第三十一話 解
爽やかな朝に包まれた温かい竈周りでは、コリヌや護衛トリオ達が穏やかに談笑しつつ朝餉の支度を始めていた。
そこへノロマやタダノフに族長らが集まってくると、賑やかな一日が始まるのだ。
そしていつもならば、最後に勇者と行き倒れ君が岩場から戻って合流するのだが、この日は様子が違った。
「おや行き倒れ殿、一人とは珍しい」
「まだ勇者さん寝てるっすね。叩き起こされなくてありがたいことっす」
「それにしちゃ眠そうだけど」
行き倒れ君は勇者に叩き起こされる日々を送っていたせいで、時間がくると体がびくっとして目が覚めてしまうのだった。
それぞれが椀を手に取り、大鍋から湯気が立ち昇るのを眺めながら野菜汁を啜った。
「ちがああああうううっ!」
「わあっ!」
勇者城の扉がばーんと音を立てて開かれ、現れた勇者は青筋を立てて叫んでいた。
「なっ何事ですか……」
思わず椀を取り落としそうになったが、どうにか抱え込んでコリヌは尋ねた。
「なにをほくほく顔でいるのだ!」
「えっいかんので?」
特に動じる事もなく、野菜汁を啜っていたノロマに勇者は詰め寄る。
「俺様の推測によればだなっ昨晩は集めた情報を持ち寄ってそのピースがかちりとはまり、なんと汚いさすがお役人共は汚いと暗い面持ちで晩飯を頬張る予定だったのだっ!」
「そこまでいくと推測っていうより妄想っぽいんだけど」
「いつものことっすね」
「茶化すでない。真面目な話なのだぞ!」
昨晩の勇者はたらふく食べて幸せな気持ちで床に就いたのだ。
ふわふわ気分になりすぎて寝坊してしまった。
ちょっとした罪悪感を覚え、八つ当たりしているのだ。
その辺も少しは成長したかに思えたが、まだまだのようだ。
「では改めて報告大会だ」
ええーと嫌そうな顔が勇者を囲む。
「さかさか話せば早く終わる。ほれタダノフ!」
懸命に目を逸らそうとしたタダノフに勇者は鋭い視線を向けた。
「あっあたしはちゃんとソレスが言ったことは果たしてきたよ。力仕事が要るときはお任せってね!」
タダノフが言葉を絞り出すと、ノロマ達も続いた。
「俺も薬とまじないについて、しかと名を売ってきましたよ」
「驚いたっすよ、俺みたいな下働きも結構いるみたいっすね」
「ご近所付き合いというのもなかなか新鮮でしたなあ。こんな近距離で領主同士のお付き合いができるというのも新感覚ですぞ。肩肘張ることなくですな、忌憚ない意見を交わす機会というのは大変に貴重な体験だったと、このコリヌめは胸を張って言えますな。改めて勇者に感服しました次第です」
コリヌは尤もらしいことを言いつつ勇者をおだてて乗り切ろうとした。
しかし珍しいこともある。
今の勇者にその手は通じなかった。
「ふむふむ……それで?」
「それでって、うまいこと親睦は深められたと思いますので?」
勇者の頭がゆっくりと地面へ向かって下げられていく。
あれだけ言ったのにと力が抜けていったのだ。
(俺様の、信頼……ごふうっ)
見る間に暗く翳る勇者の顔を見て、異口同音に全員が間抜け声を発していた。
「あっ」
一斉に慌てた声が重なる。
「いやあそうでしたそうでした」
「忘れてませんですとも!」
「あー確か何か色々聞いたから多分その中にソレスの聞きたいこともあるよ、うん」
「ぼやいたり愚痴ったりとかしてただけなわけないじゃないっすよ。けっしてとんちんかんな上司の下で働くにはなんて講義とかしてないっす」
しかしうっかり伝え忘れていたとかではなく、どうみても取り繕っている様子だった。
それを見た勇者は鼻につきそうなほど下唇をのばす。
しゃがみこむと、地面に指突きを始めた。
すっかりすねてしまったのだ。
「わーいじけたっ! いじけちゃった面倒臭いよどうしよう!」
「おちおちおつちいてくださいよタダノフ殿!」
「ものすごい勢いで地面が穴だらけになってますな……」
「入口前に変な段差ついたら邪魔じゃないっすかーもう」
周囲が騒然とする中、族長だけは余裕の態度だ。
「ほうこりゃ種まきに便利そうな指ですな」
族長も一見無秩序な勇者ミーティングに、初めはおろおろしていたのだが、すぐに慣れきってしまった。
「その秘訣は?」
ある日、行き倒れ君は族長にお話を伺ってみました。
「伊達に歳食っとりゃあせんがね。ぎっひゃっひゃ」
族長はそれだけで十分な理由だと、顔をくしゃっと緩ませて笑う。
口から覗く歯抜け部分からも、歴戦をうかがわせるような単にすっ転んだだけのような人生の厚みを感じさせなくもない貫禄をにじませていたのです。
とまあ毎度ながらすったもんだの挙句にようやく話が進みはじめた。
タダノフやノロマの話は要点がはっきりしない。
そんなとき勇者は、起こった事を全て吐き出させる。
また領主さん方へと聞き取りし直しかと思われたが、知りたい情報はどうにか集まったのが分かった。
「でだね、話を取りまとめるとしようか」
コリヌが思うところをまとめるようでありながら、自分自身に噛み砕いて聞かせるように話しだす。
「そりゃあ、鶏領主さんも山羊領主さんも皮革職人領主さんも鍛冶領主さんも領地の隅にちっこい畑は完備していると。日々の糧用に。しかし到底毎日収穫できるほどの広さもないとなれば、税に回すなど到底無理に思えますな。職人は今のところ本業に身を入れるほどの時期ではないから畑に時間を割いているようである……」
「しかし家畜系領主さん方は、家畜の世話で結構手一杯のようだと」
およそ百人余りの領主さん達。
その領地の広さもまちまちであった。
勇者達のように、同郷の者らとやってきて、各々が領主として登録しながらも合同作業している所もある。
面白いところだと家族それぞれで分けたりだ。
「ようしパパ南の領主しちゃうぞお」
「ママは西にしようかしらねえ」
「あたちパパのお隣はいやあ」
「なぜなんだぜムスゥメ!」
大抵のそんな人々は、名前だけ領主で楽しく過ごしたいだけだったのだろう。
「それにつけてもお役人め」
そんな庶民の虚栄心とか好奇心とかお祭気分とかに付け入ったのだ。
(いかんぞ勇者。今は怒りのどす黒い炎と輪舞っている場合ではない)
今必要なのは、全ての領主達が実際にどれだけの作物を徴収されるかの計算だ。
「ふっ久々に、両足指を解放せねばならぬようだな……」
足の指をつる覚悟を決めた勇者だった。
「あのう、差し出がましいようですが勇者殿」
「なんだね護衛その一君」
「それが正式な呼び名だったのですね……それについては後ほどシめるとして……いえ計算ごとならばお任せいただけないかと思った次第です」
護衛君はコリヌに促され先を進めた。
「以前もそういったお役目に携わっていたものでして」
「え、いいのかね。手をお借りしちゃっても。それはありがたいが」
なんとなく水を差された気分の勇者だった。




