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完徹の勇者  作者: きりま
領地拡大編

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第三十九話 転機

「決まっちまったもんは仕方がないなはっはっは!」


 勇者は肩幅ほどに足を開き、両腕を組んで上半身をのけぞらせながら豪快に笑った。

 空元気である。


 それでもいいと仲間達は思う。

 勇者が馬鹿笑いしている間は、何か考えがあるに違いないのだ。

 というかそうであってほしい。

 重い空気を吹き飛ばすように、タダノフとノロマも笑い飛ばした。


「あーっはっはっは」

「かっはっはっですとも」


 勇者は高笑いをやめてにっと笑うと、丘を下る道へと目を向ける。

 そこには馬車の側に、コリヌの護衛その二君と村人数人が並んで待っていた。

 組んだ腕を解き腰にそえる。


「護衛その二君、遭難組屈強班の皆さん。戻るまでが遠足です。妙なものを買い食いなどせず、くれぐれも慎重に行動してくれたまえよ! 因みに炒った木の実はおやつだ」


 その二君らは力強く頷いた。

 随分と真剣な顔付きだった。


 お使いに抜擢したときとは状況が変わってしまった。

 今やこのお役目は重大なものである。


「この書簡は、この身に代えても、必ずやお届けいたします」


 手紙をしまってあるらしき胸元に手を沿え、その二君は誓いを立てた。


(希望を託した書簡か……なんとかっこ良いのだ)


 勇者は悦に入りながら頷き返した。


「微力ながら俺達も使命を果たします」


 屈強班の皆さんも気合いが入っている。


「今回は盗賊退治よりも届け物を優先してくれよ……頼んだぞ」


 その二君が屈強班に合図すると、馬車は動き出す。


(道中の無事を祈っているぞ)


 このお手紙を届け隊への参加者については、今朝ぎりぎりまで、勇者自身かコリヌが向かうことも話し合った。


 しかし開拓作業など諸々を指示できる者が、長いこと場を空けていられる状況でもない。



 勇者は自らが全ての責任の所在であると、集会で宣言したようなものだ。

 その直後に出かけるのは、平地領主さん達から不興を買うのではとの話になった。


 かといってコリヌを送れば、細部の突っ込み役がいなくなってしまう。

 勇者のザル計画がどうにか回るのも、コリヌの補助あってこそだろう。


 出ようが出まいがどちらにせよ悩む状況だが、一人で全てに対処できるはずもない。

 そして当初の予定通り、護衛その二君らを信じて送り出すことにした。


 勇者は、遠ざかる馬車をしばし見送っていた。





 プロトタイプ畝七号予定地の前に屈んで、勇者はぶつくさと一人語りしていた。

 いつものことなので、行き倒れ君もなるべく遠くで作業し聞かないことにしている。


「また集会かな、いや量が増えたとて約束を反故にするつもりはないし……うーん」


 手紙のあて先を変更したため、当初は十日ほどの日程が、半月以上はかかりそうだ。

 初めは最も近い町からまとめて送付してもらうつもりだった。

 通常は荷の行き来の際に便乗して届けてもらうために時間がかかる。

 それぞれが送りたい個人的な手紙はそれでもいい。


 確実に届けてもらわねばならない書簡。

 それは護衛その二君に、直々に届けてもらうようお願いした。

 コリヌの元領地マグラブ領は、東のこちらとは真反対、西の端だ。

 届けるには早馬を飛ばすしかない。

 徒歩よりましとはいえ、馬車で悠長に移動はできない。


 ノスロンド王国は南北に伸びており、南端近くに王の住む城塞都市がある。

 城に直接向かうより多少は距離も短く済むが、それでもそれなりに距離はある。




 勇者はコリヌの息子宛と王への手紙に、中央宛も追加した。


 登録係の報告が有利なのは仕方がない。

 しかし起こったことを、こちらからも報告して記録を残しておきたかった。


 そんなものは届いていないなどと言わせないためにも、ノスロンド王国を通せたらと考える。

 さすがにそこまでは、図々しいにもほどがあるだろう。


 しかし国内での新たな紛争の懸念が浮上したのだ。

 報告をしておくだけでも、貸しにはなるだろう。

 本当に何事か起こればだが。


(その問題の中心地にいるのが俺様なのだがな!)


 起こらなければ、不敬罪だか言われるだろうか。

 そう思うと少しばかり、脇の下を冷たい汗が流れた。




 耕した畝予定地の土を、さらに柔らかく細かくと揉んでいきつつ勇者は呟く。


「ごめんよお婆ちゃん。この状況はもうちょっとだけ続くんだ……」


 一応故郷へも手紙は出した。

 だが彼らに届くのに一月ではきかないだろう。

 三ヵ月後くらいには届いているといいな、その頃にはこの地も受け入れ準備が整う目処がたっているかもしれない。

 そう楽しみにしていた。


 この状況では到底無理だ。

 勇者は結局、領地のことや呼び寄せたいことなどは書かずに、元気であることと新たな仲間のことなどを書いて送った。

 町をふらついてるのとは違い今は畑を耕していると書いたから、きっと喜んでくれるはずだ。

 そう心を慰め、元気付ける。





 勇者は鎮圧部隊が派遣される最悪の事態を想定はしたが、そこまで発展することなど余程でない限りありえないことだった。


 痩せた土地で収穫量が安定しない場所や、気候による減産などで払えない時はままある。

 その分は、次期へと引き継がれていく。

 免除されることはなく、場所によっては未払いだけが増えていく。

 それでも兵が押し寄せたなどとは聞いたことがない。


 明らかな不正をしている場合は、その個人や組織が取り押さえられる。

 村や町ごとの差し押さえができないのは、人がそこへ住んでいないと困るような立地なのだろう。

 そういった貧しい町村は大抵が辺境だ。

 隣国との関係を考えれば人の存在は必要である。



 よほどのこととは、例えばどんなことが当てはまるだろうかと考える。

 残念なことに、勇者には思い当たるほどの経験はなかった。


 連合国は常に諍いを起こしているが、自ら進攻したという話は聞かない。

 現在も吹っかけられた喧嘩を買い続けているだけだ。

 そんな国がわざわざ、こんな場所まで押しかけてくるとは到底思えない。

 ただし、あの登録係に感じる嫌悪は、そういったことも平気で起こしそうに思わせる。


 経験もない戦などに対処することだけは避けたかった。

 しかしもしも、理不尽がまかり通ろうとするならば、必ず退けてみせる。

 意気込みだけは幾らでも積み上げる勇者だ。




 勇者の考えはつらつらと平地へ移る。


 集会も、近く開きたい。

 あまり間が空いて、本当にただのお祭のように思われても困るのだ。

 徐々に身近なものへと馴染ませていきたいと思っている。


(木こり領主さんが言っていた、南方への道か)


 通り易くしておくのは良いことだ。

 しっかりとした道を作るのではない。

 道と分かるように地面を整えるだけなら、半日もあれば終わる。


 できるが、勇者が勝手に進めるわけにはいかない。

 協調性の見せどころなのだ。

 ちょっとした議題としては丁度良い件だと思えた。

 集会で決定し、人を選んで勇者領からも人を出す。

 そうやって皆で町を形作っていくべきなのだ。




 集会という場をわざわざ設けたのだ。

 勇者は懸念を分かち合うべきだろうか、役人の企みを話すには今少し早いのではないかと悩む。


 そこでふと土をこねる手を止めた。

 どうにも対立してしまったから、勇者領だけがとんでもなくふっかけられたと思っていた。


(そうだ、やつらは到着したとたんに再確認しに来ていたのではないか!)


 初めから、何かしら難癖をつけるためだったとしたら。




 勇者は行き倒れ君を呼ぶことも忘れて、走り出していた。

 坂を下りながらも、見えた人の動きは妙だった。


 海の道へと向かう人の流れに追いつくと勇者は声をかけた。


「どうしたね……っ!」


 暗い顔の者や、泣いている者。

 幾人かを取り囲んでいる者たち。

 彼らはまとめた荷物を抱えていた。



「なっ何をしているのだ、まさか出て行くというのか」

「ああ勇者領主さん、あんたには随分と世話になったな」

「集会も開いたばかりではないか、なぜ知らせてくれなかった!」

「短い間だったけど、楽しく過ごせたのはあんたらのお陰だよ」


 あんなに気合を入れていた者達がどうして。

 勇者は出て行こうとしている面々を見て、ある事に気づいた。


 不思議なことに、領主気分を味わえたらいいと気弱を見せた者達ではない。

 はじめから戻ることなんか考えてなかったような者達だった。


「出ていく前に、話しをしようではないか……頼む」

「まあ最後だし、少しでも役に立つなら……」


 鞭打つような真似かもしれないが、勇者は聞き取りを始めた。

 再確認時に役人達とした会話、彼らの態度など事細かに尋ねていく。


 彼らの話を聞いて、勇者はにやりと笑みを浮かべていた。


「ありがとう。一つだけ言わせてくれ。領主でい続けることを諦め、戻る場所もなくさまよう身ならば、俺様の領地で働かないかね」


 戸惑う彼らに勇者は誓うように言った。


「俺様もいつまで踏ん張れるか分からん。だが、挫けるなら最後と決めている」


 勇者が気づいた面子の共通点。

 小作人もちの比較的規模の大きな領主や、家族持ち、気弱そうな者には優しくあたっている。

 頑固そうな、特に独り者からまず排除するつもりではないかと思えた。


(分断でもするつもりだったのか)


 役人達にとって勇者たちはもっとも鼻つまみ者だろうが、残念なことに人数が多すぎて、すぐには手が出せないと踏んだのだろう。



 勇者はその場の全員に聞こえるよう、声を張り上げた。


「聞いて欲しい、いや聞くべきだろう。俺様はわざと申告後に人を増やしたと責められた上に、村が増えたからと七割の納税を要求された!」

「なっなんだって」


 これには、大畑領主さんもうろたえた。


 彼の未来予想図だって、順調に畑と人手を増やしていきたいはずだ。

 今が甘くとも、今後は自らに降りかかる出来事だ。


 しばらくざわついた後に、不安顔の領主らが声を掛けてきた。


「あのう、勇者さん」

「俺もあんたんとこの民にしてくれないか」


 俺も俺もと騒ぎ出したのは、単身乗り込んできた領主さん達だった。


「いいか、よく理解してくれ。俺様は、行くあてもなく沈んだ気持ちで行き場を探すくらいなら、もう少しだけここで頑張ってみないかと言っているだけだ」


 勇者は彼らの言動に驚き、ずばっと言ってしまっていた。


「ええと何がどう違うのかね」

「俺様は庇護するつもりで言っているのではない。それぞれが生きる努力をする、その場を提供するだけだ。それをご理解いただけるのであれば、もちろん歓迎するが」


 周囲も静まって勇者を見る。


「小癪な役人どもが兵をちらつかせて、取立てにくる。到底払えないものをな。俺様はそれに堂々と反駁する。暴動を起こすつもりはないが、覚悟のないものを引き入れるわけにはいかない」


 勇者は胸が痛んだ。

 そこそこ仲良しさんになれたと思っていたのに、疑う言葉を口にせねばならぬとは。


 だが、これだけは伝えておかねばならないのだ。

 安全そうだからといった気持ちの者が来ても、徒労に終わることだ。

 勇者は誰かを守るつもりはない。


 たかが一人の人間に、誰も彼もを守ることなど不可能だからだ。


 安全が欲しければ、国に戻って適当な町をぶらついているほうがましだろう。

 軟弱な気持ちでいるなら、どうしてこんな何もない荒地にきたのだという話になる。


 去る者を引き止めているのは、彼らには生きる努力をする意志があるからだ。

 ただし、一人きりでは対抗できないから去ろうとしていた。

 誰かと共にあれば、まだ立ち向かえる。

 勇者はそれに期待しているだけだった。


「ばっ馬鹿言ってんじゃねえ!」

「俺達は失うもんは何も、あっいや領主号はなくなりそうだけど……ともかくそうじゃねえんだよ!」

「見くびってもらっちゃあ困るねこけ」

「おめぇさん、若いのによくやってるからよ。あんたんとこの領民にならなってもいいかなって思うわけよ」

「どのみち、人手はいるだろう?」

「お役人だろうがお役御免だろうが、脅しに来たって返り討ちにしてやらあ!」


 彼らの気骨が失われたわけではないことに、勇者は安堵した。


「疑ってすまない。そこまで言ってもらえるなら、俺様は構わない。あっ返り討ちはしないように」

「なんだと、それ以外はまるで役に立たないんだぞ!」

「はっはっは力があるなら畑の手伝いくらいできるだろう」

「そっそりゃまあやらせてくれるなら嬉しいが」


 勇者は胡散臭ささえも漂う爽やかな笑顔を決める。


「うむっ勇者領はいつでも、えもいわれぬ歓迎の扉を大解放しているぞ!」



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