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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第五十二話 一方その頃マグラブ領では

 薄暗い部屋の中、窓際に立つ男の姿だけがぼんやりと浮かびあがる。

 日は射しているが、石造りの屋敷には小さな嵌め殺しの窓があるのみで、部屋の隅まで光は届かない。

 男は鍛え上げて引き締まった体躯に、鎧を着込んでいる。

 柔らかい革の下地の上に、肩や胸、喉元といった部分を、硬い革を数層重ねて縫い付けてある分厚い鎧だ。

 似た構造の部位は、手の甲や足先まで覆っている。

 飾り気のない武骨さだが、男はその見た目に似合わない静かな挙動で、手紙を開いた。


 この国では一般的な濃い茶色の髪は、短く揃えられているが、癖が強くあちこちに跳ねている。

 視界を邪魔するわけではないが、男は苛立たしげに髪をかきあげた。


「相も変わらず気楽なことだ。このような状況下だというのに、ふざけた文を書く」


 男のよく通る声は、普段よりも一段低かった。

 手紙の内容に呆れたからだが、それでも静かな執務室には十分に響いた。


 もう一度、目を手元に向けて字面を追う。



『元気かコリヌン。父だよ。

 急に屋敷を後にしてしまったことには申し訳い気持ちを抱いている。

 しかしこれも、領地を完全に任せられると、お前を信頼してのことだ。

 お前が幼い頃は、仕事にかまけて寂しい思いをさせたと後悔している。

 遅まきなれど、これからは時間がある。

 新たな地で、父は立派な茶畑を手に入れてみせる。

 いずれ交易ごっこをして遊ぼう――』



 手紙に書かれている名は、読んでいる男のものである。

 コリヌン・マグラブ――このマグラブ領の現領主である。


 呆れた手紙の主は、前領主であり父である、コリヌからもたらされたものだ。


 コリヌンは四角張った厳つい顎を引き、それ以上は読むに耐えられんとばかりに、手紙を机へと落とした。

 その手は宙で一旦止まり、側にある別の書状を持ち上げる。


「真に問題なのは、こちらか」


 先に目を通していたが、改めて流し見る。

 内容を吟味しつつ思考を巡らせた。





 父が向かった新大陸へ、連合国中央から早々に役人が送り込まれた。

 登録係などと取り繕っているが、徴税官だろう。

 その役人は無理な税率を定めたという。


 珍しくはない話だった。


 日々を生きるだけで精一杯の糧しか手に入らない集落などが、私腹を肥やしたい役人らに狙われることが多い。

 父の代になるが、領内でも発覚して罰したことがある。

 幸いその後に、こういった不祥事はない。


 しかし、不審な状況だ。

 移住希望者を募り送り出したのは、中央主体の政策だった。

 そこで選ばれた役人が、個人的な欲求を隠さずに動くなど考えづらい。


 新たな大地には、働く意欲に溢れた者が集っているはずなのだ。

 しかも未知の場所へと移住してまで開拓に挑む、不屈の闘志を持った――愚か者達だ。


 無理を通せば、簡単に蜂起するだろう。

 なぜあえて挑発するようなことをするのか。

 まるでわざと争いを生もうとしているようだった。




 コリヌンはそこまで考えて、状況は違えど不思議でもないことだと残念に思う。

 単に追い出す理由作りである。


 コリヌンは一呼吸おき、自らが手がけた西の開発地域を思い浮かべた。

 その進行具合と比べてみるに、まだ何も進んではいないだろう。

 収奪するにはいささか早すぎるのではないかと思える。

 しかし隊商民族主体の中央のことだ。

 必要と思うか利があるとするなら、争いに発展すれども臆すことはないように思えた。


 だが、そんな暇や余裕はどこにあるというのか。


 それは、ここのところ心労をもたらしている原因に関係することだ。

 コリヌンは意志の強そうな太い眉をひそめた。

 嫌でも気持ちは沈み、目蓋の下では茶色の瞳が黒く翳った。




 砂漠側諸国との小競り合いは、頻度が増しているという。

 その争いを治めるだけでも手一杯のはずなのだ。


 元は小規模な民族同士の集まりだ。

 防戦のための軍事協定のために連合国と成ったのだが、最近は不穏な噂が耳に入る。

 守るふりをしながら、敵方を煽っているという風聞だった。


 先日それを裏付けるような、兵員の増加要求が届いた。

 当然それに伴う、必要な物資量も増える。


 国策でもある開拓事業を、マグラブ領は担っている。

 土地はあれども、人が少なく痩せた地の多い国だ。

 急に物資を増やせと言われて、即対応は出来かねる。


 それがコリヌンを悩ませていた。

 中央は一時的なものだなどと言い訳しているが、何を企んでいるのかと思わないではいられなかった。


 もっともここは、戦地はもとより中央政府からも遠く離れた北端の地だ。

 詮索したところで、たかが一つの辺境領に何ができるというものでもない。


 このマグラブ領が属するノスロンド王国も、中央とは距離を置いている。

 先王の時代から、王国は息を潜めたように野心を見せることなく静かに暮らしていた。

 とても戦場の英雄が興した国とは思えない。

 恐らく、解体の口実を与えないよう動いているのだろう。




 思わず身近な心配事へと思考は泳いでしまい、コリヌンは溜息をつく。

 今はこの手紙のことが最優先だった。


(さて、どうするか)


 目下どうするかは、決まっていた。

 至急、王城へと報告する義務がある。

 そもそもの問題は、この書簡が、添えられた二つの書簡を王へ届けて欲しいという願いだったからだ。

 一つは王へ、もう一つは中央へ。

 糸で縫いとめられ、中身は見えない二つの書簡を、じっと見る。


 コリヌン宛の手紙には、その中央への書簡を差し出すのに、ノスロンド王の口添えが得られないかというものだったのだ。

 身分を弁えない行為ではある。


 だが、特殊な立場であることは理解していた。

 新大陸の新領地であり、直接属する国というものは定まっていない状態である。

 臨時で中央の管理下として置かれているのだろう。

 後に、正式に定住が認められれば、改めて合議にかけられるはずだ。

 その場合、順当であれば管理する領地と領境を接する、我がノスロンド王国へと依頼がある可能性は高い。


 そういった状況下だと、先方も理解しているように見受けられる。

 急に土地を得て成り上がったからと、調子に乗っているような不遜さは伺えなかった。

 ただし、コリヌが助言している場合、真意は分からないだろう。




 コリヌンがどうすべきかと策を思いめぐらしているのは、こちらでも対策を講じておかねばならないのではないかと考えたからだ。

 しかし余り考える猶予はない。

 伝令の移動時間を考慮せねばなるまい。


 コリヌンは、黒く艶のある重厚な机の引き出しを開いた。

 真新しく手間隙をかけて作られた高級な紙を、その中から取り出して、そっと机に乗せる。

 すでに伝令は待機させている。

 証明を兼ねて報告をしたためようと、羽根ペンを取った。


(ノスロンド王はどう出るか)


 この書簡自体を国はどう捉えるのか、流れに身を任せるしかないのかと、コリヌンは苦渋の色を浮かべる。

 もし、これが伝える懸念が現実となれば、新大陸へは制圧部隊が出される。

 その構成は、中央からの小隊の下に、討伐目標のある場所が属する地域か最も近場の地域から兵を出す。

 そういった盟約だ。


 新大陸へと渡る道の開通した東端付近は、ノスロンドの管轄とされているが、厳密に言えば領土ではない。

 特に旨みのない原野だ。

 管理のための巡回に莫大な人員と時間を取られる。

 中央から押し付けられたのだ。

 ノスロンドの国力を削ぎ、動きを封じる方策でもあるだろう。


 そしてマグラブ領は、ノスロンドの北西端に位置する。

 海の道は北東の端。

 近くに小さな自治領がある。

 当然、そこへ人員を出すように通達があるだろう。

 本来ならば、ここから人手を出す謂れはない。


 コリヌンは、もっと上手くやれと、心で己を叱咤する。


(そうだ、理由はある)


 コリヌンは書簡を見る。

 わずかな逡巡の後に、結論をくだした。



「私も出る」

「ハッすぐに用意します!」


 黙って待機していた兵は、直立のまま返事をするや部屋を出た。

 駆け出す足音が遠ざかるのを聞きながら、ペンを置き便箋を片付けた。

 腰元の剣を触れて確かめ、件の書簡を手に取る。

 最後に裾の長い外套を手にすると、部屋を出た。





 領内でも特に強靭な馬が三頭、門前に並んでいる。

 側には二人の兵が待機していた。

 伝令と、書簡をもたらした父の護衛でもある男だ。


 コリヌンは誰にというのでもないが、声をかけた。


「父が不和に巻き込まれようとしている」


 即座に父の護衛が答えた。


「だから、兵はこちらから出したいと」

「そういうことだ」


 コリヌンは馬の頸に手をかけると、その背に装備で重い体を、地面を蹴り勢いをつけて引き上げた。

 今や伝令はコリヌンだ、伝令兵は護衛として後方に付いた。

 その隣に父の護衛が並ぶ。

 コリヌンはちらと二人を見て頷くと、前方を向くや膝に力を入れた。




 馬が一歩を踏み出すと、コリヌンは再び書簡について考えていた。


 内容自体は、その経緯の詳細のみが羅列されていただけだ。

 助けを求めるでなく、弁解するでもない。

 あくまでも、客観的な判断を望むという体裁のつもりだろうか。

 もっとも本当の望みは、開封の出来ない二つの書簡にあるのかもしれない。

 しかし、口添えを頼みたいならば、隠すだろうかと考える。


 今度は内容以外に目を向けた。

 書簡そのものの意図は何か。


 文章の筆跡は父のものだった。

 文末にも父の署名はあるが、さらに下の署名は初見だった。

 大きく、勢いと力任せで書かれた豪快な字。

 その者こそが、この内容に責を持つということを表している。


(ノンビエゼ……聞き覚えがある。会ったことはないが、父と行動を共にしていると、館の者が話していたな。確か、下らん遊び仲間だったか)


 その輩は領主もどきの一人だろう。

 父にこれを書かせたのは間違いないが、最後に署名のみ。


 今こそ気の抜けた雰囲気をまとっているが、仮にも過酷な開拓地域の領主だった。

 しかも現在と違い、南側ほどではないにしろ、砂漠側の強襲も度々あったのだ。

 そんな時代を生き延びた男が、得体の知れない町人に従っているとでもいうのかと訝しく思う。

 それとも、これさえお遊びの一つなのだろうか。


 一体どんな人物なのか。

 ただの遊び仲間と侮ってはならない。

 そんな気がして、コリヌンは気を引き締めた。





 三日後の朝、コリヌンは館に戻っていた。


「本当に、あの者達を追い払って良かったのだな」


 コリヌンは、伝令を海の道近くの町まで走らせた。

 父の護衛が仲間を待たせているという。

 彼らを戻すためだった。


「はい。今は大切な時期なのです。私の一存で、余計な混乱を招きたくはありません」

「それこそ、余計な混乱を招こうものを。今さらか。すでに事を起こしてしまった」


 コリヌンは暗い執務室の小窓から、門周りを眺めていた。

 父もよくこうして立っていたことを思い出した。

 後は、王命が下るまで待機するしかできない。

 苛立ちまでもいかない気持ちを、父もこうして飲み込んでいたのかもしれない。

 そう思うと、自嘲の笑みを浮かべていた。



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