第三十話 領主百人に聞きました
清々しい空気の中、爽やかな朝日を全身に浴びて立つ勇者。
目の前に同様に立つ仲間に向けて声をかける。
「用件は覚えたな。特にタダノフにノロマよ、大切なことだからな。しっかりしておくれよ」
「ソレス殿ぉ、タダノフ殿と一緒にされるとは心外ですので」
「あたしだってノロマなんて貧弱なのと一緒くたはやだよ!」
「やかましい。しっかりと笑顔でご挨拶だぞ、こうだっ!」
最も光の加護を受ける時間帯だ。
朝日によって、勇者の歯は強烈に反射し輝いた。
「うおぅっ!」
「目がつぶれる!」
「はっはっはだらしがないぞ。朝日が眩しいなどと寝ぼすけさんの戯言ぞ。さあ気合を入れて目を覚ませ!」
自信過剰であることや自画自賛をも勇気の後押しをするならば厭わない勇者だが、何故か己の歯の異常な反射率については思考の外であった。
ちょっと人より白くてまばゆい程度の認識だ。
「もう目はさめてるし」
「頭もはっきりしましたので」
「そんな必殺スマイルは、どなたにも真似できないかと思いますぞ」
「威嚇したら駄目なんじゃないっすかね」
お陰で勇者と仲間との間に齟齬が生じていた。
「そんなに俺様の笑顔が素敵かね。おだてるのもいいが手抜きは許されんぞ。まっまあ初めから勇者は仲間のこと信じてるけどな!」
仲間達は曖昧にうんと頷いた。
勇者は返事を聞くと、皆の背に山と積まれた荷物や、両手に下げられた袋などを確認する。
「お土産はしっかり持ったね? 護衛君らに族長よ、勇者ヶ丘を頼むぞ」
「はい、しかと承りました」
勇者達が不在の間、領内の見張りを兼ねて村人達には草むしりなどの単純な作業をお願いしていた。コリヌの護衛トリオには、それぞれの班を率いてもらう。
こうやって手を借りれば、彼らの作業が遅れてしまうのだが。
(だからといって回避できそうもない問題が立ちはだかったときに出来るのは、先延ばしではない。できるだけ手早く解決することだ。許せよ遭難種族よ。しかしこれも領内を系統立てていくのに良い機会なのかもしれん。なんでもポジティブが良し!)
そう思うと、勇者は自身に活を入れた。
「うむ、では出発!」
「人の腹を探り歩くなど気が進みませぬが、やるとなったからには善処します」
「ほーい」
「ぅーっす」
「はいですともー」
勇者ヶ丘と勝手に勇者が呼んだ丘の上の領主面々は、斜面を下り始めた。
「なんで領主でもない俺まで付き合わされるんすかね……村長さんは免除されたのに」
行き倒れ君だけが微妙な面持ちであった。
平地に降り立った一行は、散開して各々に定められた突撃目標へと進路をとった。
前日に、各能力が必要とされそうな相手を定めて行き先を割り振っておいたのだ。
例えば、牛領主さんは食べるためではなく力仕事用に牛を引っ張ってきた。自分の畑や移動にも利用するが、数頭の内から貸し出して食べ物と交換してもらったりとしていたのだ。一頭を失った分を、タダノフに手を貸してくるよう勇者は命じた。
そんな風に、勇者基準で綿密な計画が練られていた。
何事かあれば平地を見には行っていたから、どんな人がいるかくらいの情報はあるのだ。
勇者一人がふらと立ち寄るならまだしも、丘の上から全領主が攻め下りてくるなど前代未聞である。
さりげなく頼むぞと勇者は仲間に伝えたが、好奇心旺盛な平地民の興味を引きまくっていた。
そもそも平地民達は、勇者と領地獲得戦線を共にした猛者ばかりだ。
縄の前を陣取り戦った勇姿は、誰の記憶にも印象付けられている。
その後も遭難者の件しかりと話題を提供してきたのだ。
興味を引かないはずもない。
そういった積み重ねのお陰もあるのだろう。
今回のあからさまに策のありそうな行動も、悪い噂を呼ぶどころか功を成したりするのが勇者だったりするのだが、その効果が表れるのはまだ当分先の話である。
周囲から興味津々の目を向けられていることなど、コリヌ以外はさして気にしていない。
平地と呼んでるくらいだ。
遮蔽物もそうないし、気にしたとてどうしようもない。
かまわず聞き込みを開始する勇者達だった。
丘の上領主対平地領主の興味津々対決が勃発した。
「何を突然かって? 最近色々と小耳に挟んでな。ちょっとばかり心配になったのだよ!」
「あれこれともらう義理がない? まあご挨拶も兼ねてと思いましてな。最近ようやく状況が落ち着いてきたものでして」
「人の手が足りないって聞いたんだ。力仕事なら任せな! ほら見てこの力こぶ。そこらの働き牛には負けないよ」
「俺はちょっとした薬湯くらいなら煎じますので、体調に難を覚えたならば是非に我が領地へとお越しください! 丘の南側ですからしてお間違いなく」
「いや俺は勇者さんに頼まれただけっす。収穫できるものがまだ安定しないんで交換できそうなものがあれば今後もよろしくってことらしいっすよ。えっあんたは小作人? そっか大変だな……うんうん我侭ボスには苦労させられるっすよね」
全員が勇者の意図をきちんと汲んでるかは、これらの発言を聞けばよく理解できることだ。
勇者は彼ら領主の総まとめ領主として、仲間の成長の機会とも捉えていた。
些細な機会も利用しようとする、小心者能力のせこい加護である。
(うふふあの領主さんやこの領主さんともお話をしてみたかったのだよ。ちょうど良いではないか。片っ端から聞き込みしちゃうぞ!)
初めの動機はどこへやら、勇者の心は私利私欲に塗れていた。
(くふぅどうだねこの成果。なんだか色々頂いちゃって勇者申し訳ない気分だぞ。この皮手袋なんか、本来ならば籠一杯程度のお野菜と交換で済むものではない。皮革職人領主さんには、もっとあれこれお持ちしようではないか、ぬっ――殺気?)
頬をだるだるに緩ませている勇者は、己に向けられた視線の存在を感じた。
「おおう、気が付けば領主さんたち勢ぞろいではないか」
一通り気になる領主さん方に突撃取材した勇者は、やりとりをつぶさに観測されているのは自分の方であることにようやく気が付いた。
「いやあ今度は勇者領主さんが何するんかと気になってな。仕事に身が入らんでよ!」
気の抜けた顔が見られたかと思うと、勇者は気恥ずかしくて肩を縮こまらせる。
勇者の周囲では、がはがはと笑いが起こった。
こうして勇者達の、領主という言葉がゲシュタルト崩壊に挑戦するかの如き時間は終わりを告げた。
午後には勇者達も戻り、きちんと持ち場での作業をこなしたが、どうにも浮き足立って過ごした。
その気分のまま、晩飯の時間になり竈を囲む。
「皆よく頑張った。本日の行動を無駄に思うなかれ。確かな手応えと収穫はあったのだ!」
勇者は、あれこれ頂いてしまった食べ物を口に頬張り、力強く拳を掲げた。
竈を囲む全員が勇者の言葉に頷き、ちょっとばかり豪勢な食事に頬を緩ませるのだった。




