第三十八話 険悪
まさかの事態が起こった。
役人が南へ向かうついでに立ち寄るとしても、ご挨拶程度かと思ったらば、しっかりと現況確認をし始めたのだ。
彼らは当然丘の上にもやってきた。
「困りましたね、こんなことをされては」
そうして勇者は、小癪な表情で人を見下している登録係と相対していた。
「いえ移住を推し進めたのは国ですからね。それは良いのですよ、ただ、この短期間に村が出来るほど人を引き込んでいるとなると、ちょっと問題です」
「何が問題なのか言いたまえ。だから不正なく、この機会にと報告しているではないか。何が気に触るのだ」
予定よりも再来が早いことが不安だが、顔を合わせておいて何も報告しないのはまずい。
だから勇者も誠意を持って遠路遥々のお越しを労い、現状の報告をしたのだ。
それは思ってもみない方向へと向かっていた。
「気に触るなどとは言っておりませんが、既に報告済みなのですよ。それが計測し直しですし、当初から大幅な変更となります」
「未だ登録受付も進めているのだろう、変更が起こるなど当たり前ではないか。南へ向かう者達もまだ見かけるぞ。この村の彼らもそのつもりだったが、ここで落ち着くことに決めたのだ」
場所に空きがあって、後から訪れた者達と気が合って移住を勧めた。
そんなことくらいあるだろう。
だが係は、よく分からない理屈でごねている。
「いえね、ですから住んでいただくことに異議を差し挟みはしません。計測し直して再び報告するにしろ、時間も手間も掛かるのですよ。簡単なことではないのです。ともかく、二期目の規定量の半分という計算が変わってくるんですよ」
係の迂遠な物言いに、勇者は一応説明を繰り返す。
返事を期待してなどいないのだろうが、それで受け答えを諦めてはならないのだ。
「だから、人の出入りはまだ安定する時期ではなかろうと言っているのだが」
「ええ、おっしゃるとおりです。ただね、一期目は免除するから問題ありませんが、二期目の半数というのは、現在の人数と敷地で割り出しなおさせていただきますよ」
係の本性が表れ始めた。
そうでなければ良いのだがと思っていたが、そうであったなら立ち向かうしかない。
元より、こうなるための交渉を想定していた。
しかし早すぎた。
まだ絶賛鋭意対策中なのだ。
「人数が増えたからと、荒地が急に畑として機能するわけがないことは当然知っているはずだな?」
「もちろんですとも。その点も考慮して、免除の上に減免期間も設けているではないですか」
当然と言いながら、当初の条件は頑なに変える気はない。
勇者は声をやや低めると、ゆっくりと、念を押すように確認した。
「たかが一年で、安定した収穫などできるわけがない……それも分かって言っているのだな?」
「参りましたね。始まる前から、そうおっしゃられても、なんとも申し上げようがございませんよ」
そろそろ切り上げようとしているのか、濁すような言葉が係から出た。
勇者も結論を促すことにした。
「ほほう、始まってから駄目でしたでは済まないはずだろう。随分といい加減なことを言うではないか。今伝えた条件での結論を言ってみたまえ」
「以前お会いしたときとは随分と態度が変わりましたねぇ……」
係は勇者の無礼をたしなめるように言った。
ここにきて、こちらを動揺させようという腹だろうか。
それとも激高するよう誘導しているのか。
勇者は声を上げたり罵ることは避けたが、対立するような態度を崩すことまでは出来なかった。
「忘れているのはそちらではないかね。辺境のなんの力も後ろ盾もない出来たてほやほや領主といえども、中央から委託されただけの、たかが役人よりは身分は上だぞ」
途端に係は、感情を押し殺すように目を細めた。
「分かりました。結果を述べましょう。全ての畑から七割の収穫を税として課します。全ての畑とは、今後作れそうなこの空き地の面積分も含めてです」
「……何を言っているのか、分かっているのか」
それはこちらの言葉なのだがと、係は呆れながらの苦笑で答えた。
「初めからこうするつもりで虚偽の申告をしたと捉えられても仕方ないのですよ。立場をお分かりですかね、ノンビエゼさん」
得たいの知れない男だが、勇者はもう怯みはしない。
「ならば、そちらが無理難題を押し付けて、武力で我らを駆逐しようとしている。そう訴えてもいいわけだ」
係は口の片端だけ引き上げる笑みを形作ったが、目からはすっと感情が消えた。
勇者は係が口を開く前に、さらに続けた。
「貴族だのなんだろうが、私利私欲のために民から不当に搾取する暴虐は罰せられる行為だ」
「先ほど、ご自身が口にしたように、貴方は民の立場ではないですよ」
「村人は民だ」
しばし二人の間で、火花が飛び散るかのように見えた。
係は手元を見るともなく見て、素早く書類に何事かを書き付ける。
「私達にも予定がありますので、これで失礼しますよ」
係は書類の一枚を差し出した。
勇者は無言で手に取り、ちらりと視線を落とす。
「二期目を楽しみにしています」
「奇遇だな、俺様もだ」
勇者は、坂を下っていく役人一行を長々と見送った。
前回とは違い、警戒心からだった。
勇者は誓ったとおり、茫然自失に陥ることはなかった。
暗い顔が竃を囲んでいた。
タダノフが不満げに身じろぎする。
「なんだいあれ、わけが分からないのに腹が立つんだけど」
そう言いながら、腕は何かをねじ切るような仕草をとった。
訳の分からない気分で殺されてはたまらないが、誰も突っ込まない。
コリヌはタダノフの挙動にびくっとしたが、おずおずと勇者に話しかけた。
「勇者よ、失礼ながら貴方を見くびっていたのかもしれません。あそこまでの胆力をいつの間に身に付けられたのか。場違いではあれど、感服してしまいました」
「我らも同意です!」
護衛トリオも、コリヌのおだてに調子を合わせる。
場が暗いままなのは、勇者がやけに静かだったせいもあった。
普段なら、こういった時には、何かと暴走したりおかしな策を披露したりとうるさいはずだ。
「そうですともソレス殿。このノロマのおまじないでさえ、突破不可であろう気難しい場面でしたとも」
「厚かましさもあそこまでいくと心強いっすね」
皆が口々に褒めそやしてくれるが、勇者の気分は少しも浮上しなかった。
「そうかね。俺様はちょっとばかりへこんでいるのだが」
「えっなんでっすか」
行き倒れ君の声を筆頭に皆も意外だという顔をした。
てっきり腹を立てて、押し黙っていると思っていたのだ。
勇者は座布団を胸に抱き、柔らかな角っこをふにふにと掴んだり離したりしている。
落ち込んだからと外で寝たりしないだけ、成長はしたのだろう。
「もっと狡猾に立ち回らねばならなかったのだ。まるで煽って過酷な数字をわざと出させたみたいではないか」
そんな策であればそれでも良かったが、今回は違ったのだ。
「ソレスはああいうの苦手だったろ。でもかなり渡り合ってるように見えたよ」
タダノフにしては真面目に慰めたが、勇者の失敗したという気持ちは拭えない。
なぜなら、そこそこ渡り合ったくらいでは駄目だったのだから。
茶葉を切らしているために味気ない白湯を、皆は黙々と啜った。
勇者は湯飲みを揺らしながら、どうしたものかと思案に暮れる。
策の一つ、王様への手紙についても、この流れでは無意味だろうかと思う。
その話をしたときのコリヌの様子思い出した。
泡食って倒れていたコリヌであるが、意識を取り戻すも膝を抱えてぶつぶつと呟き始めた。
「コリヌよ現実逃避しても現状は何も変わらんぞ」
「ソレス殿には言われたくないでしょうなー」
「ハッ失礼しました。あまりのことについ」
コリヌが治めていた地は、コリヌの息子が継いでいる。
勇者は、彼に王様へとお手紙を出してもらおう作戦を提案したのだ。
会わせろというわけではない。
一般貧民の勇者からしたら、王様から土地を任されているんだから、お手紙くらい容易いもんだろうと考えていた。
しかしコリヌは叫んだ。
「幾ら辺境で過酷な環境のちっぽけな国で連合国内では大した地位も権限もなく、国内だっててんでばらばらでまとまりがなく時の流れに置き去りにされたようであり、静かすぎて王の権威だって忘れ去られたのではと思うような国で、その証拠に現王陛下を前にしても人の良いおっさんだなあくらいにしか思えないことがあったとしてもですよ! 一応は独立を保っている国の王なのですぞ」
勇者は息継ぎをするコリヌを見て、まだ続けるつもりかと間をおいたが、どうやら言い切ったようで黙った。
「とてつもなく聞いてはいけないことを聞いてしまった気分がするが……不躾とは心得ているからこそ、コリヌの息子さん、現マグラブ領の領主さんにお願いしたいのだよ。仲は悪くないのだろう?」
勇者はそう言ってから、コリヌが道楽がすぎて前妻に離縁されていたのを思い出した。
その頃には勇者はまだコリヌと出会っていないが、その道楽仲間といってもいい。
(恨まれてたりしたらどうしよう……)
いきなり躓いた気分だった。
ツテやコネを駆使することに抵抗はない勇者だが、ここぞという時に限る話だ。
それにきちんとお返しもしている。
普段から軽い気持ちで頼み事をするやつは信用できないものだろう。
コリヌとは何度も頼み事をしてはされという仲だが、息子さんはお見かけしたことがなかった。
辺境警備に出ているという話だった気がする。
真面目な性格らしいし、話の通じない武辺者だったらどうしようと不安になった。
(こんな大切な時期に、しかも大事だ。さすがに無理があるだろうか)
そう思って、一旦他の手立てを考え直していた矢先だった。
役人の再来がなければ何かひねりだせたかもしれないが、猶予はあまりないように思える。
勇者は顔を上げた。
「護衛その二君。明日にも出立してくれまいか」
数打てばあたる類の策ではないが、何もせずにはいられない。
「うまくいくか、間に合うかも分からない。しかし急いだ方がいい。どうかねコリヌ」
コリヌは口髭を引っ張ると頷いた。
「致し方ありませぬな……行ってくれ」
「はっ、お任せを!」
護衛その二君は村の方角へと走っていった。
同行予定者を呼びに向かったのだろう。
「では我らも馬車の準備に向かいます!」
護衛の他二名君はコリヌ領へと駆け出した。
「私も手紙の用意に取り掛かります。内容をご相談しましょう」
「頼む」
勇者が一言伝えたかったのは、交渉に失敗した後に関することだった。
『動かないで静観してほしい』
なぜそんなお願いをするか、それは可能なのか。
勇者は支払い時に、次は払えないから利率を下げろと交渉する。
しかし今日の様子を見れば、決して変更はしないだろう。
登録係は中央から委託され派遣されたのだ。
ある程度の権限はあっても、勝手に融通を利かせるわけにいかない事情があろう。
交渉が決裂すればどうなるか。
当然それが報告される。
その後に、中央から警告が出され、めでたく制圧に来るはずだ。
しかし勇者も、名前だけとはいえ領主だ。
この係との間に諍いが起こった場合に、自治領なのだから調停する権利を持つはずなのだ。
中央からしたらでっち上げただけなのだから馬鹿なと思うだろうが、ならば嘘をついたのかという話になる。
嘘だと言うならば、この地が連合国に属する根拠も白紙となる。
民の反乱といって鎮圧のための兵を出すにしろ、合議が必要であり、出兵には時間がかかる。
その間は、係と護衛の兵一団で圧力をかけなければならないのだ。
物資の問題で、いきなりやってくる可能性もあり心配ではあるが。
ここで重要なのは、彼らは他国の者でノスロンド王国の者ではないということだ。
そこで勇者は、ノスロンドの兵も民も傷つける気はなく、あくまでも領内の問題ゆえに鎮圧部隊に協力的でなくとも中央への謀反とはならないと強調した手紙を送るつもりでいた。
コリヌが、こんな利用されるような真似に耳を貸すかと言ったことは正しい。
(駄目でもともとなのだよ)
勇者は意志を固めていった。




