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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第五十九話 勇者のときめき

 勇者が目覚めてぼんやりと体を起こすと、すでに起きていた行き倒れ君の姿があった。

 珍しいことだが、勇者が寝坊したようだ。


「っはよーっす、また手紙出すんすか」


 行き倒れ君は、勇者が木箱に置いたままの手紙を手に取っていた。


 書き終わったとたんに、安心した勇者の隙をついて大地の精霊が猛烈な小石旋風を巻き起こした反撃により、意識を刈り取られたのだ。

 眠気が意識の閾値を突破して、体を寝床へと操った。

 そうに違いない。なぜなら横になった記憶がないのだから。


 完徹能力を持つ勇者でも、あらかじめ能力を解放済みでなければ効果を発揮しない。

 そうでなくとも、完徹能力は感覚の鈍化と引き換えである。

 そう、頭を使うとかなり疲れるのだ。


「これは決して言い訳ではない」

「何を言ってるんすか」


 わけの分からない妄想による発言であることだけは分かる。

 行き倒れ君は、気にせずに勇者の手紙を読んでいた。


「へぇ、ようやく呼び寄せることに決めたんすね!」


 行き倒れ君が感心したように、声を上げる。

 勇者はぼんやりと寝床に正座したまま、なんとなくその光景を眺めていた。

 頭を酷使無双した翌朝は、疲れがなかなか取れないものだ。

 やがてじんわりと現状を認識すると、勇者は行き倒れ君へ飛びかかった。


「わーなにを勝手に読んでいるの、だっ!」


 そのとき、時間はゆっくりと流れた。

 勇者が、行き倒れ君の目に留まらぬ勢いで間合いに踏み込み、その手から手紙を掴んで退いた。

 その一瞬の動作と共に聞こえた――軽快な破裂音。


「あああっ……!」


 二人は同時に叫んでいた。

 真っ二つに破れた紙を手にしたまま、呆然と立ち尽くしていた。





「お城ちゃんの懐、あったかいなりぃ……」


 平地を見下ろす朝の日課も忘れて、勇者は暗い部屋の隅に向かいうずくまっていた。


「さーせんっした! だから気持ち悪い落ち込みかたしないでほしいっす……」


 行き倒れ君は、壁に呟き続ける勇者に対して、ぶつくさと文句をたれていた。

 しかしその手は、懸命に手紙の破れ目を合わせている。


「おっ、きれいに破けたから十分読めるっすよ」


 言いながら立ち上がって棚に移動し、道具箱を漁ると修繕道具を取り出した。

 そこから針と糸を取り出し、破れ目を縫い合わせていく。

 紙の質は悪く、粗い目で厚い。

 そのお陰でうまく縫い付けることができるのだ。

 ただ行き倒れ君は勇者ほど器用ではない。

 脂汗を垂らしながら、必死に作業して時間は過ぎていった。


「くんくん……美味しそうなお城ちゃんの匂い。まるでむしゃぶりつきたくなるようではないか……ふおおおっなんということだ辛抱たまらん、ぐぶふうっ!」


 まさに柱に噛み付こうとした瞬間、勇者の後頭部に道具箱が叩き込まれていた。

 鼻を打ち付けた勇者は、顔を押さえながら涙目で振り返る。


「柱が傷むからやめるっす。匂いは朝飯っすよ」


 外から人の気配と、爽やかな朝の空気を抱き込んだ魅惑の野菜臭が漂ってくるのを感じた。

 勇者の落ち込みは朝食までだった。




 外へ出て、柵のすぐ外にある竃を見ると、既にノロマ以外の全員が揃っていた。

 ノロマが出先から戻るのは、当分先だ。


「おや勇者よ、今朝は寝坊ですか」


 コリヌが真っ先に声をかけてきた。


「ぅむ、ちと残業に追われてな」

「寝坊してたら残業の意味なくない?」

「お黙りなさいタダノフ」


 勇者は護衛君から椀を受けとると、定位置のお城ちゃんを背にした石へと座った。

 その隣へ行き倒れ君が座り、さりげなく勇者の手紙を暴露した。


「故郷に領地を確保したって手紙を書いてたっすよ」

「ぐぼっ……なんでばらすんだ行き倒れぇ!」


 勇者はむせて芋粥を噴き出した。


「おおそれは、さぞ気合いが入ったことでしょうな。して使いはいかがなされますか」


 族長は人手を出さねばならんかと思い尋ねる。


「準備をしていただけだ。いざ出そうという時になって時間が取れずに適当になっても困るからな」

「なるほど、そうでしたか」


 そして全員がもぐもぐと食べ始めたが、コリヌが何かに思い至ったようで、疑問を投げかけた。


「外への用事が出来た場合はどうしたものでしょうな。今のように馬車を出してしまってる場合は、徒歩で出すしかありませんが」


 コリヌが言っているのは、少人数で使いに出せるだけの人材は多くないということだった。

 まだ勇者が領地を離れるのは難しいし、コリヌの護衛らを出してもらうにしても三人しかいない。

 力自慢のタダノフならば、一人でも並の賊どころか野生の大型獣でさえ歯が立たないだろうが、餌の管理が全くできない上に肝心の用件を忘れるのは間違いない。

 そのために付き添いが必要なのだが、タダノフを制御できるのは勇者と精々がノロマくらいだった。


(お、今はコリヌがいた……いやあれは制御できないか別の意味で)


 残念ながら、安心して使いに出せる者はいないようだ。


 腕自慢の村人がいたのは運が良かった。

 今は、その彼らと護衛君の一人もいない。


「ぬ、そうだ。タダノフ!」

「餌」

「ぐ、良かろう」


 勇者は残った芋粥をタダノフに差し出した。

 何かを頼まれそうな時だけは、タダノフも勘が働くのだ。


「なにさ」

「手下君達に、護身術を授けてくれ」

「なぁんだそんなことか。体作りから始めてるけど、その後何を鍛えようかって思ってたんだよね」

「それはちょうど良かった」


 本当にちょうど良かったのか。

 畑はどうした体作りではなく土作りのための鍛錬ではなかったのか。

 そんな疑問を勇者は押し流した。

 あれこれと危険について考えていたところでもある。

 領地を守備する戦力も、いずれは必要なのだ。

 これはその土台となるだろう。


「言っておくが、最低限でいいぞ。タダノフや俺様のような逸材は少ないのだ。あまり無理はさせるなよ」

「分かってるって。あたしだって師匠に、基礎からみっちり叩き込まれて育ったんだ。同じように教えられるよ」

「いや待て、だから同じようにではなく……って、お前に師匠がいただとうっ!」


 こんな化け物に戦闘訓練など施した、さらなる化け物か馬鹿だかがいたことに戦慄した。


「迷ってから何年も経っちゃったし、もう破門されてると思うけどね」

「そ、そうかね。それは残念なことだな」


 何年も道に迷うことからしておかしいが、タダノフのことだから行く先々で餌に気を取られてのことだろう。

 タダノフは大陸の南端から、さらに海を渡った南に浮かぶ諸島の出身だ。

 南側の海の流れは東側に比べて弱く、大陸から見えるほど近い島もあるため、どうにか渡ることができる。

 幾つもの小島をつたって、小舟で渡り歩くのだ。

 そんな風にして、少ないながらも取引はあるようだというのは、耳にしたことがあった。


(南の国のお方とは、くれぐれも争うことのないようにしようか)


 実態は知りようもないが、勇者は心に刻んでおくことにした。


「こほん、よく分かりませんが、使いに出せそうな人員の確保はできそうですな」


 話の流れの元となったコリヌは、そう言って切り上げた。






 行き倒れ君が道具箱を投げつけたせいで、部屋にはあれこれ散らばっていた。


「飯食ったら片付けるっす」

「いや、ちょうど確認したいこともあるし畑の方を頼む。そもそも行き倒れは整頓が下手糞だしな」

「ぐぬ。わーったっす」


 皆を仕事に送り出すと、勇者は城へと戻って落ちているものを拾いに取り掛かった。


 行き倒れ君は、整理整頓が苦手なのだ。

 畑などを任せられるほど、勇者の予定を遂行する管理能力はあるというのに不思議なことだが、汚部屋生成能力とは、そこそこ仕事が出来る者に同時に備わっている気がしないでもない。


 町の荒くれ者や問題を解決してきた評判の衛兵の詰所が雑然として汚かったとか、安くて美味い大衆食堂の厨房が雑然としていた。

 そんな点々としてきた色んな場所を、勇者は思い返した。





 床の物を拾い集めて道具箱に詰めると、ついでに他の木箱の中身も確認することにした。

 定期的に中身を確認し振り分けなおすことは、無駄を作らないようにするにも大切である。


 そうして道具箱を整頓していた勇者は、折り畳まれた皺だらけの紙切れを見つけた。

 広げてみると、そこには図案が書かれている。

 大きな円の中に、ぐねぐねと絡まった三本の腺が、さらに円を描いて収まっている。


「おぅ、こんなものも作っていたな」


 そういえばと勇者は思い返す。

 ノロマのおかしな呪術で、うなじに妙な模様が現れたのだが、その後は何の異常もない。

 模様のある部分をさすってみるが、傷跡のような段差もないし、なんの違和感もないのですっかり忘れきっていた。

 恐らくタダノフやノロマも同じだろう。


 今や外の地面に焦げ付いたように黒ずんだ模様の跡も、地面を均していく内に消えてしまった。

 ノロマ曰く、模様の見た目は関係ないから消してしまっても問題ないという話だ。

 既に、この地の空間と因を結んだからには、目に見えずとも効力は働いているというのだ。

 なんとも胡散臭いが、呪術とはそういうものだろう。

 実際、あれからなんの被害もないのだから気にすることもない。



 それはともかくとして、改めてまじまじと図案を見つめる。

 この模様に似ていると、ウロボロスギ伝承の話をした時に、これは旗印に使えると皆でわいわい話して決めたのだ。

 その場のノリと言うやつだ。


 あの時はこれを決めて満足したのだが、やはり思いつきでも何でもやっておくものだと勇者は微笑んだ。


 農耕地のみならず村や町がある。

 領民も結構いる。

 旗を掲げるくらいの条件は揃っているではないかと思ったのだ。


「さすがに物見櫓は立てられんが、これくらいのときめきは許されるだろう」


 勇者はその図案が書かれた紙を丁寧に伸ばすと、机代わりの木箱の上に乗せた。

 清書し直そうと新たな紙を取り出し、図案は壁へと立てかける。


(これも格好いいが、もうちっと分かり易いほうが良かろう)


 分かり易さとは何か。

 咄嗟に身近な物へと例えられる親近感ではなかろうか。

 勇者は力強く頷いて、木炭を紙の上へと走らせた。


「丸は、お日様。うぅむ単純すぎるか。そうだ一見単純にお日様に見えて、もう一つ内側の円を片側へ寄せる……なんとっ三日月の出来上がり! ウロボロスギに因んだものだし、円の中にある三本の腺は蛇に見立てればよかろう」


 分かり易さはどこへ行ったのか、勇者は思いつくがままに書きとめていった。


「三匹か……ちょうどこの模様を持つ俺様とタダノフとノロマにぴったりでもある。三人が仲良く手に手を取り合って、この地を盛り上げて……くっ! こいつは蛇だ。くそっ手が無いではないか!」


 手も足も出ないとはこのことかと、勇者は歯噛みする。


「そ、そうだよ。蛇さんなんだから口で咥えればよいのだ……」



 そして、少しばかり単純化したつもりの模様が出来上がった。

 書き上げた図案を持ち上げて、隅々まで睨めつける。


「さすが俺様よ。溢れるばかりの才能が恐ろしい」


 勇者は図案と端切れと手土産を持って飛び出すと、平地へと走った。

 さっそく一つ、旗を作ってもらおうかと思い立ったのだ。


 残念なことに適任の裁縫さんはノロマと旅立っているが、いきなり刺繍してもらったりと手の込んだことなど気が早いだろう。

 村の女性陣は簡単な染物ならやっている。

 畑さんの奥様方に図案を染め付けてくれるようお願いするのだ。



 自称整理整頓が得意な勇者だが、片付け途中で他に気を取られる癖を直さなければ、時に行き倒れ君と同じになってしまうだろうことに勇者は気づいていた。


(いやこれは今回だけだ!)


 走りながら己の心に言い訳を始める勇者だった。



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