第四十七話 宙を行く
「えぇと、本日はノスロンド王国マグラブ領行きコリヌの幌馬車にご搭乗いただきありがとうございます……」
御者台から、野太いアナウンスが響く。
勇者以下仲間達は、馬車の背後に立って彼らを見送るべく、海岸沿いまで出向いていた。
勇者は下唇を噛み締めながら、腹立たしいほどに冷淡なその声を聞いていた。
無常感にひたっていたから余計にそう思えるのだろう。
どうにも解決策が浮かばず、もう一度、屈強班を送り出すことに決めたのだった。
勇者は、馬車の側に並び立つ屈強班の面々を見る。
前回、隊を率いてくれた護衛その二君はいない。
代わりに事の詳細を最も話してくれた男を班長に任命し、遭難村から一人増員した。
また護衛君から人を出すわけにはいかないだろう。
同じようなことが起きても困るのだ。
(この件を人任せにして良いものか。やはり俺様が向かうべきではないのか。まあ俺様の領民なんだから完全な人任せとは言い切れまい。いやいや詭弁だろうよ。そんなことないもん)
「あのう、目を回してますが大丈夫ですか」
「はっ! 問題ないさ、ないとも」
勇者の心はなかなか思いきれないでいた。
話し合いによってこれが最善だろうということになったのだから、気を揉んでも仕方がないのだと自身に言い聞かせる。
昨日は長々と議論した。
全ての情報から、考えられる状況を洗い出すつもりで話し込んだのだ。
その末、現状ではどうしようもないと結論付けられた。
煽られたとか脅迫状が届くなど、実際の妨害行為があったわけではないのだ。
やられる前にやるにしたって、勇者達の連想ゲームに基いた行動など迂闊に取れるはずもない。
妄想は身内で話して楽しむに止めておかねば、本当に危ない人になってしまうだろう。
とはいえ、マグラブ領から直々に護衛その二君の手紙が届けられた、という事実がある。
例えば、懐かしくてちょっくら長居したいだけで、それが気まずかったとしても、護衛の心得として正直にそう書いてよこすはずなのだ。
様子を窺うことくらいはした方がいいと、屈強班に再度お願いした。
一度でも道に慣れた者がいいだろうと思ってだ。
「戻ったばかりのところを申し訳ない。次に戻った暁には、十分な休憩を約束しようではないか。どうか、頼むぞ」
「へっへまた町でだらだらでき……しかと承りました!」
屈強班は疲労の濃い色を見せる風に、重々しく頷いてくれた。
「言っておくが、今回は前回以上に大変な旅になるぞ」
「えっそうなんですか?」
「何を聞いていたのだ。マグラブ領まで向かってもらうといったのだぞ」
勇者はこの際、直接領主のお宅訪問しちゃおうと提案したのだ。
「ええっそうなんですか!」
「どんなとこかねえ。しけた町よりも楽しい場所がありそうじゃないか?」
「だらだらする暇もなかったりしてがっはっは」
屈強班も大変な任務に、気合一杯のようだ。
「ではコリヌよ。信任状をしたためてくれるかね」
「お任せあれ! コリヌンは元気に領主ってるかなあ。困ったことがあれば父の胸を貸そうではないか、ううむ押し付けがましすぎるだろうか……」
(誰だコリヌン。ていうかそれ息子の名前なのか)
「あーコリヌよ。お手紙は別につけなさい。まずは信任状からだ!」
「おっとこれは失礼をば。ついつい私情を優先させてしまいました」
まずは取次ぎの者に見せることになるだろう書状だ。
いきなり「コリヌンかいパパだよ!」なんて書かれていたら、即座に燃やされても文句は言えないだろう。
(取次ぎの者だって、いい歳した領主親子のあられもない愛情を見てしまったなどと知られては、職が危ぶまれると心配だろうからな)
信任状を持たせたところで、実際に面会が叶うかは向こうの立場次第だ。
それで門前払いされるならば、それが答えでもある。
なんにしろ、使いを出して無駄ではあるまい。
「手荷物は所定の木箱にお入れください。まもなく出発いたします。積荷の狭間に尻をしっかりと詰め込み固定してください」
御者の地響きのような声の振動が、勇者の意識を現在へと引き戻した。
気が付けば、屈強班は荷台に乗り込み終わっていた。
彼らは頭だけを、外へと向けている。
それに向かって勇者は、祈るように声をかけた。
「ごゆっくり荒地の旅をお楽しみください」
そして、馬車は走り出す。
潮が引いて現れた道の上だ。
ぬかるんでいるために水溜りが空を映し、宙を走っているようにも見えた。
勇者は力なく片手を振って見送った。
馬車が小さく遠ざかり、ぴゅーと風が吹きぬけたのを合図に、見送り勢は動き出した。
「皆の者、先に戻っていてくれたまえ。俺様はオーシャンビューを楽しんでくる」
勇者は一人思索に耽りたい気分だった。
「物凄い曇天に強風が吹きすさんでますぞ……」
「泳ごうなんて思わないでほしいっす」
「さすがにあたしも助けられないからね」
仲間達は不審げに勇者を見た。
「ええいちょっと一人になりたいだけだい!」
勇者が力んで告げると、だったらそう言えばいいのにとぶつくさ零しつつ皆は去っていった。
(なんたる薄情者たちよ)
自分から言い出しておいて、構われないとなるや内心文句を垂れつつ、勇者はぶらぶらと歩を進めた。
海の道へと続く付近は、暗い色の砂浜だ。
その周りは、木炭色のごつごつした岩礁が囲んでいる
勇者は高めの岩へと飛び移った。
ぽやっと考え事をしていて、気が付いたら潮が満ちていたなんてことになったら洒落にならない。
(人が行き来しやすいようにしたいなら、安全の為にこの辺の整備を進めた方がよかろう。さすがに気が多すぎるかな?)
両腕を組み、両足は肩幅まで開いて、やや仰け反り気味に立つ。
いつもの姿勢だ。
しかしいつもなら滲ませている不遜さはなかった。
岩礁を荒波が打ち据え、泡を作りだしてはたちまちにさらっていく。
勇者は、意に介すことなく、霞む海向こうの陸地を見つめている。
自然の険しさとは裏腹に、その佇まいは静かだった。




