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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第四十八話 勇者、畑を作る

 勇者は朝からわくわくどきどきしていた。

 久方ぶりの高揚である。

 拳を握り締め、目を閉じたまま悦に入っている。

 辺りからはひそひそと話し声が囁かれていたが、勇者の耳には届いていない。


 攫われた護衛その二君救出作戦も、一応は人を送り出したのだから、憂いてばかりいても仕方がないのだ。

 勇者は暗い気持ちをすっかり切り替えて、今日くらいは畑仕事に熱中する気満々だ。


「いよいよだ。とうとう、俺様の畑が本格的に稼動する日が来た。たったそれだけのことが、俺様を興奮のあまりちびりそうにさせる……」


 次の瞬間、緩んだ頬を引き締め、血眼をぐわっと見開く。

 ここのところ無駄な考え事が増えすぎて、夜更かしが続いていた為にまた目を赤くしていた。

 眼前には、この日のために集めた領民が並んでいる。


 勇者は、低く力強い声で同士に宣言する。


「精鋭諸君、本日はよろしく頼むぞ。さあ、耕作多面作戦――開始だ!」

「うぃーっす」


 勇者が地道にほじくり返した、黒々とした一面。

 己の領地であり、初の農地だ。

 せめて最初の準備くらいは、当初からの予定に沿って一人でやり遂げてみたかったのだ。

 色々と期限が厳しいので、これ以上の先延ばしは我侭となるだろう。そう思い、この辺で大人しく手を借りることにしたが、ひとまずは満足していた。


(こいつだけは誰にもやらせねえ、のだ。なあ、大地精霊師匠よ――そろそろ決着つけようぜ)


 そんな物語を胸に、長いこと一人で戦いぬいて来た跡地だ。

 仮想の師匠だったり敵である大地の精霊も、そろそろ堪忍してほしくて「ぬぅん、我が宿敵と認めようではないか」とか思っているはずだ。




 勇者がうっとり回想している間にも、その真新しい畑達は、種を蒔かれるべく準備が整えられていく。

 さらにプロトタイプ畝からだけでなく、別に育てていた苗の植え替えも行うのだ。


 勇者は苗の植わった平たい木箱を、担当の者へと渡していく。

 同様に忙しく立ち働きながら、行き倒れ君は勇者に聞かせるともなく語りかけた。


「これでようやく城の中も片付くっすねー」



 だが勇者は、その言い分に真剣な面持ちで異議を申し立てる。


「貴様は何をほざいているのだ行き倒れよ。俺様のお城ちゃんは常に整然として麗しい」

「……棚の話っす。下段の二列以外は、天井まで苗でわんさか埋まってたじゃないっすか。内だか外だか分かんなかったっすからね」


 勇者は喉を詰まらせた。

 しかしと掴んだ苗箱を見つめる。


(これは勇者とお城ちゃんとの愛の結晶なのだ!)


「ぐぬ……仕方がなかろう。日当たりが最もよく気温が安定し、しかも風通りの良い場所といったら、全てを慈しむような包容力を持つお城ちゃん付近以外に相応しい所はなかった!」

「あーわかったんで仕事してくださいっす。日暮れ前にはあらかた終えたいっすから」

「なっ行き倒れが邪魔するからじゃないか」


 そんないつもの言い合いをしつつも、勇者達は心なしか軽やかな動きで作業を進めていく。

 今は普段と違い、背景に人のざわめきがあるのだが、そのことに安心感を感じていた。

 喜色を浮かべつつ、勇者は額に汗して働くのだった。




 昼に休憩時間を設けたものの、勇者が思ったよりも随分と早く作業は進んでいた。

 さすが元小作人を中心に集めただけはある。手馴れているのだろう。


「勇者さん、こんなもんでしょかね」

「こっちも大体は済みました」


 次々と勇者の元へと終了報告がもたらされ、それに胸を熱くしながら頷いていく。


「うむっご苦労だった!」


 皆が後片付けなど取り掛かる中、勇者は足を止めて全体を見渡した。


「ふぅ……なんと充実した一日よ。この心の奥底から這いのぼって、にじり寄る温かな気持ちは何事にも代えがたいものだな」

「這い……不穏な温かみもあったもんっすね」


 思わず心情が漏れ出てしまったのは、なんともちぐはぐな畑が出来ていたためだった。

 計算して位置を調整したのではない。

 幾つかの畑が妙に曲がった位置と角度をもっており、周辺の畑はそこを避けるように削られて、無理矢理に並んでいた。

 原因は分かっていた。

 勇者の引いた線が、斜めっていたのだ。


「鬱陶しい顔はやめてください。まだみんな働いてるんすから」

「うぐぅ、それもそうだな」


 気が付けば勇者は、眉間に皺を寄せて目を細め、下唇を思い切り噛んで渋い顔をしていた。

 泥だらけの手で頬を引っ張って伸ばし、強張った面の皮をほぐす。

 次に両腕を腰に当てると、上半身を仰け反らせた。


「はっはっは、だ! まあ色とりどりで面白いではないか、ああそうだとも!」


 植えてある物も違うが、それぞれの畑で堆肥なども変えてある。

 各畑の土の表面は、濃淡の違いとちぐはぐに組み合っていることもあり、まるで当て布で穴を塞いだ勇者の座布団のようである。


(そう思えば実に俺様らしいではないか)


 勇者はにっと口の両端を引いて笑顔を作る。


「ぎゃっ」

「まぶしいっ」


 ちょうど傾きかけていた日を歯に受け乱反射した。


「いつも俺様の笑顔にときめかれるのは気恥ずかしいものだなはっはっは」


 行き倒れ君も、そんなんで済むか一々変な技使わないで欲しいっすなんてことは、もう言わなかった。


 皆は一瞬目を閉じたために気が付かなかったが、勇者はある変化を捉えていた。

 曇りなき笑顔を見せる際、目を細めているから、光の被害を最小限に抑えられるのだ。


 勇者の目に映ったのは、畑全体が反射し返した光だった。

 まるで硝子の平面を日の下で傾けるように。

 それはほんの一瞬のことだ。


(なんと素晴らしい光景だね。俺様と畑を、お日様が祝福してくれたようではないか!)


 勇者の暢気神経細胞は、眼前の異常を全力で幸福成分へと昇華せしめた。

 天にも上るふわふわ心地で、勇者の高笑いはとどまる所をしらないかのように、響き渡っていた。


 残念なことに、勇者のずれた感覚では、それらを異変とは感じられなかったのである。



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