第三話 勇者の孤独
前回までのあらすじ。
領地獲得の戦いは、縄を切る前から始まっていた。
だがそこは無駄に徹夜能力を駆使する、完徹の勇者の独壇場であった。
しかし勇者は己の能力を過信したりはしない。
列を横入りする巨悪を退け、その辺りで用を足してみたりと、敵を排除するための工作も万全であったのだ。
観衆をも味方につけたカリスマ性を持つ勇者。
だが彼の心は孤独だった――眠くて話す気力がなかったためだ。
ともかく最前列を死守しきった勇者は、正々堂々のスタートダッシュを切る!
スタートダッシュだけは正々堂々!
(なんと、言葉の前後を入れ替えるだけで姑息さが掻き消えていくようではないか)
そんなことを、ちらと考えもしたが、あとは無心でひた走る。
猛烈な海風を受けて顔面を波打たせながら、湿った道をばしゃばしゃと進み続ける。
後続を大きく引き離していた勇者だったが、一人の猛者が背後に忍び寄った。
「俺様を風よけに使うんじゃねえタダノフうっ!」
「だってリーダーはソレスじゃないかあぁ!」
振り返らずとも、地響きのような足音で分かる。
あっさり追いついたタダノフは、その巨体を勇者の背後にぴたりとつけた。
追い立てられているようで、気持ちが焦るからやめてほしいものだと勇者は思った。
勇者はタダノフと特訓をしていて、巨体をよくも俊敏に動かせるものだなと感心した風に言ってみたことがある。
ぶちのめされて、嫌味を言いたかったからだ。
「風の妖精さんをまとわせているからねっ」
そう少女のように頬を染めながらのたまっていたが、どうみても鋼のような筋肉を怒らせているだけだ。
その様子は、妖精さんというより魔王の尖兵としか思えなかった。
(今やその尖兵も俺様の手先よ)
勇者は禁じ手を一つ解放することにした。
「そうだ俺様がリーダーだ! だから先に行ってろ! ほら、おやつをくれてやる!」
そう言って、貴重な乾燥果物の袋を投げた。
しばらくおやつのない無味乾燥の日々が始まる、禁断の技なのだ。
「ごちっす! んじゃ見てくるううぅ……」
言う間に語尾が遠くなっていく。
「ブはっぶは!」
タダノフの起こした土煙が喉に絡みついて、むせる。
(くそっ、下手な場所しか見つけられなかったら承知しないぞ)
後に大陸争乱などと物騒な名で呼ばれたこの争いは――早い者勝ちの、場所取り宣言合戦であった!
それは花見の場所取りと、さして変わらないほどの殺伐さを見せる。
「はいはーいここおれのー!」
「おっと、俺の爪先が先にインだぜ」
「うっかりこの剣が、その足首から先に別れを告げる予感があるぜ。なぜだろうな」
「すいませんあなたがさきでした」
こんな感じで、とても平和に、各々が気に入った場所を領地へと定めてゆくのです。
それはもっと後のお話。
今は勇者の足取りを追いましょう。
(見える、俺には見えるぞ新たな大地が)
「いっちばんのりー」
タダノフは配下だから、ものの数には入らない。
背高の草を、なぎ倒したような道が、一直線に走っている。
タダノフの軌跡だ。
その先には――ヒルトップ!
(あれは小高い丘! この見晴らしの良い平地を眺めて暮らせる、俺様が求めていた新天地!)
もう勇者に迷いは無かった。
他を見回す精も根も尽き果て気味だったのだ。
心臓よ持ってくれと祈りつつ、斜面を駆け上る。
「とうっ!」
頂上へとジャンプをかます。
その手は剣へと添えられていた。
着地と同時に、低木へと踏み込むと、剣が一閃した。
叩き折られた幹は、バサァと音を立ててくずおれる。
(手首ほどもない太さで助かった。もっと太ければ反動で手が痛いところだ)
さらに二箇所ほど叩き割り、先を削って尖らせる。
その一本を、タダノフの側へと投げつけた。
「きゃあっ!」
勇者の素晴らしい剣技により、見事な杭へと変貌を遂げた木は、足を組んで座り込むタダノフの正面へと突き刺さっていた。
「女みたいな声をだすな。気味が悪い」
「女だよ!」
「場所を取れと言っただろう。先に食ってどうする。さあはたらけ!」
「ふぁーい」
やる気ないタダノフに活を入れると、まずは手本を示さねばと、自らも杭を掴む。
歩数で丁寧に距離を数え、中心らへんに、一本目の杭を穿つ!
そして、名を刻んだ。
「ノンビエゼっと! ふ、ふは……フハハハハ! やったぞ俺が一番領主だ!」
杭打ちが終わって、その全てに名前を刻み終えると、勇者は苦悩した。
(世界が……俺を中心に、回りだしたとでもいうのか)
単に眩暈で視界が揺れていた。
「フッ限界が来ちまったみたいだ。この地の未来は貴様の双肩にかかっている。あとを、たのんだ、ぞ……タダノフ……」
「お前がいなかったら、誰があたしに餌をくれるんだよ。ソレス、それーーーーす! あいだっ! どこからスリッパ出した」
「ウルセエ眠れんだろうが。黙って警備してろい」
「はーい」
マイ座布団に顔を埋めるように抱きかかえて、勇者はすやすやと眠りについた。
その寝顔は、まるで生きているように穏やかだった。
死んだように眠りはしたが、勇者はまだ生きている!
敵は己自身。
そして、勇者は打ち勝ったのだ。
すっかり夜も明け、朝日が目に刺さる。
それが勇者の気分を最悪なものに変えていた。
「うぼぁ吐く……」
「ほい、水」
「う、うむ。助かったタダノフ」
徹夜の反動で、長く眠りすぎると、後頭部を殴られたような頭痛と、鳩尾を抉られたような吐き気に見舞われるのだ。
脱水症状である。
「くっ……つらいな。完徹能力の代償か……ははっ」
惨めな気分に酔いしれていたところを、ノロマが台無しにした。
「お歳を考えて自重ください。何をキョトンとしているので?」
ノロマの発言は不意打ちだった。
それは軽口なのか、冗談なのか、からかっているのか。
軽く返そうにも、勇者は起き抜けで頭が働いていなかった。
「歳って、俺様はお前らより若いぞ」
「まだ夢の中をさまよってんの?」
「その姑息なふてぶてしさは、立派なオッサンという生物の域に達していると思われますが」
そこで勇者は、はっとして、ぐっと涙を堪えた。
(俺様は二人の誕生日を祝ってあげたから歳を知っている。せがまれて面倒だったからだとしても。だけど二人は俺様を祝ってはくれなかった……だから、知らないんだ)
勇者は地に這い、深くうなだれた。
「えぐっな、仲間だと思ってたの、は、勇者ぅぐ、だけなんだ……ぶぴーっ」
兆候はあったが勇者の目は常に曇っていた。
これも完徹能力の酷使によるものだ。
(そういえば、見張りのときも俺様は一人で寝て、一人で起きる。二人は用を足す時にだって俺様を誘ってはくれない)
「あっ」
「あっ」
今さら二人は、お誕生会のことに気が付いたようだ。
勇者自身すらそうなのだから、他人が気が付くはずもなかったが、それはそれである。
(真実は、いつも冷酷だ――)
「ええっと、領地獲得できたら、まとめて祝おうかなって!」
タダノフはフォローしたつもりが、別のお祝いと一緒くたで十分との意味になってしまっていることに気が付かない。
「ち、ちなみにお幾つで?」
ノロマは、知らなかったことを取り繕うことすらせず質問した。
「ぅ……く」
勇者は、ちょっぴり泣いてしまったことが恥ずかしく、小声で答えた。
実際は滝のように溢れる涙と鼻水が、無念を滲ませる顔を流れ落ちていた。
二人の目は、それを捉えていたが指摘はしない。
勇者の指突きは、意外と痛いのだ。
「あのう、もう一度、大きな声でお願いします」
勇者は顔を上げて二人を睨む。
血眼が見開かれると同時に、叫んだ。
「だからっ、十九だってば!」
静謐な空気。
静かだ。
あまりにも、静かだった。
「はああああ? てめ盛りすぎだろ! 三十の間違いじゃないの」
タダノフは胸筋をひくつかせながら叫び返した。
「どう見ても、俺より年う……いえ、この舌がいけないの。めっ☆」
完全な覚醒状態であれば、調子に乗るノロマを許しては置かないところだ。
(こいつを地に這わせるのは、後にするとして)
勇者は、すっくと立ち上がる。
立ちくらみで一瞬ふらついたが、踏ん張って持ち直す。
「タダノフは二十五歳、ノロマは二十八歳だ。祝いの品を寄越せと、いい大人が、いたいけな少年である俺様から、むしりとっていたのだよ」
勇者は、握った拳を二人へと突き出して訴える。
その気迫に、嘘は感じられなかった。
「え、それマジで?」
「まさかの、じ、十代!」
茫然自失の二人を見て、勇者の溜飲も下がった。
執念深くはあるが、根には持たない性質だ。
「ふんだ。もう自慢したって知らないから! 明日は俺様の誕生日。ようやく貴様らと同じく、大人の階段を登るのだからな!」
なんてこったと呟き続ける二人に、勝利を確信する。
(とんだ甘ちゃん共だ。精神力では、俺様の方が上だな)
ついさっき、ずっ友に裏切られたと泣き出したことなど忘れていた。
「見張りを交代するぞ。お前らの寝る番だ」
気が済んだし、何より頭も冴えてきたため余裕ぶる。
腹が減ったので、早くこんな茶番は終わらせたかった。
後回しにしたノロマへの制裁は、次回へ繰越である。