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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地探索編
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第六話 勇者の由縁

 藪の合間から、もそもそと何かがうごめく気配が漂い始める。


(ぬ。この気配――そこか!)


 勇者はいそいそと側へ行き、顔に夕日が当たる位置に立って、両腕を組むと仲間共を睥睨へいげいする。


「お早う、寝ぼすけさんども! 食事の用意はできているぞ」


「うーんあと少し……餌!」

「もうそのような時間ですか」


 草木を集めた寝床から、タダノフとノロマは顔を起こす。


 その時、勇者お得意の表情が炸裂した。

 充血した目を細め、口の両端を大きく吊り上げた、一点の曇りもない笑顔。

 のぞいた歯が、日差しを受けて乱反射したのだ。


「ふぅお」

「まぶしいぃっ」

「はっはっは。さあ起きたまえ」


 目を押さえて転がった二人は、どうにか起き上がると文句をつけた。


「ソレスぅ嫌がらせなしで、起こせないの?」

「うう、目がメガあぁ」

「悪いな。急を要したのだ。俺様が腕をふるった麦粥が、冷めてしまうぞ?」


 勇者はうきうきしていたが、二人の顔色は冴えなかった。


「麦粥……」

「……麦粥、ですか」


(おや、慣れない場所で、さすがの二人もお疲れかな)


 不人気メニューだと気が付いていない勇者だった。




「コリヌらよ、戻ったぞ。つまみ食いなどしてないだろうな」

「滅相もない。鍋の番はしかと」


 吹き零れてない鍋に満足して頷くと、勇者は木の椀を手にとる。

 お玉で丁寧によそうと皆にふるまおうとした。


「わ、我らは焼き芋で腹を満たしましたので!」

「まあそう遠慮するな。麦粥は力が出るぞ。明日も思い切り働いてもらわねばならんからな」

「あたしも焼き芋、」

「ほらタダノフの分」


 どんどん木の椀が押し付けられる。


「遠慮せずに食べて欲しい。こんなご馳走は今晩だけだぞ。なぜなら勇者の、た、誕生日だからね!」

「あれ、今日でしたので?」


 すかさずノロマが指摘する。


「領地獲得祝いと、コリヌ一行との合流祝いも兼ねているのダ! さあほらお食べなさい」

「そこまで申されましては、断れませんな。それに今晩だけか……良かった。ではせっかくだし頂きましょうか。皆も今晩だけの我慢だ」

「はい……」


(なんと今晩限りだと勘違いさせてしまったようだ。心配せずとも、祝い事の度にふるまおうではないか)


 勇者が余計な気遣いを発揮したことを、この場の誰もが知る由もなかった。




 ずぞぞぞぞそぞ……もっぎゅもっぎゅ、ごくん。


「粥……美味い……」


 そう呟いたのは勇者だけだ。

 静かな食事だった。


(素晴らしく美味い! 灰汁あくの強い麦の風味が鼻腔をくすぐる。汁気を飲み込んだ後に、口に残る噛み応えのある籾殻もみがらが、顎を鍛え満腹感をも満たしてくれる。飲み込みづらいそれを、どうにか飲み下したときの、やり遂げた感。それは、つまらない日常の中で、小さな自信を積み重ねてくれるのだ。なんと完成された糧なのだ)


 勇者は、ご満悦ですすった。

 数ヶ月ぶりの献立だったのだ。


 静けさを断ち切ったのは、コリヌだった。

 黙っていると粥の風味が強調されるように思えたためだ。


「し、しかし勇者よ。出会った頃から変わりませぬなあ」


 コリヌは、会話こそが極上のスパイスだと信じていた。


「やめたまえコリヌ。若い頃のおいたなど、恥ずかしいものだ」


 そう言いつつ、満更でもなさそうである。


(たしか一番若いはずよね、こいつ)

(恐ろしや。いつからこんなだったんで?)


 タダノフとノロマは、コリヌの言葉に戦慄せんりつした。

 こんな子供の存在など、どこかの神が許しても我らは認めたくないなと思ったからだ。


「ふっ、俺様が勇者と呼ばれるようになった理由を聞きたいか……よかろう。ちょうどよい。コリヌとの縁を例題に解説しましょう」


 とりあえずは興味がなくもない話題だったので、皆は聞くことにした。


「わくわくするねえ。どんなイカサマしたんだろ」

「タダノフ殿も知らんので?」

「お前まであたしの麗しい名前を妙なところで切るな。タダノフォロワーダ!」

「あー興味を持っていただけて嬉しいなあっ!」


 興味が逸れかけるタダノフとノロマを、勇者は引き戻した。


「ぽわぽわぽわ、ぽわん」

「なんなのよそれ」

「過去を思い浮かべている擬音だよタダノフ」


 咳払いすると、勇者は語り始めた。





 ソレホスィ・ノンビエゼは、寒村の勇者だった。

 徹夜をものともせず欲しいものの為なら駆け参じる。

 気持ちだけは熱いが、壮大そうで、そんなこともない物語。



 それまで、夜に寝る間を惜しんでまで、何かへ情熱を注ぐなど誰も考えたことがなかった。必要もないし。


「伝説の勇者のような鉄の意志は、大したもんだねソレホスィ。その情熱をもうすこぉし、村の役に立ててくれたら嬉しいんだけど」


 そんな皆で助け合わねば暮らすのも難しい雪山で育ち、外の世界を知らなかった勇者。ある日、ふもとの村へ降りてみて、お店というものが実際どういった存在かを知った。

 そこには見たこともなく、使い方すら想像できない道具が、木製の棚一面に並んでいた。

 少なくとも勇者にとってはそうだ。



 その道具屋に魅了され、あれを買うぞと決めた勇者は野良仕事に精を出した。

 それは棚の一番上に鎮座する高い商品であり、なかなか売れなかった品である。

 何も持たない勇者が、そんな品物を買うには、人の倍は働かねばならない。


 かくして勇者は――完全覚醒した!


「胸の内より湧き上がる、ど根性の炎! 眠くない、眠くないぞ! これなら倍働ける! うおおおお、稼いでやるぜ!」


 掛け持ちしてどうにか稼いだ金を手にし、道具屋の厳つい親父の前へと叩きつけた。


「俺には無理だと言ったな? どうだ親父ぃ!」


 細かい金を数えもせず、親父は優しいまなこで、勇者の頭をぽんぽんと叩いた。


「確かに、俺が間違ってたな。だけど坊よ、ちょうど売り切れちまったんだ」

「そんな馬鹿、な……あんな妙なもん売れやしない、なんで欲しがるんだ、もっと役に立つものを買えって、いさめてくれたではないか……親父の嘘吐きぃ~!」


 勇者初の挫折であった。



(いつ私との出会いが始まるのだろう)

(この話、必要あるの?)

(そこから徹夜人生が始まったのは分かったけど)


 辛い話に、聞いている者達の心中も穏やかではなかった。


「でだな、諦めきれずに買い主を問いただしたのだよ」

「まさかそれが、私だったのですか!」


 勇者は恥ずかしげに頬を掻きながら、頷いた。


「若かったものよ」


 その後をコリヌが続けた。




 買い主は、この辺りを治める領主の館で働く者だった。

 花瓶代わりに、何か飾りに使えそうなものを見繕みつくろって来いと命令された執事は、困って下働きの者に任せた。

 下働きが街の妙な道具屋で見つけた品を持ち帰ったが、執事は苦し紛れに、領主へと献上してみたのだ。


「ちょっとひねりが利いていて、良いではないか」


 領主こと、コリヌはご機嫌であった。

 しかしそれは、コリヌの人生を変えてしまう運命の品だった。


「ええい、あやつは何なのだ」


 大きな石積みの屋敷。コリヌはその二階から、立派な門構えの外を睨んだ。


 領主の館門前で、片手腕立て伏せを続ける目障りな男。

 その名を、忘れたな。確かノンなんとかと言っていた。

 ともかくその男に注意したらば「もちろん、これだけでは済みません」と、腹筋を始める。意味が分からない。

 もっと意味が分からないのは、その男が寝ずに居座っているということであった。


「そこまでするからには、何をか訴えたいのであろう。聞こうではないか!」

「領主が最近、手に入れた品。あれをお譲り頂きたい」

「えっ」


 コリヌは怯んだ。


(馬鹿っぽい飾りだと思ったが、そこまでして手に入れたいほどの、掘り出し物だったとか?)


 男が門前に居座った三日目の朝。

 目を血走らせつつも、未だ爽やかに笑っている男がいた。

 とうとうコリヌは折れた。

 何か空恐ろしいものを、目の前の男から感じたからだ。


(我が物欲など、この者の執念の前には幼子同然)


 それに、その辺で用を足されるのも迷惑だった。

 気が付けば屋敷の者らとも仲良くなっており、コリヌの恥ずかしい失敗話が駄々漏れだったこともある。




「ということが御座いましてなあ」


 勇者は荷物から取り出して、その品を披露してくれた。


「なるほど、そのときに得たのがそれと」

「なんでこんなもんが苦労してまで欲しかったのかね。こう、スイッチ入ると、訳がわかんなくなるもんだよな。ハハハ」


 それは落ち着いた色合い、というか小汚い黄金色の、湖に浮かぶ鳥を象った壷だった。

 細部の出来も良くないし、今はげかけの金粉塗料から、地の土色がのぞいている。




 ノロマは、それを見つつ納得した。

 幾ら趣味のツボに入ったからといって、普通はこんな壷にそこまで執念は燃やせまい。

 勇者の類稀なる胆力に感心する他なかった。


(コリヌ殿も、俺と同じような経緯いきさつがあったのだな)


 まじない師ノロマイス・ルウリーブが、この男についてゆくと決めたのも、そういった場面に出くわしたからだった。

 正しく言えば、ノロマ自身が粘着されたのではなかったので、もっとお気楽である。

 

(うまく使えば、楽して欲しいもんが手に入りそうではないかッ!)


 そう思ったのだ。

 だが、勇者はそんな簡単に使われるような男ではなかった。

 単純だったり、気難しかったりと面倒な男である。


(それが若さゆえだったとは、思いもせなんだ……)




 勇者は照れながら、コリヌはしみじみと、ノロマは感慨にふけり、タダノフは芋が食べたかった。

 そんな平和な時間も、そう長くは続かないことを、彼らはまだ知らない。



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