第五十三話 鍛錬
「素敵な朝だね。まるで俺様達を輝かせるために生まれたようなお日様ではないか。おやちょっとばかり傲慢すぎる発言だったかな」
勇者は緩みきった笑顔で語りかけていた。
壁に向かって。
(まただ。しかも朝っぱらから)
仲間達は、声の聞こえる方へは顔を向けずに朝食を摂った。
「ようやくご用意できたのだよ。そう、お城ちゃんに相応しい捧げものをな!」
なぜか挑戦的な物言いに変わっていた。
よく分からないが、調子に乗っているらしい。
そして小脇に抱えていたものを、眼前に持ち直した。
「くくく勇者領の城下町か……」
勇者は昨晩こしらえた立て札を、ご満悦で眺めた。
以前に村用に作ったものと同じく、名前を彫った板を、切込みを入れた杭にはめ込んで縄で括りつけた簡素なものだ。
気が済んだのか、勇者は竃を振り返った。
「眠そうだな行き倒れよ。夜更かしはほどほどにな」
(あんただけには言われたくないっす!)
行き倒れ君は心で呟く。
予定を聞こうと、行き倒れ君が口を開く前に勇者は続けた。
「俺様はこの楔で、平地神を打ち負かしてくる。作物禁猟区のお世話を頼むぞ行き倒れ」
「ちょ勇者さ……」
ようは畑を頼んだぞということである。
勇者は用件を伝えると駆け出していた。
何を禁猟するんだよという、仲間の突っ込みが間に合うことはなかった。
勇者が丘を駆け降りると、こちらへ向かう集団が見えた。
「おはよう勇者さん」
「立て札ですか。何かお知らせかね」
「おはよう諸君。ふふ気づいたか。町名を海岸沿いへ掲げるのだよ。どうだ!」
勇者は立て札を持ち上げて見せた。
『ようこそ、城下町オルテフエルへ!』
刻まれている文字を見て場は沸いた。
「おお!」
「実にそれっぽい!」
「今晩はお祝いだな!」
町の名前が決められたのだ、宴会の理由には十分なるだろう。
やることは看板を立てるだけだが、確かにここに住んでいるのだという気持ちに、改めて切り替わるのかもしれない。
騒ぎが落ち着くと勇者は尋ねた。
「皆さんおそろいでいずこへ」
「木材を運びにいこうかと思いましてね」
「作業場兼物置はあったら便利ですからな」
「材料が揃い次第に建てられるよう、少しでも運んでおきますよ」
さっそく動いてくれるとはありがたいことだった。
既に村の方へは、木材の一部を平地へ回すと伝えてある。
勇者は頷いた。
「そうか、助かるぞ。坂ではくれぐれも慎重に頼むぞ。決して転がして上に跳び乗ろうなどと考えてはだめだ楽しそうだが命が危ない。ではまた後で会おう!」
意欲に燃えている彼らを見て、勇者は満面の笑みを浮かべる。
勇者なりに気合で色々と考えているが、提案する時点ではそれが良いかどうか、合ってるか間違っているか、必要か不必要か、時期は最適かなどなどを知るのは難しい。
自らの案が、彼らに必要なことだったと感じられたことが嬉しかったのだ。
勇者は真っ直ぐに平地を走りぬける。
時には障害物を飛び跳ねて避けつつ走った。
目的地は、海の道海岸だ。
勝手にそう呼ぶことにしたのだ。
「ふぅふぅ……久々に、はしった気が、する腹が痛い」
そろそろ鍛錬し直すべきかとぼやきながら、背ほどに高い岩礁の上へとよじ登った。
札を立てる場所を見定めるためだ。
今は潮が満ちているために、狭い砂浜部分は浸かっている。
勇者が立っている岩礁の側にも、波が叩き付けて泡を作っていた。
平地側を見渡す。
北側は、分厚い岩壁によって大海とは遮られている。
この辺はそこまで高さはないのだが、丘のある東へ向けて徐々に高くなっていく。
多少地質が違うようにも見えるが、川のある岩山とも連なっているようだった。
さらに東へ向かうと岩棚とも繋がり、山並みを作っている。
急斜面の岩壁だから、確かめることはできないが、かなり広大に思えた。
広くなければ川もないだろう。
平地側の水の問題はどうなっているのかと思っていたが、ごつごつした岩の合間を縫って、小さな滝のように流れ落ちている場所があった。
落ちる水が岩盤を削ったのか、足元は丸く浅いくぼみがある。
そこからあふれ出した水は、岩壁と地面の狭間を海へと流れている。
そう離れてはいないのだから、村近くの川と水源は同じような気がした。
勇者は平地の真ん中を突っ切ってきたが、まともな道はまだない。
外から訪れた者を南へと誘導するため、ここから森伝いに、多少整えた程度だった。
以前に領主集会で木こりさんが提案したことだ。
勇者は海の道から南方へと続く地面を目でたどる。
「今のところは、歓迎できる施設はないからな。施設か……」
(ここに宿を建ててー旅の御供グッズ店を開いてー、お食事処なんかもあれば最高かな!)
勇者の思考は、夢の領域へ突入しかけたが、慌てて追い払う。
「南側への誘導も兼ねて、こっち側に立てておくか」
勇者は、岩礁から飛び降りた。
海岸から一段高くなっている場所まで移動し、森へと向かう道筋のそばにある岩に目をつけ、側に刺し込む。
少し離れて、文字が海の道方面へとしっかり向いてるのを確認すると頷いた。
「ぐふ、ふふふ」
思わず含み笑いを漏らしながら、丘へと駆け戻った。
勇者は竃を横切り畑へ向かっていたが、響くがなり声に足を止めた。
タダノフ領からだ。
何事かと思ったが、タダノフの下にも人手を用意したのを思い出した。
つい、足はそちらを向く。
様子を見るのも領主の勤めだと言い聞かせて、勇者は踏み込んだ。
「まだまだいけるはずだろぉ、こうだよ!」
タダノフは手刀で、地面を裂いていた。
即座に立ち並んで見ていた男達は唱和する。
「無理です!」
全くだ。
勇者は、話しかけるのをやめてこそっと後退した。
「あっ勇者領主さん!」
「助かった!」
(しまった、俺様としたことが迂闊)
勇者は怯んだが、仕方なく進み出た。
「おっソレスも参加するの?」
「残念だが命が惜しいし俺様にはまだやるべき事があるのだ遠慮する」
勇者も即座に断る。
「なにか言った……まいっか、何か用事」
「いやね、ええと、そう。視察して回っているのだよ。何か必要なことはないかと思ってだね!」
言いつくろいながら、慌てて辺りを見回した。
「ううん、どうかな。今はこいつら手下を鍛えるのに手一杯だから、まだわかんないね」
なんと憐れなことに、タダノフの手下と認識されてしまったようだ。
彼らは涙目で勇者を見ていた。
「そ、そうかね。あまり生き急ぐことはないぞタダノフ。一歩一歩着実に進めてくれて構わないぞ。からだだいじにな!」
手配したのは勇者だ。
少しばかり胸が痛み、どうかタダノフが手加減しますようにと口添えした。
手下達は崇めるように勇者を見た。
話題を避けようと、見回して気が付いたものへと顔を向ける。
「あーあれはなんだねタダノフ」
小高く盛り上げられた土の山を指差した。
山といえどもなだらかではない。
砲撃でも受け止めたのか、ぼこぼこと至るところが抉れている。
ここはタダノフ領だ、もちろん拳の跡だろう。
そしてぽつぽつと、木の根が飛び出してみたり、大きな葉が突き刺さっていたりする。
訓練施設か何かだろうか、ならばどのような特殊な鍛錬方法なのかと、勇者はわくわくした。
だがタダノフは、機嫌を損ねたらしく頬を膨らませた。
「なんだいソレスまで。見りゃわかるだろ、畑だよ」
「え……」
タダノフの背後から、青褪めた手下達が両手をふっている。
その話題には触れるなということだろうか。
タダノフがくるっと後ろを振り返ると、手下達は両腕を振り上げたまま固まった。
手下達は叫ぶ。
「い、いぇーい!」
「なに、闇討ち?」
「とっとんでもねえです!」
手下達はぶんぶんと首を振って否定している。
彼らの犠牲によって、勇者は危ういところを救われたようだ。
君達の忠告を無駄にはしないと、勇者はタダノフの意識を手下から引き剥がす。
「タダノフよ、畑なのは分かっている」
なんだ畑かと残念に思ったくらいだ。
「畑について分からないことは、頑固畑さんに相談するんだぞ」
勇者は、離れた場所でのんびり草むしりしている男を示した。
「もちろんだよ。分かんない事を分かったふりなんて最悪のことだからね。その畑師匠から、まずは土をどうにかしろってお達しなんだ」
「畑師匠……うんそうか分かった。頑張ってるようで安心したぞ」
「さあて、あたしは訓練に戻るよ」
タダノフは得意げな顔で手下達の前に立った。
「いいかい、このソレスはあたしの訓練にも付き合ってきたんだ」
「えー嘘っまじですか」
「こんな化け物が他にもいるとは……」
ひどい言われようである。
いくら勇者でも、人の域を超えるのは容易ではない。
タダノフほどは到達できないだろうと踏んでいた。
「それでいてぴんぴんしてるだろ。あんたらだって見込みある筋肉持ってる。死にゃあしないよ!」
「い、いぇす筋肉!」
どうやら勇者の忠告はタダノフには届かなかったようだ。
「邪魔したな!」
勇者は静かに敬礼した。
(すまぬ、同士よ。俺様は先に行く)
鍛錬し直そうかなと思いはしたが、タダノフ式は十分なのだ。
勇者は風のように身を翻していた。




