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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第六十話 旗印

「勇者領主さん、おるかー」


 朝の竃を囲んで和む空気を、大畑さんのだみ声が引き裂いた。


「おう、おるぞ。何事かね大畑さん。ぬ、その手にあるのは、もしや」


 勇者は大畑さんが両腕に抱えている物を目ざとく指摘した。

 目ざとくなくとも一目で何か持ってきたんだなとは分かるが、ことはそう単純ではない。

 それは、勇者にとって重要なものだと勘が告げるのだ。


「旗が出来たもんで持っ」

「なんと素早い! さあ出しなさい今すぐ渡しなさい」


 勘など働かせる必要などなかった。

 勇者自身が頼んだばかりなのだから見当はついていたのだ。

 気持ちが高ぶるままに飛び上がって、大畑さんに詰め寄っていた。


「勇者よ私に隠れて、いつの間にそのような企てを!」

「さすが勇者様ですな。どれ、わしにもちぃっと見せてくだされ」

「旗……そういうことは行動が早いっすね」

「今の内に餌はいただいちゃおうっと」


 旗と聞いた仲間達もそわそわと動き出した。


 勇者は受け取った一枚を、ばさあっと広げて持ち上げる。

 頭を覆える手拭い程度の大きさだが、やや縦長な布の真ん中には、丸々と模様が浮かび上がっていた。

 草木の絞り汁で布に押し付けるように描き、煮出して定着させるとかなんとか話していたのを聞いたが、細かい模様を描くのは大変だっただろう。

 しかし茶黒い色の腺は太く滲んでいるが、丸と三匹の蛇であることは一目で判別できる。


 勇者は満面の笑みで頷いた。


「これは……いい。かなり、いい」


 はたはたと翻る布。


「大畑さん、奥さん方には良い仕事だと伝えてくれ。お礼は後ほどお届けしよう」

「お気遣いなく。私らも掲げさせてもらうし、他にもなんやかやとやっとるようだから、ついでですよ」


 にこやかに眺めていると、族長がずいと進み出た。


「わしも一つお借りできませんか、構いませんかな」


 族長は物欲しげながら、どこか複雑な表情で大畑さんに頼んでいた。


「どうぞどうぞ、差し上げますよ。幾つか作ったんでね」

「これはこれはどうもご丁寧に。ぬぅ、だがわしらも負けん。村でも作って明日には掲げてみせますからな!」


 そういえば今までこういった雑用は、族長にお願いしていた。

 今回は家仕事を一手に引き受けている畑さんの奥さん方を思い出し、なんとなく頼んでみたのだ。


「族長よ、別に張り合う必要もないぞ。これは試しに作っていただいたのだよ」

「では試行錯誤中というわけですな!」

「それはそうだが、端切れだろうと余ってるわけでなし、分かり易い模様が一つあれば心躍っていいなあと思ったまでのものだ」


 勇者は己の欲求の結果だと口を滑らせたのだが、族長はこれはあくまで見本としていただくのだと息巻いて、村へと戻っていった。


 その背を勇者は微笑ましく見守った。


「はっはっは、族長め。向上心を忘れぬのは素晴らしいことだな。しかし、これを土台にして裁縫さんに刺繍でもしていただけないかと思っていたのだが」

「染めただけでは色褪せるのも早いですからな。それが良いでしょう」


 気が付くと、コリヌも旗を貰って嬉しそうに広げて見ていた。

 そういえば模様を決めたときも、戦場で旗印がどうのと一番のりのりだった。


「形状も長いとか矢印のようであるとか、夢は広がりますな」

「単純が一番ではないかね。四角くって見やすいのが」

「勇者よ、何をおっしゃいますか。形状によって用途を定めるなどの工夫も凝らせるのですぞ!」

「なるほどそうだなその辺は任せた!」


 得々と語りそうなコリヌから逃げるように、勇者は身を翻して城へと駆け込んだ。

 しかし道具箱を手にすぐ外に戻ってきた。


 仲間達は何事かと見つめるがすぐに合点がいく。

 勇者は旗を、短めの細い枝に糸で括りつけ、壁と柱の隙間に差し込んだのだ。

 そして一歩壁から下がって具合を確かめた。


「なんとも、お城ちゃんに相応しい……」


 うっとりと城を見つめる勇者から、仲間達は視線をそらした。


「いやあ楽しかったですな」

「さあて、仕事仕事っす」

「畑が私を呼んでいる」

「へへっ今朝は満腹だよ」


 しばらく勇者は戻ってこないだろうしと、仲間達は離れることに決めたのだ。

 ただでさえ、はたから聞いたらむず痒くて仕方がない愛を語る言葉を、人でないものに語りかける不気味な光景を見るのは結構げんなりするのだ。



 数日後には、気が付けば旗はそれなりに作られていた。


 海の道海岸まで出向いた勇者は、木の棒に括られた旗が、標の杭に斜めに括りつけられているのを見て笑顔を浮かべた。

 それは村の入口の標も同じだった。





 それからしばらくの後のことだった。

 勇者はうっきうきしていた。


 久々に移動者が訪れたのだ。

 勇者達が渡ってきてから暫くは度々見かけたものだが、ここのところはさっぱり見かけなくなっていた。

 中央側が締め切ったのかと思ったが、だからといって封鎖されているわけではない。


 ともかく、その移動者達は単に通りすがりだけではない。

 十数人だかの団体で、今まで通り過ぎていった移住希望者と変わりない出で立ちだったが、なんとその中の数人が、入口の標を見て領地を見学したいと言ってきたのだ。


 報せを受けた勇者は、タダノフと行き倒れ君を連れて彼らの案内を買ってでた。

 一応は見も知らぬ者達だから防衛のためだが、護衛の人数を抑えるためのタダノフだ。

 行き倒れ君は癖で連れてきた。


 勇者は彼らの前に到着すると名乗った。


「えーお待たせしたね。俺様がこの辺を治めている、りっ領主っである!」


 勇者にしては珍しいことだが、緊張して言葉がつっかえ舌を噛みそうになっていた。

 周囲に居るのは初期から共に居る、慣れた者ばかりだ。

 すっかり領主だなんて肩書きのことは、頭から抜け落ちていたのだ。

 頭にはあるのだが、感覚的な意味でだ。


 それが外からの客の前で、急に現実味を帯びた。


「おお、あんたが領主になっちゃおう企画の勝者か!」

「今日はよろしく頼んます!」


 どうやら、未だ中央の甘言イベントの記憶は人々の間に残っているようである。

 勇者は緊張を誤魔化すように、さっそく彼らを引き連れて歩き出した。




 勇者は要所要所で足を止めると説明した。


「へえ、ほんの数ヶ月前まで、ここが原野だったのか」

「信じらんねえな。畑なんか普通に俺らの村と変わらねえよ」

「やっぱ家は簡易なんだね。でもしっかり補強してるな」


 来客者は立ち止まって感嘆の声を漏らしている。

 その背後で勇者は誇らしげに胸を反らせて、こそっとタダノフらに朗らかな気分を聞かせた。


「ほらほらぁさっそく町名と旗の効果が表れてるではないかね? ん?」


 欲求のままに作って、少しばかり罪悪感に苛まれたりした標やら旗が、良いほうに効果を及ぼしたのだ。

 勇者は得意満面だった。


「なんかさあ、すっごく殴りたい顔なんだけど……」

「客の前だし我慢っすよタダノフさん」



 興味深げに見学してまわる客の姿を、時に小躍りしてしまってタダノフに手刀をもらいながらも、勇者はねちっこく観察していた。

 これは新たな領民を得るために、欲しかった情報を知るまたとない機会なのだ。


(すでに未開の原野とは呼べまい。しかし数年はこの状態が続くだろうし、どんなところに移住者が興味を示すのか興味津々というものだよふふん)



 丘の上では、特に慎重に様子を窺った。

 勇者のお城ちゃんに色目を使わないかが特に重要な点だ。


「えっ城?」

「ぷ……」


 顔が緩みそうになる直前、勇者の顔付きから異様さを読み取った彼らは固まった。


「いや、その、立派なお宅ですね」

「はっはっはそうだろうとも、自慢なのだよ!」


 勇者は笑顔に戻ると、先へと促した。

 彼らも、今のは一体なんなのかと不思議そうだったが、すぐに触れまいと決めたようだ。


「ちゃんとした道もあるじゃないか」


 村までの道のりにも感嘆しているようだ。

 村民達の功績だが、勇者も我が事のように誇らしかった。


 一回りする頃には、勇者の態度は自然と戻っていた。

 勇者の背後で、タダノフと行き倒れ君はこそこそと話していた。


「なんというか、初めの地に足の着かなさが全くなくなってるっすね」

「嬉しそうですらないし、変だね」


 まさか城を笑われかけたのを根に持っているのかと、二人は客の身を心配した。



「いやあ、素晴らしい場所ですね」

「わざわざ時間を割いてもらってありがとうございました」


 彼らは口々に誉めそやしてくれたが、勇者は形だけの笑顔で受け取っていた。


「楽しんでいただけたようで何よりだ。さて今晩はどうする予定だね。次に潮が引くのを待てば、渡り終えた頃には夜だ」

「へっ何言ってるっすか勇者さん……」


 驚いた行き倒れ君は、勇者の言葉に口を挟みかけて黙った。

 途端にその場の空気が冷えたのが分かったのだ。


「なぁんだ、そういうことなんだ」


 タダノフは暢気に頷いていた。



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