第五話 属性付き補助装備
勇者は、領地予定地を、もうちょっとよく探索することにした。
なんせ到着時は完徹能力の限界で、よく見えなかったし、その後は今朝までぐっすり眠っていたのだ。
「この辺の警備を任せたぞ、コリヌ。斜面を登ってくる輩は、魔王の手先と思え。腰を低くして、丁重にお帰りをお願いするように。頼んだぞ」
因縁をつけられると困るからなと、先々のことまで気の回る勇者であった。
「おお、勇者よ。お任せあれ!」
コリヌの頼もしい返事に、妙な敬礼で返した。人差し指と中指だけを伸ばして他は握りこんだ手を、目の上に翳す。
よく分からないポーズだが、荒野の酒場で見た男がやっていたのを、真似してみたいと思っていたのだ。
笑い転げるコリヌに背を向けると、歩き出した。
(そういえば、結構物騒な地域の領主だったのだな。ゆるふわに見えて、血の気が多かったらどうしよう)
息子に継がせたとはいえ、あっさり国外に出てくるような考えなしの男だ。
勇者の心配も尤もだった。
登ってきた方とは逆の斜面に分け入り、奥の細道をゆっくりと進む。
勇者が寝ている間に、タダノフが作ったものだろう。
草木が根っこから折れている。
(便利な人間重機だ。俺様より立派な筋力は妬ましいが、上に立つものが全てに手を下しているようでは、ままならぬよな。これからは、りょ領主様になるんだもんね!)
そうして勇者は、斜面の中腹へとやってきたのだ。
一段と鬱蒼とした繁みの奥から、清涼な空気が漂っていた。
「なんと、素晴らしい!」
さほど大きくはないが、渓流を見つけたのだ。
北側には岩肌の山が立ちふさがる。その山と繁みの間を挟まれるような流れは、耳に心地よい軽快な水音を立てている。
天然の楽団へと心で賛辞を送った。
(ブラーボォ! こんな近場に川とは、完璧な立地ではないか)
勇者は胸を打たれつつ、腰にぶら下げていた小さな鍋を取り外すと、恭しく水を掬った。
見目麗しいからと、いきなり口を付けるほど愚かではない。
小心者能力を遺憾なく発揮することに、戸惑いはない勇者だった。
その場で湯を沸かし、重ねた布の上から濾して竹の水筒へと詰める。
(あっ水を気にしなくて良いのならば、お粥が食べ放題ではないか!)
急いで、勇者領コリヌ砦へと戻った。
すでに勇者の中では家来とされている、哀れなコリヌであった。
「おお勇者よ、無事に戻るとは何より」
「そっちは……平和そうだな」
コリヌは、濃緑のローブを脱ぎ、絨毯の上で日向ぼっこしていた。
「まあいい。喜べ、川を見つけたぞ!」
「それは朗報ですな!」
「やっと水浴びできる!」
「洗濯できるな!」
「鎧から解放される!」
コリヌの周りで正座して、大きな葉っぱで扇いでいた護衛達も喜んだ。
(警備はどうした)
少しばかり、不安になった勇者だった。
「さあ、日が暮れる前にもうひと働きするぞ!」
「ええー」
文句を言う護衛含むコリヌに活を入れる。
「ちゃんとした飯が……食いたくないのか?」
「いぇっさーご命令を!」
一応は鍛えられた護衛達である。
起立し整列を成すと、シビアな現実と戦うために、一瞬で兵士の厳しい顔付きへと変えた。
「あのう一応私が主……」
勇者は、死地へ赴くが如くの男達へと、声を張り上げた。
「岩を砕いて炉となす。かかれ!」
きちんとした鍋を火にかけるため、場を整えてもらうのだ。
しかし意気込んではみたものの、岩を砕ける道具も力もない。
地面を均すのに取り除いた、その辺の石を護衛達は集めて丸く積み上げた。燃え易そうなものも、周りから全て取り払わせる。
最後に、枯れたような草を石の囲いの中心に、詰める。
「任務完了しました!」
勇者は緊張した手で、火打石を取り出した。
コリヌ一同も緊張に喉を鳴らす。
「これより点火準備をはじめます。作業員は速やかにこの場より退避。火打石用意――打ち鳴らします。点火、成功。燃料に着火。着火成功。煙が、上がりました」
煙がもうもうと立ち昇る。
「おおおおおお!」
「火だ、焚き火だ!」
「めしが食えるぞ!」
少し煙いが、ちゃんとした薪を用意する時間もない今は仕方ない。
「火の番を頼むぞマジで! 山火事なんて起こったら飯はないからな!」
勇者は準備を整えると、両手で抱えるほどの大鍋を持って川へと走った。
水を汲み、中身をこぼさないよう慎重に運ぶ。
まずは持ち手付きの桶を作ろうと、心に決めた勇者だった。
「誰が芋を焼けと言った粗忽者共!」
人が苦労して運んでいるのにと、勇者はぷりぷり怒る。
しかし腹が減っているのは勇者も同じ。
苦労して鍋を置くと、荷物を漁る。
調理能力補助機能を有する、麻布で織った黄色みを帯びた割烹着を取り出すと装備した。
これを使えば、跳ね返る熱湯から身を守ることも容易い。
そして、食材へと手を伸ばす。
(食事は、君に決めていた!)
荷物を受け取ったら食べようと思っていたのだ。
勇者は麦粥を炊く。
家計簿には麦汁と書いたが、今日くらいは粥といえる比率で贅沢をしたかった。
第二の便利装備、木のお玉を手に、大鍋の中を慎重にかき混ぜる。
コリヌからせしめたこの麦を、早く食べたくて辛抱たまらなかった。
しかし、いきなりご馳走に手を付けたことにも理由があった。
勇者も、もう大人なのだ。
みんなが集まるまで、つまみ食いも少しは我慢する。
そうだ、勇者は大人の階段を登った。
(本日を持って、不肖勇者はめでたく二十歳と相成りました。おめでとう、俺様!)
いや、正確には夜が明けてからだが、麦粥を食べたい理由付けのためには、嘘も方便となるのだ。
勇者は、自身へのプレゼントとなった己が領地を、「信じられない!」といった気持ちで目を丸くしながら見回す。麦がほどよく煮えるまで、暇だからだ。
そこでは、夢に見た家具がシルエットを描く。
今まで粘り取ってきた品を見て暮らせる、大きな飾り棚がその目に浮かんでいた。
妄想は、リアルタイムで捗っている!
(これだけ広ければ、ベッドとかいう寝具も置けるな。巨大獣の毛皮に包まって、洞穴で寝るのも悪くは無かった。だが、コリヌの言にも一理ある。あまりにも、原始的すぎたのだ……いかん、悲しくなっては駄目だ。気持ちをあげあげ!)
輝かしい未来への展望に興奮冷めやらず、木のお玉を手に、頬を上気させる勇者だった。
だが、すぐに知るだろう。
夢も希望もなく、組織の机の隅に瀕死になりながらも齧りついて、自らを召還獣の如く契約で縛る枷をはめるのが大人の世界だということに!
今のところは、可愛らしい夢を見る勇者であった。
その様子をコリヌのじっとり視線が絡みつき、我に返ることになるのだが。
「あーコリヌ?」
「ハッ! 勇者よ、エプロンとお玉がよくお似合いですな!」
「割烹着とお玉だ。それはともかく、吹き零れないように、お鍋の番を頼むぞ。俺様は仲間を起こしてくる」
やはり交渉の相手を間違えたかもしれないと、不安に思い始めた勇者だった。
(タダノフにノロマめ。どこですやすや寝ているのだ。勇者一人で麦粥食べちゃうぞ)
日が傾き、景色を赤く染める。
タダノフの赤い髪が、見つけづらくなる時間帯だった。
ノロマはこの辺の枯れ草と大差ないし、面倒になる。
ふと物思いに耽る。
(気が抜けたせいか、本日の進捗具合は芳しくなかった。明日からきりきり働かねばならん。結構、俺様も動いたと思っていたが……)
そこでずっとコリヌの相手をしていたからだと気が付いた。
「なんて俺様はお人好しなんだぜ」
己の甘ちゃん具合に、反吐が出そうになる勇者だったが、即座に気持ちを切り替える。
完徹能力さえ使用しなければ、勇者もそれなりに頭が回るのだ。
今は目前の仕事を成し遂げるべく、行動する時だ。
「おーいタダノーフ、ノロマーご飯よー、降りてきなさーい」
勇者は捜索任務に徹した。




