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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第五十八話 北の山中村では

 穴掘り仕事は続くものである。

 そもそも開拓地にて、掘り返す作業が途絶えることなどそうないだろう。


 仮設住居を建てるには早すぎるが、場所を整えるのに早くはあるまい。

 勇者は畑仕事を終えて戻ると、晩飯後の空いた時間で地道に均し作業を進めていた。


 疲れていても、これは夢のためである。

 情熱が力を掻き立てるのだ。

 体力仕事につぐ体力仕事だろうと、どんとこいだった。


「建築時には手を借りるが、これは俺様の野望なのだ。行き倒れは体を休めたり、精神を安らかにするためにも悟りをひらく修行でもするがいい」


 だが行き倒れ君は、道具を取り出した。


「こんな何もない場所で遊びようもないっす。暇だから手伝うっすよ」


 行き倒れ君は、意外と頑固者であった。


「そうか……では、遠慮なく頼むぞ」


 行き倒れ君が作業を始める姿を見て、勇者は笑顔で辺りを掘り返し始めた。

 幾らお城ちゃんが側で見ているからと言っても、一人で作業するよりは気合も入るというものだ。


 はたして、役人という最大の不安が立ちはだかる中、本当にこの場所に居続けることができるのか。

 先は見えない。


 ただ少しでも、人が生活を営んでいるという既成事実を積み上げていくのみだ。

 焦燥感が胸の内を蝕まぬように、地道ながら一歩一歩確実に進もうと気合を入れる勇者だった。





 ノスロンド王国北端に位置するマグラブ領のさらに北へは、大陸の行き止まりとなる雪深い山脈があり、狭間には一つの村が存在する。

 北の山中村(きたのやまなかむら)――勇者の故郷だ。


 故郷に思いを馳せながら、勇者が鍬のようなものを振っている頃、その村へと勇者の手紙が届いていた。

 ほとんどは見積もりから過ぎることはあれども、速まることなどない。なんとも珍しいことだが、勇者にとっては運が良いことであった。


 海の道に最も近い村から手紙を預かったのは、幾つかある隊商の内、定期的に辺境の村々へと物資の売買等を行なっている隊である。

 赤字路線だが情報の生命線であるために、国が援助しているものだ。

 そのため隊から村へ、村から隊へというような手間を経ず、真っ直ぐ山の麓にある村へと届いた。

 山の麓の村は、最も北の山中村に近い場所である。


 幾ら赤字路線といえども、険しい環境の山奥であり、少数民族である北の山中村へまでは届けられなかった。

 そこで故郷の村からは時折、手隙の者が麓の村まで出向くのだ。


 行き違えば、数ヶ月は麓の村役場へと留め置きとなることもあるのだが、ちょうど確認の時期だったため、隊商が残した手紙を村の者は間もなく受け取ることができた。




 ざくざくと雪を踏みしめる音が、勇者の生まれ育った家の前へと近付いていく。

 風が止めば、しんとした音が耳の奥に響きそうなほど、静かな場所だ。

 特にこの家は、村の中心から谷をまたいだ、外れにもほどがあるところにあった。


 今やただ一人の住人である家主は、はて約束もなかったのに誰が来たのかと、玄関代わりの垂れ幕を持ち上げると草履を履いて表へと出た。

 表といっても薄暗い。

 ここは洞穴の中だった。


 白く輝く丸い入口を、人影が遮った。


「おおい、ダメョ婆さん。いるかね」


 逆光で顔は見えないが、客の声はよく聞き覚えがある。

 それに驚きはしない。

 うっかりこの山間へ踏み込んだ麓の人間は、大抵が遭難する。


 そうでなくとも、ダメョ婆さんと呼ぶのは村の者だけだ。

 しかし意外だったのは、その声の主が、ここへ現れるなど久々のことだったからだ。


「おや村長さんかい、珍しいね。こんな所までわざわざ出向いてくだすって。ささお上がんなさいな」


 何かもてなせるものはないかと、慌てて洞穴の奥へ向かおうとしたダメョの背に、村長と呼ばれた男は呼びかけた。


「届け物があるんだ」


 その声は力強く引き止めるようで、ダメョは思わず振り返る。

 村長は腹を立てているようでもなく、穏やかな笑顔だ。

 ただし、少しばかり目元には緊張を含んでいる。

 声と共に、村長の手は折り畳まれた分厚い紙切れを差し出していた。


「お孫さんからだ」


 戸惑いながらもダメョはそれに手を伸ばす。


「手紙かね……まさか」


 村長の目前で失礼かという気持ちも失念し、手紙を紐解いた。


「ああやっぱり。この荒ぶった字……ソレホスィかい」


 ダメョの目に、うっすらと光が反射した。


「まったく、いつまでもどこをほっつき歩いているのやら」


 そう文句を言いつつも、かすかに震えた声は、優しさに満ちていた。

 文字を指でたどりながら、客の存在も忘れ、読み進めることに没頭していた。




「元気なようで良かったじゃないか」


 村長は話しかけたが、すでにダメョの耳には届いていないようだ。


 やや緊張していた体が緩んだ。

 確かに本人の字ならば、最も悪い知らせではあるまいと思ったからだ。

 ダメョが珍しいと言ったように、村長が自ら出向いてきたのは、最悪の知らせの場合を考えてだった。


 それに、出稼ぎに出て行ったとはいえ、この村出身の若者だ。

 村長にとっても他人事ではない。

 どう過ごしているのか、興味は多いにあった。


 村長は、ダメョが手紙を読みながら頷いたりしている様子を、黙って見守った。


 出て行く者を責めた頃もあったが、自身が若い内だけだった。

 おかしなことに、やる気も体力もある若い頃の方が、見識の狭さ由か、手のつけられない頑固さを発揮してしまうことがある。


 次期村長であるという責任などが、村長の頑固さをさらにこじらせてしまった。

 代々こうして生きてきたのだからと、何かを変えることを考えもせず、ひたすら現状維持を貫いた。

 そうして世界が刻々と変化していく中で、取り残されてしまったのだ。

 その結果が、急激な過疎化である。


 村長が子供の頃に比べると、人口は半数以下となっていた。

 環境による事故も多いが、麓に村が出来た事で、出て行く者が多かったからだ。


 今では己の不甲斐なさのせいだろうと思えば、出て行った者を責めるどころではなく、ただ元気でいてくれるよう願うばかりだった。

 放置された農具が錆びついていくように、ゆっくりと滅び行くこの村を、命在る限り静かに見守っていくつもりでいる。


 しかし時折、里帰りしてくれたり、こうして村を思い出してくれる者がいる。

 それだけで喜ばしいことだった。




 嬉しそうな声に、村長は感慨から覚め、ダメョに目を向ける。


「村長さんや。あの子が畑を任されてるんだって。偏屈もんで心配だったが、きちんと働くようになったんだねぇ」


 その内容も、嬉しい知らせだったようだ。

 突然の手紙にどうしたものかと思ったが、ようやく腰を落ち着けたから手紙をよこしたんだろう。

 そう合点がいくと、村長も胸を撫で下ろした。


「あの小僧っこが、大したもんじゃないか。かなり分厚いし、まだあるんだろう? 他にはなんてあるんだ」


 人口に比して若者が少ない村なのだ。

 村長にとっても孫みたいなものである。


「どうせなら、みんなに話してあげようじゃないか」

「今から谷を越えたら帰ってこれんぞ」


 ダメョは相当嬉しかったようだ。


「今晩は村長さんとこに集まらせてもらうよ」

「そりゃ構わんが大丈夫かね」

「腰の悪い村長さんに比べたら、まだまだ元気だよ」


 はしゃぐダメョと村長は村の中心へと急いだ。




 豪雪の季節は明けたため、少し日が長くなっている。

 暮れかける中、慌てて村の皆に手紙のことを伝えると、情報を得ようと各家から人が送り出された。

 村長の納屋に人が集まり、炊き出しの野菜汁がふるまわれ宴会の様相となった。



「そんで、今どこにいるんかのう」

「どんな仕事だね。畑を任されたっていっても、色々あるだろう」


 食事で体が温まると、ダメョの周りから村人は口々に疑問をぶつけていた。


「なんだか東の聞いたこともない所に居るみたいだね。畑は野菜をあれこれ育てているらしいけど」


 ダメョは苦労しながらも一つ一つ答えていった。

 村人の疑問は、ダメョ自身がずっと気にかけていたことでもあった。



「ほう、ダメョ婆さん。ソレホスィは腰を落ち着けたってことは、嫁さんでも見つけたかね」

「雇われ者の小作人が、そんなすぐに嫁なんかもらえんだろう」


 そこへ人垣の外から、柔らかく高い声が聞こえてきた。


「ね、ねえダメョお婆ちゃん! 本当なの、おっお嫁さん、貰っちゃったの……?」


 爺婆バリケードの合間を、這いずるようにしてどうにか突破した声の主は途切れ途切れに尋ねた。

 そんな様子には頓着せず、ダメョは手紙へと指と目を走らせる。


「そうさねぇ……それが、嫁がどうだかは書いてないねぇ。まったく! あの子は肝心なところが抜けてるから心配だよ」

「そ、っかぁ……書かれてないなら、良かった……」


 息を吐き出しながら呟かれた声に、ダメョは反応した。


「良かあないよっ!」

「わっ!」


 周囲は耳を押さえて、後ずさった。


「ひ孫でも抱えて帰ってくれなきゃ、死ぬに死ねないんだ」

「ダメョ婆さんは、伝説の大型獣が来たって死にゃあしないさ」

「おう村長さんの言うとおりだ。がっはっは!」


 そうして村民達はしばらくの間、怒ったり嬉しそうだったりと忙しく孫の近況を語るダメョの声に耳を傾け、昔話に花を咲かせて過ごした。



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