第四十二話 勇者ご乱心
「一体何が起こったというのだね。皆さんおそろいで……あっおはようございます」
「勇者領主さんおはようございます!」
早朝の日課から戻り朝食を貪りまわしていた勇者のもとへ、突然襲った来客だった。
同じ客でも刺客でないだけましである。
しかし、平地の領主さん方からずらりと取り囲まれているのには圧倒されて身が竦む思いだ。
「ふおうっなんだかやたら元気が良いではないかね。ええとご用件は」
「俺達も領主なんて荷が重いかと思い始めてね」
彼らの穏やかな表情とは裏腹に、勇者の胸には不穏な思いが広がる。
「待ったその先は……っ!」
「領民にして下さいお願いしまっす!」
領主さん方は勢い良く頭を下げた。
物凄く深く、腰から綺麗な直角を形作る。
上半身と地面が交わることのない、永遠の平行線。
本気の、お辞儀だ。
この瞬間、勇者はどこか異次元の狭間に作られた白い空間で、全てを超越した存在と出会っていてもおかしくない、ふわふわとした感覚に飲み込まれていた。
頭が真っ白になったのだ。
「あ、うん」
だから頷いていた。
それは諦めにも似た感情。
領主さん達から歓声があがる。
呆気にとられていたためにコリヌすら反論もせず、仲間達もただこくこくと頷いていた。
予定通りに進めようとするたびに、想定外のことが起こる。
起こった出来事それ自体は軽やかに歓迎すべきなのだが、急にがんがん持ってこられても頭も心もついてこない。
わくわくなパニックであろうと、こころに負荷はかかるものだ。
「以前なら、単に幸せなことではないかと思っていた、貧乏子沢山という苦労の片鱗を垣間見てしまった気分だ」
「相手もいないんだから、そんな心配は無用……」
「しっ! タダノフ殿」
「あぁそうだね。なんでもないなんでもないよ」
タダノフ達は、勇者の想い人が、人ならぬ城であることに思い至ったのだ。
城相手に行為それ自体はともかく、子作りが叶わない現実を突きつけられた勇者は、自暴自棄になって暴走してしまうかもしれない。
タダノフとノロマは恐ろしい未来を想像した。
絶望が身を引き裂く痛みに、勇者は絶叫する。
その超絶咆哮は、森を、空を震わせた。
「俺様は城の中心で愛を雄叫ぶだけの獣となった! お城ちゃんと結ばれぬような運命ならば、こんな……こんな世界なんかいらない、のだ」
勇者は、城の屋根の上に片膝をついてうなだれる。
「おっおちつけソレスぅ! 屋根から下りるんだよ!」
「他にも生きる道は見つかりますきっと多分。まじないで見つけてみせますので!」
勇者の足首を掴もうとしたタダノフの手を、勇者は華麗な反復横跳びで躱す。
「フッ……すまぬ二人とも、勇者だった俺様は死んだ。心の内に燃え盛る赤黒き焔が焼き尽くしたのだよ……未来ごと、な」
「そんなもん見えないって!」
「正気に戻らんので?」
暗い目をした勇者は、ゆらりと立ち上がると陶酔した文句を口にした。
「いくぞ絶望が引き出した真の力――来たれ日の光、その加護を極限まで吸い付くさん。受けよ、我が清らの白き歯並びよ――」
タダノフとノロマは跳び退った。
「あれはソレスの超絶詠唱……来るよノロマ。仕方ない、あたしも必殺技で対抗する!」
「お許しをソレス殿。禁断のまじないを、トキハナツ!」
呪文を重ねる度に、勇者の背後には黒い過去が渦巻く。
「目覚めよ、完徹を成す執念の力。その執念によって、光の力に刹那を耐えろ、卑しき我が身よ――」
「必殺っ超硬錐揉み突きリニューアル!」
「禁断の得体の知れないものを混ぜ込んだ粉末!」
二人も力を溜め終え飛び込もうとしたとき、勇者は口の両端を引き上げた。
「遅い――これでフィナーレだ……邪神乱心っ微笑み集光砲……!」
腕組みした勇者は、にかっと歯を見せた。
「そんなっあたしの必殺技がきかないなんてわああっ!」
「俺のまじないが風で戻ってきた、人を呪わば穴二つで墓穴掘ったぐわあああ!」
強烈な光の渦にのみこまれ、二人は咄嗟に腕で顔を覆うしかできなかった。
それはあまりに一方的。
圧倒的な暴力。
壮絶な力が全てを消し炭にする。
そして世界は消え去った――かに思えた。
「あのう、何を叫んでるんっすか二人とも……」
行き倒れ君に呼ばれた二人は、まるでたった今目覚めたように目をぱちくりさせた。
「あなたがカミか……いや、ちょっとばかり、不穏な世界に彷徨いこんでしまったようですな」
「あーなんでもないよ。餌が足りなかったみたい、それだけ!」
勇者は怪訝にタダノフ達を見たが、ぼんやりとして頭は回らなかった。
「うぅむいかん……頭がどうにかなりそうだ。少しばかりお休みさせてもらっても構わないかね行き倒れ。もちろん長くではない。昼にはどうにか持ち直したい、いや持ち直す」
「……どうぞ」
逃げるのかよと叫びたかった行き倒れ君だったが、勇者は本当に眩暈がしていそうな様子だった。
溜息をつくとそのまま扉の向こうへ消える勇者を見送った。
「ったくう、ここんところ夜更かししてたろ。それがたたってるんじゃないの」
「そっすね。計画変更がどうたら、夜な夜な紙に向かって喚いてたし」
「せっかく徹夜癖も抜けてきたお陰で元気が有り余ってたのが、今度は夜更かし癖ですか。多少は静かでいいような、うざいのも突然途絶えると寂しいような、複雑な感じですな」
タダノフ達が話し込んでいると、領主さんの一人がおずおずと近付く。
「おらたち、間が悪いところに来ちまったかね」
勇者の返事に喜び合っていた領主さん方は、様子に気付いて落ち着きを取り戻していた。
「そんなことないよ、ソレスは仲間が増えるのは嬉しいはずだ!」
「あのような見目ですが、意外と細かいのですよ。人が増えるならと計画を練り直しているのでしょう」
タダノフとノロマは、勇者の言いそうなことに見当をつけてフォローしておいた。
しかしこのまま昼まで駄弁っているわけにもいかない。
「皆さーん、話が聞こえるように並んで集まってください。それから鶏さんに木こりさんたちこっちに。一緒に説明をお願いするっす」
行き倒れ君は、前回の領主さん方の合流時を思い出しながら、説明を試みることにした。
城に戻った勇者は、干草の寝床へ飛び込んだ。
ノロマが予想したように、無駄な足掻きかもしれないが、やること表と心配の種表を見直そうかと思ったのだ。
しかし目を閉じると、瞬く間に睡魔に飲み込まれていた。
勇者は上体を起こすと目をこすった。
寝てしまっていたのに気付いて飛び起きる。
扉を開けると、高く昇った日差しに目を細めた。
「おお勇者さん、お待ちしてましたよ」
目の前の竃側の石に座っていた男は、勇者をみとめると立ち上がって呼びかけてきた。
「畑領主さんか」
辺りを見回しながら、勇者も声をかけた。
畑領主さんといってもたくさんいるが、何を作っているかまでは聞いていなかった。
「他の者は、現在領内を拝見させていただいてますよ。小姓さんが案内してくだすってます」
胡椒って誰だとの疑問が顔に出ていたらしい。
「勇者さんの側付きのお方ですよ」
「ああ、行き倒れか」
勇者は欠伸を噛み殺した。
「せっかくお寄りいただいたのに待たせて申し訳なかったな」
「とんでもない。こちらこそ突然押しかけまして」
「村の方でも行ってみるかね」
勇者は領主さんを連れて移動した。
村に到着するまでもなく、村方面の坂を登ってくる一行と合流した。
「勇者さん、一応の説明は済ませて、ざっと領内を案内したっす」
「助かったぞ行き倒れ。この後のことは?」
「一旦竃に戻ろうかと思ってた所なんで特にないっすよ」
勇者は改めて全員と向き合った。
なんとなく緊張した面持ちの皆さんに勇者は笑顔を見せた。
「ようこそ勇者領へ!」
再び歓声が起こり、口々に挨拶や礼を言われる。
勇者はここでそれ以上のことを話す気にはなれなかった。
鶏領主さん達に話したようなことだ。
詳細は後で行き倒れ君に聞くことにして、ひとまずは移動することにした。
「色々あるのだが、ちょうどよい場所にいるのでな。畑領主さん方に、俺様の畑を見ていただいて、企みについてお話しようと思う」
「ほんだら、俺達は平地に戻ってるべよ」
「すまないな。別に頼みたいこともあるのだが、ちょうど分身の術を切らしているのだ。順に回るからそのときは頼むぞ」
畑領主さん以外を行き倒れ君に任せて見送ると、勇者は開発中の耕地へと足を向けた。
「あのぅその、俺様は畑仕事を専門にしたことはないのでな。お手柔らかに頼むぞ」
勇者はやや恥ずかしそうに畑領主さん達を案内した。
町や村々をふらついて、誰でも出来る簡単な野良仕事を請け負ってきた程度の経験しかないのだ。
故郷でも、自分の畑などないから手伝いだけをして育った。
一般的な商人たちよりは慣れているだろうが、それだけだ。
持ち前の好奇心と余計な機転で、様々な案をひねり出すことと、並外れた根気によってどうにか押し切っているようなものだ。
そして後は自然任せだった。
「ほお、なかなか丁寧にやっとるではないですか。どれ、ん、おおお?」
畑領主さん達は、勇者のプロトタイプ畝群を、不思議な面持ちで見ている。
数人が、角度を変えながら苗を見たり、土の状態を確かめたりしている。
「なっ何か大それた失敗でもしているかね」
勇者はきついお言葉でも頂くのかと、思わず身構えていた。
「あ、いや。気のせいですかな」
「なっ! びくついてしまったではないか」
そうは言いつつ、全員が不思議な面持ちをしているのだ。
何事もないはずはない。
「いえ、本当に何もないです。全ての畝から作物が順調に育ってますよね。傷んだり、枯れかけたり、病気もなく」
「それが少しばかり不思議に思っただけでして」
彼らの視線にあわせて、勇者も全体を見渡した。
言われてみれば領主さん達の言うように、順調だ。
順調だから、特に考えたこともなかった。
例え順調に育ったところで、少量ではうまくいっても、本格的に畑を広げるとなると別だろうとも思っていたのだ。
「少しずつだからな。未だ試作機よ。短期作物の収穫工程を検証中なのだ」
「試作、機……?」
勇者は格闘しつつ耕している土地を指差して説明した。
「ははは細かい突っ込みはなしだ。要は俺様はこれらから取りまとめた情報を元に、こっち側の畑で実質的な量産体制を試験運用するつもりなのだよ」
「な、なるほど」
(しかし些か順調すぎるのかもしれんな。この生育結果をあまり信用しすぎるのも良ろしくないのかもしれん)
勇者は畑領主さん達の指摘に、現状はたまたまかもしれないと改めて戒めることにした。
なんせその道まっしぐらの皆さんが言うのだから、よく心に留めておくべきだろう。
植物につく虫や病気といえば、この辺の樹木では見当たらなかったし、単に寒冷な気候のせいだろうかと思っていた。
あるとすれば、持ってきた種苗にくっついている可能性の方が高いだろう。
そもそも勇者は、それらについても失念していた。
(やはり専門家を引き入れ、手を借りることが出来るのは素直に喜ぶべきだろうな。コリヌに相談しながらだとしても、不慣れな俺様と行き倒れだけでは、進みも良くなかった)
進みが良くないのは、主に勇者が妄想競技を繰り広げながらのせいだと思うが、そこは勘案しない。
畑領主さん達は、勇者の案を基にあれこれと議論していく。
プロトタイプ畝七号までは勇者の独自展開だが、今後の十号までは監修者がつく。
もっと成功率は上がるのではないかと勇者の心は明るくなっていった。




