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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第五十一話 勇者、城下町を作る

 勇者は手すきの領民達を集めて、村から丘の上へと木材の移動を開始した。


 竃とは反対側、お城ちゃんの背後に山と積まれていく。

 勇者も作業しながら、その様子をにこやかに眺めていたが、ふと真顔になった。


「そうだった俺様としたことが……」

「何か問題でもありましたか」


 族長は不安になって、崩れそうでないかなどを改めて確認した。

 だがその心配は無用だった。

 勇者はうろたえながら城の柱に縋りついたのだ。


「これはその、ちっ違うんだお城ちゃん……! 素敵な装備を整えてあげようと思っていたことを忘れ果てていたなんてことはないのだよこれっぽっちもな。懐が厳しいのだ、しばし、しばし待たれよ!」


 及び腰で女の足元に縋るような情けないその姿を、族長と行き倒れ君は呆れた目で見る。

 そもそも雌と認識するというのもおぞましい。


「おかしいっすね。確か身内だから気を使ってないとかノロマさんは言ってたすけど」

「えぇ……もしかしたら領民もそれだけ信頼を集め、いや違うでしょうな。それだけ狼狽する何かに気がついたのでは」


 行き倒れ君はどうせ碌なもんじゃないだろうと思ったが、鬱陶しいので意を決して声をかけた。


「勇者さん、何かあるんなら言ってくださいっす。作業に差し支えるんで」


 勇者ははっとして引けた腰を伸ばした。


「おうそうだった。行き倒れには助けられてばかりだな。作業中に意識を刈られるなど危険極まりない。ふっ俺様もまだまだ修行が足りんな」


 何の修行をすれば特異な感性を矯正できるというのだろうか。


「ずっと倉庫を建て増したいと話していただろう。後回しになっていることを、誠心誠意、低姿勢で弁解していたのだよ!」

「そっすか」


 行き倒れ君は作業に戻った。

 その背を見ながら勇者は、聞かれていたら確実に逆撫でする言葉を発していた。


「俺様がかまわないから、すねたのかね行き倒れは」


 勇者としては、行き倒れ君専用の場所とするつもりであり、その確保を後回しにしている申し訳なさもあったのだ。

 もちろん、第一の理由はお城ちゃんと勇者だけの生活を夢見てだから、そんな勇者の労いたいという気持ちが行き倒れ君に届くはずもなかった。


 族長は困り顔で話しかけた。


「勇者様、どうしますかな。倉庫分の資材もお運びしましょうか」


 族長を振り返った勇者は少し考えて、否と首を振った。

 

「同時には手がけられん。またの機会にしよう」


 勇者と行き倒れ君のたった二人で建てられるならそれでもいいが、実際は皆の手を借りるのだ。

 より多くの者に有効な方を優先すべきだろう。

 しかしそう憂えることはないと、勇者は明るい気持ちで答えた。


「誤差みたいなものだ。すぐに追いつくさ」


 色々と気がそがれながらも、勇者は予定通りに事を運ぶ。

 体力だけは有り余っているのだ。

 妄想から有益な案を見出せるかもしれないと、時折中断しつつも、気合と筋力で巻き返していった。




 そうしてこれまた予定通り、午後になると勇者は平地へと急いだ。

 さっそく共同の作業場について、大畑さん以下働き手にご意見を伺いたかったのだ。


「農具類の手入れ場所なんかは、一箇所に決めておくのは便利そうですな。どうかね鍛冶さん」

「だったらその側で働けるといいだろうね」

「あたしゃ縄や袋を増やしたいと思ってるんですよ。作成場所と置き場もありゃ皆助かるんでないかしらね」


 そんな希望やら意見を聞いて、勇者は笑顔で親指を立てた。


「それ採用!」


 大畑農地の中心あたり、丘寄りに建築場所を選定した。

 城から少しでも近いほうが楽そうだと、姑息にも思ったからだ。


 この件はひとまず、これで終わりだ。

 現在は道を作り始めたばかりで、すぐには材料が揃いきらないことを伝える。

 しかし、重いものだ。明日から少しずつの運搬を頼むことにした。


 思い通りに予定を消化出来ると、満足感が違う。

 晴れ晴れとした気持ちで戻りかけて、もう一つの重要な件を思い出した。


「すっかり忘れてたぞ諸君! 俺様はこの辺りを町にしたい、なんと驚きの城下町にな!」


 領民達は唖然としていたが、すぐに和気藹々と騒ぎ出した。


「名物品なんか作ってぼろもうけしちっゃたりしてな。がはは!」

「あら勇者饅頭とか作ってみようかしらねぇ」


 楽しげに皮算用する領民に、勇者は自然と頬が緩んだ。


(なんと素直な! そうさ、俺様が求めていたのはこの反応なのだよ。最近は仲間達がいささか冷たい気がするのだ……)


 勇者の妄想や奇行にドン引きなことや、いい加減一々驚いていたら疲れることを、仲間達は学んでしまったのだった。


「それでは良い塩梅の名前をこさえてくるから、期待していてくれたまえよ!」


 勇者はうきうきと城へ戻った。





 あれこれ片付けを済ませて、竃を囲む頃には、勇者のうきうき気分は消えていた。


 勇者は石に座り込み、膝の上に紙束を置いたまま、うんうん唸っていた。

 膝に両肘をつき、鼻の下に木炭を上唇で支えて挟んだままなので、妙な振動音が耳障りである。


「紙を無駄にしないでくださいよ」


 鼻から木炭を引っこ抜かせようと、行き倒れ君はお小言を浴びせた。

 勇者がちょうど紙を無駄に使いすぎたかと気にしていることを知っての狼藉だ。

 当然勇者の唸りは、「ヴ」と言って止まった。


「なにを悩んでるのさ」


 タダノフはさして興味なく聞いてみる。

 興味は全力で椀の中身に夢中だった。

 元釣り領主さんが魚をお裾分けしてくれたことで、いつもの野菜汁に磯の香りが花を添えているのだ。


 勇者は既に、飲むように平らげていた。

 器用に口から骨を弾き飛ばしていたのは不思議な光景だが、勇者は大抵さっさと食べ終えてしまう。


「お城ちゃんに素敵な城下町を捧げようかと決めたは良いが、名前がとんと浮かばん」


 そんなことを言っていたなと皆は納得する。


「ソレス殿のネーミングセンスはちょっとばかりあれですからなー」

「ノロマほどではないと思うが……いいだろう。ならば聞こうではないか、貴様のお名前センスとやらを」

「ふふふたまげますぞ。そうだなあ」


 わくわく顔で、ノロマは持参した武器《本》を見つめた。


「呪いに頼るのか腰抜けめ」

「まじなっ、こほん。かく乱しようなどと、その手には乗りませんので。ただ集中してみただけですよ」

「なるほど。やっぱり遠慮する」

「そうですな、絶望穴倉町(デスペレイト・アビス)なんて脳の奥底から何か痺れる感じがしませんかって、えっ」

「ノロマもそう思うだろう。やはり自分の頭で考えねばならんな!」

「あんまりだ!」




 ああだこうだ言い合いながら、勇者はがさがさとした紙に木炭を走らせた。


「まあいいかこれで……」

「遭難村よりひどい名前はやめてほしいもんですが……いいや勇者様はやればできる子!」

「照れるではないかね、期待しすぎだ族長。さてとお名前は、城下町オルテフエル! これ決定なり異議却下!」


 勇者は名前を書いた紙を掲げて見せた。

 場は少し静まるが、ほっとしたためだった。


「あれ意外とまし、いえ良い響きではないですか」


 族長は響きがましなだけでも満足だったが、コリヌは一応つついてみた。


「勇者よ、念のため意味を聞かせてくれませぬか」


 わずかに勇者がたじろぐ。


「えっ。そんな大した意味はないというか、素敵なことだというか……」

「意味が分かんないっす」

「もっ物事の価値とは人によって幾千の顔を見せるものだろう!」

「まともそうなこと言って、はぐらかそうとしてる顔だね」


 不審な目でちくちくとつつかれて、勇者は仕方なく白状した。


「故郷の方言で、柵がいっぱい! という意味だ。それだけしっかりとした館を持つのは大変な苦労を伴うものだからな」

「……おかしいな。やっばり結構まともだね」

「何がおかしいとか胡散臭いとか不審なのだね。タダノフが俺様の故郷の方言の何を知ってるっていうんだい」


 因みに「この成金風情が!」と揶揄されるのにも使われる、ひねくれた言い回しであった。

 そこだけは意地でも口を噤む勇者だ。


 しかしそれ以上の詮索はなく、コリヌも頷いていた。


「ふむ、オルテフエル。その意味もあいまって、なにやら色々増えそうな響きではありますな」

「ふふん、そうだろう。俺様もそう思っていたところだはっはっは!」


 その後は楽しげに、それぞれが本日の作業報告を交わして過ごした。

 一人、行き倒れ君だけが微妙に疲れた表情である。


(また看板作りで夜更かしするんだろうな……)


 またがりがりしゃくしゃくと木を削る音で、睡眠を邪魔されるのかと思うと、少し気が重くなるのだった。



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