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完徹の勇者  作者: きりま
領地拡大編

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第二十九話 勇者の葛藤

「俺様は領主をやめるぞコリヌうぅっ!」

「うほわあああっ!」


 猛烈な勢いでコリヌ領へと飛び込んだ勇者は、コリヌらの姿を認めると吠えるように言い放った。


「なっなんですか勇者よやぶからぼうに……心の臓に響きますからな、もう少し穏やかな闖入をお願いしたい」


 コリヌは胸を押さえながら大きく息をついた。


「そんな護衛達の背に隠れるなど大げさな」


 開墾作業を始めてからというもの、護衛トリオは鎧を脱いでいたはずだが、今はきっちり着込んでいる。

 勇者はお冠だったために感覚が鋭くなっているようで、その変化を見逃さなかった。

 鎧だけでなく武器まで手にしている。

 見逃しようもなかった。


(このタイミングで武装だと……? 元々領主だったのだ、まさかっ役人と手を組んでいたりするのか、賄賂か腹黒か俺様をたばかるというのか!)


 疑心暗鬼になって問い詰めた。


「……待ちたまえ、何をそんなに警戒しているのだね」

「これはその、あまりに間が空くと腕が鈍りますし、経験値ためっていうかこう熟練度下げ防止っていうか……」


 コリヌが言いよどみ、護衛達も微妙な顔付きとなった。


「怪しいな」

「ひえっ滅相もございませんですよ」


 勇者は怯んだ。


(なんということだ。役人のこととか、こんなめんどくさいこと、コリヌ以外の誰に相談すればよいというのか)


 ぐるると歯軋りして唸る勇者に、コリヌはさらに縮こまった。


「そ、それより如何なされたのですか、そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたもない……!」


 勇者が言い募ろうとした時だった。


「おーっじっ様ぁ! 今日も自然との戯れお疲れさま! 楽しい癒しタイムだよ」

「ぎゃー出おったー!」


 頬骨あたりを赤く染めたタダノフが、草むらから躍り出た。



「へっ?」


 呆気にとられて勇者はタダノフを見、それからコリヌを振り向いた。


「ごっ護衛達よガードだ、があああどっ!」

「またおーじ様ったらそんなに焦らして。これも恋の駆け引きってやつ?」

「たっタダノフ殿、御免! はーっ!」


 護衛その一君の槍はタダノフへと躊躇なく向けられた。

 素早い身のこなしで瞬時に目標へと距離を詰める。

 その動きや気迫からは手抜きなど一切うかがえなかった。

 だがタダノフは楽しそうな表情を浮かべたまま、あっさりと避ける。


 しかし突撃は囮だった。

 護衛その二、その三が左右からタダノフを挟み討つ。

 それぞれが両手剣と棍棒をタダノフへ向けて振りぬいた。

 互いがぶつかり自爆も覚悟の上か。


 タダノフは両腕を左右に伸ばすと、強靭な脚力でもって二人の間に飛び込んだ。


「ぐふっ!」

「がああっ!」


 タダノフは二人の武器を持つ手元を掴むと、思い切り捻りあげて地面に引き倒した。

 終わったかと思った瞬間だった。

 タダノフは剣を抜きつつ背後を振り返る。


 ガッキイィィィン!


 頭上へと振り下ろされた槍を、タダノフは剣で下から払い上げていた。


「ふん、腕が上がったじゃないか」

「ふえぇ……参りました」


 拳を噛んではらはらと見守っていた勇者は叫んだ。


「なっなんだというのだお前達はあっ!」


 タダノフは勇者が目に入らないのか、尻餅をついたコリヌへ飛びつくと、抱き上げて膝の上に乗せた。


「おーじっ様。今日の護衛君たちはなかなか頑張ったじゃないか。あたしに剣を抜かせるなんて、なかなかできることじゃないよ!」

「ゆっ勇者よお助けをぐえ」


 タダノフはコリヌの頭に頬ずりする。

 コリヌに巻きつけた腕は筋肉を波打たせ、抱きつくというよりは絞め殺しているように見えなくもない。

 実際コリヌは青褪めている。


「聞かんかタダノフ!」





 竈を囲んで晩飯を味わいながら、事の次第を尋ねた。


「なるほど、むぐむぐ。警戒していたのはタダノフ対策のためだったのだな」


 コリヌは怯えながらちらとタダノフを見て答えた。


「は、はいその、そうです」

「ちょっとソレス、誤解されそうなこと吹き込むんじゃないよ」


 勇者はほっとしていた。

 コリヌが裏切ろうとしたわけでも謀っているわけでもなかったのだ。


「まーだ諦めていなかったのかコリヌよ。なんと往生際の悪い」

「だって勇者よ!」

「だっても取っ手もない」

「でへへソレスに祝福してもらえて嬉しいよ」


 コリヌは救いを求めるように、ノロマや行き倒れ君を見たが、救いの手が差し伸べられることはなかった。

 この場に新たに加わるようになった族長を見たが、状況がよく飲み込めないというか知らないふりをしたほうが得策と思っている顔つきだ。

 それなりの修羅場も経験してきたコリヌだ。

 自力でこの場を乗り切らねばならないと、ひとまず話を変えることにした。


「そっそれで勇者よ、泡食って飛んで跳ねて躍動感に溢れておったのはどうしたわけですかな」


 勇者は勢い込んで立ち上がった。


「そうなのだっ! コリヌよ、この勇者大地に大変衝撃的な事実が巻き起こっていたのだよ」

「えっ勇者大地?」

「勝手に地域名まで命名っすか……」

「そこは 禍 々 し い(ザランドオブ) 呪 い(フォーリンイン) 大 陸(ザダークネス)とかにしましょう」

「長いよ」


 いつもの如くわいわいと話はそれていく。

 勇者も混ざろうとしたが、気を引き締めた。


「ええい違うのだ! 聞くがいい、ふふん俺様は平地へと偵察に伺ったのだよ」


 勇者は腕を組んだ。

 これから話すことへの緊張に、手の置き場に困ったのだ。


 勇者を見上げる目からは、どうせまた変なこと思いついたんだろという気持ちがのぞく。


「税についてだよ。だからコリヌに相談するのが適任だろうと思ったのだ」


 その内容に、コリヌ以外は心底聞きたくなさそうな顔をした。

 訳が分からなくて混乱する気持ちは勇者もよく理解できる。

 今まで土地を持っていたことはないし、下働きとして転々としていたのだ。

 雇い主が代わりに払ったりしていたのだろうが、直接的に関わったことはなく縁遠いことだった。


「逃げるなタダノフ、大事なことだから聞きなさい……山羊領主さんから、役人共は全ての税を作物で納めろと言ってきた、と聞いたのだ」


 勇者は、交換してもらった作物で支払う仕組みらしいとの説明も重ねた。


「ちびちび交換できたとして、長いこと貯めておけるようなものではない。貯めて置けたとしてもだ、自身が食べる分も引いたら残らんではないか!」


 勇者は話しているうちに、また腹が立ってきた。


「なるほど、それであんなにぷりぷりしてらしたのですな。それにしても領主を辞めるなどとは、あまりにも唐突に過ぎますぞ。なんでも簡単に投げ出す勇者ではないでしょうて」


 コリヌは理解を示しつつも、勇者の短絡的な言動を戒めた。


「そんな村が出来たばかりというのにやめるのですか!」


 族長が仰け反るように驚いて口を開いた。


「それについては言葉の綾だ、だから何か手はないかと相談しているではないか。顔を近づけるな族長!」

「そっうですか、取り乱して申し訳ない」


 族長が気を落ち着けると、タダノフ達も憮然と呟いた。


「餌は食べられる内しか、餌とはいえないのにね。お役人さんって馬鹿なのかね」

「タダノフ殿に言われたくはないでしょうが……しかし不思議ですな。何か他に意図があるのでは?」

「意図か……ふぅむさもありなん」


 勇者は単純に馬鹿馬鹿しく思っていたために、他意があるなど考えもしなかった。

 しかし今それを考えたところで無意味だろう。

 なんの手掛かりもない。

 勇者は、問題としたことに集中することにした。


「今は、分かりようもないことを論じても始まらんだろう。まずは平地領主さんから事情を伺ったほうが良いのではと思うのだ」

「心掛けは素晴らしいことですが、私達も手一杯ですぞ」


 傍から聞けば、勇者が余計な問題に首を突っ込んでいるように見えるだろう。

 コリヌはやや心配を漏らした。


 勇者は真剣な表情でコリヌらを見つめる。


「全て作物でということになったら、誰もが畑をやるしかない。ノロマよ他人事ではないぞ。今までちょろっと薬を作っては売ってと生計を立てていただろう。それもできなくなるぞ」

「た、確かに……恐らく薬草畑でも作れと言われるでしょうなー」

「それは作ってもらった方がいいんじゃないっすかね……」

「うむ、そうだ。全員畑作なんてやってたら、食べられないものを作ってる職人なんかはどうだ。木こりとか狩猟で生活してる者とかもいないと困る。そして何よりも! 誰が美味しい卵や乳を確保してくれるというのだっ!」


 さすがにいくら美味しくても、今後お野菜だけの生活なんて悲しいことだ。

 コリヌだってお肉や卵や乳製品が食べたい。ぐぬぬと納得するしかなかった。


「明日から聞き取り調査を行う。張り切りたまえよ!」


 やはり問題は次から次へと現れる。

 とはいえ、これは放っておくことのできない重大問題であった。



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