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完徹の勇者  作者: きりま
領地拡大編

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第三十二話 国の狙い

 水をもうちょっと効率よく引けないかと、勇者は渓流周りで小細工に勤しんでいた。

 これまで手桶を流れに直接突っ込んでいたから、腰が疲れやすかったためだ。


 そこで竹筒のように木をくりぬいて繋げて、高さのある岩の上へと渡すことにした。

 岩の上から繋いだ木の先を傾斜させると、どばどばと楽に手桶へと注ぐことができると思ったのだ。

 使わないときは、筒の先を川の中へと向けておく。


 実際うまくいったのだが、木の繋ぎ目から周囲にもどばどば溢れるのが難点であった。


「まあその、水を汲むとき以外に、川の外に水が溢れるなんてわけではないのですから、かなり便利になりましたよ。そう落ち込まないで下さい勇者様」


 肩を落としている勇者を、族長は宥めた。


「それもそうだな、何事も一歩ずつ前進が定石よ……しかし竹がないのは不便なものだ」

「便利かもしれませんが強度に問題がありませんか」

「そうかね。でっかい水筒作れば便利かと思ったのだが」

「えっ水道管の話ではなかったのですか」




 川で一仕事を終えた勇者は、族長と別れて己の畑へとうきうき戻る。


(水源はどうなってるのか。いずれ調べてみたい……なんともはや、こうも領内の運営に専念できないとは。集中してやらないと効率が悪いのだよ)


 勇者は困り顔でぼやくしかなかった。

 一つのことを細かくねちねちと掘り下げていくのは好きだが、あれこれ同時に考えるのはどうにも苦手なのだ。


 しかしタダノフにノロマの三人きりのときとは違う。

 近頃は、相談できる相手も増えた。


(また飯時にこのもやもやした心の内を話してみるとしよう)


 そう思い至ると気持ちを切り替えて、大地の精霊と妄想バトルを繰り広げる作業に身を入れた。





 お口が最も幸せな働きをする時間――それは飯時。

 勇者は空になった椀を満足気に眺めた。

 保存してある中で、古い食材から適当に突っ込んだ雑炊だった。

 昨晩に贅沢しすぎたので、質素にしたと護衛君は言っていた。

 気が付けば護衛君達が食事係になっている。


 これも今朝言っていた、お役目と関係ありそうだと勇者はぼんやり思った。

 毎度献立を考えるのも一苦労だが、それには食材の管理把握能力も必要だ。

 さらに適切な分量で調理する能力だったり、多彩な才能と経験に基いた実力が試される。


 調理のことは脇に置くとして、色々と管理を任されていたということだろう。

 勇者は、その能力が新たな大地に来てまで必要となった出来事へと思いを馳せた。


「役人の意図か……」


 勇者は膝の上に片肘を乗せて頬杖をつくと、気怠い雰囲気をまとって、さも意味有りげな風を装って呟いた。


「あんま難しいこと考えても眠くなるだけだよ」


 タダノフは勇者を元気付けるつもりで言った。

 周囲の目からは、満腹で襲う眠気を我慢しているようにしか見えなかったからだ。


「今朝はお寝坊したからまだ大丈夫だっ」


 勇者は気恥ずかしくなって、誤魔化すように背筋を伸ばした。


「お役人さんと、その行動。税と領主達の割り当てについてなどなどと、あれこれ考えていたら頭がぐちゃぐちゃでふっとーしそうだよぅなのだ」

「やっぱり無理して小難しいこと考えてるんじゃないか」

「無理ではない。ちょっとばかり手に余るから、こうやってさらけ出しているのではないか」


 勇者とタダノフが言い合っていると、コリヌが口髭を引っ張りだした。

 何かを考えているときの癖だ。


「コリヌよ、何かありそうだな?」


 困惑顔のコリヌを勇者は見咎めた。


「思い当たる節がないこともないというか、単純なことかと思いますぞ」


 勇者達は口をつぐんでコリヌに注視した。


「一つの領地が通常の家屋一軒程度です。本来の領主相手と同様の対応はできないでしょうし、元よりそのつもりはなさそうですからな」


 勇者はコリヌ基準の家屋一軒程度が馬鹿広いことに異議を申し立てたかったが、今は関係のないことなので呑み込んだ。

 代わりに、なんとなく見当はついていたが、コリヌの言う事の方が正しそうなのでさらに問うた。

 人の言ったことに後であれこれ言うほうが楽なのである。


「なぜ、そのつもりはなかったと思うのだ」

「やはり以前に勇者もおっしゃってらしたように、人を送りやすくするためでしょう。それに名だけとはいえども、領主というそれなりの地位の者として連合国側で登録されたのです。記録に残して正当性を主張するためでしょうな」


 勇者は重々しく頷いてみせた。


(なるほど。俺様はもっと単純に考えていた。名前で釣って得体の知れない地を身銭を切らずに調べたいとかな。そこまで深い企みがあるかもしれんとは、やはり先に聞いておいて助かった)


 だから勇者は、役人の求める納税の内容についても単に感覚のずれかと思っていた。

 現状を鑑みることなく、定められたことを定められた手順通りに行うだけの人種なのだろうと勇者は思っていたからだ。


 お役人さんといえば、頭が鋼鉄の如き固さか、腹の内が溶岩の如くでろんでろん渦巻いているという偏見があった。

 もちろん真っ当に働く真面目な御仁が大多数だが、そういった人々の名はなかなか表に上ってこないからだろう。

 極々普通に暮らす者達の世界とは、自身の暮らす村内に収まり大して広くないものなのだ。


 勇者も、山から下りただけで大都会を知った気になった頃もあった。

 それからコリヌが治めていた領内のあちこちを回ると、全世界を踏破した気にさえもなった。

 だが今は、大陸という枠をも飛び越えた場所にいる。

 少しは目が開いたはずだった。


(ふふ、これが真に外の世界か……)


 そうでもなかった。




「ソレス殿、にやにやしてますが何を思いついたので?」


 ノロマの呼びかけに、はっとした勇者は顔面の筋力に働けと命じた。


「にやけていたのはない。憂いを帯びたシニカルな微笑だ」

「はぁそうでしたか」


 勇者は言葉を吟味するように言った。


「こちらからしたら個々人の重大なことでも、あちらからはその他大勢一くくりというわけだ。なるほどそれは仕方がないな」

「えっ何がなにやら分かりませんが、そんなあっさり?」

「俺様だって同じ立場なら、ちんまい領地全てに対して同等に時間を割くなど面倒に思うだろう」


 族長が呆けて呟いた。


「そんな自信満々に言われましても……」


 勇者は笑顔を族長に向けた。


「安心したまえ。何も放り投げたり見捨てようというつもりではない。分かりようもないことを論じても無意味だと言ったが、敵の腹の内を知る手掛かりが目の前にある。見えていることくらいの対策は打っておかねばなるまい」


 その手掛かりが、意図のないものか、あえてぶら下げられたものかは分からないがと勇者は心で呟く。




「現状を知りコリヌの意見を聞いたところ、役人は、この地を一つの自治体として数えているのだ、ということのように思えなくもない」


 勇者は保険として、語尾を曖昧にした。


「は、はあ、なるほど。そんなように思えてきました」


 なんとなく納得しようと努力している族長へと、畳み掛ける。


「面倒だから、ここに住む者全体でまとめて遣り繰りしてもらいたいのではないかと思うのだよ。だから個々人には適当にふっかけた、とかなんとか」


 コリヌは同意を示した。


「個人では無理な量でも、全体で見れば食い繋げるぎりぎりを狙っているのか……無理だと思う者は、隣近所と統合していくだろうという思惑なのかもしれません」

「ほぅ確かに、それなら土地は変わらず領主の数は減って事務作業が楽になりそうだな」


 コリヌは、何に思い至ったのか、突如表情を険しくした。


「なんだね。不安になるではないか」

「いえ、無駄に最悪な状況を考えちゃって、胸中で暗い波間に溺れていただけなのです」

「そこまで言うなら、ぶっちゃけてくれないかね。気になって眠れなくなる」

「他の領主らと統合していったとして、小規模に変わりはありません。すぐに無理だと気づき、彼らが領地を諦めて国へ戻るのを待っているのやも、と」


 勇者は不安に眉をひそめた。


「そ、それで、領主さんたちが心折れて帰ったからってなんだというのかね」

「それでも登録はされております。権利の移譲ですよ」


 勇者は驚愕のあまり身を震わせた。


「誰に咎められることなく、国がこの地を手に入れる――」



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