆れたアピールをした。
「移住希望者か観光だか知らないが、道の出来具合を気にかけるなどおかしいではないか」
緊迫感の中だ。行き倒れ君は、侮られたことは脇に置いて他にどんな隠された理由を見つけたのかと生唾を飲み込んだ。
タダノフが我慢できずに続きを聞いた。
「そ、それから他には?」
「それで十分だろう」
聞き間違いかと思ったタダノフは聞き返していた。
「は?」
勇者は憮然として、詳細をつらねた。
「ええい視点が違いすぎるだろう。住みたいなと思うなら畑や家はともかくだ、どんなもの食ってるんだとか、仕事はあるかとかが気になるはずだろう。道などあればいいのだ。もしくはあるものだ。道の状態に目を向けるなんぞ、俺様のように人を率いる者か、もしくは軍人くらいのもんではないかね」
勇者は、どやあっと言い切り両腕を広げて見せた。
「えっほんとにそれだけなの」
「そんだけの理由で疑って、違ってたらどうするつもりだったんすか、え?」
勇者は人差し指で頬を掻いた。
「その時は腰を低くして、疑ってめんご! とでも言っておけばよかろう」
「じゃあ、武器がどうのは?」
「実は金持ちそうだから、それなりの地位にありそうだし、コネにならんかなあと思ってつついてみたのだ」
「なんてこった……」
勇者とて困惑していた。
そのうち不届き者が現れることもあろうと考えはしたが、まさかこういった種類の者とは思いもよらなかったのだ。
「ともかく、そうだよ。おーじ様に声かけてくるね。ソレスたちは竃にいて!」
タダノフは、これは緊急招集の事態だと思ったようで、勇者が止める間もなくすっ飛んでいった。
単にコリヌに接触する理由が欲しかっただけではないかと思った。
「じゃ俺、少し晩飯には早いすけど、お湯でも沸かします」
勇者は、竃脇に石を積んで作った、膝ほどの高さがある物置きの蓋を開けた。
中にはさらに木箱を置いてあり、椀や湯のみなどをしまっているのだ。
さすがに茶葉などは室内で保管してあるため、城から持ち出す。
茶を入れた頃に、タダノフはコリヌを小脇に抱えて戻ってきた。
護衛君も後に続いている。
「お待たせ。川に隠れてたから探すのに手間取っちゃったよ」
「水汲みに行っていただけです、はっ離して下され」
もがくコリヌをタダノフは椅子へと降ろした。
「緊急というほどではなかったのだが、タダノフが早合点したのだ」
「なにいってんだい敵襲だよ? おおごとじゃないか!」
「敵襲ですとおっ!」
タダノフが肩を怒らせると同時に、コリヌが目を丸くして飛び上がった。
勇者は宥めるように、手短に顛末を話して聞かせた。
「なるほどなあ。接触ときましたか」
コリヌを落ち着かせると、勇者もお茶を含んで人心地つくのだった。




