第三十四話 故郷への手紙
『前略、お婆ちゃん。
お元気にしてますか。
ソレホスィは元気に勇者として立派に働いています。
此度は急ぎ伝えねばならぬことがあり、果たし状を』
「勇者さん……なんすか果たし状って」
「ぎゃー行き倒れ君のえちぃ! なんだね君は人の手紙を読むでない!」
突然に背後から集中を乱された勇者は跳び上がって叫んだ。
「嫌な反応しないでくださいよ! 通りすがりにたまたま目に入っただけっす!」
「そうだよーソレス、見られたくないなら部屋で書けばいいじゃん」
顔を上げれば、竈を囲んでいる全員が寄って覗き込んでいる。
通りすがりどころかめちゃくちゃ凝視されていた。
「うわあっ!」
「かっはっは顔を赤くして勇者さんもかわいいところがありますな」
族長は微笑ましいといわんばかりだ。
「お城ちゃんの中で書こうとすると、なんだか考えがまとまらなくて落ち着かないのだよ」
「ああそういう……」
行き倒れ君以下の視線が生暖かいものに変わった。
勇者は眉をひそめて抗議する。
「何を俺様だけのけ者にして意思疎通を図っているのだ」
「いやあごめんごめん。もう邪魔しないよ」
皆の微妙な顔付きを見て勇者も興がそがれた。
「もういい後にする。ふん、どうせ間違ったから書き直しだ」
はたして果たし状とは、間違ったとかそういう問題なのだろうか。
疑わしいが、皆は曖昧に頷いておいた。
「皆はゆるりと朝飯に舌鼓を打ったり食通を気取って味覚の大海原を泳いだりするがいい。俺様は畑に向かう。また夜に相まみえようぞさらば!」
勇者は行き倒れ君の襟首を掴んだ。
「なっまだ食い終わってない……っすぅ!」
「人の手紙を覗き見してるからだ馬鹿者」
特に議題もないし、そういうことにして勇者は逃げるように憩いの場を去った。
「俺様はプロトタイプ畝五号の製作に取り掛かる。集中するからしばらく話しかけないでくれたまえ」
「うーっす」
話しかけようにも、勇者は見えない敵を大地に見出しては、常に馬鹿笑いしたり叫びながら作業しているのだ。近付くのも憚られる。
言われずとも、行き倒れ君は呼ばれるまで決して近付くことはなかった。
かなり掘り返して土は柔らかくなっている。
勇者はその側へ屈み込んだ。
細長い地面の中心が山になるように、丁寧に盛っていく。
手紙に何を書こうかと悩みすぎて、考える暇のなかった他の重要事項に考えを巡らせた。
平地領主さん方の税対策について手付かずなのが、勇者を食事の場に居辛くさせていた。
話を振られたくないと、それでつい手紙を書き始めてしまったのもある。
今はまだ何かを聞かれても言葉を濁すしかない。
この件に関する限り、勇者は明確な答えを出し、向かう先を示したいと思っていた。
いつも以上に慎重でなければならない。
そう勇者を悩ませたのは、コリヌの心配が信憑性を増したからだ。
実は昨日の内に、護衛その一君が勇者城へと見積書を届けてくれていた。
概算ですがと渡されたその結果は、まさしく勇者とコリヌが導き出した答えを裏付けるようなものであったのだ。
(この領地全体に対して、半数の税を求められているとしか思えん……)
あまりに分かり易い。
やはりここはわざとぶら下げられた意図と見たほうが良い。
登録に来た時の役人達との会話を思い返す。
ショックのあまり何度も思い返したから、未だに細部まで覚えている。
呆然としていた間以外のことだけというのが悔やまれる。
勇者はもう二度と茫然自失などに陥らないと誓った。
交渉時について記憶を戻す。
今なら、あえて普通に交渉しているように見せかけていたのではないかと思える。
厳しい量をまず提示し、一期目は免除、二期目は規定の半分と甘い言葉を吐いた。
そもそも無理な要求だが、その頃にはなんとかなるかもと思うように誘導したわけだ。
ある程度の誤魔化しだったのだろうが、難しいがなんとかなりそうと思わせる腺をついてきた。
あからさますぎるかと思う点については、初めから諦めていたからのように思えた。
(役人自身が苦笑まじりに言っていたではないか。ほとんどの相手が毎回噛み砕いて説明しないと理解させるのが一苦労だと)
あまりに謀略を巡らそうとも、理解されなければ意味がない。
全員に同じ態度でもないだろう。
一人でやってきたような領主さん達には、単純な手を使うだろう。
無理なら出るしかないと、武力を笠に圧力をかけるのだ。
勇者は眉間に皺がよるのを戻すべく、両頬を引っ張った。
「むにゅぅ……ぶぺっぺっ」
泥だらけの手なのを忘れていた。
土が口に入ってしまい、余計に顔を顰める。
(いかんな。国の企みがどうのこうのと、ぐいぐい興味を引かれてしまう。だが今は領主さん方に、協力し合おうと呼びかけねばならない。いかに伝えて信じてもらうか……)
そこには先ほどの役人達と同じ苦労が存在する。
絶対的な知識量と価値観の差。
歳を重ねた者ならば、言葉は知らずとも経験から理解及ぶこともあろう。
そうでなければ潜在的に理解力のある者。
理解力はなくとも、性格上受け入れられる者。
当然逆の者達も存在する。
その中で説得が叶いそうなのは、自分で見聞きして納得しなければ信じないという者達ではないか。
この場に居るのだから、役人達とのやり取りは体験している。
そこに、その他領主さんの証言と資料を提示すれば、取り込める可能性は高い。
いずれにしろ、説得しようと説得しても駄目だ。
丁寧に、あくまでも状況の説明を心掛けるのだ。
全員で協力すれば、ひとまずは役人達と約束してしまった分を揃えることは可能かもしれない。
しかし、具体的にそこにいたるまでのことを考えると頭が痛くなってくる。
払えない量といっても、一度は署名してしまったのだ。
それを覆すなど沽券に関わる。
小さな村で暮らしていた者達にとって、信用は非常に大切なものだった。
領主さん方の考えを変えようなどと、不遜なことは思っていない。
現状を乗り切るための協力体制を敷きたいと、訴えるつもりだ。
一人一人を説得していくほどの時間は割けない。
ここは、彼らにとって大切な価値観を利用するしかない。
勇者は数年の間に幾つかの村を転々とした。
そこで気づいた共通する仕組み。
中でも、今回使えそうなものといえばと必死に思い出す。
(そうだ……村の集会!)
思わず勇者はガッツポーズをきめる。
村の集会で決めたことには協力しなければならない。
不満があれば、次回に異議を申し立てるのだ。
信用が大事だという気持ちの出どころも、こういった仕組みを守るためにあるといえよう。
(まずは領主会の設立を目指してみようではないか!)
他にも運の良いことがあった。
この地の全員に共通する、一つのことがある。
新天地を求めて、我先にと競ってきた者達ばかりということだ。
(お役人さんが、我らの気骨を侮っていてくれることを祈るしかない)
有用な案が出たことで自然と顔が緩んだ。
結局のところは大勢の意志をまとめる難しさに変わりはないのだが、慣れた仕組みを提示できるかできないかの違いは大きいだろう。
それが嫌で出てきた者がいるかもしれないし、うまくいくかは分からない。
勇者はそんな気持ちをねじ伏せるため声に出した。
「勇者よ、何を怖れるのだ……条件も限られているんだ、正面からぶつかるしかないだろう」
ノロマに言われていたように、今までの勇者は猪突猛進にすぎた。
しかしその手が最も適していたからのようにも思える。
慎重に事を運ばねばならない事態などなかったからだ。
やはり勇者としては、正々堂々と物事を進めたい。
かといって、信条のために、現状に即していない無理を通すつもりはない。
これでもかと策を弄した上で、最後の最後に正々堂々と突き抜ける。
入念に下準備をした上で、ここぞというところで思い切りをつけた方が事はうまく進む気がするのだ。
豪快なだけなら、ただの戦士。
策ばかりこねていたいなら、参謀なり井戸端に居座るなりすればよい。
俺様は豪快に策を巡らせ、最前線で敵を迎え撃つ!
「くくく、これだ。これこそが勇者道ではないか? くはあーっはっはっは」
勇者は両足を肩幅より広めに開き、やや腰を落とす。
全身に気迫をみなぎらせて、両手の人差し指を、眼前で立てていた。
そして丹念に盛り上げた、畝の中心を鋭く見つめる。
「喰らえ――指突き二刀流! はあああああああっ!」
勇者の指が勢いに乗せて繰り出され、ずばずばざくざくとした音と共に小山の頂点を穿つ。
腕の残像の後には、ぽっかりと、種を落とすに丁度良い穴が均等な距離を持って空いていた。
(そろそろ新しい必殺技も編み出したいなぁ……おっと、今は畑と領主問題に専念だ、そりゃあ!)
空を切る音の背後では、行き倒れ君が黄昏れていた。
「静かにしてほしいっす……」
気持ちよく一日の仕事を終えた勇者は、早々と勇者城内に引きこもると、木箱を机に色々な予定をしたためていた。
「行き倒れよ。明日は日課を取りやめて平地へ向かうぞ。水筒とお弁当とお土産の準備を頼む」
「おっ領主さん達に話すんですね」
「あっ……」
「なんでいきなり不安な顔になるんっすか」
勇者は慌てて行動予定表を取り出して追記した。
「うっかりしていた。領主さんだけでなく、行き倒れ種族もいたのだったな」
「お探しの種族は現在、妄想の中にあるか存在しておりません」
行き倒れ君はこめかみに青筋を立てて異議を申し立てたが、勇者の耳は華麗に回避した。
頭を背けた先は干草の寝床。
そこには書き損じ、丸めて放り投げていた紙切れがあった。
他の予定に身を入れるためにも、早く手紙を書き終えたほうがいい。
勇者は木箱の上に丸まった紙切れを広げてのばした。
紙も貴重なのだ。
(手紙を届けるついでに紙も手に入れられないか聞いてみよう)
勇者は無駄に力こぶを強調し、紙切れを威嚇する。
そうして気合を入れ直すと、今晩こそは書き上げると格闘を始めたのだった。




