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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第四十六話 お茶の間の暗雲

 遥々戻った屈強班から事情を尋ねるべく竃へ向かった勇者の前に、コリヌが立ちはだかった。


「例の物はは手に入っただろうね?」

「へい苦労しましたがどうにか」


 屈強班から返事を聞くや、コリヌは頭の側で手の平を二度打ち鳴らした。


「護衛よ茶葉を持て!」

「はっ直ちに!」


 コリヌの号令に、護衛君その一君は竃へ火を起こし、その三君は幌馬車へと走った。


「……コリヌよ、辛抱たまらん気持ちも汲むが、時と場合を考えてはどうかね」

「なんと、勇者よ何をおっしゃるか! 茶は頭も心もすっきり爽やかにキめてくれる偉大な飲料なのですぞ! 今喫せずいつ愉しむというのか」

「わ、わかったわかった。ならばささっと準備をしてくれ」


 そうして湯が沸くまでの間。

 木製の湯飲みを配ったりと忙しく動く護衛君達を、勇者達は所在なさげに眺める。


「こうやって熱々の湯で葉の表面を少しばかり湿らせてですな、布を被せて待つのです。葉がぶわあっと広がって匂い立つと、それっ今だと湯を注ぎいれる、そういった寸法なのですよ。その際には円を描くように優しくぐるぐると軽やかにですな……」

「もう終わったようだぞコリヌさあ注いでくれ!」

「せっかちですな。気が逸る気持ちは分かりますが」


 放っておくといつまでも語りそうだったコリヌの言葉を、勇者は断ち切った。

 少なくとも茶を啜れば口は閉じることになる。


「ほわわぁん。素晴らしい……久方ぶりのほわわん効果ですな」

「確かに幾分落ち着きはするが」


 やっぱりまだまだ語りそうだ。

 コリヌの様子に、何か怪しげな中毒成分でも含まれているのではと勇者は怪訝に思い、湯飲みを覗き込んだ。

 幾ら勇者が小心者能力を発揮しようとも、茶の成分など鑑定はできない。

 あまり睨むと妄想力から幻視してしまいそうだったので、屈強班へと意識を向けた。



 まずは彼らの旅の足取りを順に聞いた。


「何事もなく海を渡って順調に近くの町へ着くや、久々のシャバの空気に惑わされ、三日程だらだらして腑抜けていたと。地味な町ゆえ大した遊び場もなく、正気に戻ると慌てて手紙を手配した。その二君が自ら届ける領主あての手紙を出すため、馬主さん達へ馬を借りるべく交渉するも難航して馬で競争し、その二君が相手を降して屈強班は掛け金で懐が暖まる。そしてその二君を送り出した後は茶葉を買占めに走ったが、地元の食堂とひと悶着あって、数袋分けるはめになったり……えーなるほど、確かに大冒険だったようだな」


 勇者達は心情も交えて洗いざらい話して聞かせる、楽しげな屈強班達に忍耐強く頷いていた。


「おのれ食堂ごときが茶葉を欲すとは。所詮はお食事処の分際で!」


 コリヌの怒りどころを、勇者達は無視することにして、重要な部分を勇者は抜き出す。


「その二君をマグラブ領へと送り出した君達は、頼まれ物を集めて積み終えたりしたが、待てども戻ってこない。さらに数日ぼやぼやしていたところ、宿に手紙が届けられた。しかも、馬に乗った兵らしき者がもたらしたと」


 兵らしき者と曖昧なのは、連合国それぞれが違う格好だからだ。

 屈強班の皆さんの出身国とは、見た目が違ったのだ。

 そこでコリヌが特徴を聞き出した。


「ノスロンド王国の、しいては我が領地であったマグラブ領の守備兵の規定服と同じですな」


 どちらの使いだろうかと、勇者は考えた。

 眉間に皺を寄せているコリヌも、同じ考えに触れたようだ。

 はたして、王国とマグラブ領のどちらの使いなのか。


「そんな短期間で王都から到着するはずはない。現マグラブ領主である息子さんが、直接使いを出したのだろうな」


 本当は二人とも、マグラブ領からだと分かっていた。

 ただ、身内が敵対するのかと思いたくなくて、他に悪者はいないかと思っただけだ。


「使いを寄越したのは何故でしょうか」

「というか何故に留めおくので?」

「人質……なんすかね」


 それぞれが重い心の内を呟く。


「これじゃ何にもわかんないよ。手紙見たら、自分でなんとかするみたいな感じじゃん。あたしだったら偵察して回るね。人質にされそうになったら、迷惑料に餌を頂戴してとんずらすればいいんだし」


 全員がタダノフのように人間を超越してはいない。

 その二君は、考え無しの十代でも暢気な一般市民でもないのだ。

 一応は護衛の術を叩き込まれている。

 絶対とは言い切れないが、そんなお気楽な決断はしないはずだ。




 勇者は一通り聞いてから、己に問うように呟いた。


「じゃあ、なんだというのかね」


 皆は黙りこくってしまった。


 勇者も黙って思考の波間を走り回る。

 右足が沈む前に左足を出す。それで沈むことなく走ることは理論上可能なような気がしたのだ。


 気が動転して、思考が逸れていくのを修正する。


 まずは、コリヌが息子である現マグラブ領領主と話すのが、正道のように思う。

 しかし中央からの要請に関わることで、その二君を拘束しているとすれば、話の如何に関わらず解放は無理なのではないか。


 それに消極的な拘束ならば、顔見知りでもあるその二君を無碍な扱いはしないだろう。


 しかし、積極的に中央に協力しているのであればどうだ。

 領地の安泰のため、責任感を増しているならば、逆に領外へと出て行った父であるコリヌに対して憤慨していたとて責められはしない。


 その場合、コリヌ自身が向かえば藪蛇になる可能性もある。

 コリヌ自身に戦闘能力はない。

 そのままさくっと拘束されてしまうだろう。



 かといって勇者が向かえば、領内に問題が起こった時にまずいことになると思うのだ。

 もしこの地を離れている間に、役人が来たら。

 そういったことは起こりそうだ。

 勇者が出向いたことを、相手が知らせることもありうるのだから。


 責任者がいないのを良いことに、居座って威圧し続けるなどの嫌がらせが浮かぶ。

 大勢を指揮するならコリヌの方が長けているし、領民達が暴走しないように保ってくれそうではあるが……。




 延々と続く問答に勇者は居たたまれなくなり、石から腰を上げてうろつき始めた。

 何事か必死に考えているのは、皆にも伝わっている。

 腕組みしたまま真剣な面持ちで、四歩進んだかと思えば、軽やかに後方へ下がる。

 下がったかと思えば、その場で回転し、蟹のように移動した。


 ただでさえ苛立たしい状況の中だ。大変目障りである。

 しかし誰も文句は言えなかった。



 やがて業を煮やしたのか、コリヌが進言した。

 勇者に劣らず現状に不安を抱いているのだ。


「全体の状況を整理してみませんか」


 勇者は通り過ぎた己の席へと後退すると、そっと腰を下ろした。


「そうだな。それがいい。色々様々あちらこちらと考えられることがありすぎる」




 脳筋で考え事は苦手なのかと思っていた護衛君が疑問を呈した。


「役人達の動きもおかしいと思いませんか」


 続けられた言葉に勇者は目を見開く。


「南方へも未だ解放しているでしょう、それなのに、この辺りにばかり気を回している」


 その通りだった。

 役人の訪問は二度だが、次回の来訪予定も告げている。

 今後もここへ来ることは間違いない。


 南方面の登録係と分担でもしているかと思えば、その後は役人らの音沙汰はなかったのだ。


「ふぅむ。その点を少し掘り下げてみるか」


 そうして各々が思うところを吐き出していく。

 勇者は竃の上を仮想の台に見立て、それらを置いていった。


「勇者さん、空中の何をつまんでるっすか……」

「こっこれは、一つ一つの意見を議題として並べているのだよ。考え易いって言うか気分の問題だ。もう済んだ!」


 勇者は腕組みし、石へと座りなおした。

 改めて話を聞く。


「ここまでとんとん拍子に進展するとは思ってなかったんじゃないっすかね。俺が来た時も、まだまだ移動中の移住希望者はたくさんいたし、この辺もとりあえず人が住み着いたって感じでしたし」


 行き倒れ君が、勇者たちよりはわずかとはいえ後に来て、見て思ったことを話した。


「ふむ。南方へと一々足を伸ばすよりは、それなりに系統だったこの辺りから攻略しようという魂胆……ありそうな気がするぞ行き倒れ」


 勇者はその意見採用とばかりに頷いたが、ノロマとタダノフが口を挟む。


「しかしですよ。わざわざ中央が取り込みたいってほど、広大な地でもないと思うのですが」

「餌がわんさか育ちそうな肥沃な土地かどうかも、まだわかんないってのにさ」

「なるほど、それもそうかも……」


 勇者は何が正しいかこんがらがって、流され始めた。

 なんとなく推測は正しそうでありながら、腑に落ちない点がある。

 実際は腑に落ちないことだらけだが、ひとまずでもいいからこの謎解きに納得する答えを捻り出したいのだ。


 勇者はお茶を口に含み、もぐもぐしながら飲み込んだ。


「おや? いやいや……そんなまさか、な」

「なんだよソレスぅ気になるからやめて!」

「さあ吐き出しておしまいなさい!」


 お茶の覚醒成分だろうか。

 勇者の頭にぴこーんとある事柄が浮かんでいた。


「覚えているかね。俺様自身が見出した、この地の利点を」

「なんだっけ」

「ええと」


 勇者はじろりと睨みつつ答えた。


「経由地としての地の利だ」

「あぁ」


 一斉に間抜けた相槌が返った。


「さくさくと組織だっていく様を見て、役人は焦ったのかもしれない。俺様たちは日々苦労していたから実感は湧きづらいが、傍から見てみればものすごい進展ではないか?」

「確かに。同等の高い士気を持つ精鋭が揃っていたのですからな。意表をつかれたのはありそうなことです」

「だから予定を変更した……というか計画を早めたか。俺様達が根付ききるより前に、追い出すために」


 当初からそんな企みがあるのではないかと話していた。

 それがますます真実味を帯びてきた。

 すでに妄想の域は超えているだろうと勇者は思った。


「単に俺様が目障りなせいもあるかもしれないがははは」

「まあそうでしょうなあ」

「なんだと俺様が目の上のたんこぶと申すか族長!」

「いえそうですが、そういう意味ではなく! 勇者ほどのお方がいらしては、簡単に追い出せないから苦労するだろうなと!」

「そんなに俺様は難敵か、お役人相手に拮抗しているというのかね」

「ええそりゃもう!」


 勇者はちょっとばかり鼻高々になる。


「自惚れて上ばかり見てたら餌を落とすって言うよ」


 タダノフにたしなめられて、さっそく現実に引き戻された。


「なんでも格言に餌を絡ませるな」


 タダノフ語録は餌改編ばかりされている。

 元がなんの格言かは忘れたが、言いたいことは通じるところが憎たらしい。


 ともあれ、なんとなく結論が出た気になって、勇者達は話を切り上げようとしていた。

 そこへ居づらそうな面持ちの屈強班の皆さんが、やけに鋭く切り込んできた。


「でもあのう、肝心なことを見落としてる気がするんですが……単に先に戻れと書かれていただけですし、しかも自筆でしたよね」

「そのぅ人質にとられたとかも、なんで? って感じなんですが」

「話が飛びすぎじゃないかって。そのどんな得があるのかなっていうか、役人とどう繋がるのかと」


 勇者達は、無表情に彼らをながめた。

 今まで頑張って小難しいことを考えたのは、全て無駄だったのかと思考が停止したのだ。


 勇者は抗うように解説を試みるも、棒読みだった。


「そ、それはだね。護衛その二君は元々が領主の館で働いていたのだ。当然、息子さんも知っている人物なのだよ。して今は道楽親父と共にあることもご存知だ。捕獲していたぶれば情報を洗いざらい手に入れられるではないかね」

「あぁ」

「役人もコリヌ領を登録する際に、名前で気付くと思うのだよ。おやこの人は前も領主やってたじゃんって。それでマグラブ領が背後についていると困るから、こちらを助けないよう先に手を回しておいたっておかしくない」


 気が抜けたように頷いている屈強班を畳み込むように、勇者の棒読みは白熱してきた。


「助力を拒めとの要請だけでなく、国家転覆の共犯かなどと疑いをかけられ脅されれば、積極的に協力しようと思っていても納得だろう。そんな折にのこのこと獲物が一人で訪れたのだ。言葉巧みに滞在を長引かせようとしたところ、その二君は危機を察して手紙を書いた。もしくは、君達を待たせていると知り、不安を抱かせないように手紙を出すように強要したのかもしれんのだ。どうだ穴はあるか!」


 穴だらけの気はしたが、猛烈な勢いに全員が頷いた。


「ふぅ……納得してくれて助かっ、いや良かったことだ」


 勇者は額の冷や汗を拭った。

 どのみち、だからどうするのかといったことは、結局のところ何も決まらなかったのだ。

 まだ、会議は終われそうになかった。



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