第二十八話 鶏よりの使者
勇者が岩場に立ち、日課の平地眺めをしていると来客があった。
「勇者領主さーん! ちょっといいかね、ぐるぇーきょっこ」
鶏領主さんだった。
よく懐いた一羽が領主さんの頭に乗っているから、顔を忘れたとしても間違いようがない。
ある日から別人がやってきたとしても気が付かない自信があった。
(そんな怪奇事件が起こるのは御免だが……その辺はきっとノロマがなんとかしてくれる多分)
勇者はちょっぴり怖くなってしまったが、こちらには専門家がいるのだと心を強くもった。
現実に意識を戻す。
鶏領主が喋ると頭の鶏も鳴くので、会話が混ざって大変である。
しかし用件は分かっている。
「何か交換できる野菜がないか、くこっきょぅ!」
「元気そうだな鶏領主さんよ。卵かね、助かるぞ」
「俺、コリヌさんとこ行ってきます」
「頼むぞ行き倒れよ」
行き倒れ君は、勇者が何も言わずともコリヌの元へと走っていった。
「少なくて悪いがねえ」
「とんでもない、卵はいつでも大歓迎だぞ!」
「しかし大所帯になったと聞いたよ。徐々に増やしてるから期待していてくれくけ」
「はっはっはまだ始まったばかりではないか。地道に行くがよいぞ」
牛領主のお裾分けに野菜を交換してからというもの、時折こうやって平地の領主さん方が訪れるようになっていた。
田畑領主達とも互いの持っていないものを交換することもあるが、特に家畜系領主さん方には深刻なお野菜不足問題が発生している。
平地さん同士で交換しようにも作付面積が小さいし、勇者達同様に今はまだ準備段階である。あまり分けられるほどの量はないのだ。
「お待たせっす」
「おっ戻ってきたな」
「今日は新鮮なのがあんまりないらしくって乾燥させたやつになるみたいで」
「十分だよくるっくー」
行き倒れ君は期待に満ちた顔で卵と交換する。
鶏領主も満面の笑みで受け取った。
「こっちも頑張らなくてはな。また是非に頼むぞ」
「こちらこそまた頼むよこけー!」
勇者は手を振って見送った。
(気が付けば、ご近所付き合いも出来てきたではないか。人の縁とは不思議なものよ!)
ちょうど朝飯前である。
「早速、卵料理を堪能しようではないかね」
「いいっすね早く戻りましょう!」
逸る心とは裏腹に、勇者達は枯れ草を敷き詰めた小さな木箱に並ぶ卵を、割らないようにと慎重に戻った。
食卓ならぬ竈周りはほくほく顔が並ぶ。
芋をすり潰して焼いたものに、崩して焼いた卵を乗せて貪った。
朝から十分な栄養が摂れるのは、身体にも心にも嬉しい食事だ。
(鶏領主にまじ感謝だな!)
勇者はふと、平地領主達の納税はどうなっているのかと疑問が湧いた。
(卵を納めるには遠すぎるし、鶏を渡したら生きる術がなくなるし……?)
かなり広い勇者領の畑ならば、半分の収穫を持っていかれても、食うだけなら困らない。
家畜関係のことはひとまずおいておくとして、農耕系領主さんの方も気になるのだ。
(あんな寝床程度の畑から半分持っていかれては、到底生きていけそうにはないが、役人どもはどういった見積もりをしているのだろうか)
今度機会を見つけて内訳を聞いてみるべきと、予定に書き込んだ。
「俺様は昨日に続いて地面をほじくり返そうではないか。行き倒れは端っこの畑を頼んだぞ」
「ぅぃーす」
勇者は畑予定地を柔らかく均していく作業にとりかかる。
重労働を引き受けるのは筋力と体力増強のためだ。
(鍬を振るのは筋肉のため! さあ大地よ抵抗してみせろ、我が身に負荷をかけるがいい! ふははははは)
幸せそうな勇者の顔を呆れて見た行き倒れ君は、一応突っ込みをいれる。
「真面目にやってくださいよ……」
しかしその戒めも、すでに勇者の耳には届かない。
一瞬で大地師匠との妄想特訓に没入しきっていたのだ。
行き倒れ君は諦めて持ち場へ向かう。
任されたのは試作畑だ。
幾つかの畝が並び、それぞれに別種の作物を植えてある。
小さな緑の芽を出しているプロトタイプ畝一号の側にしゃがんで、土の状態を確かめた。特に意味はないがなんとなく触ってみただけだ。
畝ごとに二号三号と続くが、妙な単語を拾って名付けたのはもちろん勇者だ。
水撒きを終えると、周辺の草をむしる。
その後、区画が分かり易くなるかと、取り除いた石コロを集めて並べていった。
しばらく身体を動かしていくと、体の悪いものが放出されるように爽やかな気分になる。
何かが脳内で駄々漏れているのだろう。
すると考えもはっきりしてくるのだ。
(そうだ、領内のことばかりに夢中になっていたが、こちらからも出向けばよいではないか)
勇者達だって他の領主の様子が気になるとはいえ、彼らがやってきたときに世間話がてら情報交換するだけであった。
出向くのに何か自然な理由はないかと考えていると、行き倒れ君がむしって山にしてある草が目に入る。
(そういえば倉庫の建て増し計画が遅れているのだ。そろそろ乾燥した草の置き場にも困っていたな)
勇者は山羊領主さんを尋ねることに決めた。
餌用に草を持っていき、山羊乳を分けてもらえないかと思ったのだ。
すでに想像して涎が出ている。
「来いよ土くれ、全力で相手してやる……ふおおおおおおっ!」
予定が決まったことで、さらに気合を入れて見えない敵と戦う勇者であった。
「静かにしてほしいっす……」
行き倒れ君の小さな抗議は風にかき消えていった。
日が傾く結構前に、勇者は作業を切り上げた。
「行き倒れよ、後の作業は任せたぞ。晩飯時までには戻る」
刈り取って保管しておいた草を束にして縛り、勇者は山と背負い手桶を掴む。
勇者にしては珍しく、転げ落ちないよう慎重に斜面を下った。
「山羊領主さんよ、乳の出はどうかね。草をお持ちしたぞ」
「おや勇者領主さん、わしの乳は一生出んと思いますぞな。かわりに自慢のヤギ助のを絞りましょう」
「もちろん山羊の乳を所望だ。しかし雌ではないのかね」
「雌ですとも」
勇者が手桶を渡すと、山羊領主は乳を絞ってくれた。
側に立って草をおろすと、他の山羊が勇者に群がった。
「おうっなかなか力強いではないか」
「こりゃすんません。ヤギ蔵にヤギ吉、あっちにもどっとれ」
「雄なのかね」
「へっ? 雌ですとも」
(なんで男の名前なのだろう)
ヤギ領主は取り合えずで作ったような、狭い柵へと山羊達を移動した。
またヤギ助の元に戻って、ヤギ領主は小さな木の台に座りなおした。
「よくぞこれだけ連れて海を渡れたものだな。道があるとはいえ臆しそうなものだ」
「めへっへっ俺んちの山羊は強情なのばっかりだからな。助けられたわい」
和やかな雰囲気になったかな、なってなくてもいいかと勇者は意を決して聞きたいことを口にした。
「そういえば山羊しかいないが税はどうするのだ」
「簡単なことです。乳と作物を交換してもらって、それで納めろとね、役人さんはいうわけですよ」
山羊領主は苦笑して言った。
ちょっとずつ交換するしか出来ないもので納めろというのかと、思いも寄らぬ方法に勇者は唖然とした。
(なるほど合理的、などと言えるかたわけ役人どもめ。簡単なことではないではないか……っ!)
勇者は何も言えずに立ち尽くし、桶に乳が溜まっていくのを見つめていた。




