第二十七話 勇者、村を作る
「ないわー」
「そりゃないですわー」
「ないない」
「ないっす」
誰が誰だか分からないほど誰もが同じ答えを返した。
「それほどありえないわー、かね」
勇者は茶を啜りながら曖昧にうなずいた。
今晩はぅもぅも肉を葉野菜で包んで焼いた、大変スタミナのつく献立だったのだ。
この地を踏んで以来初の肉だ。
反芻しないではいられなかった。
それは勇者だけではないらしく、皆の答えが強烈な反対意見であろうともどこか気が抜けている所以でもある。
肉は平地で飼っている者からのお裾分けである。
牛さんには不幸な出来事であったが、事故で怪我を負ってしまったらしく致し方なくといったところらしい。
貴重な働き手を失ってしまった牛領主さんには、代わりに野菜をお持ち帰りいただいた。
「あのう、本当になしですよ。遭難村だなんて名前、縁起が良くない感じでしょう」
どこか夢現の勇者達に、族長は困ったように申し出た。
「話の途中だったな、こほん」
勇者はようやく頭を切り替えて族長を見た。
「はっはっは驚いたかね。冗談に決まっているだろう。あんな短時間でささっと決めて良いものではないからな」
行き倒れ君と族長は、目を薄めて疑わしげに勇者を見た。
「ぬ、なんだねその目は。良い感じの響きであれば良いのだろ。ちょっとばかりお待ちなさい」
そう言って勇者はまた夢見心地にお茶を啜った。
集中のあまり茶を口に含んだまま唸った際に鼻から散布してしまい、タダノフからゲンコツをくらうなどの波乱もあった。
不安げな族長と、いつものことだと動じないタダノフ達が見守る中、勇者は目を伏せてうんうんと唸り続ける。
「えろんす……いや、びじらん……ううむ……ぬっ!」
勇者は顔を上げ、親指を立てて突き出しながら力強く言い放った。
「レビジト村!」
そしてにかっと笑う。
勇者が胡散臭い笑顔を浮かべた場は、静寂に包まれた。
「んで、それはどんな意味があるの」
しばしの沈黙の後に、タダノフが聞いた。
「えっ意味とな……」
笑顔が引きつる勇者に白い目が突き刺さる。
「もっもちろんあるとも! ええと確か、全力でおもてなししたい! とかそんな感じだ」
「なぜに曖昧なので?」
「作ってんじゃないっすか」
冷めた反応の中、コリヌが助けを出した。
「意味は分かりませんが、聞き覚えがありますぞ。最北の地域で使われる語感ですな」
「そうだともさすがコリヌだ! これは俺様の故郷一帯で使われる方言なのだよ」
「だったらなんで言いよどむのさ」
「そりゃ方言ってくらいだから特別立派な言葉というわけではなく、日常的なものだから申し訳ないというかその……ともかく俺様は名付けの感性など持たんのだよっ!」
勇者は立ち上がると顔を赤くして喚いた。
「わっ分かったから唾飛ばすな」
勇者から告げられたそれっぽい名前を、族長は何度か口の中で暗唱していた。
「ほう、おもてなしスタイルですか……なかなか、いや温かみがあって素晴らしいではないですか!」
その面持ちは明るいものとなった。
「このノロマには、どこかの呪文みたいな響きが大層好みですが、意味も含めれば普通に良いのでは。今回ばかりは悪くないような気がしますなー」
「短くて覚え易いとは思うっすよ」
「初めっから真面目に考えりゃいいのに」
方々から絶賛の嵐だ。
勇者は偉そうに胸を反らした。
「しかしどうも聞き覚えのある言葉なような……ううん引っ掛かる」
コリヌだけが首を捻る。
勇者の背に冷たい汗が流れた。
故郷の村付近の方言なのは本当だ、勇者嘘つかない。
コリヌのいた町とは山も隔てていたしかなり離れているのだが、その地方の領主だったのだから、隠された意味を知っていてもおかしくはなかった。
「村の名前に反対はないようだな。それよりも本日の進捗やらを聞いてあれこれ企もうではないか!」
「それもそうですな。悠長に構えている余裕はないですからな」
コリヌが考えを払うように頭を振るのを見て、勇者は内心胸を撫で下ろした。
(ふぅ危ない。村の古い方言で遭難者のことだとは気づかれずに済んだようだな!)
勇者は知らなかったが、元々の意味は「外からの訪問者」である。
辺鄙な山奥に来るような者は、旅人や商人などが迷い込むくらいのものだし、大抵は行き倒れているのだ。
そこから転じて遭難者を指すようになったのだった。
全力でおもてなしせざるをえないのは、行き倒れた者を見つけた方である。
しかし単語の意味だけで言えば特に悪い意味はないどころか、「外からの訪問者村」となり、そのまんまであった。
満足気な族長が、勇者に呼びかけた。
「どうか皆へも勇者様からお伝えください」
村として新たな人生を進むことになった森というか藪というかは、今日一日だけでも結構ひらけていた。
しかし遭難組全員が寝床を作れるほどではない。
昨晩や今も、竈から向こうには数十人がたむろしていた。
「おぉい勇者様のお話だぞ」
勇者は内心焦りつつ、立ち上がって竈の向こうにたむろする遭難組を見る。
座り込んだ者達が一斉にぐるんと振り向いた。怖い。
名前の由来に気づいた者がいたらば、全力で知らぬ存ぜぬで白を切りとおすつもりだ。
ごくんと喉を鳴らして勇者は声をあげた。
「勇者初の村がこんなに早くでき、そこへ諸君を迎入れられたことを嬉しく思う。名はレビジト村とする! これからも励んでくれたまえよ」
途端にわーわーと歓声があがった。
「これ夜も更けているのだ、ほどほどにしたまえよ」
風向き的に問題なさそうではあるが、勇者の小心者能力はご近所付き合いに問題ありそうな行動を見逃さないことが多い。
「これは失礼しました」
歓声は小さなわーわーになった。
(こやつらの声帯はどうなっているのだ)
勇者は一瞬訝しく思った。
「俺様たちは会議があるのでな。後は好きにしなさい」
どうにか乗り切ったが、勇者は話を早く変えたかった。
何について掘り下げようかと考えつつ、遭難組を眺めた。
彼らは村でどうする何すると顔を輝かせて楽しげに話している。
勇者は和やかに過ごす遭難組を見て嬉しい気持ちになった。
「族長よ、渡ってきたばかりというのに無理を押してもらってすまなかったな」
「なんとありがたいお気遣い! 自らの寝床を作るのですから当然のことですとも」
腕を組んで立つ勇者の隣に、族長も並んでしみじみと眺めた。
「ふふん、では勇者領初の村爆誕祝いだ。楽しく謀をめぐらそうではないか。やることいっぱい胸いっぱいだなはっはっは」
勇者はコリヌ達と、ついつい現実的でない計画を楽しげに話して過ごしてしまっていた。
お開きになって城の寝床へ飛び込んだ勇者だったが、どうにも気持ちが高ぶっていた。
(行き掛かり上仕方なく村とすることにして、適当に名付けたのだ。感慨などないと思っていたが、これはなかなかうふふだぞ)
勇者はこのそわそわした気持ちを形にしたいと思い立ち、完徹能力の封印を解かない程度に夜更かしした。
「どうした行き倒れ。夜更かしした俺様より目が赤いではないか」
「勇者さんも目が血走ってるっす。それより、ガリガリがさごそと物音がすごくて寝付けなかったんすよね」
行き倒れ君は恨めしげに勇者を見た。
「はっはっは意外と繊細なところもあるではないか」
もちろん勇者は意に介さない。
それどころか鼻歌を朗々と奏で始めた。
「行き倒れよ、先に畑へ向かってくれ。俺様はちょっとばかりやることがある。逃げるわけではないぞ!」
行き倒れ君の怪訝な顔に勇者は先んじて言った。
「まだ何も言ってないっすよ。それにあからさまに板切れ持ってるじゃないすか。んじゃ先行ってるっす」
いよいよもって動じなくなってきた行き倒れ君を、頼もしく思う勇者だった。
「勇者行ってくるー」
颯爽と駆け出した勇者は、小脇に胴ほどの長さの板をくっつけた腰の高さまである杭を抱えていた。
目的地は丘の東側の麓。
藪の入口に立つと、ちょうど良さそうな木の幹に目星をつける。
その側の地面をちょっとばかり堀り、真剣な顔で手にしていた立て札を刺しこんだ。
「ふひぃこれでよし……くふ、ははひ、へーはっはっは!」
勇者は両腕を組み、頭を地に付くまでのけぞって高笑いした。
誰も見ていないと思っていたからだ。
「ゆっ勇者様、お気を確かに?」
「ひあっ! ななんだ族長よ見ていたのかね」
勇者は飛び起きた。結構体が柔らかいようだ。
そして見る間に顔を真っ赤にした。
族長と副族長の顔には、声を掛けてよかったのかどうかと後悔の念が浮かんでいる。
「違うぞ族長いや別にこんな板切れに懸想していたわけではないのだ誤解するなよ俺様は身も心もお城ちゃんに溺れているのだから本当なのだ!」
「ひぃ分かりました! 何も見ておりません!」
「だだだから違うんだったら!」
「おや、これは」
泥沼にはまりかけた勇者だったが、本来の目的を思い出して気を取り直した。
「ふっ気が付いたようだね。本当は驚かせてやろうと思っていたのだ」
「おお……」
「こうして見ると、実感が湧くもんですな」
族長らは勇者の立て札を見て、顔を緩ませた。
『ここから先レビジト村→』




