第三十三話 先手
国の企みを暴いた勇者は、次なる手を特に打たない。
「いやあ、大層な物語を読んだ気分になって、はらはらどきどきしたではないかはっはっは」
勇者は馬鹿笑いし、国の核心に迫ったのではという皆の緊張を台無しにした。
「ソレス殿ぉ散々あれだけ、なやむわーつれーわーとか気を揉ませておいてそんなオチですか!」
「えーじゃほっとくの?」
「先ほどはお見捨てにならないと、おっしゃっていたではないですか」
ノロマやタダノフの文句には無視を決め込む勇者だが、新顔の族長にはまだそこまで横柄な態度は取れない。
「ぬっ聞き捨てならんぞ族長よ。俺様は国の腹積もりについては妄想しすぎてうわーこわーいってなったから満足しただけだ。平地領主さん方の税対策については、明日にでも早速あれこれ動くつもりだぞ」
「えっそうでしたか、これは失礼をば」
「族長は早とちりさんだな!」
「面目ありません」
勇者のわくわく謎思考など誰にだって追えるはずもない。
白々しいと込めたタダノフらの視線は見えないことにする。
勇者はコリヌに向けて言った。
「何かコリヌが気にしてそうだから先に言っておくが、もちろん当初の予定が最優先だとも。まずは領内の開拓作業に身を入れるから心配ないぞ」
「それは、安心しました」
コリヌは安心したとはいえない表情だったが、思うところを飲みこみ頷いて見せた。
これ以上つっつかれずに済み、勇者はほっとする。
「しかし勇者様……」
族長がまだ何か言いかけるのを、勇者は振り切るように立ち上がった。
「さてと! 俺様は明日からの予定を画策しなければならんのでな。お先に失礼するぞ」
話を終えるため、そして追撃を免れるためのダミー発言を射出する。
「お城ちゃんっ君の寝床へ超回転跳躍潜入だあ!」
あえて道化を気取ってみたつもりの勇者だった。
「……とうとう異常性癖を隠さなくなってきたっすね」
「あちゃあ……ストレス性の逃避行動ですかね? ちょうど良いおまじないでも見つけてきますか」
「ソレスは元からあんなもんだよ。妙なもんばかり追っかけまわしてるじゃない」
「気にしてはいけない趣味は人それぞれ趣味はひとそれぞれ……ぶつぶつ」
誰も勇者の心遣いを理解する者はいなかった。
「ええい、好き勝手いいおってぷんぷん」
後ろ手に閉めた扉を背に、勇者は恥ずかしさに顔を赤くしながらぼやいた。
干草の寝床に正座すると、勇者はマイ座布団を抱きしめる。
心を落ち着かせるためだが、眠るためではなく考え事に集中するためだ。
(いくらこの場で尤もらしいことを言っていようとも、所詮は一般市民の井戸端会議よ)
無駄に壮大な企みごとなどに話が向かってしまい、勇者は皆に不安が広がるのはまずいと思ったのだ。
あえて茶化して緊張を緩めたつもりだ。
話した事が無かった事にはならないが、食事時の話の種程度に思ってもらいたかった。
仰天ものの話など、あっという間に噂となって尾ひれがついて広まるものだ。
新たな地に移ってきた者達ばかりの現在、漠然とした不安に侵食されてはまとまるものもまとまらない。
「夢への道のりは、遠く険しいものだな……」
座布団に顔をうずめ、ふっと自虐的な笑みを零す勇者だった。
目を閉じてこんがらがった頭を空っぽにする。
少しずつ解きほぐすように、浮かび上がる思い。
(伝説の勇者なら、こんな時どうするだろうか)
考えるのはやはり勇者にまつわることだ。
幼き頃に聞いた物語に憧れ、その内目標となり、生き様となった。
(俺様には何ができるだろうか)
しかし、まだまだ未熟で自称の域を出ないことも、心の奥底では認めている。
(助けを請いたくとも、かつての偉大な勇者はいない)
今こそ、その類稀なる力をお借りしたいというのにだ。
困ったときに助け合うのは悪いことではないが、勇者はただ縋ろうとしている己に気づいた。
(では俺様が縋りたいと思ったのは、どんな勇者像だろうか。それが、この先の道筋を作るのではないのか。そして、俺様は勇者になりたいのだろう?)
己自身の心に問う。
(ならば、俺様がそれを目指せばいいではないか)
勇者は立ち上がると、かっと眼を見開いて叫んだ。
「そうだとも、今は俺様が勇者なのだ!」
武者震いに固く拳を握り締め、思いの丈を込めると力強く天に突き上げた。
「ぅぐ…っ!」
思い切り拳を天井にぶつけて、しばらくうめきながら転がっていた。
勇者の誓いだか挑戦状だかが、天に届いたのかは定かではない。
しかし勇者の気持ちに呼応するように、うなじの魔術円が反応を見せたのだが、誰に気づかれることもなかった。
翌朝、目覚めた勇者は愕然としていた。
(しまった……拳を痛めた衝撃に、具体的な計画を練ることもなく、ふて寝してしまったというのか)
勇者は反対側の隅に目を向け、寝転がっている行き倒れ君の側まで這い寄った。
無心を心で唱え、気配を消して行き倒れ君の鼻を摘む。
「ふげっ……んがあっ!」
飛び起きた行き倒れ君から、勇者は瞬時に距離を取って反撃を避けた。
扉を開け放つ。
「起床だ! 日課のお時間だぞ!」
昇る朝日に姿を浮かび上がらせていく平地を見下ろしていると、気分が晴れやかになる。
何があろうと出来る限りは、この日課を続けたいと勇者は思う。
岩場の上で身体をほぐす運動もしているから、一石二鳥であった。
平地を眺めて満足した勇者は、早めに竈へと戻った。
すでにコリヌ達がやってきていた。
「ええと昨晩は、おたのしみでしたな」
「なんの話をしているのだ」
勇者は眉を顰めた。
コリヌは慌てて両手を振った。
「いえっ人様のあれそれの事情になど口を出すものではありませぬな。ささ朝食をどうぞ!」
「……ありがとう」
勇者は不審に思いつつも椀を受け取り、汁を啜るとすっかり機嫌がよくなった。
昨晩の残り具材を煮込んだもののようだ。
身体が温まり、早く動き回りたくて仕方がなくなってくる。
昨晩の話にはなるべく触れないで置こうかと、長いこと聞き損ねていたことを持ち出した。
「そういえばコリヌよ。道を作る作戦の旅から戻ったあと、結局物資調達には出かけていなかったな」
コリヌも何故今まで忘れていたのかというように片手で膝を叩いた。
「おおそういえば、そんな話もしましたな。忙しさにかまけて有耶無耶になっておりました。今のところは節約しつつ生活しておればなんとかなっておりますし……もしや何かお取り寄せしちゃいたいのですか?」
勇者とて同じだ。
なんやかやでどうにかなっているから、今まで忘れていられたのだ。
用件は別のことにあった。
「いや、どうにかでも遣り繰りできているなら問題はないのだ。ふと護衛君が手紙を出したいと話していたのを思い出してな」
「なんと我らのことまでご案じくださるとは!」
胸を打たれたような護衛トリオの感激を、勇者は無碍にする。
「はっはっは俺様もお手紙を出してみようかと思ったまでよ」
「なんと我らは踏み台でしたか!」
護衛トリオは己の甘さに歯噛みした。
平地領主さん達への聞き込みは、意外な情報ももたらしていた。
「ほんの二ヶ月足らずではあるが、どうやら規則正しく潮の満ち引きが起こっている様子らしいと、釣り領主さんが話しておったのだ」
「ほほう、急に道がなくなったりして戻ってこれなくなるという心配も薄れたというわけですな」
勇者はコリヌに頷いた。
「もちろん確実とはいえないだろうが、そのようだな。やる事は様々あれど、しばらく状況に変化がなさそうな、今の内に出かけておくといいと思うのだがどうかね」
「そうですな、元の領内まで戻るのは大変なことですから、手紙を出すだけにするとして……渡った先の最も近い町まで三日程だったかと。余裕を見て十日もあれば戻ってこれそうですな」
それくらいの期間ならば、数人の手が離れたところで問題なさそうではある。
「気候についてなど分からないことは幾らでもある。その点については楽観視すべきではないぞ。元々あの辺は海流が過激だから、舟などでは到底漕いでは渡れぬというし、少しでも天候に難があれば様子を見たほうがよかろう」
勇者はたわいもない噂話で聞いた話を思い出していた。
国の持つ巨大な手漕ぎ船でさえ、荒い大海を渡れなかったという話だ。
今ならその話にも真実味が湧く。
渡れていたならば、とうにこの辺も人がいそうなものである。
「なに舟作るの?」
気が付くとタダノフ達も全員集まっていた。
「作るのは難しいと思うぞ……手紙を出そうかと話していたのだ。あとは誰をお使いに出すかなのだよ」
「住人が増えたとはいえ、生活の準備に人手は余っておりませんからな」
「これは間の悪いところに移住してしまいましたかな」
族長は困ったように頭を掻いた。
「お、そんなことはないぞ族長。というかこの役目、遭難種族にうってつけの仕事ではないか?」
「レビジト村民ですっ!」
「お前達は何度も往復しているのだ。俺様が幾ら体力気力に満ち溢れていようとも熟練者のようにスムーズにとはいくまい」
「ちょっとばかりぬかるんでる道を渡るだけじゃないっすか……」
そうしてわいのわいのと話し合った結果、屈強な遭難種族数人に、コリヌ護衛その二君をお付けすることにした。
「一時的にとはいえ君達をばらけさせるなど、合身護衛隊コリヌダーの合体場面を阻止するかの如き所業。すまぬ護衛君」
「よく分からないお気遣い痛み入ります!」
話はすぐにつき、手紙を出したいものは勇者城へ届けるようレビジト村へも通達が出された。
「ふふ、もし俺様がお婆ちゃんに手紙を出したら、村の者はどんな顔するだろう」
勇者も働きながら、手紙の内容を吟味しているうちに一日が過ぎていったのだった。




